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第二十一幕 撤退

「旗印は三つ盛亀甲に花角です」


「どこの武将だ、見たこと無いぞ」


「突き崩される、こいつ等強い!」


 さらに先ほどの鉄砲隊が射撃を加える。ばたばたと兵たちが斃れるがそれでも指揮官は鉄砲隊に向けて突撃を命じる。鉄砲が弾込めを終える前に蹂躙しようとしてであった。


 だが其の行く手に待ち受けている者たちが居た。


「奴等向かってきますぞ」


「抱え筒構え! 放てぇ!」


 鉄砲隊の斜め前に隠れて布陣していた一抱えもある大型の鉄砲が火を噴いた。


 これは普通の鉄砲弾を多数突き固めて装填しており、発射すると散弾のように飛び散り広範囲の敵を薙ぎ払う事ができた。但し大きく重い為に四人がかりで運び据え付けるのに専用の台が居る代物であり普通の兵には使うことが出来ない物であった。訓練を受けた鉢屋の忍びたちが運用してやっと使い物になる代物であった。


 其の為四丁しか持って来ていないが当たれば効果は絶大で目の前には目も当てられない惨状を作り出していた。


「こいつ等は鬼神だ! 皆殺しにされるぞ!」


 生き残った兵たちはそう口々にしながら散り散りに逃げ去った。


 その話が広まると武田勢の動きに変化が起こった。


「陣が乱れるぞ! 勝手に動くな!」


 先程まで一分の隙を見せなかった武田勢が動揺し陣形を乱している。


 それを見逃す家康ではなかった。


「隊を立て直せ! 味方を集めよ!」


 広がっていた布陣を集めて守りを固める事に成功するのであった。



武田本陣


「うぬぬ、横入りされた挙句に徳川軍を立ち直らせてしまうとは……」


 小山田隊の不甲斐なさに唸る勝頼に対して信玄は嗜めるように声を掛ける。


「あれは横入りを決めた部隊の方が絶妙の間合いで仕掛けてきたのだ、小山田は責めれぬ、しかしあの旗印は一体?」


 其の主の疑問に重臣で自分の部隊からこの本陣に出向いている馬場美濃守信春が答える。


「某の知るところではあの旗印を使うのは一人しか知りませぬが……まさか、ありえないと思うのですが」


「構わぬ、申してみよ」


「されば、あれは嘗て北近江の大名、浅井家の物と見受けられます、恐らくは浅井長政殿の軍勢かと」


「成る程、確か今は尾張にて謹慎していたはず、謹慎を解いて使うか。信長も思い切ったものよ」


「恐らく浅井家の再興が条件でしょうがなればこそ、配下の者たちは旧臣たちのはず、その意気込みは無視できぬ物となりましょう」


「では頃合か、使番! 戦を停止する。至急伝えよ」


「御屋形様!」


「勝頼よ、時には引くことも肝要じゃ、勢い強き時には無理して当たらず、其れが兵法の極意じゃぞ」


「はっ! 肝に銘じます」


 こうして武田勢は戦闘を止め、三方が原での戦は終わった。




 徳川勢は辛うじて虎口を逃れた。武田の追撃がなかったため本多忠勝隊を殿にしているが、辛うじて其の他の部隊は脱落することもなく浜松城に戻ってきた。


「ふう、命が幾らあっても足りんな。横入りしてくれた部隊のおかげで何とか帰れたな」


「あれは一体何処の部隊でしょうか?」


「あの旗印は浅井家の物だ、姉川の戦いで織田軍の備えを打ち破りし武勇健在であったな」


「では尾張からの援軍は……」


「山中殿の働きかけだったのだろう、信長殿も動かせる将や兵も長島や美濃等に取られておりこれ以上の動員は無理、だが浅井殿であれば浪人している浅井旧臣を集める事が出来る。浅井殿も功を立てて御家再興が図れる。良い事尽くめじゃ、いい仕事をしてくれた」


 家康は戦が終わって初めて破顔した。武田軍が迫って来た時には小便やそれ以上をちびりそうだったのだが逃れることが出来た其の安堵もあったのは内緒にしていた。


 武田軍は浜松城に向う事も無く刑部に移り対陣した。季節が冬と言う事もあり越冬してから再度侵攻する物と思われた。



 三方が原の戦いは徳川方の判定負け位で収まった。大敗せず織田勢も被害が少なかったので良しとしよう。信長もそれで十分との判断だった。武田と全面的に戦うには準備が足りないからだ、武田勢は刑部村の辺りに野営して年を越す積りらしい。ここまで来て引き返す選択肢は無い様だ。


「武田の陣に隙は見えません、攻めかかるのは無理なようです」


 えんの配下の風魔衆がそう報告してきたそうだ。駿河からの補給も順調で隙は見えない、流石に信玄というべきか。


「浅井殿は此度の功で御家再興が認められました。一万石ですが家臣たちを養うことが出来て喜んでおられます」


 三方が原で武田勢に横入を仕掛けたのは浅井長政率いる旧浅井勢五百と鴻池警固衆うちのぶたい二百の混成部隊である。海北綱親と赤尾清綱が加わり長政が直率する部隊は数こそ少ないが精鋭揃いである。鴻池警固衆も尼子旧臣を中心にして戦闘要員で構成されているので問題は無い、特に全員鉄砲の心得のある者たちばかりだ。その中の一人が今日別れを告げにやってきていた。


「藤堂高虎殿、やはり行かれるのか?」


「はっ! 浪々の身を拾っていただき感謝しかありませんが浅井家が再興されるのであればそちらに行きたく思います。申し訳ござらん」


「いや、それならばご遠慮無く、長政殿を支えて下され」


「その言葉有難く、感謝いたします」


 少し残念だけど本人が希望するなら快く送り出さないとね。まあ長政殿に貸しを与えたと思えばいいだろう。近江からは石田正継や脇坂安治などが職を求めて来たけど脇坂は武士に戻りたいだろうから浅井に戻してやろうかな。正継は勘定が得意なので手放したくはないけど次男がどうするかな?後の三成だからなあ。


 取り敢えず、冬の間は武田とは自然休戦なので今のうちに東国へ行かなくてはね。


読んでいただきありがとうございます


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