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第十九幕 東海の狸

 遠江国 浜松城


 東国行の途中で立ち寄ったこの城には狸がいたんだ。


「高名な山中殿にお会いできて重畳です、それがし、徳川家康と申す」


(ホントに狸だよ……)


 ずんぐりむっくりな体形で戦装束に身を包んだ家康は狸の置物に見えなくもない。本当は通り過ぎる筈だったのだが引き留められて此処にいるのだ。


「もうすぐ武田軍が此処に攻め寄せて来ます。織田殿に援軍を頼んでいますが来てくれるかどうか……」


 どうやら援軍を頼んで欲しい様だ、史実では佐久間・平手勢約三千が援軍として来る筈なのでそれは問題ないのだが……


「徳川殿、援軍が来ても相手はあの武田勢です、野戦で戦うのは避けるべきですな」


「籠城しかないと言われるのか?」


「いかに鹿介殿といえど我等三河武士の事を低く見ておられるのでは?」


「我等、武田に引けなど取りもうさん!」


 本多忠勝や榊原康政等が反論してくるが当の家康はだんまりである。


「確かに三河の衆は強兵です、某の知る限りでは五本の指に数えられましょう」


 俺の言葉に彼らは誇らしげな顔をする。


「ですが武田勢もその五本の中に入りますぞ、それに彼らはあの軍神とも言われる上杉謙信とも引き分ける程の戦巧者の集まりです、しかも数は向こうの方が多い、ゆえに要害に拠り武田を迎え撃ち出血を強いれば国許を長く空けて居れない武田は引き上げるでしょう」


「それはそうだが……」


「それも織田勢が援軍を寄越してくれるかどうかに掛かっておる、本当に織田家は援軍を送ってくれるのか?」


「織田殿も遠江・三河が落ちれば次は尾張です。美濃では既に戦いは始まっていますから必ず援軍を送ってくれるはずです」


 なけなしの三千ではあるけどな。


「山中殿~何とかならんだろうか?」


 のび〇の様に泣き付かれても俺には便利道具の入った巾着は持ち合わせていないんだが……


 狸の様なつぶらな瞳で見られては仕方ない、何か考えるとしよう。



 数週間後



 結局織田家からの援軍は予想通り佐久間・平手に徳川の親戚の水野家が加わって凡そ五千の兵が来ている。


 史実よりは若干多いがこれは長島に回す兵力をこちらに割いたものだ。朝廷を巻き込んでの切り崩しはいくらか効果があったらしく蓮如上人の教えに従う寺は庇護を与えると言うのも効いたらしい、勿論武装解除が条件なのであるが。


 重臣の佐久間が来た割には少ない方だが、これは重臣を付ける事で徳川を大事にしてますよとのメッセージと敵方に佐久間ほどの者が援軍に来ているので大軍なのだと思わせる為の策らしい、其の為旗指物を随分と沢山持ってきている、道中では一万の援軍だと吹いていたそうだ。


「これで騙されてくれる相手ならいいけどな」 


「難しいですか?」


 亀井新十郎幸綱が質問してくる。こいつも変わり者で尼子家の家老に収まった立原の叔父貴の後釜で尼子家の次期家老職が約束されていたのに断って付いてきているのだ。


「武田の忍びが既に掴んでいるだろうよ、あそこは三ツ者に歩き巫女など揃ってるからね」


 そう言うとえんと咲が頷く。


「遠江・三河は勿論尾張にも沢山居ましたよ」


「うっとうしかったよ~あいつら幾らでも出てくるし」


 恐らく進軍する部隊に張り付き其の実態は把握しているはずだ。


「では、戦は?」


「やはり篭城して時間を稼ぎ相手の疲弊を待つ、領国を遠く離れた部隊だ、其れが最善手だと思うが……」


「そうは成らないと?」


「恐らくはね」


 この世界、舐められたら終わりなのだ、面子に掛けても……と言いそうだな。


「咲、源四郎に繋ぎを取ってくれ、仕掛けを使うとな」


 全く、商売だけのはずだったのにな。




 浜松城に籠っている徳川・織田勢は武田勢を待ち受けていた、ここで武田を足止めし、疲弊させた所に更なる援軍を尾張から呼び寄せて叩く、その時間稼ぎを狙っていたのだった。


 だが物見に出ていた部隊の報告が全てを狂わせた。


「武田が浜松ここを素通りする!」


 素っ頓狂な声で家康が叫ぶ、完全に裏を掻かれ混乱していた。


「落ち着きなされ、徳川殿、彼らが素通りするなら我らは後門の虎となり武田の背後を襲うまで、この先の三方ヶ原を超えて祝田の坂を下ったところで坂の上から掛かればいかに武田とて我らに勝てる筈もなし、物見に武田の動向を探らせなされ」


 流石に織田家の宿老、佐久間信盛は落ち着いて戦況を見ていた。



「では出撃の準備を致せ!」


「ハッ!」


 佐久間の言葉に落ち着きを取り戻した家康が下知を下す。


「見て居れよ信玄坊主! 三河武士の恐ろしさ見せてくれようぞ」


 本多忠勝らの士気は高く物見が帰るまでには出撃の準備を終えたのだった。




読んでいただきありがとうございます


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