6話 緋に佇む白の戦姫 Ⅲ
暗闇の中に俺は立っていた。そこはとても怖く、しかし同時にどこか懐かしい感じがした。
気付くと目の前に『なにか』が立っていた。姿や表情を見ようとしても、黒い靄がかかりその『なにか』を判別することができなかった。
その『なにか』を見ていると、とても恐ろしい気分になった。直感的に俺は、これは見てはいけないもの、避けれるなら避けなければならない『なにか』だと思った。
『なにか』が嘲るような言葉を発した。
『ひどい顔してるね、腹でも痛いのかい?』
「…」
『だんまりか。ま、どうでもいいか』
『なにか』はつまらなさそうにそう言うとこちらに近づいてきた。そして、やや興奮気味な声音が響いた。
『それで?やっと僕の出番かい?僕が必要になったのかい?それとも僕の器を返してくれるのかな?もう、満足した?喜びを感じれた?怒ることはできた?哀しむことは体験した?楽しいことした?そろそろ良いよね?そろそろ出てもいいよね?そろそろ死ぬ?そろそろ消える?いい加減消えてよ、もう死ねよ。返せよ!僕のだぞ!』
俺から見て『なにか』はとても狂っていた。どの発言も理解し難い。そもそも何を返せと言っているのかが分からない。
「何を返せってんだ。」
『何って。僕の器に決まってるじゃないか。それは元々僕のだ。それを君が勝手に乗っ取ったんだろうが!』
「何言ってんのかさっぱりなんだが、これは俺のだ。」
『…そうか、まだ、醒めないんだね。』
そうしてため息をつくと、とぼとぼとどこかへ歩き出した。
『そろそろ現実を見たらどうだい。紛い物』
そう悪態をつき、消えていった。
そして、消えた反対方向から次第に光が差し込み…
俺は赤髪の女に水をぶっかけられて現実に戻った。
--------------------------------------------------------------------
「おはようございまぁす。目、覚めました?」
「…あぁ。てか、これ海水か?」
水をぶっかけてきた女は満面の笑みで俺を見ていた。
「そうっスよー。外は辺り1面海水ですかからねー。」
「ということはここは海上…お前ら船で原始の森まで来たっていうのか?何故ウラノスの道を使わない」
ウラノスの道というのは原始の森と大陸本土を繋ぐ唯一の道であり、エルフが人間以外の、つまり同族であるもの以外の全ての生物の出入りを拒む結界を多重掛けした同族以外には突破不可能の道である。
そして、ウラノスの道を使わずに原始の森に至る方法としては海を渡る以外に方法はないが、原始の森周辺の海には大型船をも丸呑みにしてしまう怪物たちが数万匹が悠々と泳ぐ死の海なのだ。
そんな海を渡るのは、自ら死にに行っているようなものだ。
しかし、この女は辺り1面海水だと言った。まだ移動途中であるならここは海上だということになる。一体どうやって…
「一体どうやって海を渡っているのか?って顔してるっスねー。良いですよ、教えてあげるっス。でも、その代わりー」
女はニコニコしている。それはまるで、その表情の仮面を貼り付けているようだった。
「その代わりなんだよ。さっさと言えよ」
ヴェイグに選択肢はなかった。捕えられ、魔法も無効化できる敵を目の前になす術の無い自分に心底腹が立つ。
「その代わりー、私たちの奴隷になってもらうっス」
「…は?」
「ナール…奴隷じゃ…ないって」
青い髪の女がいつの間にか、そこにいた。赤い髪の女の右斜め後ろ。腕を組んでため息をつきながら佇んでいた。
「え、じゃあこれ、なんなんっスか?」
青い髪の女はまたため息をついた。
「…奴隷じゃなくて……『姫人形』のお守り役…」
「あぁ、そだそだ、そーだった」
「おい、ちょっと待て!なんだその『姫人形』ってのは?」
「んー。『姫人形』ってのはッスね…」
その時、扉の向こうから足音が聞こえた。
「百聞は一見に如かずッスね。この人が…」
扉が開き、1人の女が姿を現した。自分と同じぐらいの背丈に、真っ白な汚れなき長髪。そして深紅の双眸が俺を見つめていた。まさしくその女は…
「名はイアリ・グローイ・アウルヴァング。今日から貴方を監視する者です」
イアリと名乗ったこの女は、あの村で見た、あの村を壊滅させたやつだった。
更新が滞っていてすみません!!m(_ _)m
最近また、色々忙しいので更新がまちまちになりますが、何卒長い目で見てください。