変化
――壊れるときは、あっけないもの。だ。
望んでいない事だって何度も起きる。分かっている。
何不自由なく生きてきたはずの、私の十八年は、
――がらがらと、音を――、立てて。
相田 早苗、十八歳。
彼女は裕福でこそなくとも、恵まれた家庭で育ってきた。
比較的成績も良く、高校最後のこの年、数週間後に控えた大学受験へ向けた努力も惜しんでいなかった。
容姿も映えず劣らず、彼女はどこにでもいる普通の高校生だった。――はずだった。
年が明け両親の正月休みも終わり、いつもより少し遅い時間に目が覚めた。
とっくに両親は居ない。今日から仕事始めだって言っていたし。
リビング、机の上、置かれたメモで朝ごはんを知って。さて、今日はどうしようか。特に出る用事も無い。
朝ごはんを食べて、食器を洗ったら受験勉強でもしようか。いや、貰ったお年玉で本を買いに行くのもいいだろう。
裕子に連絡しようか、三が日も過ぎたし人出もまばらになってきただろうし。
「ごちそうさま、でした。」
寝起きの頭もすっきりしてきた。ちょっと不満があるとするなら自分だけしかいない家は静か過ぎる事くらいだろう。
あぁ、テレビをつけたらよかったか。思いつつもそのままに、食器を台所へと持っていく。
休みの日はやっぱり楽しい。今日は何をしようか、誰と会おう、誰と話そう、何を学ぼう。
何もしない一日だって悪くない。何でも出来る一日なのだから。
静寂の家に響くのは水の音。昨晩から少したまっていた洗い物を丁寧に続けていく。
シンクや食器に当たる音、流れる水の音。その中に、何か違う音があった――気がした。
いや…気のせいか。重ねた食器がズレて音でも立てたんだろう。
「―――ん?」
水を止めても音はする。勘違いじゃなかった、呼び鈴の音だ。
手早くタオルで掌の水気を拭き取り、ドアホンへ駆け寄れば――モニタに映るのは、見知らぬ男。
不審者とするには失礼だ、しっかり着こなしたスーツにコート、
やや老齢に見えるその出で立ちに、父の友人だろうかと思ったのだ。
「どちら様――ですか?」
白髪交じりの男は早苗の声に眉を動かし、重さのある声でゆっくりと、ゆっくりと語った。
「…東警察署の、木島、と申します。ドア――開けてもらっても良いかな?」
――何故か、その時は嘘だと思えなかった。イタズラや不審者の「それ」とは違った。
でも何故、ここに? そんな疑問だけは拭いきれず、チェーンをかけて扉を開けた。
木島と名乗る男性は早苗のそんな行動に眉を顰める事なく、ただ淡々と警察手帳を取り出し、開いて見せた。
これが嘘なら随分手の込んだものだと、自分に言い聞かせて。
「…ご両親は、いらっしゃる?」
「いえ、…二人とも、仕事、です。今は、私だけで。」
こくりと頷く男の向こうに、もう一人若い男が見える。混乱しているはずの早苗の頭は厭にクリアで、大して気にする必要の無い事すら把握しようとしていた。――何だ、この状況。
「――あの、うちの…父や、母が、何か。」
早苗の問いに木島が答える気配はない。口を開くことも無く、後ろに居る若い男に何か目配せをして、ふむ、と鼻を抜ける大きな溜息を残す。
僅かな扉の隙間から家の中を覗こうとする――のは、早苗が無意識に防いだ。答えてよ、と言わんばかりに。
「んー…。ご両親に大事なお話があってね、直接話をしたかったんだ。帰ってくるのは、いつ頃…かな。」
――疑い、たい。そうして何になるかも分からないけど、信じていいのかも分からない。
いや、悪い話とも限らない。私も十八とはいえまだ子供だ。分からない話も、分からない世界もあるだろう。
「17時には母が…。父は、20時くらいには。」
「ありがとう。早苗…さん、だね。」
木島は少しズレたコートを改めて直し、両親に自分が来た事は告げないように、と、一言。
再び訪れた静寂――扉を閉める音。車が、走っていく音。
――私の、心音。