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東京

 それから真純は、浅草今戸の診療所で世話になっていた。かつて一緒に働いた松本良順の弟子たちが、診療を続けており快く迎えてくれたのだった。松本は仙台で土方たちと別れた後、商船で江戸に戻ってきて禁錮(監獄に閉じ込められる刑)の身となっていた。しかし、松本は明治政府からぞんざいな扱いは受けていないという。松本は土方から「この先、真純の力になってほしい」と念を押されていたのだと、松本の弟子が教えてくれた。

 土方は、箱館戦争の後真純がここに来ることを予想していたのではないかと思えてならない。土方は常に先のこと、そして隊士のことを考えてくれていた。

 真純は、時々隅田川の川堤を歩いたが、斎藤の姿を見ることはなかった。ある時、外で用事を済ませ医学所に戻ろうと、人通りが多い道を歩いていると、道の反対側から突然懐かしい声で呼び止められた。

「おい、真純―!!」

「永倉さん!」

 永倉に会うのは、彼が原田とともに新撰組を離脱して以来である。永倉は原田とともに靖共隊を結成し、原田が抜けてからも北関東を転戦していたが、会津藩が降伏してからしばらく米沢藩に潜伏していた。その後、江戸に戻り松前藩士としての帰参が認められた。(もともと、永倉は松前藩の江戸上屋敷で生まれたが脱藩している)今は、江戸下谷三味線堀(今の新御徒町駅近く)の藩長屋に住んでいた。この近くには、永倉が生まれた上屋敷もある。

 近況を聞かせた永倉は、真純の姿に目を見張る。

「それにしても、まさか真純に会えるとはなぁ。すっかり女らしくなったじゃねぇか。すぐには気づかなかったぞ。」

 真純は、東京に住むようになって女の姿に戻っていた。

「いつ東京に戻ってきたんだよ。」

「十日ほど前です。箱館から高田へ行って、それから東京に。」 

「高田だと?そりゃご苦労だったなぁ。そうだ、真純、今晩飲みにいかねぇか。積もる話もあるし、たまには話ができるやつと飲みてぇしよ。」

 夕方、永倉が診療所に真純を迎えに来て二人は居酒屋に入った。永倉は新選組を離隊してからの話を尋ねてきた。

「そうか…。左之は刑場にいたのか。俺は昔から近藤さんとそりが合わないところがあったが、左之は『近藤さんは俺に似ている』って言ってたなぁ。」

「優しいところがですね。」

「俺だって優しいぜ、真純。左之が彰義隊に入って上野の戦で死んだってのは聞いたけどよ、あいつは戦場を求めてどこかで戦っている気がしてならねぇ。」

「どこかって…」

「海の向こうに渡ってるかもな。」

 それなら原田の遺体が見つからないのも納得する。

「それにしても、あんたは近藤さんに総司、土方さんの死を見届けたってわけか。」

「はい…。」

 真純は急にしんみりとする。

「おいおい、今日はせっかく会えたんだ。ここにいない仲間もいると思って、ぱーっとやろうぜ。」

「そうですね。皆さんに、お疲れさまって言いたいです。」

「そうだな…。よし、皆ぁ、お疲れさん!!」

 永倉が盃を掲げる。食卓に置いている永倉の右手には、池田屋で負った傷跡が見える。以前、原田や藤堂、沖田と斎藤もいて皆でで飲みに行ったことが懐かしい。

「どうだい、やっと本来の姿に戻れて。着物姿も様になってるぞ。」

「これは、土方さんからの贈り物です。討ち死にする前に、箱館病院の方に預けてくださっていました。」

「やることが憎いなぁ、あの人は。あんたを貰い受けるって言ってたが、自分が先に逝っちまうなんて、無責任だぜ。なんなら、俺が引き継いでもいいぜ―」

 永倉は照れくさそうにいう。

「と、言いたいところだが、実は、松前の医者の娘と縁談の話があってな。藩にこうして帰参出来た訳だし、松前の娘と身を固めよう思っている。」

「よかったですね、永倉さん。」

 二人の口から出てくるのは、新撰組隊士に思いを馳せる言葉ばかりである。

「左之の馬鹿野郎―!家族を残して一人で行きやがって!!」

 酔いが回ってきた永倉は、靖共隊を離脱した原田を食い止められなかったことを悔やんで声を荒げていた。

「まささん、寂しい思いをしているでしょうね・・・。いい夫婦だったのに。」

 永倉が盃の酒を飲み干して、

「真純は一生独り身か?あんたならいい話があるだろう。」

「私は年増なので、あきらめてます。」

「…それだけか?もしかして、土方さんのことが忘れられないんじゃないか?」

「土方さんとはそういう間柄ではないですよ。私はずっと小姓でした。」

「小姓だから言ってるんじゃねぇか。土方さんからの寵愛をたっぷり―」

「ないですって!それに、土方さんは近藤さんのことがあってから、花街に出かけたり、女性に会いに行くことはなかったと思います。」

「そうか…。」

 近藤の名前を聞いて、永倉も少し声を落とした。喧嘩別れしたことを悔いているのかもしれなかった。

「…土方さんじゃなきゃ…となると―」 

 真純は永倉から視線をそらす。永倉は真純と自分の盃に酒を足しながら笑みを浮かべる。

「なるほど。わざわざ危険を冒して箱館から高田まで行くくらいだからな。斎藤のやつ、東京に来てるなら、実家か会津藩士の収容所にいるかもな。しかしあんたはたいしたもんだよ。まったく、斎藤は何考えてんだ。だが、あいつだってどこかで嫁さんもらってるかもしれないし、真純も身を固めたっていいんじゃないか。」

 そうかもしれない。斎藤は会津藩士として高田まで行き、名前まで変えたのだ。永倉と同じように、会津の女性と縁談があってもおかしくはない。

 居酒屋を出て、永倉が独り言のようにつぶやく。

「俺は、文芸なんて才はこれっぽちもねぇんだが、新撰組のことを後世に残しておきたいって思ってる。隊士の慰霊碑も立ててやりたい。新撰組はただの賊軍じゃないってことを伝えたいんだ。新撰組を離脱した俺が言うのもおかしいんだがな。」

「いいえ、すばらしいと思います。永倉さんは、近藤さんや土方さんと試衛館にいる時からの仲間ですし、新撰組のことをよくご存知ですもの。きっと近藤さんや土方さんも喜んでいると思います。」

「…だといいんだがな。」

 永倉は夜空を見上げてつぶやいた。


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