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雪解け

 もうすぐ春が来る。雪が解けるのを待って、新政府軍は戦闘を開始するだろう。しかしまだ雪が残っているさなか、旧幕府軍の3艦が箱館を出航した。これは宮古湾に寄港している、新政府軍の最新鋭艦・甲鉄を奪取するためであった。土方も陸軍奉行並として乗船した。

 しかし、3艦のうち1つは暴風雨ではぐれてしまいもう1隻の「高雄」は機械が故障し、残りの1隻「回天」で作戦を敢行するも撃退されてしまう。「高雄」も羅賀海岸(今の三陸海岸)で座礁して南部藩に投降した。土方軍を乗せた「回天」は、多数のけが人と遺体をともに帰港した。

 港で待っていた真純は、けが人に付き添い病院へ向かい、土方は運ばれる兵士達を遠くに見ながら、呆然としていた。

 真純は病院から佐野専左衛門方に戻るが、土方はまだ戻ってきていなかった。新撰組の屯所(この時の屯所は称名寺。今の函館元町ホテル付近)へ行ってみるが土方はいない。屯所は箱館の海辺まで近く、潮の香りが漂う。真純が海が見えるところまで行ってみると、立たずんでいる一人の男の姿があった。

「俺は…何のために戦っているんだろうな。時々分からなくなる。」

 真純がそばに来たことを察知した土方が、つぶやく。

「もし、新政府軍から降伏を打診されたら、…応じますか。」

「降伏だと?ありえんな。」

「…近藤さんのためですか。」

 土方の表情が変わる。

「…そうだな。あの人に無様な姿は見せられねぇ。」

 土方は、近藤を投降させた自分をいまだに許せていない。

「やられたらやり返す、だろ。」

「はい。でも、これからは『100倍返し』です。」

「お前の方がよっぽど鬼だな。」

 土方の顔に笑みが浮かぶ。二人はしばらく夕暮れの海を眺めていた。


 4月。新政府軍が蝦夷に進攻してくるとの知らせが入った。箱館市中の見回りを命じられていた新撰組は弁天台場を本陣営とし、箱館山などの警備に当たった。

 新政府軍が乙部(松前北部)に上陸し、土方は新撰組の一部や伝習隊、衝鉾隊などを率いて、五稜郭より出陣し二股口の守備に向かう(二股口は今の北斗市、台場山~天狗岳辺り)。4月10日、二股口の台場山を本陣とし、天狗岳に胸壁を構築する。

 4月13日、第一次戦闘が開始され16時間に渡る攻防戦の末、土方軍は新政府軍を後退させた。真純も小銃を構え、撃ち続けた。土方軍は長時間の戦闘の疲労を忘れ、喜びに沸いた。真純は土方のそばに駆け寄る。

「土方さん、やりましたね!」

「みんなに酒を振舞ってやってくれ。用意してある。」

 歓声がいっそう大きくなる。

「ただし、一杯だけだ。」

 それでも土方軍の兵士たちは高笑いで酒を口に運ぶ。土方は兵士たちと談笑し、ねぎらいの言葉をかけていた。今までの戦いが報われたようで、真純は目が潤む。


「真純、ちょっといいか。」

 土方は隅の方に真純を呼び出す。

「俺はお前に新撰組の局長として命令する。これを持って蝦夷を脱出しろ。明日、品川に向かう船に乗るんだ。」

 土方はふろしきを真純に渡す。

「これは何ですか?」

「俺の写真と手紙と…髪だ。日野に届けて欲しい。」

「お断りします。市村さんに頼んでください。」

 土方には市村鉄之助という、もう一人の小姓がいた。

「これは局長命令だ。」

「私が女だから身を案じて、江戸に送り返すつもりですか。」

「それだけじゃない。」

(土方さんはなぜこのタイミングで、こんなことを言い出すの?勝利したものの、自分の死に場所が見えてきたから?それなら、なおさら土方さんのそばを離れるわけには行かない。)

「真純に、生きていて欲しいからだ。お前のことを大事に思っているから言っている。」

「土方さん…。」

(土方さんの思いやりには心から感謝しています、けど…。)

「私は江戸に戻っても身寄りはいません。新撰組にしか居場所がないんです。それに、江戸で生きながらえても幸せになれるとは限りません。きっと、土方さんのそばを離れたことを悔やんで生きていくと思います。」

「江戸の女は100年後もそんなに気性が激しいのか。」

 土方はため息をつく。

「それでも局長命令だとおっしゃるなら――」

「わかった。これは市村に託す。」

 その日、土方は戦闘の報告と援軍の要請を兼ねて五稜郭に戻った。市村も、真純と同様に命令を拒んだが、従わないと斬ると言われ、涙を浮かべて遺品を携え箱館港へ向かった。

 

 1週間後。第二次戦闘でも新政府軍を撤退させた。この時も一昼夜の大激戦となった。敗走する新政府軍を見て、土方軍は勝利に沸いた。

「真純、お前の言うとおりになったな。やられたらやり返す。」

「100倍返しはこれからですか。」

「もちろんだ。」

 土方の才能と、それについて来る兵士達の士気を目の当たりにすると、「この際、思いっきり暴れてやれ!」などと言ってしまいたくなる。そんなことを思ってしまう真純は、自分も変わったなと思う。死体が目の前にあっても冷静でいられるようになってしまったし、刀や銃を持っていても怖くなくなった。これが夢なのか現実なのかわからないが、土方のことはなんとしても守りたかった。

「…真純、手を見せてみろ。」

 土方は、ふと目に留まった真純の右手をつかむ。手のひらと指先が真っ赤で、水泡ができているところもある。土方は水の入った桶を持ってきて、真純の手を中に漬けてやった。長い戦で銃身が熱くなり、兵士たちは銃身を水で冷やしながら小銃で応戦したのだった。真純は、手が熱くなるのも忘れるほど銃撃に没頭していた。

「ただれてはいないようだな。無理するからこうなる。」

 もう一度、土方は真純の手をとって症状を確認する。

「もう、大丈夫ですから。」

 真純は手を引っ込める。

「あんたは気が強いわりに照れ屋なんだな。」

「そう、面と向かって言わなくても…。」

 真純はぼそっとつぶやいた。

 

 連戦が続き、兵士たちは疲れていた。もう2週間も寝床で寝ていない。新政府軍は二股口からは撤退していくものの次々と別の兵士を送り込んでいる。箱館湾でも新政府軍の艦隊が襲撃してきていた。

 そんな中、五稜郭からの伝令が飛び込んで来た。

「退却だ…。」

 土方がうなだれる。矢不来(函館湾沿い)の守備が新政府軍に突破され、退路が断たれる危険があるためであった。陣営にいる誰もが耳を疑い、唇をかんだ。

 肩を落として台場山から撤退する兵士たちの中で、土方はショックなどまるでなかったように前を見据えていた。


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