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恋人

  江戸に着いてから十日ほどして、伊東が実家から戻り試衛館に合流する。

「伊東さん、お母様の具合はいかがですか。」

 真純が尋ねると伊東は興奮して話し始める。

「母上の病気は真っ赤な嘘。私の妻が寂しくて嘘の手紙を書いて寄越したのです。こっちは重要な任務の最中なのに、あまりに低俗で愚かな妻に怒りを通り越してあきれてしまい、離縁いたしました。」

「えっ!?」

 山南が亡くなった時は涙を流した伊東だが、遠く離れた妻のことをいたわる様子がまるでない。伊東はそれだけ、まつりごと…新撰組での任務に命をかけているということか。

 それから伊東は昔やっていた道場の門下生に会いに行くといい、藤堂も同行するという。

「あれ、一君は?」

「斎藤は後からお前たちに合流する。寄るところがあるんだとよ。」

 土方と真純は、日ごろから新撰組を支援してくれる佐藤彦五郎に挨拶に日野に向かうことになった。佐藤彦五郎は、土方の姉が嫁いだ相手でもある。

「どうだ、久しぶりの江戸は。と言ってもお前には『久しぶり』の桁が違うか。」

 土方の言葉が意外だった。土方は真純が未来から来たことを信じてくれたのだろうか。

「150年後とは全然違うけど、懐かしいし、ほっとします。」

「どう違うんだ。」

「150年後はみんな洋服を着るようになるし、ビル・・・高い建物がたくさん建ち並んでいるし、江戸と京も新幹線で1時間…半刻いっときくらいで行けちゃうんですよ。」

「面白いじゃねぇか。」

 土方は冗談か本気か分からないが、真純の話を楽しんで質問攻めにしている。

「でも一番の違いは…空気かな。江戸の空気の方がすごくきれいです。」

 真純は立ち止まって深呼吸する。文明の利器がない分、空気がおいしく感じられた。

「綾部、150年後は幕府も武士もいないと言っていたが、今の世は、お前が知っている歴史どおりに進んでいるのか。」

「はい、多分…。自信ないですけど。」

 まだ「江戸幕府が滅亡」したわけでもないが、池田屋事件は本当に起こった。

「でも、歴史を変えてはいけない、変えられないというのが定説です。私一人が過去にタイムスリップ…移動してきたところで歴史上の出来事が変わるとは思えませんが、変わらないようになるべくおとなしくしているつもりです。」

「歴史が変わるとあんたのいる未来も変わるからか。」

「はい…。」

「よほどいい未来なんだな。」

(本当は、変えてしまいたい歴史上の出来事もあるんですよ、土方さん。)

 と声に出して言いたかったのを真純は抑えた。


 内藤新宿(宿場町・現在の新宿区1~3丁目辺り)に来ると土方が急に、

「お前は、そこの団子屋でちょっと待っててくれ。用事を済ませてくる。」

と言い残して、荷物を持って出かけていった。真純は、団子屋でお茶と団子を注文し時間をつぶしているが、一向に土方は戻ってこない。これは何かあると思った真純は、土方が歩いていった方向に行ってみる。すると、土方が「三味線」と看板が出ている店から出てくるのを見かけた――若い女性と一緒に。土方が三味線?日野に持って行くのだろうか?

(土方さんは新撰組一、いや京都一の色男だからな…)

 土方がその女性に別れを告げて、団子屋に戻る所を真純は捕まえる。

「土方さん。見ちゃいましたよ。素敵な方ですね。」

「だからなんだ。」

「土方さんの恋人ですか。」

 土方はしばらく黙って口を開いた。

「上洛するだいぶ前のことだが、兄貴達があの娘との縁談を勝手に進めて、祝言の話まで出ちまったんだが、俺は京に行って成し遂げたいことがあるからと縁談は断った。」

「女性の方は帰ってくるのを待つとおっしゃったんですね。」

「…あぁ。」

 土方が副長ではない、男の顔になっている。こうして会いに行ったということは、少なからず土方もあの娘に思いがあったのだろう。

「だが、俺が新撰組の副長だと言ったら、向こうは待っているとは言わなかった。これでいいんだ。」

 真純は、まさのことや、伊東の妻のことを思い出す。武士と付き合ったり、結婚すると不安が絶えないのだと思う。

(「土方さんは、いつ死ぬか分からない身で夫婦になっても相手に寂しい思いをさせるだけだから、独り身でいる」って藤堂さんが言ってたっけ。)

「女を戦場に巻き込むわけにはいかねぇ。…お前は例外だけどな。」

 土方は少し申し訳なさそうな表情をした。池田屋や屯所での粛清に真純を巻き込んでしまったことを気にしていた。

「そういえば、土方さんにはあんな素敵な方がいるのに、縁談の後私のことを『貰い受ける』って言ってくれましたよねぇ。」 

 冗談で言ったつもりだが、土方の顔は焦る。

「あの時は、本気で考えた。」

「え…?」

 真純は急に顔が熱くなる。

「だが、あんたが未来から来たとしたら、俺と150以上の年の差がある。俺の方がよっぽど大年増じゃねぇか。」

 土方は自虐的に鼻で笑う。

(でも、土方さんとはこの時代では4,5歳しか変わらないんだけどなぁ。4,5歳差以上に、土方さんはずっと大人ぽい。)

 土方歳三と言う人は、たくさんの恋文をもらって実家に送りつけて自慢(?)するほどもてるのだが、この先結婚することがあるのか、結婚するならどんな女性か…自分がもしかして…などと妙な妄想で頭がいっぱいになる。

「とりあえず、小姓としてあんたを貰い受けてやる。」

「小姓?」 

「山南さんが最期に言っていた。お前は聡明な小姓だから、そばに置いておけとな。何かあったらお前に打ち明けるといいと…。あの人もあんたのことを見抜いていたのかもしれん。」

「山南さんが…。」

 山南が自分のことをそこまで思ってくれていたのに、自分は何も応えられなかったと今さらながら悔やまれる。

「そう、しんみりするな。怪我をしてから元気がなかった山南さんには、正直みんな近寄りがたかったが、お前はよくやってくれた。これからは俺の小姓になれ。」

 真純は考え込む。小姓とは、主君の身の回りの世話をするだけが仕事ではなく、「夜のお勤め」もすると聞いたことがあった。幸い、山南はそんなことは要求してこなかったが、土方はそれを期待しているのだろうか。

「あの…夜の仕事も…ですか。」

「新撰組の副長がそんなことさせるわけねぇだろう!士道に背く行為だ。お前が男装してる以上、そんな気は起きねぇから、安心しろ。」

  土方は日野に向かって歩調を速めた。



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