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アルヴェスク年代記  作者: 新月 乙夜
起の章 野心の目覚め
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野心の目覚め8

 カルノー率いる騎馬1000騎はカディエルティ領を出ると、皇都に対し南回りでホーエングラム率いる討伐軍の後を追った。アーモルジュが率いるカディエルティ領軍本隊は北回りで皇都に向かったから、カディエルティ領軍の二つの部隊はそれぞれ別の道を行ったことになる。


 これには無論、理由があった。端的に言えば、本隊を囮としてカルノーの部隊の存在をホーエングラムに悟らせないためである。


 皇都の周辺に武力的空白地帯を生み出したホーエングラムの意図について、アーモルジュはおおよその所を察している。それゆえ、彼が皇都やその周辺に多くの密偵を潜ませているであろうことも、容易に想像できた。皇都に近づく敵軍の動きを監視し、また皇都が落ちた際にはそれをいち早く知るためだ。


 そしてホーエングラムが当初想定していたのは、エルスト率いる北方連合軍の南下である。だから彼は皇都の北側に多くの密偵を配置している、とアーモルジュは読んだのだ。そこでカディエルティ領軍の本隊を皇都に対して北回りで進ませ、それを監視しているであろう密偵たちの目をひきつけ、さらにはホーエングラムの意識もまたこの本隊にひきつける。そうやってアーモルジュはカルノーの部隊の存在を隠したのである。


 ただし、カルノーの部隊が見つかってしまったとしても、それはそれでいいとアーモルジュは思っていた。先行している彼の部隊が敵の目をひきつければ、その分本隊は動きやすくなる。そもそも、見つかったとしても対抗しうるだけの戦力は皇都周辺には残されていない。


 実際、カルノーの部隊は人目に触れた。というより、騎馬1000からなる部隊がまったく人目に触れずに移動することなど、不可能である。


 しかしながら、その存在をホーエングラムに知られることはなかった。先程説明したとおり彼の放った密偵は皇都より北の地域に集中していたし、なにより討伐軍の後を追って奇襲を仕掛けることを目的としている部隊がいるなど、誰も考えなかったのである。


 さて、馬を駆って討伐軍の後を追うカルノーらは、アーモルジュが皇都を落とすより前に彼らを捕捉した。しかしカルノーは遮二無二仕掛けることはせず、まずは徹底的に偵察を行った。その結果判明したのは、彼らにとって都合の悪い状況だった。


「まさか輜重部隊を真ん中に配置しているとは……」


 偵察に出た兵から報告を聞いたカルノーは、そう言って眉間にシワを寄せた。輜重部隊とはつまり軍需品を運ぶ輸送部隊であると思えばいい。つまりこの輜重部隊こそが、カルノーらの狙うべき獲物だった。


 多くの荷物を運ばなければならない輜重部隊は、必然的に足が遅くなる。だから普通であれば行軍する軍勢の最後尾に配置され少し遅れて付いていく、と言うのが一般的だ。それゆえ後ろからこの輜重部隊に奇襲を仕掛けるのはさほど難しくない、とアーモルジュはもとよりカルノーも思っていた。しかし現実にはその予想は外れてしまった。


 ホーエングラムは討伐軍のど真ん中に輜重部隊を配置していたのだ。40万という大軍の腹の中に輜重を抱え込んでしまったのである。


 当然、これでは奇襲を仕掛けることは出来ない。輜重部隊に合わせて行軍しているためその移動速度は遅く、そのおかげでカルノーらは早々に追いつくことができたのだが、しかしこれでは任務を果たすことが出来ない。


「隊長、夜襲を仕掛けることを進言します」


 そう提案したのはカルノーの副官を勤めている男だった。その選択肢をカルノーも考えなかったわけではない。


 これまで偵察を繰りかえてして分かったことだが、40万のこの討伐軍本隊は決して精兵揃いというわけではない。恐らく手当たり次第に兵をかき集めた弊害なのだろうが、新兵と思しき年若い兵からすでに引退間近に思える老兵まで組み込まれている。本当に精兵と呼べるのは討伐軍総勢50万のうち、大体20万程度ではないかというのがカルノーや副官らの意見だった。ただし、この20万だけでも十分な大軍である。


 そのせいなのか、この討伐軍本隊は40万という戦力を抱えているにもかかわらず、カルノーの目から見ると隙が目立つ。特に夜は隙だらけに見えた。それにはきっと、「後ろから襲われることなど無い」という心理も関係しているに違いない。


 そのように油断している相手であるから、その隙を突いて陣中に深く切り込み、敵が大事に抱え込んでいる物資に火をかける、というところまでは上手く行くだろう。しかしその後どうなるのか。


「いや、駄目だ。夜襲を仕掛けるのは時期尚早だ」


 カルノーはそう判断を下した。その理由はホーエングラム直属の部隊である。この部隊はさすがに精兵揃い。さらにホーエングラムは夜襲を警戒している。いや、輜重に執着しているというべきか。そうでなければわざわざ腹に抱え込んで行軍速度を落とすような真似はしないだろう。


 さてそのように輜重のことを気にしているホーエングラムであるから、夜襲を受ければ彼はすぐさま自身の直属部隊を動かすだろう。それを考えると輜重部隊に十分な被害が与えられるかは不透明だし、さらに無事に離脱することは絶望的に思える。


「我々は死など恐れません! 御館様のご命令を果たさねば!」


「急くな。御館様は『無理をするな』とも言われた」


 そう言ってカルノーは部下たちを宥めた。そして彼はアルヴェスク皇国の地図を広げると、その西部に目を向けた。彼の目が留まったのはテムタス川とその周辺。つまり、西方連合軍と討伐軍がぶつかるであろう、その戦場である。


 カルノーは西に向かった。行軍中の討伐軍本隊に奇襲なり夜襲なりを仕掛けることは諦めたのである。その代わりに討伐軍本隊を追い越して西に向かい、決戦の場となるであろうテムタス川周辺をつぶさに調べ上げたのである。


 無論、その動きをホーエングラムに悟られるわけにはいかない。そのためカルノーらはかなり大回りをしなければならなくなった。しかし騎馬のみで構成されたカルノーの部隊はさすがに足が速い。そして、輜重部隊を腹に抱え込んだ討伐軍本隊は足が遅い。そのためカルノーは大回りしたとはいえ討伐軍本隊に先んじてテムタス川に到着し、その周辺を入念に調べることができた。


 ただし、自由に動き回れたわけではなかった。そこにはすでにラクタカス将軍率いる討伐軍の先遣隊5万が到着しており、テムタス川を挟んでライシュ率いる西方連合軍8万5000と睨み合っていたのである。


 討伐軍の先遣隊と西方連合軍は散発的に戦闘を続けていた。主に、渡河しようとする先遣隊と、それを防ぐ西方連合軍という構図だ。


 テムタス川は大きな川だ。北に水源を持ち、さらに幾つもの川が途中で合流している。川幅は広く水量も多い。それゆえ、人が歩いて渡ることは出来ない。そのため先遣隊は舟やいかだを使って川を渡ろうとしていた。しかし十分な数を揃えることができていない。そのため今のところ、先遣隊は渡河して川の西側に陣地を確保することが出来ずにいた。


 先遣隊がテムタス川を渡ってその西側に陣地を確保したいと思っているのは事実だろう。それができれば本隊が到着したときすぐに、そして安全に川を渡らせることができる。総勢45万の大軍が全て川を渡ってしまえば、趨勢は決したようなものだ。


 だからこそ、西方連合軍は川を渡らせまいと苛烈に反応する。その強力な迎撃が敵に川を渡らせない大きな要因になっているのは確かだろう。しかしその戦いを別の視点から眺めているカルノーは、すぐに幾つかのおかしな点に気がついた。


 あまりにも攻撃が単調すぎる。何度も失敗しているにも関わらず、また同じように渡河しようしてそして失敗する。その繰り返しだ。さらに、失敗しているわりには被害が少ない。わざと失敗している、という結論が出るまでそう時間はかからなかった。


 しかしわざと失敗を繰り返して何の意味があるのか。その答えはすぐに分かった。先遣隊はその陣中で対岸からは見えぬようにしながら大量の土嚢を作っていたのである。その報告を受けたとき、カルノーは直感的にこう思った。


(川を堰き止める気だ……!)


 すぐさまカルノーは地図を広げた。そこにはこれまで偵察を繰り返して得られた情報がびっしりと書き込まれている。


 カルノーの視線が地図上のテムタス川に沿って北から南に動く。そしてある一点に彼の視線が止まった。そこは現在先遣隊が陣を敷いている場所から北におよそ10キロほどの地点で、川幅が狭くなっていると報告された場所だ。


「ここだな」


「ええ、間違いないでしょう」


 カルノーと副官はそう言って頷き合った。討伐軍はここを土嚢を使って川を堰き止め、水量を減らした上で渡渉するつもりだ。


(ということは……)


 カルノーはさらに考えを巡らせる。川を堰き止めれば、水量が減って渡渉できるようになる。45万という大軍に川を渡らせるためには、確かに舟やいかだを使うよりもその方が効率的だろう。


 しかし同じことは西方連合軍にも言える。水量が減るのであれば、彼らもまた容易に渡渉することができるようになるだろう。


(テムタス川を渡って討伐軍の側面を奇襲する、か……)


 45万の大軍と真正面から戦っても勝ち目は無い。西方連合軍が、いやライシュがその作戦を考えて実行する可能性は高いといえるだろう。その場合、西方連合軍(もしくはその一部)は南に迂回して川を渡渉するだろう。北は水量が増していて渡れないだろうし、正面には敵がいるから渡渉しようとすればすぐに気づかれてしまい奇襲にはならない。南に回るほか無いのだ。


 そして、同じようなことをホーエングラムも想定しているに違いない。彼は南に意識を向けて陣を張るはずだ。であれば、逆に北は手薄になる。さらに大切な物資は敵の手の届かぬところ、つまり川の東側でなおかつ北寄りに置かれる可能性が高い。


 そう考えたカルノーは部隊を北に移動させた。川幅が狭くなっていて「ここを堰き止める」と予想した地点よりさらに北である。ここであればホーエングラムの意識の外であり、その目は届かないと判断したのだ。そしてカルノーは目立たない場所に陣地を作らせると、そこにじっと身を潜め討伐軍の本隊が来るのを待った。



□■□■□■



 時間は少し遡る。ホーエングラムが45万の大軍を率いて皇都を出立し、その内の5万を先遣隊として先行させたときのことだ。その知らせを受けたライシュハルトは、すぐさま西方連合軍8万5000を率いてテムタス川のほとりに向かった。


 川幅が広く水量も豊富なテムタス川は、西方連合軍にとって天然の大堀である。この川を防衛線として討伐軍の西進を防ぎ、その間に北方連合軍と連携して敵を叩く。それがライシュらの考えた戦略の大筋だった。


 連携する相手はなにも北方連合軍でなければならないわけではない。しかし、この時点でアザリアスに対し明確に叛旗を翻していたのは、西方連合軍のほかには北方連合軍しかなかった。この先、決起する者たちがいればその者たちとも連携したいが、しかし未だ決起していない者たちに期待しても仕方がない。


 そのようなわけでライシュは挙兵の当初から北方連合軍のエルストの連携を呼びかけてはいるのだが、今のところその返事はつれない。はっきりと「協力する」との返事はまだ貰えていないのが現状だ。そのことに苛立つ幕僚も多い。


(ロキめ……、主導権争いをしている場合ではないぞ……)


 ライシュもまた、なかなか動こうとしないエルストに苛立ちを感じていた。とはいえそれでもまだ、彼のなかでは友人に対する信頼のほうが大きい。


 討伐軍総勢50万が北方連合軍にとっても脅威であることに違いはないのだ。ならば西方連合軍と連携できる今のうちにエルストは必ず動く。主導権を握りたいがために動くのを渋り、その結果として二人とも叩き潰されてしまう。自分の友人はそんな間抜けをさらすような男ではないとライシュは信じていた。


 それに、ライシュとて北方連合軍だけを頼りにしているわけではない。挙兵や連携に前向きな貴族や代官は各地に多くいる。ここで西方連合軍が勇戦すれば、彼らの背中を押すことにもなるだろう。加えて言えば、支配領域とした皇国西部からさらなる兵を動員することも十分に可能である。


 つまり、敵は確かに大軍ではあるが、ライシュらとて決して手詰まりではないのだ。むしろ孤立無援なのは討伐軍の方だ。それゆえ彼らは攻め急ぐだろうが、しかしそれに飲み込まれてやるわけにはいかない。


「そのためにも、まずは奴らにテムタス川を渡らせないことだな」


 テムタス川の西側に陣を張ったライシュは、川の向こう側に見える討伐軍先遣隊の陣を見ながらそう言った。


「御意」


 ライシュの隣で短くそう答えたのは、ベリアレオス・ラカト・ロト・リドルベル辺境伯である。彼はライシュの義理の父なのだが、彼が〈アルヴェスク〉の姓を名乗ることを決めてからというもの、決して義父として振舞うとせず、一臣下としての立場を貫いていた。


『殿下が“父上”と呼ぶべきは、レイスフォール陛下ただお一人でございます』


 居並ぶ家臣たちの前でベリアレオスのことを「親父殿」と呼んだライシュを、彼はそう言って嗜めた。「殿下」と呼びかけているとはいえ、事実上皇王として扱っていると言っていい。実際に彼の娘であるマリアンヌがライシュの妻になっているのだから「親父殿」と呼ばれても問題は無さそうなのだが、ようするに頑固者なのだ。


 ちなみに、自分を父と呼ぶなと言われたライシュは一つ頷くと、その時からベリアレオスのことを「亜夫殿」と呼ぶようになった。「亜夫」とはつまり「父に次ぐもの」と言う意味で、レイスフォール亡き今、「父のように敬うべき唯一の人」と言っているに等しい。彼もまた、頑固者だった。


 まあそれはともかくとして。ライシュの言ったとおり、まずは討伐軍にテムタス川を渡らせないこと。西方連合軍にとってこれが第一の目標になる。この目標のために、彼らは今持てる力の全てを振り絞っていると言ってもいい。


「だからと言ってお前まで来る必要は無かったのだがな、ジュリア」


 そう言ってライシュが苦笑気味に視線を向けたのは、妹のジュリアだった。歳はライシュより四つ下で、今年19になる。身長は長身の兄と比べると頭二つ分以上も低い。ライシュと同じく銀色に輝く髪を持ち、目の色は深い藍色。目鼻立ちは整っており、つり目気味の目が彼女と言う存在に生気を与えていた。「少々気が強すぎるのが玉に瑕」とは兄であるライシュの談。


 さてそんな彼女は今、鎧を身に纏い剣を腰間に差して西方連合軍の陣中にいた。銀色の髪の毛は頭の後ろで一房に纏めてあり、それがつり目気味の容貌と相まってまさに女騎士と言った出で立ちである。


「何を仰います、兄上。玉座を簒奪したアザリアスはわたくしにとって父上の(かたき)も同じ。その敵を討つために皇族の姫が戦場に立てば、兵達の士気もあがるというもの。それは兄上にとっても十分に利のあることではありませんか?」


 ジュリアは飄々としたすまし顔で、ぬけぬけとそう言った。だいたい、自分のことを「父上の娘」と言わずに「皇族の姫」と言っている辺り、どこまで本心の言葉なのか大いに疑問だ。


 ただし、困ったことに彼女の言うことには一理ある。現在の西方連合軍の勇戦を支えている大きな要因の一つは、兵士達の士気の高さだ。そしてレイスフォールの娘であるジュリア・ルシェク・アルヴェスクの存在が兵士達の士気を高めるのに一役買っているのは事実だった。


『姫様が見ておられる! 無様な戦いは出来ぬぞ!!』


 ジュリアが馬に跨って戦場に現れれば、それだけで兵士達の士気は上がった。これまで討伐軍の先遣隊に対し優位に戦えているのは、この士気の高さによるところが大きい。それはライシュも認めている。


 最初から兵の士気を当てにして戦略を立てるのは愚か者のすることだが、しかし兵の士気を無視して戦うことは出来ない。士気が高ければそれに越したことはなく、そのためライシュはジュリアが陣中にいるのを黙認している状態だった。


(ライは、いや、殿下はジュリア様に後ろの安全なところにいて欲しいのであろうが……)


 ライシュとジュリア。この兄妹が揃って西方連合軍の陣にいることにこそ意味がある、とベリアレオスは思っている。


 西方連合軍において真っ先にライシュハルトに味方したのは、言うまでもなくリドルベル辺境伯家である。しかしリドルベル辺境伯家には、例えばアルクリーフ公爵家のような影響力はない。よって辺境伯家が味方したというだけでは、西方連合軍は今の規模になることは出来なかっただろう。


 西方連合軍が今の規模になった最大の理由。それは言うまでもなくレイスフォールの御落胤であるライシュを旗頭に据えたからだ。彼が先頭に立ったからこそ、皇国西部の貴族や代官たちはこぞってその元に馳せ参じたのである。


 しかしながら、ライシュは言うまでもなく男である。その彼が「自分は皇族である」と宣言し、さらにこうして西方連合軍を組織した。つまりライシュがアザリアスを討ち果たしたその暁には、彼が皇王となるということである。


 貴族や代官たちで、それを理解していない者はいない。そのため彼らは早くもこの内乱後のことを考え始めている。つまり、皇王となるライシュにいかにして取り入るのか、考え始めているのだ。


 それが悪いことだとはベリアレオスも思っていない。取り入るとはつまり協力するということで、この内乱に勝つために尽力してくれるのであればそれは歓迎すべきことだ。そもそもこれは貴族の習性、あるいは行動原理と言うべきもので、こういう考え方を全く否定していては貴族社会で生きていくことはできない。


 とはいえ、それが過ぎるようでは困る。そこでジュリアの出番だ。


 女性であるジュリアの存在は、ライシュほど生々しく権力に直結していない。加えて彼女は母親の身分が低いとはいえレイスフォールの娘、つまり立派な皇族の姫君である。西方連合軍団結の象徴として、これほど適している存在はいないだろう。特に末端の兵士達の人気は高く、それが全体としての一体感を生み出していた。


 ライシュを旗頭にして味方を集め、ジュリアを象徴にして結束を強める。今のところ、これで上手く行っているというのがベリアレオスの考えだ。


 ただし、この状態は長期的なことを考えるとあまり良いとはいえない。ライシュとジュリアの兄妹を要にしているということは、この二人に何かあればその瞬間に西方連合軍は瓦解してしまうからだ。


 それでも今はライシュとジュリアの存在を全面に押し出さなければならない。なにしろ手続きだけをみれば、アザリアスは正当な皇王なのだ。その彼を打ち倒して新たな皇王になろうというのだから、言ってみれば簒奪と変わらない。その辺の事情を隠すためにも、皇族の二人を前面に出して自分達の正当性を主張しなければならない。


(一日も早くこの内乱を終わらせなければ……)


 ベリアレオスは改めてそう思った。皇国の未来もそうだが、自分達の未来のためにも。特定の個人を象徴とする軍隊は前述したとおりに致命的な弱点があるし、また暴走したときに歯止めが利かない。さっさと内乱を終わらせて西方連合軍は解散するべき。ベリアレオスはそう思っていた。


 そんな彼のもとに、兵士の一人がやってきて事態の進展を知らせる。その報告を聞くと、彼は兵士に「ご苦労」と一言声を掛けてから、ジュリアと雑談しているライシュのところへ向かう。


「殿下、今しがた報告がございました」


「聞こう。何があった?」


「討伐軍の本隊が到着したとの由にございます」


 それを聞くとライシュは目を細めて厳しい表情をした。後に年代記で「テムタス川の会戦」と呼ばれる戦いが始まろうとしていた。


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