野心の目覚め5
「まったく、面倒なことになったものよ。のう、ホーエングラム?」
玉座の肘掛に頬杖をつきながら、アザリアスは傅くホーエングラムにぼやくようにしてそう言った。ホーエングラムが「まことに」と答えるその声も、彼の意識を素通りして行く。本当に、面倒な展開になったものだった。
「まさか、西にレイスフォール陛下の御落胤が残っていたとは、な……」
ライシュハルト・リドルベル・アルヴェスクが西で決起したことは、すでにアズリアスの知るところとなっている。その勢いたるやすさまじく、ともすれば北の反乱よりも勢力が拡大する速度は速かった。今やアルヴェスク皇国の西方は丸ごとライシュハルトの勢力圏だと思っていい。
この躍進の最大の理由は、やはりライシュハルトが〈アルヴェスク〉の名を名乗っていることだろう。レイスフォールがライシュハルトを自分の息子と認める公文書も彼の手にあり、そのため西方の貴族や代官たちはこぞって彼を旗頭として仰いでいた。よって、彼はほとんど無血で西方一帯を手に入れたに等しい。
「この者のこと、知っておったか? ホーエングラムよ」
「はっ……。西にレイスフォール陛下の愛した女がいることは聞き及んでおりましたが、まさか息子がいたとは……。娘一人がいることは知っておりましたが、陛下はその妻子を皇都に連れて来ることはされませんでしたから……」
もちろんアザリアスもホーエングラムも、ライシュハルト・ロト・リドルベルなる若者のことは知っていた。しかし彼がまさかレイスフォールの息子であったとは。まったく寝耳に水であった、というのが二人の本音である。
(まったく、このようなことが無いよう、皇族はフロイトスを残して皆始末したというのに……)
アザリアスは胸の中でそう嘆息した。皇族というのはその血筋だけで価値があるから厄介だ。皇族と言うだけで旗頭となれる。実権のない象徴に過ぎない場合も多いが、しかし象徴となれるだけでも稀有なことだとアザリアスは思っている。
そのような皇族たちは、アザリアスにとって目障りこの上ない存在だった。だから内戦を利用し、「フロイトス新皇王に逆らった」という名目で目に付く限り始末した。こうしてようやく、アザリアスは自らの野心を実現させるための筋道を描けるようになったのだ。
このときアザリアスが描いていた権力への道筋はこうだ。まずはフロイトスを傀儡として矢面に立たせ、その間に自分は基盤を固める。そしてある程度のところで、フロイトスの母親であるイセリナと婚姻を結ぶ。これによって彼は皇王の父となり、その権勢を振るうことができる。フロイトスとイセリナが後々邪魔になるようであれば、その時には毒殺でもして排除すれば良い。
だがその計画は、宰相となっていたブルミシェスが急死したことで変更を余儀なくされた。彼の後釜としてアザリアス自身が宰相となったが、そのことへの反発は思いのほか大きかった。何もしなければ排除されていたに違いなく、そのためアザリアスは計画を繰り上げて皇王となるほかなかった。
(まあ、過ぎたことをあれこれ言ったところで仕方がない。過程はどうあれ、皇王になったのだ。後は北と西の反乱勢力を叩き潰せば、余の治世は磐石なものとなる)
そのためにも、ホーエングラム大将軍には大いに働いてもらわなければならない。胸のうちでそう結論を出すと、アザリアスは頬杖を解いて背筋を伸ばし、声に威厳を込めてこう宣言した。
「皇王はこのアザリアスである。余に逆らうというのであれば、今は無きレイスフォール陛下のご子息といえども討たねばならなぬ」
「御意」
アザリアスの言葉を聞いて、ホーエングラムは短くそう応じた。彼のその反応に、アザリアスは満足げに一つ頷く。
「それで大将軍、兵はいかほど集まった?」
「およそ50万、と言ったところでしょうか」
その数を聞いて、アザリアスは「ほう」と声を漏らした。聞くところによれば、北と西の反乱勢力はそれぞれ多くとも10万程度。それに対してホーエングラムは50万の兵を集めたという。それを聞いてアザリアスは「勝ったな」と思った。
「して、その50万の兵をどう使う?」
「全軍を用い、まずは西を叩きまする」
ホーエングラムは簡潔にそう答えた。そしてこう続ける。
曰く「〈アルヴェスク〉の名を名乗るライシュハルトは、北の反乱の首魁エルストロキアよりも厄介な相手である。これ放っておけば、その血筋を目当てに迎合する者が多く現れるだろう。それを防ぐためにも、まずは確実に彼を討たなければならない」
「ふむ。大将軍の言うこと、尤もである。だが、兵は50万もいるのだ。これを二つに分け、北と西を同時に成敗すればよいのではないか?」
50万を二つに分けたとしても、それぞれ25万ずつ。敵に対する数の優位性は保たれている。二正面作戦になってしまうが、それでも勝機は十分にあるように思えた。しかしその考えをホーエングラムは即座に否定した。
「陛下。以前にも申し上げたとおり、地の利は敵方にあるのです。この事実を軽視してはなりませぬ。戦いは数だけで決まるわけではないのです。そして敵を勢いづけないためには、緒戦で必ず勝たなければなりません。そのためには50万の兵力全てが必要なのです」
「しかし全軍を西に差し向ければ皇都が空になるではないか。そこを北の反乱軍に狙われたらどうするのじゃ?」
アザリアスの疑問は尤もだった。いくら西の反乱を鎮圧しても、その間に皇都を落とされ皇王たる彼が死んでしまっては何の意味も無い。北の反乱に対し、鎮圧は無理でも南下を防ぐだけの戦力を残しておかなければならない。
このとき「まだ反乱を起こしていない貴族の領軍を皇都に呼び寄せる」という選択肢は、アザリアスの頭の中にまったく存在していなかった。なぜなら、まだ反乱を起こしていなくても、貴族と言うのは潜在的な敵対勢力という位置づけだったからだ。呼び寄せた貴族たちに寝首をかかれては目も当てられない。
「ではブラムゼック砦に5万の兵を置きましょう。これで北の鼠どもが南下するのを防げます」
ブラムゼック砦というのは、ちょうど皇都とアルクリーフ領の真ん中に位置する砦だ。ここに5万の兵を置き、北の反乱に対する抑えとする。ホーエングラムはそう提案した。
「う、む……。よかろう。そのようにいたせ」
アザリアスはそう命令を下した。それに対し、ホーエングラムは「御意」と答えて頭を垂れる。その時、彼がどんな顔をしていたのか。玉座に座るアザリアスからは見ることが出来なかった。
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(もうすぐ、もうすぐだ……)
謁見の間を出て宮廷の中を一人歩くホーエングラムは、内心でそう呟いた。
もうすぐ、皇王の座に手が届く。その事実はホーエングラムを興奮させる。戦場ですら久しく感じていなかった感覚だ。彼は一瞬だけ獰猛な笑みを浮かべると、右手でつるりと顔を撫でその笑みを消した。
ホーエングラムは根っからの武官であり、ただ軍部においてのみ栄達を重ねてきた。立場が上になるにつれて政治的なことも考えなければならなくなっていったが、しかし本質的な部分で彼はずっと武官だった。
そして武官の最高位ともいえる近衛軍司令官になった時、ホーエングラムはこれで自分は栄達を極めたと思った。確かに数年前までの彼はこの地位に満足し、さらなる野心など彼の内にはないはずだった。
ホーエングラムが皇位を意識し始めたのはごく最近のこと、宰相ブルミシェスが死んでからのことだ。彼が死に、そしてアザリアスがなんと皇位に就いたとき、ホーエングラムは当初怒り狂った。
『おのれ! ブルミシェス殿を暗殺したのはやはり彼奴めであったか!』
ブルミシェスの死の直後から感じていたその疑念を、ホーエングラムはこの一件で確信に変えた。アザリアスは皇王の地位欲しさにブルミシェスを殺したに違いない。ならば次に狙われるのは、恐らくこの自分。
『ならばいっそ先に……』
アザリアスを殺してしまおうか。そう考えたとき、ホーエングラムの脳裏に一つの疑問が浮かんだ。その場合、空になった玉座に座るのは一体誰なのか。
普通に考えるならばフロイトスだ。だがそこでホーエングラムはこう考えてしまった。
『アザリアス如きが皇王になれるのであれば、このホーエングラムとて』
この瞬間から、ホーエングラムは玉座を求めるようになった。さらに彼は、場当たり的に皇王になってしまったアザリアスよりもずっと狡猾だった。
アザリアスの即位を貴族たちが認めるはずが無い。しかしそれは、今彼を排除してホーエングラムが玉座についても同じことが言える。だからまず、ホーエングラムはアザリアスに従う振りをして、全ての矛先を彼に向けさせた。
大人しく恭順して見せたホーエングラムの事を、アザリアスはきっと信頼しきれずにいたに違いない。しかしだからと言って彼を遠ざけることは出来なかった。自前の領地と戦力を持たないアザリアスにとって、彼と近衛軍はどうしても必要な存在だったからだ。
そして予想されていた通り北で反乱が起こると、アザリアスはホーエングラムに軍を催してこれを鎮圧するように命じた。“勅命”を受けたホーエングラムは堂々と大軍を、自らが皇王となるために必要な戦力を集めた。
こうして50万という大軍を集めたホーエングラムに、野心と言う名の怪物がこう囁く。
『この戦力を使ってアザリアスとフロイトスを殺してしまえ。フロイトス殺害の罪はアザリアスに着せればよい。そして空になった玉座にお前が座ればよい……』
しかし、この時点でもまだホーエングラムは玉座に手を伸ばそうとはしなかった。時期尚早と思ったのは事実だが、それ以上に彼はアザリアスを自らの手で葬ることに躊躇いを覚えていた。
アザリアスを殺すことそのものを躊躇っていたわけではない。ただ追い詰められた彼は、墓場まで持って行ってもらわなければ困るあの秘密を暴露してしまうかもしれない。死なばもろとも、というわけだ。だが、ホーエングラムにアザリアスと心中する気はない。
アザリアスの始末は、自分ではない他の誰かにさせなければならない。ただ、それはさほど難しくはないはずだ。なにしろ、今の彼は国中から憎まれている簒奪者。彼を殺したいと思っている者はごまんといる。
まあいざとなれば自分の手で始末をつければいい。ホーエングラムがそう思っていた矢先、西でライシュハルトが叛旗を翻した。
(ライシュハルト・リドルベル・アルヴェスク、か……。まったく、良い時に兵を起こしてくれたものよ)
ホーエングラムは、内心でそう呟きながらほくそ笑んだ。これで、堂々と大軍を引き連れ皇都を離れることが出来る。
(これで、皇都の周辺に戦力の空白地帯ができる)
ホーエングラムがかき集めた50万という戦力。彼がその戦力をどこから集めたのかと言うと、皇都周辺の天領から集めたのである。50万という数は、これらの天領から集められる兵の数としては限界に近い。さらに付け加えて言えば皇都の周辺に貴族の領地はない。
よってこの50万の兵をホーエングラムが全て隷下に収めれば、皇都に残るアザリアスが集められる戦力はほとんど存在しないということになる。これが、彼の言う「戦力の空白地帯」だった。
(ブラムゼック砦に5万とは言っても、現実にどこまで役に立つものやら……)
ホーエングラムは意地悪くそう考え、喉の奥を鳴らして小さく笑った。ブラムゼック砦は決して小さな砦ではない。位置も、確かに皇都とアルクリーフ領のちょうど真ん中にある。それは間違いない。
ただ、立地を見ると決して要衝と呼べる場所ではない。迂回しようと思えば出来てしまう。そういう砦だった。だから北の反乱を率いるアルクリーフ公爵が少しでも頭の回る男なら、この砦を無視して迂回し直接皇都アルヴェーシスを叩くだろう、とホーエングラムは予想していた。その時、アザリアスは防衛のための戦力を集めることが出来ず、皇都は容易く陥落することになる。
そして皇都を落としたアルクリーフ公爵は、簒奪者アザリアスを殺すだろう。それこそがホーエングラムの狙いであるとも知らずに。
アザリアスが死に、さらに西のライシュハルトを討てば、後はアルクリーフ公爵だけ。45万の大軍を持ってすれば西を制圧することは容易く、その後に取って返して公爵を討つこともまた容易い。ホーエングラムはそう考えていた。
もちろん、彼は油断などしていない。特に公爵が皇都を落とせば、それは西に向かった彼の軍にとって後方の補給地を落とされたことになる。無論、食料を含めた物資は十分に用意したが、大軍は食わせていくだけでも一苦労だ。物資が足りなくなる事態は想定しておかなければならない。その時、どこから補給するのか。
ホーエングラムはライシュハルトを討った際に、物資を現地調達すればよいと思っている。しかし素早く皇都に戻らなければならないから、十分な補給が出来るかは怪しい部分がある。それは認めなければならないだろう。
そこで、ブラムゼック砦に残した5万の兵である。これは北の反乱に対する抑えなどではない。皇都とその周辺を押さえられた場合に備えての布石だ。5万の兵を預ける将に砦の死守を厳命し、さらに長期戦に備えて周辺から物資を集めさせておく。そして西から戻ってきた時に、この砦と集めさせておいた物資を使う。
十分な物資と拠点、そしてなにより50万の大軍。負ける要素はどこにも無い。こうして最後にアルクリーフ公爵を排除すれば、残っているのは空の玉座だけである。ホーエングラムがその玉座に座るのを妨げる者は、もう誰もいない。
(皇族が一人でも残っていれば反論の声が上がるのだろうが……)
めぼしい皇族は先の内乱でほとんど死んでいる。西に隠れていたライシュハルトもホーエングラムが討つ。皇都にはもう一人の皇族フロイトスがいるが、彼はアルクリーフ公爵によって殺されてしまうに違いない。事実はどうあれ、年代記にはそう記されることになる。なぜなら歴史は勝者によって作られるからだ。
「さあ往こう。勝者になるために」
そして最後まで勝ち続けたものが皇王になる。ホーエングラムは、そう信じていた。
この三日後、ホーエングラムは西に向けて進軍を開始した。ただし、その速度は遅い。これは各地で食料などの物資を徴収しながら西に向かっていたためである。アルクリーフ公爵が皇都を落としたとき、この軍は一時的にとはいえ孤立する。その時混乱が生じないようにするには十分な食料が必要。ホーエングラムはそう考えていたのである。
ただし、あまりに遅すぎると西のライシュハルトが増長する。それを抑えるため、ホーエングラムは精兵5万を選んで先遣隊として先行させた。この先遣隊を率いるのは彼の腹心、ラクタカス将軍である。
「よいか、決して無理はするな。西の反乱軍を釘付けにして好き勝手させぬこと。それが先遣隊の役割だ」
ホーエングラムはラクタカス将軍にそう命じた。
皇都から差し向けられた討伐軍のこの動きに、ライシュハルトは即座に応じた。この時までに自分の勢力圏としていた皇国西域から軍(後の年代記では西方連合軍と呼ばれた)を集め、討伐軍と相対するために出陣したのである。
こうして西方連合軍と討伐軍の先遣隊はテムタス川を挟んで相対した。大陸暦1059年6月初めのことである。このとき西方連合軍の戦力、およそ8万5000。先遣隊は5万とはいえ精兵ぞろいで、しかもその後ろには本隊40万が控えている。
ライシュハルトにとって圧倒的に不利な戦いが始まろうとしていた。
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「ライシュハルト・リドルベル・アルヴェスク、か……」
ホーングラム大将軍率いる討伐軍45万が皇都から出立した頃、エルストロキア・レダス・ロト・アルクリーフは北方連合軍の陣中で一人地図を前にしてそう呟いていた。西方でかつての学友が兵を起こしたことは、すでに彼に耳にも入っている。しかもあろうことか〈アルヴェスク〉の名を名乗り、レイスフォールの御落胤として挙兵である。
「まったく、ライの奴め……。おかげで私が霞むではないか」
言葉とは裏腹に、楽しげな口調でエルストはそう呟いた。ライシュがレイスフォールの御落胤であったことに、それほどの驚きは無い。そのようなことがあるやも知れぬ、と以前にエルストの父が話していたからだ。
「まあ、それはそれとして、だ……」
ライシュが挙兵したことで状況が変わった。北方連合軍を率いる者として、エルストはこれからどう動くのかを決めなければならない。
(ホーエングラム率いる討伐軍の本隊は西に向かった。我々に対する抑えはブラムゼック砦に入った五万のみ……)
エルストは各地に放っている密偵からの情報をまとめていく。そこから読み取れるのは、アザリアスはまずエルストよりもライシュのほうを先に片付けようとしている、ということだ。
(いや、アザリアスがというよりも、ホーエングラムがと言うべきか……)
エルストは鋭くそう見抜いていた。そしてホーエングラムの狙いもおおよそ察している。
「ふん、アザリアスとフロイトスを我々に片付けさせる気か、あるいはその罪を押し付ける気か……」
エルストはそう言って皮肉気に笑った。皇都の周辺に生じた戦力的空白地帯。そして無視しようと思えば無視できるブラムゼック砦の戦力。これらを合わせて考えれば、この状況はホーエングラムが作り出したあからさまな誘いであることが分かる。
「ふふ、誰も彼も皇王の座に恋焦がれているということか」
少々自嘲気味にエルストはそう呟いた。〈アルヴェスク〉の名を名乗った以上、ライシュは「皇王になる」と宣言したようなものだし、アザリアスとフロイトスを排除しようとしているホーエングラムも皇王の座を狙っているに違いない。そしてエルストもまた……。
「さて、この誘いに乗るか否か」
ひとまず決断すべき問題はそれである。エルストが皇都を落とせば、事態は大きく動くだろう。少なくともホーエングラムとの対決は避けられない。ただ、戦力差は一目瞭然。勝つためには西方連合軍と手を結び、前後から挟み撃ちにする必要がある。
「ライと手を結ぶ、か……」
そのこと自体に嫌悪感は覚えない。ただその場合、内乱後に主導権を握るのは皇族であるライシュになるだろう。
「ふむ……」
そこまで考えたとき、エルストの視線が地図上をスッと東に動いた。彼が視線を向けたのはアルヴェスク皇国の東の隣国、皇都アルヴェーシスから見れば北東に位置するギルヴェルス王国だ。
エルストはギルヴェルスとは縁が深い。彼の妻アンネローゼがギルヴェルス国王の孫姫だからだ。協力を願えば手を貸してくれるだろう。ギルヴェルス国軍の力を借りる気はないが、例えば経済面での協力や物資の融通など出来ることは多い。そしてギルヴェルスの協力は、今エルストが押さえている皇国北部の安定に大きく寄与することだろう。
そう、安定だ。内乱が長引けば国内は混乱することになる。その時、新たな秩序を創り上げることができるのは、混乱の少ない安定した地域に他ならない。つまり、エルストが実効支配する皇国北部だ。
「とはいえ、ライがどれほど持ちこたえられるか……」
ライシュが率いる西方連合軍は、これからホーエングラム率いる討伐軍と雌雄を決しなければならない。そこでライシュが敗れれば、後はホーエングラムの独壇場になってしまう。
「ふふ、ライは英傑だ。ホーエングラム如きに遅れは取らぬさ」
その言葉はエルストの口から思いのほかすんなりと出てきた。確証は無い。しかし確信は揺るがない。これで、どう動くかは決まった。
「さて、カルノー。お前はどうする?」
そう言ってエルストは、もう一人の学友に思いをはせた。




