表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アルヴェスク年代記  作者: 新月 乙夜
結の章 交誼の酒
55/86

交誼の酒4

 サザーネギア。正式名称〈サザーネギア連邦〉。


 国土は97州。隣国のギルヴェルス王国の国土が121州であるから、それと比べると少し小さいと言える。ただし、同じ州の数で比べていると、アルヴェスク皇国や旧メルーフィス王国などよりも広く感じる。それは北国であるため、特に北部は人口密度が低く、そのため一つ一つの州の面積が広くなる傾向にあるためだ。そのため、面積のわりに生産性が低い州も多い。なお、これはアルヴェスクの北部やギルヴェルスなどにも同じことが言える。


 サザーネギアの最大の特徴は、連邦共和国であること。つまり、国王・皇王・皇帝といった絶対的な権力を持つ専制君主がこの国にはいない。


 サザーネギアの国土は、幾つかの領地に分割されている。そしてそれぞれの領地を治める領主がいる。この辺りの統治機構はアルヴェスク皇国などと同じである。違うのはその上にいわゆる王がいないことだ。つまりサザーネギアは、言ってみれば領地を持つ領主たちの共同体なのである。これにより各領地はそれぞれ高度な自治権を持つ事になり、いわば一つの“国”となっている。


 しかしただの共同体では、国家としての体裁を保つことはできない。諸外国と渡り合い、サザーネギアを国家として認めさせるためには、少なくとも外交面では国内の意見を統一しておく必要がある。また侵略者に対し、一致団結して立ち向かえなければ、この国は容易く滅ぼされてしまうだろう。


 そこで彼らが設けた最高権威が、〈連邦憲章〉である。サザーネギア連邦に加わる全ての領主は、この憲章に署名しまたこれを批准することが求められている。


 そしてこの連邦憲章の下、外交や軍事に関し、国家としての意思統一を図ること目的に設けられた最高意思決定機関が〈連邦議会〉である。そこではサザーネギア連邦を構成する領地の領主らが議員となり、国家としての意見を合議で決定するのだ。そしてここで決定された事柄が、そのままサザーネギア連邦の意思となる。


 もちろん、ある案件が全会一致で可決されることは滅多にない。それで、最終的には投票による多数決で可否が採決される。ただし、それぞれの議員が持っている票数は、決して平等ではない。


 それぞれの議員、つまり領主は自らが持つ爵位に応じて投票できる票数を持っている。例えば公爵であれば5、伯爵であれば3、といった具合だ。ただし賛成か反対、あるいは棄権を明確にする必要があり、手持ちの票数5のうち賛成3反対2というような投票の仕方はできない。賛成ならば賛成、反対ならば反対と、態度を明確にすることが求められているのだ。


 さて、議会であるからには進行役を務める議長が必要になる。この議長役については、三人の公爵が五年ごとの持ち回りで務めていた。対応が議長に一任される案件も多く、この議長役こそがサザーネギア連邦の実質的な代表者、君主であると考えていい。ただしその権力は専制君主制のそれと比べ大きく見劣りするが。


 それで、議長役を務める三人の公爵とは一体誰であるのか。カルノーが読み進める資料の中には、その名前と大まかな経歴などについても記されていた。


 グリフィス公爵アレスニール。

 サザーネギア連邦の南部に領地を持ち、またその周辺に強い影響力を持つ。現在57歳。優れた武将でもあり、若い頃には軍勢を率い北進してきたナルグレーク軍を打ち破るなど、幾つも輝かしい武功を持つ。ただし武一辺倒な人物ではなく、ナルグレークと交易を拡大するなど、領主としての手腕も確かである。


 バルバトール公爵エドモンド。

 サザーネギア連邦の西部に領地を持ち、またその周辺に強い影響力を持つ。現在49歳。サザーネギアは西の隣国ギルヴェルス王国との間にこれまで何度も戦端を開いてきたが、その際に進攻や迎撃の中心となるのは常にバルバトール公爵であり、エドモンドもまた当代の当主としてその任を全うしてきた。大小を問わず経験した戦場の数では年長のアレスニールをも凌ぐ、国内随一の猛将である。


 ロベリス公爵代理カルナリア。

 ロベリス公爵家はサザーネギアの北東部に領地を持ち、またその周辺に強い影響力を持つ。最近当主が病死してしまい、またその後継者がまだ幼かったこともあり、現在は当主の妻であるカルナリアが当主代理を務めている。現在37歳。内政のみならず軍勢の指揮においてもその手腕は確かであり、アレスニールをして「稀代の良将」と言わしめ、また二人の男性公爵に対しても物怖じしない女傑である。


(……つまり、この三つの公爵家が中心となり、それぞれの派閥を形成しているということか)


 資料を読み進めながら、カルノーはそういうふうに理解した。そしておおよそその理解で間違っていない。


(今回の出征に関係してくるのは……、グリフィス公爵とバルバトール公爵だな……)


 無論、国の重要人物である以上ロベリス公爵代理の女傑カルナリアも多かれ少なかれ関わってくるだろうが、特に注意が必要になるのはこの二人であろう。


 サザーネギア侵攻の際には、まず間違いなくギルヴェルスからの東進になる。そうなるとこれを防ぐサザーネギア側の中心人物は、これまでの例から言って十中八九バルバトール公爵であろう。


 どのような作戦でいくにせよ、アルヴェスク軍の主力はギルヴェルス軍と合流して行動する。となればバルバトール公爵の率いるサザーネギア軍と戦うことが予想される。それで彼の性格や人柄、戦歴や得意とする戦術、その周辺にいる人物など、バルバトール公爵についてもっと詳しく調べさようとカルノーは思った。


 次にグリフィス公爵だが、彼は国の南に影響力を持っている。それでもし第一号作戦が実行に移された場合、フラン・テス川を降って北上して別働隊が侵入するのは彼の勢力圏内であると考えた方がいい。


(南部の領地構成が知りたいな……。最低限、グリフィス公爵領の大まかな位置は必須だ)


 もちろん、避けて通るためである。周りは敵ばかりだというのに、その上サザーネギアの重鎮に別働隊の存在を知られてしまっては動き辛いことこの上ない。


 知りたいことは他にもある。特に地理情報が欲しい。どういうふうに街道が通っているのか。どこにどんな砦や街があるのか。地形はどうなっているのか。山や丘、森などの位置に、河川の様子。知るべきことは多くある。


 無論、それらの情報も今カルノーが目を通している資料の中にある。とはいえ、十分とは言い難い。まだ整理が終わっていない情報もあるが、しかしさらなる情報収集が必要であろう。


 ただ、アルヴェスクが必要とする情報の全てを、ナルグレークから入手できるとは思わない。彼らとて、外に出す情報はある程度選んでいるだろう。他国のこととはいえ、全てを明かしてくれるとは思わない。加えて、地域によっては情報に粗密があるだろう。つまり、そもそも持っていない情報もあるはずだ。


(まあ、ギルヴェルスからも情報は得られるだろうが……)


 そもそもアルヴェスク軍はギルヴェルス軍の援軍なのである。情報を貰うのであればまずはギルヴェルスに打診するのが普通だ。


 いや、ギルヴェルスにも情報の提供は打診している。だがギルヴェルスは、いやエルストはアルヴェスクが主導権を握ることを警戒している。それで十分な情報が得られるかは不透明だ。


 それで、こうしてナルグレークからもサザーネギアに関する情報の提供を受けているのだ。二箇所から集めた情報を刷り合わせれば、より完全なものへと近づくだろう。カルノーはそれを期待していた。


(とはいえ、期待するだけでは、な……)


 ひとまずナルグレークからできるだけ多くの情報を引き出さなければならない。交渉の責任者となっているのはメルーフィス総督だが、どのような情報が欲しいのか、こちらの要望を伝えておくことは有益だろう。それでカルノーは情報の整理と分析を行う参謀たちに、それらの要望をまとめておくように命じた。後日、彼のほうからメルーフィス総督に話をすることになるだろう。


 兵の調練も順調に進んでいる。こうしてサザーネギア出兵の準備は着々と整っていくのだった。



□■□■□■



 ジュリア・ロト・オスカーが、強引に夫であるカルノーと一緒にメルーフィスまで赴いてきたのは、一言でいえば暇だったからである。そして同じくらい、いやともすればそれ以上に寂しかったからでもある。


 ジュリアは自分とカルノーの婚姻が政略に類することを理解している。つまり摂政となったはいいがまだその権力基盤が万全でない兄のライシュハルトが、有能で信頼できる友人であるカルノーを手元において重用したいがために、妹のジュリアを彼と結婚させたのだ。


 その目論見は、大いに当ったと言っていい。ジュリアが思うに、カルノーはライシュが思っていた以上の働きを見せた。近衛軍に入った彼は手腕を発揮して手柄を立て、驚くほどの短期間で将軍職にまで上り詰めた。異例の出世である。


 カルノーにもとからそれだけの能力があったことは疑いようがない。しかし能力があるだけで出世していけるほど、近衛軍は若い組織ではない。内乱による人材の不足が重なった、という事情もあるだろう。だがそれ以上に彼の異例の出世を支えたのは、「摂政の義弟」という立場に他ならない。つまりジュリアとの婚約そして婚姻が、彼の出世を下支えしてきたのである。


 これだけを考えれば、なるほど確かに立派な政略結婚である。この結婚を成立させているのは利害と打算であり、愛だの恋だの入り込む隙間はない。少なくとも傍からはそう見えるだろう。


 しかし政略結婚だからと言って、夫婦の関係が冷え切っていると勝手に決め付けられるのは、ジュリアにとってはなはだ不愉快である。事実ジュリアとカルノーの関係は、政略結婚で結ばれたとは思えないほど良好で温かく、ともすれば甘酸っぱいものだった。その辺りのことを考えるときジュリアは気恥ずかしくて仕方がないのだが、まあそれはそれとして。


 つまり端的に言って。ジュリアはカルノーに恋をしていた。その恋心が芽生えたのは恐らく婚約してからで、自覚したのは結婚する直前だ。なんにせよ、実に罪のない恋心だった。


 しかし彼女の恋人(まあ夫なのだが)は忙しい人間だった。近衛軍の再編はまだ途中で、将軍となったカルノーにはさらに多くの仕事が任された。さらにそうこうしている内にギルヴェルスで騒乱が起こり、彼は軍勢を率いて出陣した。当然その数ヶ月の間、彼が皇都の屋敷に帰ってくることはなかった。


 寂しかった。母のステラが一緒にいてくれなかったら、寂しさで泣いていたかもしれない。母も年に数回しか会いに来なかった父をこんな気持ちで待っていたのだろうか。そう思い、父のことを少しだけ恨みもした。


 あまつさえ、ようやく帰ってきたカルノーは、ジュリアのことを「姫」呼ばわりである。結婚したことさえ忘れられているようで、腹が立った。少々不機嫌になっても(傍から見れば拗ねているだけなのだが)許されてしかるべきだとジュリアは思っている。


『子供を産みなさい。そうすれば、待つことは苦痛ではなくなるわ』


 ステラは寂しがるジュリアに優しくそう言った。それは彼女の実体験だったのだろう。だが、「それだけでいいのだろうか」という気持ちがジュリアの中にはあった。


 結婚して、子供を産む。それがこの世界の女性に求められている最も重要な事柄だろう。皇族や貴族ともなれば、その重要性はさらに増していく。政略結婚ともなれば、もはや至上命題と言っていい。


 繰り返しになるが、ジュリアとカルノーは政略結婚である。だからジュリアの最も重要な役割はオスカー子爵家の跡継ぎを産むことだ、と多くの人が考えるのも無理からぬことである。もちろんステラはそういう意味で子供を産むように勧めたわけではないだろうが、要するにジュリアは早く子供を産むべきだと多くの人が考えていた。


 ジュリアとて、それを忌避しているわけでは決してない。義務感を覚えているわけではないが、彼女だって子供は欲しいと思っている。それも男の子と女の子の両方。人数は今のところ具体的には考えていないが、まあ二人以上。温かい家庭で穏やかに暮らしていけたら、それはとても幸せなことだろう。


 しかし現状、どうもそれを望める状況にはないように思う。兄のライシュが摂政となってからというもの、アルヴェスクはひっきりなしに軍事行動を続けている。そしてそのため近衛軍に属するカルノーもまた、忙しい状況が続いていた。


『まったく、気の利かぬ兄上じゃ!』


 カルノーがギルヴェルスに赴き屋敷を留守にしていたその間、ジュリアは何度となくそう愚痴った。アルヴェスクを取り巻く国内外の情勢はまだまだ安定していないようで、それが近衛軍の出番とカルノーの仕事を増やし、ひいては二人の時間を奪っていく。その責任の大半がライシュに帰されるべきことに、ジュリアはもちろん気付いていた。


(兄上はやはり、父上の背中を追っておられるのじゃろうか……?)


 そのことを考えるとき、ジュリアは不安になる。ライシュへの愚痴は、夫と一緒に過ごせないことへの不満であると同時に、その不安の裏返しでもあった。


 ジュリアはライシュの野心に気付いている。いや野心というより、彼は父皇レイスフォールに認められたいと思っている。ジュリアはつまりそういうことなのだろうと考えていた。


 しかしどれだけ認められたいと思っていても、それはもうかなわない。レイスフォールはすでに崩御してしまっている。ライシュにできるのは、その足跡を追うことだけ。彼はいなくなってしまった父の背中を追いかけ、そしていつか「追い越した」と言えるようになるために、功績と皇王の座を求めている。


 報われないことだ、とジュリアは思う。父は決して、兄にそんなことを望むような人ではなかった。彼女にはそれが分かる。しかしライシュに分からないだろう。それが分かるようになるほど、ライシュとレイスフォールはお互いに言葉を交わすことはなかった。それは彼女にとってある種の負い目となっている。


 だからなのかもしれない。ジュリアは兄の歩む道が危ういと思いつつも、彼を引き止めることができなかった。彼女にできたのは、少しでも兄の役に立つことだけ。彼が少しでも父に近づけるように、近づいたと思えるように。そしていつか、彼が自分の業績を誰と比べることもなく誇りに思えるように。


 だがここ最近になって、ライシュの歩む道はさらに危うさを増しているように思える。それは言うまでもなく、ギルヴェルス王国の王配となったエルストとの対立のことだ。二人の関係は、そしてアルヴェスクとギルヴェルスの関係は、今のところ良好である。しかしそれがあくまでも表向きであることは、見る者が見れば一目瞭然だった。


 このままいけば、二人はそう遠くない未来に戦場で出会うことになる。それも、敵味方に分かれて。漠然とだが、ジュリアはそんな未来を予感した。そしてカルノーもまた彼女と同じ未来を、しかし彼女より鮮明に予感しているようだった。


 ライシュとエルストとカルノーは、士官学校時代からの友人同士である。彼らの友情は、この時代としては稀有なことに身分を越えて成立していた。それはある意味で学生であったからこそ成立し得たもので、そしてだからこそ混じり物のない純粋なものだった。


 その友情は、三人がそれぞれ責任ある立場に就いた今も、変わることなく続いている。そのことは、彼ら全員が迷いなく肯定するであろう。


 だからこそ、カルノーは自分が予感した未来に苦悩していた。友人同士が殺しあうその未来に。そしてその未来が変えがたく思えてしまうことに。


 カルノーは自分のその苦悩をあまり表に出そうとはしなかった。しかしジュリアは夫の苦悩を察していた。友人同士が争えばそのことに心を痛めずにはいられない。彼女は夫がそういう人間であることをちゃんと知っていた。


 カルノーが苦悩していることを知って、ジュリアの心もまた痛んだ。そして彼女がライシュの妹であることが、その心痛を大きくする。


(わたしは、間違えたのじゃろうか……?)


 ふと、そんなことを考える。これまでジュリアは、兄のために協力してきた。自分の価値を最大限に利用し、彼のために尽くしてきた。そのために命を賭けることもした。兄のためならば死んでも良いと、本気で思っていた。


 ジュリアのその献身的な協力のかいもあってか、ライシュはこれまで大きく躓くことなく己の覇道を歩んできた。そしてその先で、友人であるエルストと争おうとしている。もう一人の友人であるカルノーが、それを望まぬことを恐らくは承知の上で。


(そんなことのために、今まで協力してきたわけではない……!)


 ここで自分が怒るのは、筋違いな上に思い上がりなのだろう。そう思いつつも、ジュリアは怒りがこみ上げてくるのを抑えられなかった。カルノーが苦悩し、さらにそれを彼女に悟られないようにしている姿を見ると、その怒りはさらに大きくなった。


 何とかしなければならない。ジュリアはそう思った。しかし怒りを抱きながらそう思ってはいても、しかし彼女は兄に対して何か行動を起こすことはできなかった。


 諦めではない。気後れである。


 ジュリアとライシュの間には、どうしようもなく父親のことがある。いや、きっとライシュはそのようなことを気にしてはいないのだろう。しかし他でもない、ジュリアが気にしていた。父の声を、手のぬくもりを、その優しさを知っていることが、彼女の何よりの宝物であり、また兄に対する何よりの負い目だった。


(何とかしなければ……! じゃが、どうしたら……?)


 気持ちばかりが先走る。しかし、結婚して子爵夫人となったジュリアにできることは多くない。不甲斐なさが募った。


 そうこうしている内に、カルノーが部隊を率いてメルーフィスへ行くことになった。そこで兵の調練をするのだと言う。


 サザーネギアへの出兵を見越してのことだと、ジュリアはすぐに察した。そしてカルノーの目を見て、そこに強い意思の光があることに気付く。


(ああ、カルノーは……)


 苦悩が消えたわけではない。しかしカルノーは、出来る事を見つけたのだ。ジュリアはすぐにそのことを理解した。そして次の瞬間、彼女が感じたのは寂しさだった。


 もちろんカルノーがメルーフィスへ行ってしまい、その間会えなくなることは寂しい。しかしそれ以上に、ジュリアは彼が自分を頼りにしてくれなかったことが寂しかった。「これは自分一人の問題だから」と彼に言われた気がしたのだ。


(わたしだって、悩んでいるのに……!)


 怒りにも似た不満が沸き起こる。そしてジュリアは唐突に理解した。


(ああ、そうか……。カルノーがギルヴェルスへで戦っていたとき、寂しくて仕方がなかったのは……)


 一緒に居られなかったからではない。置いていかれたことが、寂しかったのだ。


 だからジュリアは、今度は何がなんでも付いていこうと思った。ただ付いていくだけではない。カルノーの役に立ちたかった。


 どうせ帝都の屋敷にいてもできることはない。ならば一緒にメルーフィスへ行き、カルノーの助けになりたかった。かつてライシュの野望のために命を賭けたのと同じように、今度はカルノーの目指す未来のために命を賭けたいと思ったのだ。


 そこに、贖罪にも似た気持ちがあることをジュリアは否定しない。しかしカルノーの役に立ちたいという気持ちも、ライシュとエルストの争いを止めたいという気持ちも、ひいてはこれが兄のためになるという気持ちもある。


 ただ一つの強い気持ちではない。言い方によっては、煩雑で不純な動機だ。しかしそれこそが人間だ。少なくともジュリアは、その全てが本当で本物だと胸を張ることができる。そのことに一点のやましさもない。


 だからこそ、何もできないところに置いていかれるなんて、我慢できない。例えそこが安全で快適な場所だとしても、そこにいることを望まれているのだとしても、ジュリアは胸に抱えた思いを叶えたい。彼女はいつだってそうしてきたのだから。


 ジュリアは結構、我儘なのだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ