薄氷の同盟6
春から初夏にかけての季節は、ギルヴェルス王国における最も華やかな季節である。北国であるギルヴェルスは、当然冬が厳しい。しかしこの国の大地は肥沃だった。雪が溶けると、まるで奇跡のように色とりどりの野花がこの国の大地を彩るのである。
そしてまたギルヴェルスの社交界も、春から初夏にかけての季節が最も華やかだった。雪が溶けて街道が通りやすくなると、ギルヴェルスの貴族たちは家族を連れ、こぞって王都パルデースへやって来るのだ。
気候が良いこともあり、この時期になるとパルデースでは毎日どこかの屋敷や邸宅で、昼は主に茶会が、夜は舞踏会や晩餐会が開かれている。女性たちはここぞとばかりにお洒落に力を入れ、この時期のギルヴェルスを彩る花の一つとなるのだ。
ちなみに秋が近づくと収穫とそれに伴う徴税のため、領地に戻る貴族たちが多くなる。そしてそのまま冬になるため、彼らはその年はもうパルデースへは戻ってこない。
そのためパルデースの社交界が最も華やかになるのは、最も多くの人が集まる春先から初夏にかけてなのだ。この頃を過ぎると社交界は少しずつ落ち着いていき、華やかな顔見せや挨拶と言うよりは、より実務的な事柄を話し合う場へとその性質を変えていくのである。
大陸暦1061年も、ギルヴェルスの社交界は概ねそのように推移していくはずだった。己の野心を抑え切れなくなった強欲者が、ついに大罪に手を染めるべく動き出さなければ。
まず騒がしくなったのは、南の国境付近である。クシュベガの略奪隊がギルヴェルスの町や村を襲い始めたのである。その数、およそ一万。ただし、幾つかの小部隊に別れているらしく、数の推定は難しいというのが実情だった。彼らは食料や金品、家畜、鉄製の農具、果てには女子供までも奪っていった。
余談になるが、この時期にクシュベガの略奪隊が襲ってくることに違和感を覚えるものが少なからずいた。彼らがギルヴェルスを襲うことは、これまで何度かあった。しかしそれは畑が実りを産する秋がほとんどだった。
しかし今は春先。長い冬がようやく終わった、つまり食料の備蓄が少なくなっている季節である。略奪隊の主たる目的は食料を得ることだから、この時期にやってきても得るものは少ないはず。そのことに引っ掛かりを覚える者がいたのである。
とはいえ、その理由に心当たりがないわけではなかった。昨年に行われたナルグレーク帝国による、クシュベガへの苛烈な遠征である。この遠征により、クシュベガの民は甚大な被害を被っている。
「食うに困り、我が国に噛み付いたか」
獣どもめ、とギルヴェルス貴族の一人は吐き捨てた。彼と同じ結論に達した者はそれなりにいたようで、パルデースはその華やかさの裏でクシュベガへの恨みと暴言で満ちていった。
彼らにしてみれば、そもそも自分達の国が標的にされたことが面白くない。いや、略奪隊に襲われて面白いと思う者はいないが、自分たちが標的にされたその理由が分かってしまうため、それが不満で面白くなくまた屈辱的だった。
アルヴェスク皇国にはメルーフィスで大敗した。その関係で比較的良好な関係だったメルーフィスはもう存在しない。ナルグレーク帝国には散々に痛めつけられ、自分たちから手出しすることは恐ろしい。そのような状況下で適当な獲物を探していたら、北にギルヴェルスがあったというわけである。
つまり、ギルヴェルスはくみやすいと思われたのだ。少なくとも裏の事情を知らぬ者たちはそのように判断した。そのような誘導があったかどうか、歴史書は黙して語らない。
「おのれ、舐めおって……!」
「我らがアルヴェスクに、ナルグレークに劣るとでも言うつもりか!?」
「この恥辱、すぐさま雪がねば国の威信に傷が付くぞ!」
クシュベガ討つべし、という声は瞬く間に大きくなった。略奪隊への対応が思うように行っていないことも、それに拍車をかけていた。
「なんにせよ、ギルヴェルスに仇なすものをこのままにしておくわけにはいかん」
ギルヴェルス国王トロワヌス3世は軍を催すことを決断した。なお、このとき動かされた軍勢は、アルヴェスク皇国で言えば近衛軍に相当する部隊である。つまり、国王直属の精鋭部隊だ。
「総司令官はユーリアス。見事蛮族どもを討ち果たして見せよ」
「御意にございます」
国王の勅命により討伐軍の総司令官に選ばれたのは、王太子のユーリアス。さらに歴戦の良将であるバフレン将軍が、彼の補助として付けられた。討伐作戦の実質的な指揮を執るのは彼になる。
ユーリアスが総司令官に選ばれたのは、この機会に彼に武功を立てさせるためである。ギルヴェルス国内ではすでに彼が次の国王となるのが規定路線となっている。またトロワヌス3世も老齢で、王位継承の時期は近い。そのため次の国王になるユーリアスに箔を付けてやろう、というのが父王の狙いだった。
「そしてサンディアス。お主は王都の守りに付け」
ユーリアスが連れて行く軍勢は、普段は主に王都とその周辺を守っている。これを動かせば、当然王都が手薄になる。そこでトロワヌス3世はその後詰めを弟のサンディアスに命じた。
サンディアスは王子の一人として、幾つかの天領の統治を任されている。そこから軍勢を連れて来て王都を守るように、と父王は彼に命じた。これは、万が一にもクシュベガの略奪隊が王都へ襲い掛かってきた場合に備えてのことであり、またユーリアスの討伐が上手くいかなかった時のための援軍でもある。
しかしなぜサンディアスが選ばれたのか。それはそのことをトロワヌス3世に進言した貴族がいたからだった。その貴族の名をブロガ伯爵という。
『ユーリアス殿下が賊を討伐し、その留守をサンディアス殿下が守る。このようにご兄弟が協力する姿勢を打ちだしていけば、この国は安泰でございましょう』
この進言を、トロワヌス3世が容れた。ただし、ブロガ伯爵の言葉をその通りに解釈したわけではなかった。
ブロガ伯爵は数少ないサンディアス派の貴族として知られている。それは彼がサンディアスに忠誠を誓っているからではなく、彼なりにギルヴェルス国内の力関係を計算して自らをなるべく高く売り込んだ結果だった。
そしてサンディアス派である以上、神輿として担ぐ王子には、やはりそれなりの重さを持った存在であって欲しい。一目置かれる存在でなければ、神輿として担ぐ価値はない。次の国王にはなれないのだから、なおさらである。
そこで、サンディアスに手柄が欲しい。ユーリアスが大きな手柄を立てるのだからなおのことである。何もしないでいれば、サンディアスの存在はますますユーリアスの影に隠れてしまう。
ここはどんな仕事でもして、小さくてもいいから手柄を立てておくべき。軍勢を率いて王都にいれば、あわよくばユーリアスが賊の討伐に失敗して、その手柄がサンディアスのもとに転がり込んでくることもあるやもしれぬ。何にせよ、座して見ているだけと言うのは最悪の選択である。
トロワヌス3世はブロガ伯爵の思惑をそのように推測していた。とはいえ、ユーリアスが討伐に失敗した場合、その失敗を回復するのが貴族であれば、王族の面子は丸潰れである。だが、同じ王族のサンディアスがその失敗を雪げば、少なくとも王族の威信は保たれるだろう。
それに、ブロガ伯爵の言うとおり兄弟が協力して賊を討伐すれば、少なくともそのように見える体裁が整っていれば、国内外に向けて二人の間には付け入る隙がないことを示すことができる。それはユーリアスの治世を安定させるために、有益であるように思えた。それで伯爵の言うとおり、トロワヌス3世はサンディアスに王都の守備を命じたのであった。
「仰せのままに」
父王の勅命に対し、サンディアスは不満を見せることなくそのように答えて頭を下げた。もとより不満を見せられるはずもないが、大きな手柄はユーリアスが持っていくわけで、彼からしてみればこれは面白くない仕事であるはずだった。しかし父王からは見えない垂れた頭の下で、彼は口の端を吊り上げていた。これこそまさに、彼が待ち望んでいた瞬間だったのである。
サンディアスはすぐさま自らが治める天領へと下り、そこで兵を集めた。その数、およそ2万。その数を聞いたときパルデースにいる、特にユーリアス派の貴族たちは失笑を浮かべたという。明らかに略奪隊の討伐を視野に入れた兵の数で、つまりユーリアスの作戦の失敗を願うものだ、と彼らは考えたのである。しかし現実に起こったのは、そんな生易しいものではなかった。
サンディアスが2万の兵を率いて王都パルデースに入ると、それと入れ替わるようにしてユーリアスがおよそ3万の兵を率いて南に向かった。そしてユーリアスが王都を発ってから10日後、ついにサンディアスが決起したのである。
その日の早朝、王都パルデースの郊外に得体の知れぬ軍勢が現れた。いや、得体ならば知れていた。彼らは自らが何ものであるかを示す旗を堂々と掲げていたからである。彼らが掲げていた旗に描かれていたもの。それはブロガ伯爵家とデレスタ子爵家の紋章だった。つまりこの二人が軍勢を引きつれ、王都へと上ってきたのである。そしてこれは無論のこと王命にはよらない、つまり彼らの独断による行動であった。
「どういうつもりであるか、サンディアス!?」
トロワヌス3世はサンディアスを激しく詰問した。貴族が王命によらず独断で軍勢を動かすしあまつさえ王都へ上るということは、すなわち謀反を意味する。その謀反の動きをいち早く察知して動くべきは、他ならぬサンディアスのはずだった。
彼が両者の動きに気付いていなかった、ということは有り得ない。むしろ、その報告がもたらされていたというのに、それを握りつぶして人に知られないようにしていたのである。
そしてそもそも、ブロガ伯爵とデレスタ子爵は共にサンディアス派の貴族である。その彼らのこれほど大胆な行動が、サンディアスの意図の外にあるはずがない。つまりこの二人の行動はサンディアスの命令によるものであり、またそれを知らせなかったのも彼の思惑によるものに違いない。
そうであるならば、トロワヌス3世がサンディアスを呼び出して詰問したのは無用心であったかもしれない。彼は父王の前で跪くこともせず、不敵な笑みを浮かべながらこう答えた。
「分かりませぬか、父上? 分からぬのであれば、ずいぶん耄碌とされたものです。王位はこのサンディアスが継ぎますゆえ、どうぞ隠居されよ」
そう言ってサンディアスは父王を拘束させた。そしてひとまず寝室に押し込んでおく。そこから先、彼は迅速に行動した。
「エルガン、王都の門を開いて外の軍勢を中に入れろ! そして主だった貴族どもを捕らえるのだ。女子供、全てだ。抵抗する者は殺して構わん! モリード、兵を率いて王城内を制圧しろ! 特に兄上の妻子は絶対に逃がすな!」
ゾルタークとスピノザはそれぞれ頷き、そしてすぐさまその命令を行動に移した。王都の門は開かれ、外にいた軍勢が中になだれ込んだ。その数、およそ3万。王都の人々はそれをただ呆然と眺めるしかなかった。
軍勢を率いて王都に入ったブロガ伯爵とデレスタ子爵は、真っ直ぐに貴族たちが屋敷を構える区画へと向かった。そして問答無用でそれぞれの屋敷へ押し入り、そこに住む者たちを拘束していく。捕らえられた者たちは王城へ連れて行かれ、そこで監禁された。中には地下牢に入れられた者もいた。
逃げようにも、逃げ場はなかった。仮に屋敷から逃れられたとしても、王都から出ることはかなわない。王都を守る高い城壁は、サンディアスが決起したその瞬間に彼らを閉じ込める堅牢な檻へと変わっていたのである。
王都パルデースはサンディアスによって瞬く間に占拠された。いや、占拠されたというのもいささか語弊があるかもしれない。なぜなら彼はもとから王都にいてそこを守っていたからである。
サンディアスが決起したとき、彼は王都パルデースを守るという本来の役割を放棄したわけではなかった。むしろさらなる軍勢を招き入れ、守りを一層硬くしたといっていい。だが彼は本来そこで守るべき人々、つまりパルデースに集まっていた貴族たちと父王に対して刃を向けたのである。
半日にも満たない時間で、パルデースの貴族街からは人の気が失せた。完全に人がいなくなったわけではなかったが、しかし主役たる人々はほぼ完全にそこから消え去り、そして王城に押し込められていた。さらに大規模な略奪が行われたが、これは特筆するようなことでもない。万単位の兵が街の中で動けば、よくあることである。
「思いのほか、簡単に終わりましたよ、父上。ギルヴェルスの貴族は緩みきっておりますな。これではアルヴェスクの属国と成り下がるのも、そう遠い未来ではなかったでしょう。ここやはり、私が王位に付くほかありませんな」
王都パルデースと王城を瞬く間に制圧したサンディアスは、寝室に押し込んでおいた父王の下へ向かい饒舌にそう語った。そんな我が子を、トロワヌス3世は髪の毛を乱したまま鋭く睨みつける。
「……クシュベガの略奪隊を嗾けたのも、お主の差し金か?」
「ほう、さすがに気付きましたか。その通りです」
得意げな笑みを浮かべながら、サンディアスは頷いた。味方に引き込んだクシュベガの民に命じて、ギルヴェルスの南部を襲わせたのだ。南部の詳細な地図を提供したり、また事前の下見に協力したりした甲斐もあり、略奪隊による襲撃は上手く進んだ。
クシュベガの略奪隊は、その大部分が騎兵。多くとも数百騎程度の小さな集団に分かれ、迅速な移動と襲撃を繰り返す彼らを討伐するのは容易ではない。手こずれば、最終的に王都から精鋭部隊を派遣しなければならなくなる。
「ではその精鋭部隊を誰が率いるのか。それを予想するのは簡単でした。王都に詰めているのは、いわば国王の直属部隊。それを貴族の誰かに任せることなど有り得ない。
そのまま部隊の将軍に勅命が下る可能性もありましたが、これはギルヴェルスでは久しぶりの大掛かりな軍事行動。武功をほとんど持たない兄上に箔をつけるのにちょうどいい。敵を蛮族の略奪隊と侮っている貴方達は、この作戦が失敗することなど露ほども考えていませんでしたしね」
そしてサンディアスの予測通り、ユーリアスが討伐隊の指揮を任された。実は彼の知らぬところで少なからぬ根回しがあったのだが、それはそれとして。
「後は王都から軍を出し、兄上の背後を襲うだけ。兄上の首を取れば、私に刃向う者はいなくなるでしょう」
そのための作戦は、すでに動き始めている。クシュベガの族長たちに命令を出し、略奪隊を一箇所に集結させたのだ。これにより略奪隊をこちらの戦力として数えられるようになったし、またユーリアス率いる討伐隊の動きが把握しやすくなった。後は背後を突いて挟み撃ちにするだけである。
「……ならば、はやく動いたらどうなのじゃ?」
「それはもちろん。ですがその前に、玉璽を渡していただきたい」
サンディアスがそう言った瞬間、トロワヌス3世の顔がいっそう険しくなった。玉璽とは、つまり王が使う判子である。玉璽を押すことで、勅命は勅命としての効力を持つようになる。言ってみれば、玉璽とは王の権威の目に見える象徴なのだ。
玉璽を持たねば、どれだけ王を名乗ろうともそれは自称に過ぎない。玉璽を手にして初めて、人はその者を王と認めるのである。よってサンディアスが名実共に王者となるためには、どうしても玉璽が必要であった。
「さあ、父上。貴方の後継者たるこの私に玉璽をお譲りください。素直に渡していただければ、よい隠居先を紹介しますよ」
明らかに父王を見下し、にやついた笑みを浮かべながらサンディアスはそう言った。しかしトロワヌス3世は彼を鋭く睨み付けたまま、黙って何も話そうとしない。サンディアスはそれを拒否と受け取った。
サンディアスは余裕ぶった態度を崩すことなく、周りの部下たちに目配せをする。すると彼らは一斉に動き出して玉璽を探し始めた。さらに命令が伝えられ、国王の執務室などでも玉璽の捜索が始まった。
「ありました!」
玉璽は思いのほか簡単に見つかった。探し始めて30分ほどであろうか。寝室の棚の奥にあった隠し金庫の中に、玉璽は保管されていた。
「これで、私が……!」
金の玉璽を受け取ったサンディアスは顔に喜悦を浮かべる。まさにこの瞬間、彼は王権を手にしたといって良い。そしてその瞬間、室内にいた全ての者の視線がサンディアスに向いていた。監視すべき、重要人物を差し置いて。
「渡さぬ! 渡さぬぞぉお!!」
監視の兵の注意がそれたその瞬間、突然トロワヌス3世が意外なほどの俊敏さを見せ、叫び声を上げながらサンディアスに向かって突進した。そしてサンディアスに体当たりして押し倒し、そのまま彼に上に馬乗りになる。
「は、離せっ! この、老い耄れが……!」
サンディアスは父王を振り払おうとするが、彼は老いているとは思えぬほどの力で彼を押さえ込む。そしてそのまま、サンディアスの首に手をかける。
「渡さぬ……! 渡さぬぞ……。国も、玉璽も、王座も! 全て余のものだぁああ!!」
血走った目でそう叫び声を上げながら、トロワヌス3世は自分の子供の首を絞めた。サンディアスの顔がだんだんと赤黒くなっていく。彼の意識がふっと遠のきかけたその時、トロワヌスの身体がサンディアスの上から強制的に排除された。スピノザがトロワヌス3世を蹴り飛ばしたのである。
「殿下、ご無事ですか!?」
「ごほっ、ごほっ、ごほっ!」
スピノザがサンディアスの身体を起こすと、彼は激しく咳き込んだ。そしてスピノザの肩を支えにして立ち上がる。彼の顔は怒りに染まり、その目は真っ赤に血走っていた。
「この……! 老害がっ!!」
スピノザに蹴り飛ばされ、ようやく身体を起こした父王の顔面を、サンディアスは容赦なく殴りつけた。そして再び絨毯の上に倒れた父王を、彼は何度も足蹴にする。トロワヌス3世は最初うめき声を漏らしていたが、やがてそれも聞こえなくなった。
「……殿下、すでに事切れております」
ゾルタークにそう言われ、サンディアスはようやく父王を足蹴にするのを止めた。それでも怒りは収まらぬらしく、肩で荒い息をしながらこう叫んだ。
「犬に喰わせておけ!!」
「……御意」
ゾルタークは静かに一礼してそう答えた。そんな彼を一瞥してから、サンディアスは玉璽を握り締めて部屋から出て行った。スピノザ以下、護衛の兵士たちがそれに従う。
生者が一人となった国王の寝室で、ゾルタークは足元の遺体を見下ろしながら暗い笑みを浮かべた。これでトロワヌス3世が死んだ。そして遠からず、サンディアスとユーリアスが争うだろう。
勝つのは恐らくサンディアス。ただ、ユーリアスが討ち死にするかは分からない。彼が生き残れば、アルヴェスクに助力を求めるだろう。また彼が死んだとしても、「友好的な王太子が殺された。これはアルヴェスクへの敵対行為に他ならない」とでも言えば、十分に攻め込む理由になる。
ギルヴェルス王国に乱を起こす。ライシュハルトに命じられたその計画は、順調に進行している。そしてその完了はそう遠くない未来であるようにゾルタークには思えた。
(まあ、ひとまずさしあたっては……)
さしあたっては、トロワヌス3世の死体の処理をしなければならない。父王を格殺し、その遺体を犬に喰わせたとなれば、彼の残虐性は大いに喧伝されるだろう。それは短期的に見れば民や貴族を恐怖で縛るのにちょうどよく、また長期的に見ればサンディアスへの反感を煽りアルヴェスクへの支持を取り付けるのにちょうどいい。
それでゾルタークは命令されたとおり、トロワヌス3世の遺体を犬に喰わせるため、まずは兵を呼ぶことから始めるのだった。




