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アルヴェスク年代記  作者: 新月 乙夜
転の章 薄氷の同盟
32/86

薄氷の同盟2


 クシュベガの民の恭順を受け入れ、彼らをアルヴェスク皇国の庇護下に置くか否か。それを決めるための会議は、やはりというか紛糾していた。


 半分以上の者はしっかりと管理できるのであれば、受け入れてもいいと思っている。だが、これまで長きに渡ってクシュベガの略奪隊から被害を受けてきた歴史を持つ、東方の貴族などは揃って頑強に反対した。そして一番の当事者である彼らの言葉は、やはり一番重みがあった。なお、その中にアーモルジュの姿はない。彼は今、スピノザの失態を回復するべく、領地で奮闘している。


「申し訳ないが、やはり我らは奴らを信じることはできませんな」


「左様。犯罪者を隣の家において養ってやるようなものです。いずれ恩を仇で返すに決まっている」


「全くその通り! そのような者たちを領内に引き受けるなど、お断りです」


「むしろ奴らが弱っているのであれば、この機会に殲滅してしまうべきです。それこそが皇国のためとなりましょう」


 彼らはそのように主張した。これに対し、西方に領地を持つ貴族の代理人が反論する。ちなみに、彼に対してはハウザーが事前に根回しを行っている。


「しかし数を減らすことはできても、実際に殲滅することなど不可能です。またいずれ時間が経てば、彼らは再び略奪を行うようになるでしょう」


 つまりこれまで通り、クシュベガの略奪隊に悩まされることになる。ならばここで彼らを受け入れて管理し、略奪を行わせないようにするべき。それこそが皇国を利する100年の計である。彼はそのように主張した。


「奴らを管理することなど不可能である! それならば殲滅する方がまだ容易い!」


「それに、蛮族の全てが恭順してきたわけではあるまい。他の部族が略奪隊を結成し皇国の領地を荒らすのであれば、奴らを受け入れる意味などないではないか!」


 その発言に、東方貴族をはじめとする面々は次々と頷いた。それに対し、エルストの代理人であるアルクリーフ公爵家の代表が反論する。なお、エルスト本人は内乱後に得た新たな領地にかかりきりになっているため、この場には出席していない。他の代理人もそうだが、彼らがこの件に関する全権を委任されている。


「だからこそ受け入れるのですよ。皇国との国境に奴らを置いておけば、まず略奪隊の被害にあうのは彼らです。彼らを盾にすればよろしい。それで皇国は守られます」


「隣においておくなど、信頼できるか!」


 東方貴族の一人がそのように言い放ち、その周りにいる者たちも重々しく頷く。彼らの強硬姿勢は、なかなか崩れそうにない。


「ブランメール伯爵。卿はどう考える?」


 ライシュに指名されて、一人の男が立ち上がった。彼の名はクレニオ・カレア・ロト・ブランメール。南方に領地を持つ、有力貴族の一人だ。メルーフィス遠征のきっかけとなった、私掠免状をライシュに献上した男である。


「私としましては、ここはやはり彼らを受け入れるべきであると考えます。その方が皇国の利となります」


 クレニオの発言を聞いて、東方貴族たちが顔をしかめる。内心ではきっと「商人貴族の業突張りめ」とでも思っているに違いない。そんな彼らには気付かぬ振りをして、ライシュはさらに重ねてクレニオにこう尋ねる。


「その理由は?」


「略奪の被害がなくなること。クシュベガの騎兵を皇国の戦力とできること。この二つは、方々すでによくご存知でしょう。ですからここは、交易面での利点を申し上げさせていただきたい」


 クレニオは滑らかな口調でそう言った。そしてさらにこう続ける。


「これまで、特に大陸東西の交易と言えば、専ら海路が中心でした。その大きな要因の一つは、大陸の中央部で活動するクシュベガの民です。彼らの襲撃を恐れ、交易隊はそこに近づかなかったのです」


 逆を言えば、クシュベガの民の襲撃がなければ交易隊はそこを通ることができる。つまり、大陸の東西を結ぶ新たな交易路が生まれるのだ。そして、主にその交易路の恩恵を受けるのは皇国の東側である。そのことを理解した東方貴族のある者たちは、若干身を乗り出してクレニオの話に耳を傾けた。


「さらに、メルーフィスとギルヴェルスを結ぶ行路、つまり大陸の南北を結ぶ交易路も侮れません」


 北国であるギルヴェルスは、当然南方の海からは距離がある。さらにすぐ南にクシュベガがあるため、ギルヴェルスには商人が近づかず、そのため交易もあまり盛んではない。そもそもアンネローゼがアルクリーフ公爵家に嫁いだのは、皇国北部との交易をより活性化させるためだった。


 しかしクシュベガの地を安全に通ることができるようになれば、メルーフィスに荷揚げされた交易品を真っ直ぐ陸路でギルヴェルスに輸送できるようになる。交易が盛んではないと言うことは、これから盛んになる余地がまだ残されているということ。この交易路を発展させられれば、そこには大きな利が生まれるであろう。クレニオはそう主張した。


「しかし、だ。本当にクシュベガの蛮族どもは交易隊を襲わなくなるのか? 死人に口なしだぞ」


 東方貴族の一人が、疑わしげにそう尋ねる。草原のど真ん中で交易隊を全滅させてしまえば、それが露見することはほぼない。周りに見張っている者がいるわけでもないのに、クシュベガの民はこれまでの習慣をそう簡単に改めるだろうか。それは大変に疑わしい、と彼の顔は雄弁に語っていた。


「それに、交易隊が本当にその地を通るのか、それさえも未知数だ。全てが希望的観測でしかないのなら、賛成することなど到底できん」


 ある東方貴族の代理人が、難しい顔で腕を組みながらそう発言した。それに対し、クレニオはさらにこう提案する。


「それならばまず、クシュベガの民に交易を担わせればよろしい」


 つまり庇護する代わりに、交易の仕事を行わせるのだ。そうすれば大陸の中央部に交易路が生まれる。そこでの交易が成功しているのを見れば、他の商人たちもおのずと集まってくるだろう。


 加えて、クシュベガの民は大陸の中央部を知り尽くしている。そこを行き来する交易の担い手として、彼ら以上の適任者はいない。


 さらに交易を行えば金が手に入る。そして金があれば食料を買うことができる。そうやって食料を手に入れることができるようになれば、食料欲しさのための略奪もなくなるに違いない。


(メルーフィスとギルヴェルスの間での交易か……。それは考えていなかったな……)


 クレニオの一連の発言を聞き、ライシュは内心でそう呟いた。ただし、それは彼にとって都合の悪いことではなく、むしろ都合の良いことだった。


 その交易が行われれば、交易の要衝としてのメルーフィスの地位は保たれる。かの地を併合したアルヴェスクにとって、その経済規模を維持でき、さらに発展させられるかもしれないというのは朗報だ。


 さらに、メルーフィスとギルヴェルスの間で交易が活発に行われその重要性が増せば増すほど、相対的にギルヴェルスにおける皇国北部との交易の重要性は下がっていく。そしてそれは、アルクリーフ公爵家の影響力の低下に繋がるだろう。そのため、ライシュの心は一気に受け入れに傾いた。


「しかし、な……」


 クレニオの提案を聞いてもまだなお、東方貴族たちの表情は優れない。どうしてもクシュベガの民を信じられない様子だ。これがハウザーの言っていた「感情的な部分」というものなのだろう。ライシュはそう思った。


「では、まずはメルーフィスとの国境に受け入れる、というのはどうであろうか?」


 そのように発言したライシュに、出席者の視線が集まった。事前の根回しによって彼の意向はある程度伝わっているとはいえ、この会議の中でライシュが受け入れに前向きな発言をするのは初めてである。つまり摂政が受け入れに前向きと言うことで、これで会議の方向性はほとんど決まったといっていい。


 メルーフィスとクシュベガの関係が比較的良好なことは周知の事実だ。それは、自分たちを金で雇ってくれるメルーフィスに、クシュベガの民は略奪に押し入ることをしなかったからだ。略奪の被害がなく、しかもいざという時には傭兵としての戦力を期待できる。長年かけて作ったパイプもあり、上層部はもとより一般の国民もクシュベガの民に対してそう悪い感情は持っていない。それがメルーフィスという国だった。


 メルーフィスという国はもう消滅しているが、そこに住む民が丸ごと入れ替わったわけではない。そして同じ人間が住んでいる以上、クシュベガへの感情も変わっていない。悪い感情を持っていないのであれば、彼らを受け入れることも難しくはないだろう。


「まあ、それならば……」


 東方貴族の代理人の一人が、不承不承といった顔色ながらもようやく受け入れに前向きな発言をした。他の者たちも、先ほどまでのようにすぐさま反論することはない。皆、程度の差はあれど難しい顔をして考え込んでいる。


「……摂政殿下にお聞きしたい。もし受け入れたクシュベガの者たちが略奪によって皇国内を荒らすようなことがあった場合、いかがされるおつもりか?」


 そのうち、東方貴族の一人が立ち上がってライシュにそう尋ねた。他の者たちも彼の発言を真剣な様子で聞いている。


「皇国の庇護下に入ることを望むと言いながら、一方で我が領内を荒らす。そのような騙り者には相応の報いをくれてやることになるであろう。


 彼ら自身の手でその騙り者に処罰を下せるならばそれでよし。だがそれをしないと言うのであれば、私は皇国の摂政としてあらゆる手段を用い、国に仇なす者を排除する。もっとも、それはクシュベガの民に限った話ではないがな」


 ライシュのこの返答には色々と含みがある。彼はまず「彼ら自身(つまりクシュベガの民)の手で処罰を下せるならそれでよし」と言っている。ということは、仮に受け入れた後にクシュベガの民による略奪によって被害を受けたとしても、すぐさま彼ら全体を排除するつもりはないと言うことだ。


 次にライシュは「あらゆる手段を用い」と言っている。つまり「武力を用い」とは言っていない。「武力を用いる可能性は排除しないが、しかしそれ以外の手段も用いて」、皇国に被害を与えた者を排除する。彼はそう言っているのだ。


 だから、もしもクシュベガの民による略奪行為があったとしても、それによって軍勢を派遣し受け入れたクシュベガの民全体を討伐することはない。むしろその略奪行為を行った一部の者を取り締まることになる。これは皇国内で罪を犯したものを取り締まるのと同じだ。


「では、彼らの総意として、少なくとも族長の指示によって略奪が行われた場合は、いかがいたしますか?」


 族長の指示によって略奪が行われるのであれば、それはもう一部のものによる犯罪とはいえない。例えるなら、貴族による反逆である。皇国に対する明確な敵対行為と言っていい。


「族長の指示であることが判明した場合、軍を派遣することになるであろうな。族長の首を挿げ替えるのか、それとも全体を討伐あるいは追放するのか、それは今この場では決めかねる」


「なんにせよ、略奪行為に対しては、国として断固たる態度で臨む。そういう認識でよろしいですか?」


「無論だ」


 ライシュの言質を取り、その東方貴族は安心したようで一つ頷いた。これで受け入れたクシュベガの民の監督責任の少なくともその一端を、皇国そのものが負うことが確認された。


「最後になりますが、略奪や襲撃に対する対処は、これまで通りまずはその領地を治める貴族や代官が行うということでよろしいですね?」


「無論だ。強盗にかける情けはない。厳しく取り締まるがよい」


 ライシュのその返答を聞いて、質問していた東方貴族は一つ頷いてから席に着く。当方貴族やその代理人たちの表情は、先ほどまでよりも幾分柔らかくなっていた。略奪などの行為には国として断固たる態度で臨むこと、またそれを取り締まる自分達の権利が確認されたことで幾分安心できたらしい。


 こうしてクシュベガの民の受け入れについては、これを認めるという方向で話は進む事になった。受け入れるのはメルーフィスとの国境。さらに彼らには交易業も担ってもらうことになる。


 細かな点については、また後で決めることになった。クシュベガの民の方からも人を寄越してもらい、話し合いをしなければならないだろう。


「……しかし、そうなると皇都で話し合うのは面倒だな」


 入植するわけではないから、クシュベガの民の受け入れ自体はすぐに行われる。きっとメルーフィスの国境付近にクシュベガの民のテント村ができるに違いない。遊牧を止めるわけではないだろうから入れ替わりや移動はあるかもしれないが、少なくともそこにクシュベガの民が集まってくることは間違いない。


 だが、メルーフィスの国境と皇都では距離がありすぎる。そこでのことをいちいち皇都で協議していては、時間がかかりすぎるだろう。


「大まかな方針は決まったのです。後は、メルーフィス総督に任せてしまっても良いのではありませんか?」


 そう言ったのはクレニオだった。確かにクシュベガの民との関わりが深くなるのはメルーフィスだ。ならば当事者に任せてしまった方がいいかもしれない。


「交易面に関しては、専門家がいた方がよいかもしれんな」


 もちろん、交易の要衝として栄えていたメルーフィスにもその方面の専門家はいるだろう。しかし、かの地はまだ皇国の一部となってから日が浅い。彼らが自分たちの利益だけを追求することは十分に考えられた。


「ブランメール伯爵、卿にもメルーフィスへ赴いて協議に参加してもらいたいと思うのだが、どうだろうか?」


「謹んでお受けいたします」


 クレニオは即答した。大陸の中央部に交易路が通れば、皇国の南方貴族にとっても利益となる。そう判断してのことだ。


「そうか。では、頼んだ」


 ライシュはそう言って頷いた。そしてクレニオともう二言三言言葉を交わしてから彼は会議室を後にする。摂政たる彼は、幾つもの事案を抱えている。彼の意識は、もう別のことに向いていた。



□■□■□■



 クシュベガの民はアルヴェスク皇国に庇護を求めて接近してきたが、もしかするとギルヴェルスにも同じように近づいているのかもしれない。ライシュは直感的にそう考えたが、結果的にそれは正しかった。


 ただし、その話が順調に進んでいたとは言い難い。その理由は、クシュベガの族長とギルヴェルスの権力者の間にパイプがなかったからである。


 クシュベガとギルヴェルスの関係は、良くも悪くも浅い。アルヴェスクやナルグレークのようにその地で襲撃と略奪を繰り返してきたわけではないが、しかしメルーフィスのように友好な関係を築いてきたわけでもない。国境付近で細々とした交易(とはいえほとんど物々交換だが)をしてきただけで、その権力中枢に通じるパイプなど彼らは持っていなかった。


 それでは、庇護を求めることなどできない。ギルヴェルスとの国境付近に集結してそこで暮らすことはできるかもしれないが、しかしそれでは彼らに警戒感をもたれてしまう。ともすればギルヴェルスの国軍によって追い払われてしまうだろう。


 どのようにしてギルヴェルスの権力中枢に接触するのか。そのことで悩んでいたクシュベガの族長のもとへ、大陸暦1061年の春先、一人の男が尋ねてきた。その男の名をゾルタークと言う。旧メルーフィス王国の元宰相であり、そのためクシュベガの族長たちとも面識のある男だった。


「……なるほど、そうでしたか」


 ギルヴェルスの庇護下に入ることを臨む二人の族長から話を聞くと、ゾルタークは何度も頷きながらそう言った。そして出された乳茶(ツァイ)を一口啜る。そして勧められたお茶請けの乳酪を一切れ食べると、もう一口乳茶を飲んだ。


「……そういうことでしたら、私も少しは力になれるかもしれません」


「本当ですかな!?」


 そう言って族長の一人が思わず腰を浮かせた。その反応から、彼らが本当に手詰まりであったことをゾルタークは知る。


「ええ、私は今、ギルヴェルスのさるお方にお仕えしているのですよ」


 腰を浮かせた族長を宥めるようにしながら、ゾルタークはそう言った。族長は腰を下ろして乳茶を飲みながらも、身を乗り出しながら彼にこう尋ねた。


「その、さるお方というのは?」


「サンディアス王子です」


 ギルヴェルスには今現在二人の王子がいる。王太子であり、またアルクリーフ公爵家に嫁いだアンネローゼの父親でもあるユーリアス王子と、その弟のサンディアス王子だ。ゾルタークは今、そのサンディアス王子に仕えているという。族長たちの探していたパイプが、今ようやく見つかった。


「おお……! では、そのサンディアス王子を通じて我らの希望を……!」


「ところが、話はそう単純ではないのですよ」


 意気込む族長たちを前に、しかしゾルタークはどこか困ったかのような笑みを浮かべながらそう言った。彼のその言葉を聞いて、族長たちの顔から喜色が失せる。僅かに眉間にしわを寄せながら、彼らはゾルタークにこう尋ねた。


「どういうことですかな?」


「サンディアス王子は確かにあなた方の受け入れに前向きです。しかし、ユーリアス王子はあなた方のことを嫌っておられる。ですから殿下はあなた方のことを受け入れて庇護したいとは思われないでしょう」


 実際のところ、本当にユーリアスがクシュベガの民のことを嫌っているのか、それはゾルタークにも分からない。というより、嫌ってなどいないだろうと彼は思っていた。それは、嫌うほど深い付き合いをしてきたわけではないからだ。よく知りもしない相手を風評だけで嫌うというのは、ゾルタークの知るユーリアスの人柄に合わない。


 だがゾルタークは「ユーリアスはクシュベガの民のことを嫌っている」と断言した。それは、そういうことにしておかないと、この後の話の展開が彼の望むものにならないからだ。


「……ご存知の通りユーリアス王子は王太子、つまり次期王位継承者です。加えて現在のギルヴェルス国王は老齢で、すでに隠居間近。ユーリアス王子が強硬に反対されれば、どれだけサンディアス王子が受け入れに賛成しても、恐らく王はユーリアス王子の意見を採用されるでしょう」


「そんな……」


 族長たちは落胆して肩を落とす。一度喜んだだけに、その落差は一層大きい。しかしゾルタークの話はまだ終わりではない。


「ですから、あなた方がギルヴェルスの庇護下に入るためには、サンディアス王子に次の国王となっていただくほかありません」


 さらりと、ゾルタークはその恐るべき言葉を口にした。サンディアスを次の王にするということは王太子であるユーリアスを、ともすれば父王までも排除するということ。それに凄惨な流血が伴うのは火を見るより明らかだ。


「実は、本日はそのことで参ったのです。クシュベガの騎兵の精強さは私もよく知るところ。是非、我が主君サンディアス王子のためにその力、お貸しいただきたい」


 ギルヴェルスではすでにユーリアス王子が王座を継ぐことが規定路線になっている。そのためサンディアス王子に肩入れする貴族は少なく、特に兵力差は歴然としている。その差をクシュベガの騎兵で埋めるよう、ゾルタークはサンディアスに進言したのだ。そして「やって見るように」と言われ、彼は今ここにいる。


 ゾルタークの申し出を受ければ、二つの部族のクシュベガの民は、ギルヴェルスの王位継承争いに巻き込まれることになる。しかも王太子であるユーリアスの側ではなく、その弟のサンディアスの側で戦うのだ。つまり弑逆(しいぎゃく)簒奪(さんだつ)という、二つの大罪に加担することになる。


 この謀略が失敗したしたら、彼らはギルヴェルスという国家から激しい迫害を受けることになるだろう。その時、恐らくこの二つの部族は滅ぶことになる。まさに命運の分かれ目といえた。


「…………止めておきますかな?」


 ゾルタークの言葉を聞いて押し黙る二人の族長に対し、彼はいっそ優しげに微笑みながらそう問い掛けた。


「庇護を求めるのならアルヴェスクでも構わないと思いますがな」


 実際、他の部族のなかにはアルヴェスクに庇護を求めたところもある。そのことは二人の族長も知っていた。


「…………ご存知の通り、クシュベガの地は痩せておる」


 しばしの沈黙の後、族長の一人がおもむろにそう言った。確かに、クシュベガの土地は雨も少なく痩せている。そのため彼らは遊牧と言う生活様式を選ぶほかなかった。


「そのため、時には牧草を求めて部族間で争うこともあった」


 アルヴェスクやギルヴェルスに庇護を求めたからと言って、クシュベガの民の生活様式がいきなり大きく変わることはないだろう。彼らはやはり、遊牧民として生活していくことになる。そんな彼らの行動範囲が重なっていたらどうなるか。つまり青草が足りずまた争いが起こることになる。その時非難の矢面に立たされるのは、後からやって来た者たちだろう。


「それに、これは絶好の機会でもある」


 族長の一人がそう言って意気込む。彼の隣にいるもう一人の族長もその言葉に頷いた。


 サンディアスはユーリアスに武力で劣る。そのため、クシュベガの騎兵隊を当てにしなくては王位に挑むことさえできない。


「もしサンディアス王子が王位に付けば、我々は王子に大きな恩を売ったことになる」


 その大きな恩があれば、ギルヴェルスとクシュベガの民の関係は大きく変わるだろう。一方的な庇護から対等な同盟へ。それを二人の族長は強く意識していた。


「では……」


「うむ、我らはサンディアス王子にお味方しよう」


「そのようにお伝えいただきたい」


 二人の族長は腹を決めた。こうして歴史の歯車が、また少し動いた。



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