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アルヴェスク年代記  作者: 新月 乙夜
承の章 勝利を飾りに
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勝利を飾りに12

「カルノー殿の部隊が下がりませぬ!」


「よい、任せる!」


 遠征軍全体が一度後退するなか、カルノーの部隊だけが下がろうとせずに残っているとの報告を聞くと、ライシュはすぐに友人の意図を察した。そして同時に感謝した。これで勢いに乗った敵の熾烈な攻撃にさらなされることなく、第一陣と第二陣の再編を行うことができる。


「兄上! カルノーが……!」


 心配そうな表情をしながらライシュのもとに来たのは、彼の妹であるジュリアだった。普段は凛然としている彼女も、婚約者が窮地と聞けば心が乱れる。


「大丈夫だ。お前の婚約者はこのようなところで死ぬ男ではない。入念な準備をしていたようであるし、第一陣と第二陣の再編が終わるまでは持ちこたえられる」


 ライシュがそう言い聞かせると、ジュリアはひとまず頷いた。その様子に、「ああ、こいつも女なのだな」とライシュは妙な安心感を覚えた。


 だが、ライシュは自分の妹が普通の女などではないことを失念していた。ジュリアが下がってしばらくすると、血相を変えた兵が彼のもとに駆け込んできてこう報告した。


「ジュリア殿下、ご出陣!!」


「なんだと!?」


 ジュリアがリドルベル領軍の騎馬5000を率いて飛び出して言ったという。


「連れ戻せ!」


 反射的にライシュはそう叫んだ。そんな彼に近づき進言する者がいた。参謀長のエルストである。


「恐れながら、ここはジュリア殿下に続いて攻勢を仕掛けるべきであると進言いたします」


 ジュリアのことで頭に血が上っていたライシュは、彼に少々血走った目を向ける。しかし「馬鹿なことを言うな!」と怒鳴ることはなく、無言のまま彼に続きを促す。それに応え、エルストはこう言った。


「メルーフィス軍は第一、第二陣と撃破したことで勢いに乗っていました。しかし、その勢いはカルノーによって()がれています。さらに敵は休むことなく連戦したせいで疲れているはず。いかに屈強な兵といえども、疲れ果ててしまえばその精強さを発揮することはできません。


 それに対し、我が方の第三、第四陣はこれまで待機しておりましたので、陣形に乱れはなく余力を十分に残しております。ここで攻勢に打って出れば、一挙に敵軍を突き崩すことも可能でしょう。


 図らずも、今ジュリア殿下は先頭を駆けておられます。この後に続けば兵の士気は大いに上がりましょう。今はこの決戦における最大の好機であると考えます」


 エルストの言葉を聞くと、ライシュは両目を閉じて黙考した。そして目を開けて決断を下す。


「……いいだろう」


 ライシュは第三陣つまり本陣と第四陣アルクリーフ領軍の戦力を使って打って出ることを決断した。もしこの戦力までもが打ち破られれば、この決戦は遠征軍の大敗という形で幕を閉じるだろう。だがエルストの言うとおり、メルーフィス軍の側に傾きかけた趨勢の天秤を引き戻すには、ここで打って出るほかないに思えた。


「ラクタカス将軍!」


「はっ、ここに」


「本陣の指揮を一任する。俺を守る兵は要らん。全て連れて行け!」


「御意!」


「エルストはアルクリーフ領軍を率い、戦場を迂回して敵側面を突け」


「仰せのままに」


 命令を受けた二人はすぐに行動を開始した。しばらくして本陣の兵全てが猛然と動き始めた。そしてその少し後ろをアルクリーフ領軍が往く。彼らの背中を見送りながら、ライシュは決戦の決着が近いことを予感する。なお、残された彼の護衛は撤退してきた第一陣と第二陣の兵たちが行った。


 本陣を飛び出したジュリアはリドルベル領軍5000騎の先頭を、一つにまとめた銀色の髪の毛を風に靡かせながら疾駆していた。騎兵の脚はさすがに速く、本陣はすでにはるか後方である。


「こうして姫様と馬を駆けさせておりますと、テムタス河での戦いを思い出しますなぁ」


 懸命に馬を駆けさせるジュリアの横に別の馬が並ぶ。どこかしみじみとした口調でそう言ったのは、彼女のお守り役を任されているはずのアトーフェル将軍だった。


「あの時のように、カルノーが助けに来てくれるわけではないぞ」


「分かっておりますとも。なにせ助けに行くのですからな。これでようやく、あの時の借りを返せるというものです」


 アトーフェルのその言葉を聞いて、ジュリアは少しだけ笑った。


「将軍は、わたしを止めなくて良かったのか?」


 アトーフェルはジュリアのお守り役である。いざとなれば「首根っこ引っ掴んででも後ろに下がらせろ」と、総司令官のライシュから直々に命じられていた。それなのにジュリアがカルノーのもとへ向かうのを許したばかりか、こうして片棒を担いでいる。


「なに、いざとなれば無理やりにでも下がっていただきまする。それに……」


「それに?」


「姫様がカルノー殿とご結婚されれば、もう『姫様』とはお呼び出来なくなりますからな。姫様とお呼びできるうちに、もう一度戦場をご一緒しておきたかったのですよ」


 アトーフェルはまるで悪戯小僧のように快活な笑みを浮かべてそう言った。それを聞いたジュリアは一瞬目を大きく見開き、次いで声を上げて笑った。しばらく笑い続けた後、ジュリアは目の端に涙を浮かべながら楽しげにこういった。


「まったく。どうしようもない戦好きめ。わたしの戦場に同伴を許可してやるゆえ勝利を捧げよ。それが婚礼祝いの代わりじゃ!」


「ははっ!」


 アトーフェルもまた、楽しげにそう応じた。


 さて、この騎馬5000からなる一団は一万の兵のみを率いて奮戦するカルノーの援護に向かっているわけであるが、しかし真っ直ぐに彼のもとへ行くことはしなかった。


 カルノーが土塁を築いて重厚な構えをもってメルーフィス軍を受け止めたことは、ジュリアたちも知っている。つまりある意味で陣地を築いていたわけで、そこへ騎馬で乗り込んでいっても、ともすれば邪魔にしかならない。それに戦力がわずか5000増えただけでは、敵を押し返すには足りないだろう。


 そこでジュリアらは騎兵の足を生かして素早く迂回し、メルーフィス軍の側面を突いた。折しも彼らはカルノーが設置した柵を破るために足を止めていて、そこへジュリア率いる5000騎が側面から突っ込んだ。カルノーの部隊が放つ矢が、図らずもよい援護になった。


 この5000騎はまことに精強だった。足を止めることなくメルーフィス軍の腹の中で暴れ回る。槍を振るっては歩兵を薙ぎ倒し、そのまま馬で踏みつけて(へい)死させる。馬上からの射弓はクシュベガの民に勝るとも劣らぬほどに正確だった。


 ジュリアの率いるこの5000騎は、数の上では比較的少数である。しかしメルーフィス軍はこの少数の敵を叩くことができない。その様子はまるで、返しのついた(やじり)を引き抜こうとしても、なかなか抜くことができないのに似ている。そして鏃を引き抜くことのできないメルーフィス軍は、やがてその全身がのたうち始めた。


「この好機を逃すな! 全軍突撃!!」


 そこへ、ラクタカス将軍率いる本陣が到着した。メルーフィス軍の勢いが完全に殺がれ、それどころか彼らが浮き足立ってさえいるのを見ると、彼はすぐさま隷下の全軍に突撃を命じた。


 メルーフィス軍は勢いがあったからこそ、これまで優勢だった。しかしその勢いが殺がれてしまうと、残るのは連戦による疲労のみ。疲れ果てた兵がどれだけ集まっても、まともな戦力にはならない。その上敵はラクタカス将軍率いる遠征軍本陣のほぼ全てであり、しかも彼らは余力を十分に残していた。


 あるメルーフィスの兵が槍を突き出しても、アルヴェスクの兵はそれを掴んで逆に引き寄せ、さらに捻って敵を地面に転がした。そして奪った槍で彼を地面に縫い付ける。まるで大人と子供の戦いだった。盾を構えればメイスで盾ごと叩き伏せ、例え囲まれても力任せにそれを突破する。


 ラクタカス将軍率いる軍勢は圧倒的圧力を持って敵を薙ぎ倒していった。カルノーは土塁の上から弓を射掛けてそれを援護する。遠征軍の士気はこの決戦が始まって以来最高潮だった。


「踏みとどまれぇ!! ここは我らが祖国! 我らに退路はない!!」


 一転して劣勢に陥ったメルーフィス軍に、ラグナス将軍はそう檄を飛ばす。彼は有能な将軍だった。彼が指揮官でなければ、メルーフィス軍はもっと早く瓦解していたに違いない。メルーフィス軍のその驚異的ともいえる粘りに、ラクタカス将軍はかつてライシュと戦ったときのことを思い出していた。


 しかし、ラグナス将軍がどれほど有能であろうとも、人にはやはり限界がある。メルーフィス軍に止めをさしたのは、アルクリーフ領軍による側面への強襲だった。


 この横からの強力な一撃は軍事的な意味よりも、むしろ心理的な意味においてメルーフィス軍にとって致命的だった。もはや勝てない、ということを兵たちに印象付けたのである。それが最も顕著に現れたのは、傭兵であるクシュベガの騎兵隊だった。


「将軍! クシュベガの騎兵隊が戦線を離脱していきます!!」


 悲鳴のような声で、その報告はもたらされた。それを聞いたラグナスは、奥歯を噛み締め手綱を強く握り締める。


 分かっていたことである。クシュベガの民はメルーフィス王国の国民ではない。所詮は傭兵でしかなく、勝ち目がないと思えば逃げ出すのは当たり前だった。まして彼らは騎兵。逃げ足もまた、素早い。


 しかしそれでも。クシュベガの騎兵隊がいなければ遠征軍と戦うことさえできなかっただろう。ならば彼らを雇い入れたが故のこの結果、やはり甘受せねばなるまい。


「……降伏する」


「撤退なさらないのですか!?」


「どこへ逃げるというのだ? 言ったはずだ。我らに退路はない、と」


 それに実際問題として歩兵、それも疲れ果てた歩兵ばかりのメルーフィス軍が、遠征軍から無事に逃れられるとは思えなかった。また戦でもっとも被害が出るのは、負けて撤退するときである。ラグナスはそれを嫌った。


「それにな。中途半端な戦力を残しておいては、『もう一戦』などと言い出す輩が出てこないとも限らん」


 仮にもう一戦して勝ち目があるのなら、ラグナスも命をかけて撤退戦を行おう。しかしメルーフィスはこの決戦に全力をつぎ込んだのだ。それで負けたのだから、次に勝てるとは思えない。そのために大量の戦死者が出るであろう撤退戦を行うのは、ラグナスにとって馬鹿らしいことだった。


 ラグナスが降伏を決断すると、すぐさま白旗が掲げられた。それに気付いた兵たちが続々と武器を捨てて投降していく。そして日暮れ前には全ての戦闘が停止した。こうしてグレイマス会戦は終わった。結果はアルヴェスク皇国遠征軍の大勝である。


 夕日に染まったグレイマス平原を、カルノーは土塁の上から眺めていた。平原が赤いのは夕日のせいか、はたまた流れた血のせいか。敵味方を問わず、多くの兵の死体が平原に伏していた。その光景を見て達成感よりもむしろ寂莫としたもの悲しさを感じる自分は、もしかしたら武官には向いていないのかもしれない。ふとそんな事を思い、カルノーは思わず苦笑した。


「カルノー!」


 凛とした声が、彼の名を呼んだ。声のした方に視線を向ければ、予想通りそこにはジュリアがいた。彼女は馬から飛び降りると、そのまま駆け足で土塁を登りカルノーの隣にやって来る。


「こんなところにおったのか。第一勲功者殿?」


「ジュリア殿下におかれましては、そのようなことは軽はずみに口にするべきではないと愚考いたします」


 堅苦しい言葉を、冗談めかした口調でカルノーは告げた。確かにメルーフィス軍の勢いをとめたカルノーの戦功は大きいが、しかし誰を第一勲功とするかはライシュが決めるべきことである。そこへジュリアが口を挟めば、ライシュが身内可愛さにえこひいきしたと思われかねない。


「はは、そうじゃな。気をつけるとしよう」


 ジュリアはそう言って視線を平原に向けた。彼女が隣にいるだけで、カルノーの中にあった寂寞としたもの悲しさが消えていく。それは彼にとって、とても得がたいことのように思えた。


「姫が来てくださり、助かりました。この恩は、いずれ必ず」


「ふふん? では、早目に返すのじゃぞ。例えば、不器用な口を別のことに使ってみてはどうじゃ?」


 そう言ったジュリアの口元には、挑発的な笑みが浮かんでいる。しかし、熱っぽく潤んだ彼女の目に浮かぶのは紛れもなく期待の色だった。この美しい婚約者の言わんとすることをすぐさま察したカルノーは、それを実行に移すべくすぐさま行動を開始する。素早く左右に視線を走らせ、彼女を引き寄せようとその腰に手を伸ばし……。


「カルノー殿! ジュリア殿下! 摂政殿下がお呼びです!」


「そ、そうか! 分かった今行く!」


 伝令の兵に呼ばれ、カルノーはそう答えるとジュリアの隣をすり抜けて土塁を降りはじめた。甘美なひとときが儚くも消え去ったことを悟り、ジュリアは少しだけ頬を膨らませた。そして不甲斐ない婚約者の背中を、後ろから思い切り突く。


「ひ、姫!?」


 前につんのめり、さらに堪えきれずに倒れてしまったカルノーの傍を通り抜け、自分の馬に軽やかに跨るとジュリアは彼にこういった。


「そんなところでなにをしてられる、婚約者殿。さっさと行くぞ」


「……御意」


 ジュリアの顔が赤かったのは、きっと夕日に照らされていたからだろう。


 さてジュリアとカルノーが本陣に来ると、二人はすぐにライシュのもとに通された。彼らの姿を見ると、ライシュは満面の笑みを浮かべた。


「カルノー、またもやお主のおかげで勝てた。礼を言うぞ」


「勿体無きお言葉にございます。ですが私は任された務めを果たしただけで、此度の勝利は方々の奮戦のおかげと存じます」


「うむ、確かに皆よく戦ってくれた。皆の働き、このライシュハルト、うれしく思うぞ」


 ライシュがそういうと、周囲から歓声が上がった。その歓声の中、ライシュは一つ頷くと今度はカルノーの隣で片膝をつくジュリアのほうに視線を向けた。


「さて、このじゃじゃ馬め。言い訳があるなら聞いてやろう」


「はて。褒められこそすれ、言い訳が必要になることなど身に覚えがありませぬが」


 そう言って、ジュリアはぬけぬけとすっ呆けた。ライシュにしても自分の妹が殊勝に反省しているなど露ほども思っていなかったわけだが、こうも図太く返されるともはや苦笑しか出てこなかった。


「まったく……。戦功を上げた者にくどくど言いたくはないがな。お前は結婚を控えている身なのだぞ。少しは自重しようとは思わんのか?」


「生憎、式も挙げずに未亡人になるつもりはございませんので」


 ジュリアはそう言って、言外にすでに結婚しているつもりであることをさらりと告げた。それを聞いてライシュはますます苦笑を深くする。そして妙案を思いつたとばかりに悪戯小僧の笑みを浮かべながらこう言った。


「いっそこの場で式を挙げてしまうか? そうすればお前も少しは大人しく……」


「兄上、それはまことですか!?」


「いや、むろん……」


 冗談だ、とライシュが口にするより早く、ジュリアが目を輝かせながらこう叫んだ。


「ぜひ、そのように!」


 戦場では活躍したものが一番偉い。実際の階級や身分はともかく、戦功を上げた者が何かを願い、それが叶えられる範疇内のものであればそれを無碍にするのは難しい。


 結局、ライシュはジュリアとカルノーが結婚式を挙げることを了解した。無論、法的な手続きや正式な披露宴は後日改めて行うことになるが、ともかくこの場で二人の結婚式を執り行い夫婦という体裁を整えてしまおうということになったのである。


 一種、暴論の類である。結婚式と言うのは普通、華やかでありながらも厳かな式場で行われるものであり、血なまぐさい戦場で行われるようなものでは断じてない。そもそも、そのような場所で式を挙げたいと思う物好きはいない。いないはずであった。


 だがジュリアはそれを願った。カルノーは「姫がそれを望むなら」と言って賛成の意を示した。


「まったく、せっかく盛大な宴を予定していたというのに……」


 冗談めかしながらも、ライシュはそう嘆いた。普通の皇族の姫らしく贅沢を好めとは言わない。しかし戦場で挙式とは、前代未聞である。しかもこれはライシュの治世が始まってから初めてとなる皇族の婚姻。皇国の威信をかけて臨むつもりであったのに、まさかこのような形になるとは思っていなかった。


「なにを仰います。勝利を飾りに愛を誓う。これに勝る贅沢はございますまい」


 ジュリアは微笑を湛えながらそう言った。確かに勝利を、しかも会戦と呼ばれる規模の戦いにおける勝利をひきさげて挙式するというのは、金があるからと言って実現できるものではない。そういう意味では、確かにこれは贅沢なことだった。


 また、此度の勝利は遠征の成功に直結している。遠征の成功をほぼ確実にする勝利を上げ、しかもその場で皇族の姫の結婚式を挙げるというのは、大陸広しといえども恐らくはアルヴェスク皇国にしかできまい。皇国の威信は十分に保たれるだろう。


 それに、正式な披露宴はまた後日行うのだ。ライシュの言う「盛大な宴」はそこで実現させればよい。なにも、今までの準備の全てが無駄になるわけではないのだ。


 その夜、ジュリア・ルシェク・アルヴェスクとカルノー・ヨセク・ロト・オスカーの結婚式が執り行われた。夜空にはまるで二人の門出を祝福するかのように、大きな満月が輝いていたという。


 新郎と新婦は、それぞれ鎧を身につけていた。ジュリアが両手に持つ小さな花束は、グレイマス平原に咲いていた野花を集めてきて作ったものである。


 式はごく簡単に執り行われた。荘厳な音楽もなければ、壮麗な神殿もない。二人は平原の真ん中に急遽設けられた小さな壇上に立ち、そこで遠征軍の主だった面々に見守られながら愛を誓った。アトーフェル将軍などは、柄にもなく涙を流していた。


「それでは、最後に口付けを」


 司会役の者にそう促され、二人はそっと距離を縮めてお互いの腰と首に腕を回す。


(今度は逃げるでないぞ?)


 ジュリアに小声でそう言われ、カルノーは思わず苦笑しそうになった。彼は言葉で返事を返すのではなくただ行動で、ジュリアの唇にそっと自分の唇をふれさせてその返答とした。


 ジュリアは少しだけかかとを浮かせてカルノーの唇を自分の唇で押し返す。そして、そっと目を閉じる。そうやって彼女はただこの幸福に身を任せた。


 万雷の拍手と歓声が鳴り響く。この夜、二人は晴れて夫婦となった。戦場に吹く夜の風は、しかし少しだけ甘かった。


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