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アルヴェスク年代記  作者: 新月 乙夜
承の章 勝利を飾りに
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勝利を飾りに11

 アルヴェスク皇国の遠征軍がメルーフィスとの国境を越えてからおよそ3週間。この間遠征軍はほとんど戦端を開くことなく、まるで無人の野を往くがごとくに歩を進めていた。この快進撃を末端の兵士たちは無邪気に喜んでいたが、それとは対照的に総司令官のライシュハルトや彼を助ける参謀長のエルストロキアなどは警戒を高めていった。


「ここまででまともな敵集団との戦闘は一度もない。メルーフィスの王宮は臆病風に吹かれたかな?」


「それはないでしょう。むしろ、臆病風に吹かれることなく統制を保っているからこそ、これまで一度も戦闘がないのだと思います」


 エルストのその言葉にライシュは大きく頷いて同意した。実際、甲冑を装備した敵集団が現れない代わりに、絹の衣を纏った一団がこれまで何度も交渉のために遠征軍の本陣を訪れている。彼らの交渉が時間稼ぎであることはライシュとエルストの共通した見解であり、二人はメルーフィスとの決戦が近いことを感じていた。


 さてアルヴェスク皇国遠征軍は、ついにメルーフィス最大の貿易港〈ウル〉に達し、この街を占領した。このウルはライシュらがまだ学生であったころに身分を隠して旅した場所の一つでもある。


 ウルはメルーフィス海軍の母港でもあるはずなのだが、遠征軍が街に入ったとき、そういう命令が出ていたのであろう、すでにメルーフィス海軍の軍艦は全て出港した後であった。


 現在、ウルの港はアルヴェスク海軍の軍艦によって埋め尽くされている。商船の姿はほとんどない。さらにメルーフィス軍の襲撃を警戒して遠征軍の大部分は街の外にいる。そのおかげで街の中は混乱しないですんだが、しかし軍勢に封鎖されたウルに近づこうとする者もいなかった。


 商人たちにしてみればまさに商売あがったりの状態で、勝つのがアルヴェスクにしろメルーフィスにしろさっさと決着がついて、また元通りに商売ができるようになることが彼らの最大の望みだった。


 ウルを押さえたライシュは、そこから方々へ斥候を放った。その目的は無論、メルーフィス軍の動きを探るためである。そしてウルに入ってから5日後、ついにメルーフィス軍の動向について報告がもたらされたのだが、それは少々意外な内容だった。それを聞いたとき、軍議に参加していた面々からは戸惑いの声がもれた。


「北から、だと……?」


「東からではないのか?」


 メルーフィスの王都プレシーザはウルから見て北東にある。そのためメルーフィス軍が接近してくるのであれば、それは東寄りの方角からであろうと誰もが思っていた。しかし斥候からの報告によれば、北、それも北西寄りの方角から下ってくるという。


「見間違いではないのか?」


「左様。今までも斥候は放っていたが、北周りを進む軍勢の姿を見たものはいない」


「だが軍勢をそれと見間違えることなど、果たしてあるのか?」


「報告によれば騎兵の姿が多かったという。もしや、我らの遠征を好機と見たクシュベガの略奪隊が侵入してきたのではないか?」


 軍議に参加している幕僚や貴族たちがそのような意見を述べる。それらの意見を一通り聞くと、ライシュはエルストに話を振った。


「エルスト、どう思う?」


「……敵の思惑を外すのは戦略の常道。そのために大回りしたのかもしれません」


 机の上に広げられた地図を見ながら、エルストはそう答えた。地の利はやはり彼らにある。斥候に見つからずに軍勢を移動させることも、あるいは可能かもしれない。実際こうして彼らは戸惑いを見せているのだから、エルストの考えもあながち間違ってはいないだろう。友人のその考えを聞いたライシュは「ふむ」と小さく呟くと、さらに何人かの幕僚に意見を求めた。そして最後に彼はもう一人の友人に意見を求めた。


「カルノー。お前はどう考える?」


「そうですね……。あるいは、彼らはクシュベガの略奪隊を雇ったのかもしれません」


 メルーフィスが潤沢な資金を持っていることはよく知られている。その金でクシュベガの略奪隊を雇い、さらに彼らに案内をさせてクシュベガの領内を通って移動する。これならばアルヴェスクの斥候に見つかることなく北周りに移動することができる。


「そう言えば、戦に際しクシュベガの民を雇うは、メルーフィスの常套手段……」


「確かに。失念しておったわ」


 カルノーの意見を聞くと、幕僚たちは「合点がいった」とばかりに何度も頷いた。クシュベガの略奪隊を雇い、さらに彼らの勢力圏を通ることで大きく北に迂回し、敵は東から来るものと思っているアルヴェスクの思惑を外す。これが、メルーフィスの戦略であろうというのが結論となった。


「陣は北に向かって張れ。決戦は近いぞ」


 ライシュの言葉に、幕僚たちは「御意!」と力強く応じた。それに大きく頷いてからライシュは陣割りを伝える。


「第一陣はカディエルティ領軍」


「ははっ!」


 第一陣、つまり先鋒を任されたスピノザは意気込んだ様子を見せながら胸に拳を当てて一礼した。そんな彼に一つ頷きを返すと、さらにこう言葉をかける。


「アーモルジュ老は比類なき戦上手であられた。その薫陶(くんとう)を受けたスピノザ卿の働きに期待する」


「必ずやそのご期待に応えてみせましょう」


 スピノザは自信をのぞかせながらライシュにそう応じた。その言葉に満足げな笑みを浮かべてから、ライシュは陣割りの発表を続けた。


 第二陣、つまり両翼はマクレイム領軍他、東方貴族たちの軍勢。その後ろの第三陣にはライシュ直属の本陣が置かれた。そしてアルクリーフ領軍が第四陣として一番後ろに配置されている。ちなみにカルノーがいるのは本陣の先頭、つまり第三陣の先鋒との言うべき位置だった。


「この決戦に勝利すれば、メルーフィス遠征はもはや成功したも同然。方々の奮起に期待する!」


 ライシュは最後にそう言って軍議を終えた。遠征軍がメルーフィス軍の姿を捉えるのは、これより三日後のことである。決戦の場はウルから北に一日ほどのところにある、〈グレイマス平原〉。後に〈グレイマス会戦〉と呼ばれる決戦が始まろうとしていた。



□■□■□■



「ちっ……! 大回りした甲斐はなし、か……」


 北に向かって張られたアルヴェスク皇国遠征軍の堂々たる陣容を見て、メルーフィス軍を率いるラグナス将軍は忌々しげに舌打ちをした。側面を突けるかと思い大きく北に迂回したというのに、それが全て無駄になってしまった。


(数では劣るゆえ、正面からはぶつかりたくなかったのだがな……)


 ラグナスが現在率いている軍勢は、歩兵12万と金で雇ったクシュベガの騎兵が7万で、合計が19万だった。結局20万には届かず、数の上では敵遠征軍に劣る。


(それでも、思った以上に集まったというべきなのだろうな……)


 特に宰相ゾルタークの集めてきたクシュベガの騎兵7万が大きい。これのおかげで、五分とはいかずとも圧倒的に不利な状況からは抜け出せた。その点において、ゾルタークの功績は大きいといえるだろう。


『後は将軍の仕事です。頼みましたぞ』


 出陣する少し前、ラグナスはゾルタークからそう言われた。そしてそれに対して彼は「任されよ」と応えた。この短い会話のおかげで彼の士気は大いに高まったし、またクシュベガの騎兵7万を加えたことで軍全体の士気も高まっている。やはり勝てるとなれば、少なくともその見込みがあれば士気は上がるのだ。


 とはいえ、数の上で劣っているという事実は消えない。そのためクシュベガの民に案内させて北に迂回し、自分たちが東から来るであろうと思い込んでいる敵軍の側面、それもできることならば総司令官ライシュハルトのいる本陣を突くつもりだったのに、結果はご覧の有様である。少々敵の索敵能力を甘く見積もっていたようだ。


「まあ、よい。今更じたばたしても始まらぬ」


 確かに敵の不意を突くことはできなかったが、しかし不意を突かれたわけでもない。戦力差も絶望的と言うわけではなく、正面からぶつかったとしても勝機は十分にある。ラグナスはそのように考えていた。


「全軍前進。ゆっくりでいい。決して隊列を乱すな」


 ラグナスはそう命じた。そして彼の命令に従ってメルーフィス軍は前進を開始する。まず前に出ているのは、槍と盾を構えた歩兵の部隊だ。彼らは盾を構えて槍を突き出し、密集した陣形のままゆっくりと前に進む。


「敵軍が動いたな……。よし、こちらも攻撃を開始する。全軍突撃せよ! 敵を喰い千切ってやれ!!」


 一旦停止していたメルーフィス軍が再び前進を始めたのを見て、遠征軍の先鋒を任されたスピノザはすぐさま自らが率いるカディエルティ領軍に突撃を命じた。彼のその命令を受けて、カディエルティ領軍の兵士たちが勢いよく飛び出していく。


(戦功を、戦功を立てるのだ! 大きな戦功を!! そうすれば、ジュリアを手に入れることができるっ!!)


 胸のうちに抱えたその想いに突き動かされ、スピノザは馬を駆けさせる。そんな主将に続けとばかりに、カディエルティ領軍の兵士たちはグレイマス平原を勢いよく駆け突撃していく。


 ただ、いささか勢いが良すぎた。第二陣である両翼を置き去りするほどの勢いでメルーフィス軍に向かって突撃していく。両翼も慌てて彼らの後を追うが、しかし足並みを揃えようとするとどうしても速度を抑えなければならなくなる。結果、先鋒のカディエルティ領軍だけが突出して孤立するような形になった。


 しかも勢いよく駆け出していくために、陣形には乱れが生じている。特に兵士同士の間隔が開き、隊列の密度が低下していた。


 カディエルティ領軍が突撃してくるのを見て、メルーフィス軍は一旦足を止めた。そして盾と槍を構えて迎撃の態勢を整える。さらにメルーフィス軍から矢が一斉に放たれた。その矢を受け、カディエルティ領軍の兵が倒れていく。カディエルティ領軍の側からも矢が放たれるが、走りながらでは弓は引けない。放てる矢には限りがあり、矢の射掛け合いはメルーフィス軍が有利だった。


 そして両軍は激突する。突撃してきた遠征軍の先鋒カディエルティ領軍を、メルーフィス軍の歩兵部隊が受け止める形だ。


 カディエルティ領軍は確かに勢いに乗っていた。戦功に焦る主将の内心を反映していたとも言えるだろう。しかしカディエルティ領軍には、勢いはあれど圧力がなかった。そんな彼らの突撃を、盾を構えて密集したメルーフィスの歩兵部隊が弾き返す。


「何をしているっ!? 切り込め!!」


 スピノザの檄が飛ぶ。しかしそれでも、カディエルティ領軍は立ちふさがる敵歩兵部隊を崩すことができない。そうこうしている内に敵歩兵部隊の後ろから弓を構えた騎兵隊が現れ、左右から包み込むようにしてカディエルティ領軍を包囲していく。彼らは金で雇われているクシュベガの民だ。


 彼らは馬上から巧みに弓を使い、カディエルティ領軍に数万本の矢を射掛けていく。弓の名手であるクシュベガの民にとって、歩兵部隊に足を止められたカディエルティ領軍はいい的だった。カディエルティ領軍の兵士たちは次々に矢を受けて地面に倒れていく。


「っち! 盾を構えて矢を防げ! 隊列を整えろ!」


 自軍の被害にスピノザは舌打ちを漏らしながら、そう命令した。カディエルティ領軍が攻撃の手を緩めたのを見ると、メルーフィス軍を率いるラグナス将軍はすぐさま歩兵部隊に前進を命じた。


「全軍前進! 圧力をかけて突き崩せ!!」


 ラグナスの命令を受け、槍と盾を構えたメルーフィスの歩兵が前進を開始する。先程までと同じように、その速度は遅い。しかし彼らは一糸乱れぬ動きで一歩ずつ確実に歩を前に進めていた。


「御館様、ここは一時撤退を!」


「ここで退けるか! メルーフィスの弱兵が、クシュベガの蛮族が何程のものぞ!?」


 スピノザは撤退の進言に対して交戦の継続を主張した。彼の戦意はまだ十分に高い。しかし彼の戦意がどれほど高くとも、カディエルティ領軍不利というこの局面は好転してくれない。正面からメルーフィスの歩兵部隊に圧力をかけられ、さらにクシュベガの騎兵によって左右から散々に矢を射掛けられ、ついにカディエルティ領軍は撤退を余儀なくされた。


「逃すな! 追撃!!」


 隊列を崩され逃げ始めた遠征軍先鋒を見て、ラグナスはすかさずそう命じた。その命令を受け、今まで隊列を崩さぬようにしていたメルーフィスの歩兵部隊が、まるで解き放たれたかのように突撃を開始する。彼らは撤退するカディエルティ領軍の背中に襲い掛かり、さらに彼らを追い立てていく。


「ちっ……! 勝手に先走ってこの有様か!」


 壊走するカディエルティ領軍の姿は両翼、つまり第二陣からも見えた。彼らの姿を見て、マクレイム伯爵は苛立たしげにそう怒鳴った。


「アーモルジュ老であればこのような醜態は晒さなかったであろうが……!」


 ついこの間までカディエルティ領軍を率いていたアーモルジュは戦上手であり、一緒に戦っていて心強い味方だった。しかし彼の後を継いだスピノザは、功を焦ったのか連携を乱して突出し、その結果袋叩きにあっている。


「アーモルジュ老であっても後継者を育てるのは難しいか。俺も自戒せねばならんな」


 マクレイム伯はそう吐き捨てた。とはいえ、壊走してくる友軍を見捨てるわけにも行かない。遠征軍の両翼はそのまま前進を続けた。カディエルティ領軍を後方へ逃し、メルーフィス軍の勢いを止めるためである。


「この機を逃すな! 全軍突撃!!」


 遠征軍の先鋒を破ったことでメルーフィス軍は勢いに乗っていた。ラグナスはその勢いを止めることなく、立ちふさがった敵両翼に対して突撃を命じる。


 メルーフィス軍は遠征軍を激しく攻め立てた。遠征軍の両翼は後退する先鋒の左右をすり抜けるような形で北上しメルーフィス軍と戦おうとしたのだが、そこにクシュベガの騎兵隊が襲い掛かった。彼らは敵両翼に対してさらに左右に広がるような形で頭を抑え、そして激しく矢を射掛けて彼らの前進を妨げた。


 クシュベガの騎兵隊の猛攻を受け、遠征軍の両翼はそれぞれ内側寄りに進路を曲げられてしまった。そして、そこにいたのは壊走するカディエルティ領軍である。


 遠征軍両翼はメルーフィス軍とぶつかる前にカディエルティ領軍と合流してしまったのである。普通であれば何も問題はなかったのだろうが、しかし現在カディエルティ領軍は壊走中。真っ当な戦力として考えることはできない。それどころか、壊走するカディエルティ領軍が雪崩込んできたせいで、両翼の陣形が乱れてしまった。


 そこへメルーフィス軍の歩兵部隊が襲い掛かってくる。勢いでは圧倒的に彼らの方が勝っており、そのため陣形の乱れてしまった両翼はメルーフィス軍を止めることができない。それどころかカディエルティ領軍の壊走に巻き込まれ、ずるずると後ろへ下がっていく。それが本格的な撤退へ変わるまでそう時間はかからなかった。


「第一陣、第二陣、共に壊走、か……」


 劣勢を伝える報告を聞き、カルノーは眉間に皺を寄せた。第一陣と第二陣が壊走したのであれば、敵は遠からずこの第三陣へとやって来るだろう。第一陣と第二陣を撃破した勢いそのままに、である。そしてその勢いを増したメルーフィス軍の熾烈な攻撃に最初にさらされることになるのは、第三陣の先頭にいるこのカルノーの部隊である。


 第一陣と第二陣が壊走したという報告はライシュのところにももたらされていた。その報告を聞くと、彼は苦い顔をする。しかし怒鳴り散らすような真似はせず、本陣以下の軍勢を後ろに下がらせた。


 遠征軍の全体が後ろへと下がっていくなか、しかしカルノーはそこから動かなかった。ライシュとジュリアのいる本陣を十分に下がらせ、さらに壊走してくる第一陣と第二陣と逃しそして再編するには、相応の時間がいる。その時間を稼ぐつもりだった。


 そのための準備をカルノーは入念に行っていた。敵にクシュベガの騎兵が多いことを聞き、簡単には勝てないと思っていたからである。そのため土嚢を積み上げてしっかりとした塁を築き、さらにいくつもの柵を建てさせていた。これほど重厚な備えをして戦いに挑んだ将は他にはいない。


(これが必要になるとすれば、味方が劣勢に陥ったときか……)


 そう思いながら、カルノーはこれらの準備を行わせていた。優勢であればむしろ打って出て行くことになるだろうから、これらの備えは全て無駄になる。出番がなければそれに越したことはないと思っていたのだが、しかしどうやらこの備えを必要とする事態になったようである。


「よいか、かるがるしく塁から出てはならぬ。まずは防戦に徹しろ」


 カルノーはそう厳命した。彼が指揮する兵は全部で1万。これだけの戦力で敵を押し返せるとは彼も思っていない。まずは敵の足を止める。それがカルノーの考えだった。


「言葉遣いを気をつけなくて良いのですか?」


「戦場ではなかなか、ね。私もまだまだ未熟と言うことです」


 副官であるイングリッドの冗談に、カルノーは苦笑しながらそう答えた。おかげで、肩の力が抜ける。ほどなくしてメルーフィス軍が激しい勢いで襲い掛かってきた。


 土嚢を積み上げて作った塁から一斉に矢が放たれた。それを受けてメルーフィス軍の兵士たちがばたばたと倒れていく。しかし、その倒れた兵を踏み越えその後ろからまた兵が現れて土塁に迫った。


 またしても矢が放たれた。メルーフィス軍は一度下がり、盾を構えて矢を防ぎつつ、自分たちも弓を引いて矢を放つ。たちまち、矢の応酬になった。


 だが、ここで土塁からそう遠くないところに建てた柵が、カルノーの部隊に優位を保たせた。メルーフィスの兵たちが放つ矢はその柵に阻まれ、命中率がよくない。またしてもメルーフィスの兵が多く倒れた。


 さらにこの柵はクシュベガの騎兵隊を防ぐのにも役立った。馬で飛び越えるには、この柵は高すぎる。どうしても柵のところで足を止める必要があり、カルノーはそこを弓で狙わせた。馬に乗っている分、騎兵は的が大きい。矢は面白いように当った。騎兵隊は後ろへ下がり、柵には近づかなくなった。


「ええい、何をしている!? 盾を揃えて前進せよ! あの柵を破壊しろ!!」


 ラグナスのこの命令はすぐさま実行された。メルーフィスの歩兵部隊は盾で身を守りながら前進する。この突撃を防ぐのにも柵が役立った。メルーフィスの兵はどうしても柵のところで足を止めなければならず、カルノーはやはりそこにも矢を浴びせかけた。


 とはいえ、そうやって全ての敵兵を撃退できるわけではない。やがてあちこちで柵が破られ、そこからメルーフィス軍が流れ込んでくる。


「迎撃せよ!」


 それらのメルーフィス軍をカルノーは槍を揃えて出迎えた。彼の率いる兵はよく戦った。しかし、数の不利は如何ともしがたい。土塁を築いて守りを固めていたから持ちこたえていられるものの、敵の勢いは熾烈でこのままでは押し切られるのは明白だった。


 とはいえ、カルノーはそこまで悲観していない。確かに彼の率いる戦力だけでは戦況を逆転させることはできないだろうが、しかしここより後方にはまだ遠征軍の戦力が残っている。必ずや援軍が来る。そう言ってカルノーは兵たちと自分を鼓舞した。


 そしてやおらメルーフィス軍の隊列に乱れが生じる。自ら槍を振るい、柵を破って進入してきたメルーフィス軍と戦っていたカルノーは、敵の勢いが少し緩んだことを感じ取る。もしやと思ったその時、誰かがこう大声を上げた。


「敵陣に乱れあり!」


 土塁の上から、遠征軍の兵の一人が大声でそう叫ぶ。カルノーは急いで後ろに下がると土塁の上に駆け上り、そして柵の向こう側にいる敵軍を注視する。探す必要もなく、彼はそこで暴れまわる騎兵の一団を発見した。その一団の先頭にいるのは、一纏めにした長い銀髪を風に靡かせて戦う女騎士。


「ジュリア姫!?」


 思わずカルノーはそう声を上げた。その声が聞こえたはずはないのだが、ジュリアがふと彼の方に視線を向ける。その口元が楽しげに笑ったように彼には見えた。それはとても彼女らしく思え、カルノーもまた口元に楽しげな笑みを浮かべる。


「姫様が来られたぞ! 無様を曝すな! 近衛の勇姿をお見せしろ!!」


 おお! という地鳴りのような声が上がった。ジュリアが援軍に来たことを知り、カルノーの率いる兵たちは大いに士気を高めた。この時点で、勢いに乗っていたメルーフィス軍は完全に足を止められた、と言っていい。


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