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アルヴェスク年代記  作者: 新月 乙夜
承の章 勝利を飾りに
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勝利を飾りに3

『賊は、生まれながらに賊なのではない』


 かつてカルノーは師父と慕うアーモルジュからそう教わったことがある。人が賊になる理由の多くは政の乱れであり、ただ賊を討伐すれば全て問題が解決するわけではない。政の乱れを正さない限り、賊は生まれ続ける。よって重要なのは賊を討伐することではなく、むしろ賊を生み出さないことなのだ。


『枝葉だけを見ていても問題は解決せん。むしろその問題の根は一体どこにあるのか。それを考えるのじゃ』


 アーモルジュはカルノーにそう教えた。問題に対処することと、問題を解決することは違うのだ。


 翻って今回の一件はどうなのだろうか、とカルノーは考える。彼が今回命令されたのは盗賊団の討伐だ。では、なぜその盗賊団は生まれたのか。その盗賊団が生まれるだけの、政の乱れがあったのか。


 確かにあった。アザリアスの簒奪に端を発した、先の内乱である。その内乱で討伐軍と西方連合軍が戦ったテムタス川の会戦。その会戦で敗れて逃亡した兵士たちが、その先で盗賊となったのである。その数、およそ300人。


 いわゆる落ち武者が賊となるのは、そう珍しいことではない。特に負けた側であれば、捕まれば殺されてしまうことも多い。武器があり能力があり、そして生き残るためにそれしか道がないように思えるのであれば、その選択肢を選ぶことにさほどの抵抗はないのかもしれない。


 そういう意味では、賊となった者たちにも一抹の同情の余地はある。いや、そういう場合も少なからずある、と言うべきか。無論、家畜や物品などの財産、時には人の命まで奪う賊の所業は決して許されるものではないが、しかし政に関わるものはそういう視点を決して忘れてはいけないのだとアーモルジュは言っていた。


 ただし、今回カルノーに討伐の命令が下された盗賊団については少々事情が異なる、と彼は思っている。


 前述したとおりこの盗賊団は、元は先の内乱でホーエングラムが集めた討伐軍の兵士たちである。敗れてちり散りに逃げた彼らに対し、摂政となったライシュは早い段階で次のような布告を出した。


『討伐軍として戦ったことは一切罪に問わない。それぞれ自分の家に帰るように』


 この布告によって隠れていた兵士たちの多くが故郷に帰ることができた。近衛軍の兵士たちの中にもこの布告を見聞きして皇都に戻ってきた者たちがいて、その中には現在カルノーの部下になっている者もいる。


 つまり盗賊となったおよそ300人の者たちはこの布告に従わなかったのだ。止むに止まれぬ事情があったのではない。「罪を問わない」と言われたにも関わらず、彼らは自ら望んで賊となったのである。


(哀れと思う必要も、情けをかける必要もないな……)


 摂政の出した布告を無視し、あまつさえ徒党を組んで盗賊団を結成し暴れまわっているのだ。皇国に対する明確な敵対行為であるし、また摂政ライシュハルトの面目を潰す行為でもある。今回カルノーの部隊に出動が命じられたのは、この辺りの事情も絡んでいるのかもしれない。


 ただ、カルノーが怒りを感じるのはそういう政治的な部分に対してではない。切羽詰った事情があるわけでもないのに、自ら望んで賊となり殺人や強奪を働く。人の道を大いに外れたその所業に、彼は怒りを感じていた。


 さて、カルノーは部隊の準備が整うとすぐさま皇都を発ち、ガーベラン子爵領ケニール州を目指し行軍を開始した。ガーベラン子爵領は皇都から見て西南西の方角で、テムタス川が西の州境となっている。ちなみに盗賊団の根城があるアルミシス州はその南に位置していた。


 カルノーが率いる近衛軍2000騎の行軍は厳しいものだった。というより、隊長であるカルノーが意図的に厳しくした。近衛軍は再編がまだ終わっておらず、彼の部隊にも新たに入った兵が多い。カルノーは一日も早くこの部隊を精強にするためこれまで日々厳しい訓練を課してきたが、この行軍はその成果を見るためのものだった。


(成果を見るといえば、この任務そのものに同じような意図があるのだろうな……)


 つまり、再編した近衛軍部隊の力を図る、あるいは見せ付ける、という意図である。カルノーはそう思った。


 なにしろ、賊はおよそ300人。これに対し近衛軍の2000騎というのは、少し数が多すぎる。ライシュやラクタカスはこの盗賊団を速やかに叩き潰すことで、再編された近衛軍が内乱前と同じく精強であることを内外に示そうとしているのではないか。カルノーはそんなふうに考えている。


(まあ、その辺りのことは私が考えることではないな……)


 カルノーはそう思って頭を振った。彼に任されたのは盗賊団の討伐だ。その任務を果たすことに集中すればよい。


 なお、ここでライシュやラクタカスの意図に「自分に手柄を立てさせる」というものが含まれていると考えないあたり、カルノーの人間性が現れていると言えるかもしれない。


 さて、迅速な行軍のかいもあって、カルノーらは皇都を発ってから三日目にガーベラン子爵領ケニール州の隣の州にまで来ていた。そして四日目の朝、カルノーは部隊を半分にわけ、その片方を副隊長であるジェイル・アニル・ロト・グリークに任せた。


「ではジェイル殿、手はず通りに」


「はっ、お任せください」


 二人はそれだけ言葉を交わすと、それぞれ1000騎を率いて別々の道を進んだ。カルノーが向かうのはガーベラン子爵領である。実際に被害にあっているのはここなので、まずは当事者から話を聞くつもりなのだ。またガーベラン子爵に話を通さずに討伐を行えば、彼は必ずや気分を害するだろう。勅命によって盗賊団討伐に関する全権を委任されていることを、彼に一言断っておかなければならない。加えて、子爵領の兵も借りるつもりである。


 次にジェイルである。彼が向かったのはガーベラン子爵領の南、つまり天領のアルミシス州だ。盗賊団が根城にしているのはアルミシス州の北部なので、実際の討伐は恐らくそこで行うことになる。ならば州を治める代官に一言断っておくのが礼儀というものだろう。


 加えて、州軍の動員も要請するつもりだった。いや、要請と言うよりほとんど命令である。カルノーはこの度の討伐に関する全権委任を受けており、この件に関する限り彼の言葉は摂政ライシュハルトの言葉に等しい。彼の要請を断るということは摂政の要請を断るということ。役人である代官がわざわざ摂政の不興を買うようなことをするとは思えなかった。


 ガーベラン子爵領に入ると、カルノーは子爵の屋敷がある州都を目指した。そして州都に到着すると部隊を郊外に待機させ、彼は副官のイングリッドだけを連れて子爵の屋敷を訪ねた。


「よくぞ、来てくださいました……!」


 カルノーの訪問を知ると、ガーベラン子爵は執務室から飛び出してきて彼を迎えた。彼の顔からは濃い疲労の色が窺える。どうやら盗賊団の対応に随分と苦慮しているようだった。


 カルノーは早速、ガーベラン子爵から盗賊団についての報告を受けた。その被害は思っていたよりも深刻で、カルノーは思わず眉をひそめた。


「すでに幾つもの町や村が襲われています。食料や家畜、宝財は奪われ、若い女を見れば手当たり次第に攫っていきます」


 当然、人も殺す。小さな村を襲ったときなどは、めぼしいものを奪って女を攫うと、火を放って丸ごと焼き払ったそうだ。攫われた女たち以外の住民は全滅。彼女たちとて無事でいるかは定かではない。


 すでに被害は甚大だった。被害を総合すれば、町が一つ消えるくらいの被害がすでに出ている。


 さらに影響は直接の被害だけに留まらない。春のこの季節は農作業を忙しく行わなければならないのに、特に南部の人々は盗賊団を恐れて畑に出て行けない。このままでは秋の収穫が大きく減ってしまうだろう。また盗賊団は街道を旅する人々も襲うので、この頃は商隊がガーベラン子爵領に寄り付かなくなり、そのせいで領内の経済が減衰しているという。


「もちろん、我々も手をこまねいて見ていたわけではません。領軍を動かし討伐を試みました」


 しかし、その討伐は上手くいかなかった。盗賊団は神出鬼没であり、その動きにガーベラン領軍は翻弄された。本拠地を叩くことが出来ればよかったのだが、しかし彼らが根城にしているのはアルミシス州。そのためガーベラン領軍は州境を越えて攻め入ることができない。結果として被害ばかりが大きくなっていった。


「もはや、我々だけでは手に負えんのです……! 隊長、どうか、どうか力を貸していただきたい……!」


 ガーベラン子爵は縋るようにして頭を下げた。普通、貴族が人に頭を下げることはほとんどない。貴族は面子を重んじるからだ。


 それでも子爵は頭を下げた。いや、それ以前に中央に対して助力を求めている。自らが無能と蔑まれるのを覚悟して、である。面子ばかりを重んじる貴族ではない。領地と領民のことをしっかりと考えているのだ。


 そんな子爵に対し、カルノーは力強く頷いた。もとより彼はその為にここに来ている。彼が頷くのを見て、子爵は少し安心したかのように一つ息を吐いた。


「それで、盗賊団について他に分かっていることはありませんか?」


「首領の名が分かっています。報告によれば、レイザック・ハーベルンなる人物だそうです」


「レイザック・ハーベルン……」


 その名を小さく呟いたのはカルノーではなかった。呟いたのはソファーに座る彼の後ろに立つ、副官のイングリッドだ。カルノーは座ったまま後ろを振り返ると、彼女にこう尋ねた。


「知っているのですか?」


「名前だけは。近衛軍の100人隊長、だった男です」


 イングリッドの答えを聞いて、カルノーは「ふむ」と呟くと顎に手を当てて少し考え込んだ。近衛軍の100人隊長だったということは、それ相応に部隊の指揮能力があるということだ。盗賊団がこれだけ大規模に暴れまわっているにも関わらず、ガーベラン領軍による討伐が上手く行っていないのは、レイザックの指揮能力や作戦立案能力によるところが大きいのかもしれない。


「天領であるアルミシス州に根城を構えたのも、きっと彼の発案なのでしょうね」


 カルノーの言葉にガーベラン子爵とイングリッドは揃って頷いた。貴族領と天領の関係を利用したこの狡猾なやり方は、きちんとした教育を受け皇国の法や政治にある程度通じていないと思いつくことはできないだろう。だがレイザックにはその下地が十分にある。そうでなければ、近衛軍の100人隊長は務まらない。


(しかしなぜ、レイザックは盗賊に身を落したのか……)


 姓名を持ち、しかし〈ロト〉の称号を持たないから、レイザックの身分は騎士だ。だが近衛軍の100人隊長ともなれば、跡継ぎのいない貴族の家に婿養子として迎えられることも珍しくない。騎士から貴族になれるのだ。そして貴族になれば更なる出世も夢ではない。なぜその道を捨ててまで盗賊に身を落したのか。


 落ち武者狩りが恐ろしかったから、という言い訳は通用しない。「一切罪を問わず」と摂政ライシュハルトの名で布告が出されているからだ。つまり盗賊行為などせず素直に帰ってくれば、レイザックはまた100人隊長として近衛軍で活躍することが出来たのである。であるならば、彼は自らの意思で盗賊団を率いているとしか思えない。


(まあ、これ以上は考えても仕方がない)


 そう心の中で呟いてカルノーは頭を切り替えた。事ここに至れば、レイザックにいかなる事情があろうとも盗賊団を討伐して、彼を討つなり捕縛するなりしなければならない。もはや後戻りはできないのだ。そのことは彼自身が一番よく知っているだろう。


「他に、まだ何かありますか?」


「……彼奴らの、根城の位置を掴んでいます」


 そう言ってガーベラン子爵は地図を広げると、その一点を指で“トン”と突いた。そこはアルミシス州の、北のケニール州との州境の近くにある小高い山だった。


「なるほど。ではすぐにでも討伐軍を動かすことが出来ますね」


 なぜガーベラン子爵がその位置を知っているのか。そのことにはあえて触れず、カルノーは明るい声でそう言った。


 ガーベラン子爵が盗賊団の根城の位置を知っていたのは、当然配下の斥候に探らせたからである。しかし実のところこれは、見方によっては法に抵触する恐れのある行為だった。


 皇国の法では「貴族の軍勢は許可なく天領に立ち入ってはならない」と定められている。そしてこれを破ることは皇王への反逆に等しいとされている。


 斥候が軍勢なのかは議論が分かれるだろうが、しかし「軍勢という組織の一部である」と主張されれば反論は難しい。それに斥候を放って何事かを探らせるということは、軍勢を動かす前準備であると捉えられても仕方がない。


 つまり、今回ガーベラン子爵がやったことは、ともすれば皇王への反逆であると言われるかもしれない、そういう危険な行為だったのである。もちろん彼にその意思はないだろう。しかしカルノーにそのことを糾弾されれば、あるいは彼は反逆罪に問われていたかもしれない。


 もっとも、カルノーからそれを追求されたとしても、それをかわすための言い訳はすでに何通りも考えてあるのだろう。根城周辺の詳細な情報を調べ上げてあるのならばともかく(実際には調べ上げているのだろうが、子爵がそれを表に出すことはまずない)、その位置が判明しているだけならば、例えば「行商隊から話を聞いた」などと主張することは十分に可能だ。


 それに領地周辺の情報を常に集めておくことは、領主たちにとっては常識的なこと。そのために斥候を放っているのはもはや暗黙の了解であり、あまり大っぴらにならない限りは宮廷も黙認していた。そのような事情もあって、カルノーはガーベラン子爵が示した情報の出所をことさら探ろうとはしなかった。


「それで実際の討伐についてですが、可能ならば子爵殿にも兵を出していただきたく思います」


 カルノーがそう言うと、ガーベラン子爵は眉をひそめた。彼が連れてきた戦力は騎馬で2000。そのうちの半分は南のアルミシス州に向かっているものの、盗賊団300を討伐するためには十分な戦力であろう。この上なぜ、兵を必要とするのか。そんな疑問を浮かべる子爵に、カルノーはさらにこう言った。


「ガーベラン領軍は子爵が指揮をお執りください。そして、先鋒をお任せしたいと思っています」


「なんと、それは……!」


 ガーベラン子爵の顔に驚きが浮かぶ。さらにそこには歓喜の色も混じっていた。彼はカルノーの言わんとしているところを正確に察したのだ。


「散々煮え湯を飲まされたのです。決着はご自分の手でつけられてはいかがですか?」


 これまでガーベラン子爵は領軍を率いて盗賊団の根城を攻めることができずにいた。それが天領にあったからだ。しかしカルノーの指揮下に入ってしまえば、堂々と州境を越えることが出来る。自分の手で盗賊団を討伐することが出来るのだ。


 加えて、自らの手で盗賊団を討伐できれば、彼らが強奪して集めた貴重な物品、それに攫われた女性たちを取り戻すことが出来る。カルノーがやってもそれらは戻ってくるだろう。しかし、特に物品については少なくなっているかもしれない。だが自分で討伐できればそういう心配はしなくていい。


「是非、我が軍勢も討伐に参加させていただきたい」


 ガーベラン子爵の返答に、カルノーは笑みを浮かべながら頷いた。結局、ガーベラン領軍からは600の兵が討伐に参加することになった。これが先鋒として盗賊団の根城にまず攻撃を仕掛けることになる。この部隊を率いるのは、言うまでもなく子爵自身である。


 さらにカルノーはガーベラン子爵領の南東と南西に位置する天領の代官に使いを出して、盗賊団の根城近くの街道を封鎖させた。根城に攻め込まれて逃げ出した盗賊たちを捕らえるためである。


 そうやって討伐に向けた準備を整えていると、アルミシス州に向かわせたジェイルから使いが来た。カルノーがガーベラン子爵領に着いてから五日目のことである。使いが持ってきた手紙には「準備が完了した」と記されていた。


 今回の討伐作戦でカルノーが代官に要請したのは、盗賊団の根城の南側に部隊を展開させることである。北から攻め込まれた盗賊たちは南に向かって逃げるだろう。そこを抑えるのだ。


 ただ、それだけならば半分に分けた自前の戦力を使っても良かった。それをわざわざ代官にやらせたのは、ちょっとした嫌がらせであり、また彼を安心させるためだった。


 今回、アルミシス州の代官はガーベラン子爵の要請をことごとく無視して盗賊団を放置した。それは恐らく中央、つまりライシュに媚を売るためであったのだろう、とカルノーは予測している。そのために被害が拡大したことは明白で、その責任を少しでも取らせるために部隊を展開させたのだ。


 加えて、子爵領を召し上げずに近衛軍を派遣したことから、ライシュの考えが自分とは異なっていたことに代官は気付いたはずだ。そうなるとライシュの意向に沿っていなかった代官は、彼の不興を買うことになりかねない。少なくとも代官はその心配をしていただろう。


 そこでカルノーは代官を討伐作戦に参加させることで、中央に対して忠誠を誓っていることを示す機会を彼に与えたのである。そのようにして忠誠を示すことが出来れば、彼も安心できるであろう。またカルノーが代官の働きを好意的に報告すれば彼の評価も上がるというもので、彼は自らの保身と出世のため大いに働いてくれるだろう。


 閑話休題。なんにせよ、これで準備は整った。あとは作戦を実行に移すのみである。カルノーは馬に跨ると、全軍に出撃を命じた。


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