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アルヴェスク年代記  作者: 新月 乙夜
起の章 野心の目覚め
13/86

野心の目覚め12

 カルノー率いるカディエルティ領軍騎馬1000が討伐軍の築いた堰に到着すると、そこには数百ばかりの兵しかいなかった。これは防衛のための部隊などではなく、急造した堰を補修して決壊させないための部隊だ。そのためなのか老兵ばかりで、カルノーらはほとんど戦闘をすることなくこれを蹴散らした。


(ライが部隊を動かしたか……! ありがたい)


 堰の東側を確保すると、カルノーは川を挟んだ向こう側に視線を向けた。そこにいるはずの防衛部隊は、今はすべて出払っている。堰を守る彼らがみだりに動くとは思えず、彼らの敵が攻めてきたと考えるのが自然だ。そして彼らの敵とはつまり西方連合軍に他ならない。


(さて、堰を切らねばならないが、どうやって切る……?)


 それを考えながら、カルノーは視線を巡らせる。周辺に敵の姿はない。だが、だからと言って悠長に構えてはいられない。


 周りにはスコップや木槌、それにロープなどの道具がそのままにされており、また大量の土嚢が積み上げられている。これらを使って堰を随時補修していたのだろう。これらの道具を使えば堰を壊せるだろうが、しかし時間がかかりすぎるような気もする。それに堰を切ったときに川の中にいては、濁流に飲まれて流されてしまう危険が大きい。


 カルノーはさらに堰の様子も観察する。いかにも急造で、あちらこちらから水が漏れ出している。放っておけば恐らく三日のうちにも決壊するだろう。ただ、それを待っているわけにもいかない。


(ん……? あれは……)


 堰の様子を見ていたカルノーはそこに埋まっているある物に目を付けた。それは馬車だ。恐らく堰を急いで作るために、土嚢を積んだ馬車をそのまま川に沈めたのだろう。何台もの馬車や荷車が堰の中に埋まっている。


(これは使える……!)


 カルノーはそう思った。そしてすぐに命令を出す。馬車や荷車のシャフトなどにロープを結ばせ、それを人馬の力でそれを引っ張る。堰自体が急造であるせいか、さほど苦労せずに埋まっているそれらを引っ張り出すことが出来た。


 そうやって馬車や荷車を堰から引っ張り出すと、周辺の土嚢もまた一緒に崩れた。そして崩れた箇所から水が勢いよく噴き出す。一箇所そうやって水が噴出すと、その後は連鎖的だった。あちらこちらから水が噴出し、堰はあっという間に決壊したのである。もちろん全てが消えてなくなったわけではないが、しかしもう水をせき止めておくという役割は果たせない。


「やりましたな、隊長!」


 明るい声でそういう副官に、カルノーもまた笑顔を見せながら頷いた。彼らの目の前を、溜め置かれていたテムタス川の水が一気に下流に向かって流れていく。


「して、隊長。これからどうします?」


 副官のその問い掛けに、カルノーは少しだけ考え込んだ。討伐軍の輜重の多くを始末し、さらにはこうして堰を決壊させた。十分すぎるほどの戦果を上げた、と言っていいだろう。アーモルジュから言われた分は、いやそれ以上の成果を上げた。ここで撤退するのも一つの手だろう。


「狙ってみますか、大将首を」


 副官の勇ましいその物言いに、カルノーは思わず苦笑した。


「たった1000騎だぞ、我々は」


「今ならば1万騎以上の力を発揮できましょう。それに、南からの敵襲で討伐軍は混乱している様子。大将首を狙うのであれば、今が最大の好機です」


 そう言って副官は視線を南に向けた。カルノーもまた同じように南の方を見る。そこには黒い煙が何本も立ち上っていた。南から襲い掛かった部隊、恐らくは西方連合軍の別働隊があちらこちらに火をかけているのだ。おかげで討伐軍が混乱しているであろうことは容易に想像できた。


「……ホーエングラムの首を取れるかは分からないが、もし今渡渉中の部隊があれば、堰を切ったことで川が増水し、そのせいで被害を出して混乱しているはずだ。そこを突くぞ」


「御意!」


 そうと決めればカルノーらの行動は迅速だった。彼らはすぐさま馬を走らせて川沿いを南に下る。しばらくすると、まさに渡渉中だったのだろう、川沿いに討伐軍の一部隊がいた。しかも都合のいいことに、南から来た敵と戦っているらしく、カルノーらには背中を見せている。


「挟撃するぞ! 突撃!!」


 カルノーは声を張り上げながら馬上で剣を振りかざし、その切っ先を討伐軍に向けた。彼の部下たちはそれに「おお!」と力強く応じる。そして彼らは勢いを緩めることなく討伐軍の隊列の中に突撃した。そして足を止めることなく敵軍の真っ只中を駆け巡る。それはまるで巨大な獣の腹の中に飛び込んで、内側からその肉を食い千切っているかのようだった。


 縦横無尽に駆け巡るこの騎兵集団を、ホーエングラムは止めることが出来なかった。堰を切られて兵の半数近くを失ったこと。そのせいで生き残った兵達の士気も低いこと。それとは逆に敵の士気は非常に高いこと。挟撃されてしまったこと。全ての要素が彼にとっては不利だった。


(し、死ぬのか、私は。こんなところで……)


 己の死を意識した途端、ホーエングラムは腹の底から恐怖に襲われた。そこへ西方連合軍の奇襲部隊が接近してくる。討伐軍の背後から“援軍”が来たことに気付いているのか、その士気と勢いはさらに増しているように思えた。


「ホーエングラムだ! 首を取れ!!」


「ふ、防げっ!!」


 そう叫ぶなり、ホーエングラムは馬首を巡らせてただ一人逃げ出した。いや、彼の近くにいた兵士たちは付いて行こうとしたのだが、そうする前に殺されてしまったのである。


「ホーエングラム! この期に及んでどこへ逃げる!?」


 ジュリアは怒りを滲ませながらそう叫び、そして弓を引いた。そして、射る。放たれた矢は、背中を見せて逃げるホーエングラムの右の肩に突き刺さった。


「ぐう!?」


 右肩に矢を受けたホーエングラムは思わず大きく体をよじり、そのせいで落馬した。その際、被っていた兜が脱げる。身体をふらつかせながら起き上がると、その時彼は迫り来る軍馬の蹄の音を聞いた。


「ホーエングラム、覚悟!!」


 女のその声に、ホーエングラムは思わず振り返った。彼が最後に見たのは、銀髪を振り乱して馬を駆るジュリアと、彼女が振るう細い剣が描く銀色の軌跡だった。


 馬を走らせながら振りぬかれたジュリアの剣は、ホーエングラムの首を勢いよく刎ね飛ばした。彼女自身はそのまま勢いに乗って通り過ぎてしまったが、彼の部下がその首を拾って槍の穂先に突き刺し高々と掲げる。そしてゆっくりと戻ってきたジュリアは、高々と声を上げてこう宣言した。


「ホーエングラムの首、このジュリア・ルシェク・アルヴェスクが討ち取った!!」


 後に年代記で言うところの「テムタス川の会戦」。その決着が付いた瞬間だった。



□■□■□■



 討伐軍総司令官ホーエングラムの死は、瞬く間に戦場のいたるところへ知らされた。大将を失ったことで討伐軍の崩壊は決定的になり、多くの兵が武器を捨てて逃げ出した。


 ジュリアもカルノーも、彼らを追おうとはしなかった。これが他国の兵ならば掃討するなり捕らえるなりするべきなのだろうが、彼らは同じ皇国の民である。ことさら敵視する必要はないと思ったのだ。またそもそも、掃討するにしても捕らえるにしても、兵の数が全く足りていなかった。


 一方で逃げ場所のない討伐軍兵士たちもいた。テムタス川の西側で戦っていた者たちだ。彼らの背後ではテムタス川の水位が元に戻り、そのため歩いて川を渡り東側に逃れることは出来なくなった。


 そのためホーエングラムの死を知り、これ以上の抵抗が無意味であることを悟ると、彼らは次々に武器を捨てて降伏した。ライシュが西方連合軍の総司令官として、「降伏した兵全てを故郷に返す」と約束したことも大きかった。ことさらに抵抗する兵もおらず、しばらくして全軍が降伏した。


 そんな中、泥を被る者が必要であると思ったのだろう。先鋒部隊を率いライシュと激しい戦いを繰り広げてきたラクタカス将軍は、部隊を降伏させた後に自刎して果てようとしたが、それをライシュ本人が止めた。


「将軍の戦いよう、まことに天晴れ。近衛軍の名誉は貴殿によって守られた」


 ライシュはそう言ってラクタカスを讃えた。ライシュに限って言えばラクタカス将軍相手についに勝つことは出来なかった。しかし彼はその悔しさを微塵も見せず、むしろ晴々とした笑顔を見せたものだった。


 さて、ホーエングラムを討ち取ったジュリアがその首を掲げさせながら、共に戦った部隊のところへ戻ってきた。真っ先に彼女を出迎えたのは、この奇襲部隊を指揮していたアトーフェル将軍である。


「姫、大手柄でございますな!」


「なに、将軍の助力があればこそ。感謝するぞ、将軍」


「勿体無きお言葉」


 そう言ってアトーフェルは馬上で大仰に一礼した。その芝居がかった仕草にジュリアは思わず吹き出す。それを見てアトーフェルもまた笑い声を上げた。


「さて、と。問題は彼らじゃな」


 少しだけ声に緊張感を滲ませ、ジュリアはそう言った。彼女が視線を巡らせると、逃げ遅れて投降したのであろう、地面に座り込んでうな垂れる討伐軍兵士の一団がいた。しかしジュリアが気にしているのは彼らではない。


「なぜ、こんなところにカディエルティ領軍がいるのやら」


 苦笑気味にそう呟くジュリアの視線の先には、カディエルティ領軍の旗をたなびかせる騎兵のみで構成された一団がいた。こちらは地面に座り込むようなことはせず、全員が馬上にいる。一緒に討伐軍と戦った以上、敵ではないのだろう。しかし、この時点で味方であると無邪気に思い込むこともまた危険である。


(まあ、これから話をしてみれば良いだけのことか……)


 ジュリアがそう思っていると、カディエルティ領軍の旗をたなびかせる一団から二騎が進み出て彼女のほうに歩み寄ってくる。その二人をジュリアとアトーフェルは馬上から略式の礼をして向かえた。


「見事に大将首を上げられましたね。あなた方の勇戦、感服いたしました」


「なんの。あなた方の援護があればこそ、です。堰を切ってくださったのもあなた方でしょう? 感謝いたしますよ」


 友好的な雰囲気で声をかけてきたカディエルティ領軍の指揮官らしき男に、アトーフェルもまた笑みを浮かべながらそう応じた。それから二人は馬上で握手を交わす。これでひとまず、敵対的な関係ではないとお互いに確認できたことになる。


「それで、リドルベル領軍の方々とお見受けしますが」


「いかにも。そちらはカディエルティ領軍の方々ですかな?」


「はい。私はカルノー・ヨセク・オスカーと申します。お名前を……」


「カルノー!? お、お主があのカルノーなのか!?」


 カルノーの名前を聞いたジュリアは、思わず彼の言葉を遮る形で声を上げてしまった。しかし彼はそのことに不快感を示すことはなく、むしろ初対面のはずの女性が自分のことを知っていることに小さな驚きを見せた。


 カルノーの視線が自分の方に向くと、話を遮ってしまったジュリアは少しバツの悪そうな顔をしながら自分の名を名乗った。


「私は、ジュリア・ルシェク・アルヴェスクという。ああ、カルノー殿にはこう言った方がいいか。つまり、ライシュハルトの妹だ」


「なんと、あなたが……!」


 カルノーはもちろん、ジュリアの名前と存在は知っていた。ライシュからそういう名の妹がいると聞いていたのだ。ただ、彼がレイスフォールの御落胤であるということは妹のジュリアもまた皇族であるということで、そのお姫様がこのような戦場にいるとは思っても見なかったカルノーである。しかもそのお姫様がホーエングラムの首を取った本人であるというのだから、カルノーはさらに驚いた。


「なんじゃ、カルノー殿におかれては何か文句がおありか?」


 カルノーが驚いたことが気に入らなかったのか、ジュリアは途端に不機嫌そうな声を出してそう言った。焦ったカルノーは慌てて取り繕う。


「いえまさかそのような。さすがはライ……シュハルト殿下の妹君であらせられると、感服しておりました」


「ふん、どうだか」


 そう言ってジュリアは“ツン”として顔を背けた。それを見てさらに焦るカルノーとそんな彼女の様子を見て、アトーフェルは思わず笑い声を上げた。


「ははは。まこと、姫は勇猛無二の女騎士であらせられる!」


「これ、アトーフェル将軍! それではまるで私がじゃじゃ馬のお転婆娘のようではないか!」


 実際このように戦場にしゃしゃり出て、あまつさえ大将首まで取ったのだからじゃじゃ馬のお転婆娘どころの話ではない。ただ、本人には大いに異論があるようだった。


「それはそうと、向こうの戦いが落ち着いたらライシュハルト殿下にこちらの戦いについてご報告しなければなりませんな」


 もちろん姫にも来ていただきますぞ、とアトーフェルが言うとジュリアは目に見えてうろたえた。彼女はライシュから「後方にもどれ」と言われたにも関わらず、それに逆らってこうして奇襲部隊に加わったのだ。それをライシュに知られれば間違いなく怒られるだろう。


「い、いや、わたしは……」


「なにを仰います。だいたい、ホーエングラムを討ち取られた姫がおられねば話になりませぬ」


 全くをもってその通りで、ジュリアは思わず顔を青くした。アトーフェルはそんな彼女の様子に微笑を漏らすと、今度はカルノーのほうに視線を向けた。


「失礼いたした。小官はアトーフェルと申す。ライシュハルト殿下にこちらでの戦いの顛末をご報告申し上げるときには、是非カルノー殿にもご一緒願いたいが、いかがですかな?」


「願ってもないことです。是非、お願いします」


 カルノーがそう答えると、アトーフェルは満足げに頷いた。それからさらに二言三言言葉を交わしてから、カルノーは自分が指揮する部隊のほうへ戻った。


 カルノーとジュリアとアトーフェル、そのほかに供の者数人がテムタス川を渡ったのは、ホーエングラムを討ち取ってから数時間後のことだった。彼らはすぐにライシュのもとへと通された。


「ジュリア!? なぜお前がここにいる!? さてはお前……!」


 後方に戻れと言い付けたはずの妹の姿を見ると、ライシュは珍しく怒りを露にした。兄の怒りの形相を見たジュリアは身体を小さくし、必死になって話題をそらす。


「あ、兄上! じ、実は思いもかけぬ援軍が来たのですっ!」


 うわずった声でそう言うと、ジュリアはカルノーの手を引き、彼をライシュの前に連れ出した。ここにいるはずのないと思っていた友人の姿を見ると、ライシュは先程までの怒りも忘れて目を見開き思わず彼の顔を凝視した。


「カ、カルノー、なのか……? お前、なぜここに……?」


「お久しぶりでございます、ライシュハルト殿下」


 そう言ってカルノーは恭しく片膝をついて一礼した。彼のその声を聞くと、ライシュは満面の笑みを浮かべて彼に駆け寄った。


「本当にカルノーなのだな……! よく来てくれた! 嬉しいぞ!!」


 ライシュはそう言ってカルノーの肩に手を置いた。そしてすぐに命令を出し、彼のために椅子を用意させる。主だった面々が皆椅子に座ると、ライシュはさっそくこう切り出した。


「それで、カルノー。なぜお前はこのようなところにいたのだ? 教えてくれ」


 ライシュのその問い掛けに、カルノーはこれまでの経緯を掻い摘んで話した。彼の話を聞くうちに、その場にいた人々の顔は驚きと少々の呆れに彩られていく。


「……では、我々が北方連合軍だと思っていたのは、実はカルノー殿の部隊だったのか」


 カルノーの話を聞き終えると、ジュリアは小さく呟いた。彼女のその呟きはその場にいた人々の耳に入り、彼らは皆一様に真剣な面持ちをしながらその言葉に頷く。


「たった1000騎で45万の討伐軍を手玉に取り、あまつさえ崩壊させたようなものですな」


 ともすれば畏怖の感情さえ滲ませながら、アトーフェルはそう言った。奇襲部隊を率いた彼にとってカルノーの部隊が北にいたことは、まさに奇跡にも近い幸運だった。そのため、なおのことそう思えるのかもしれない。


「いえ、私などは。ライシュハルト殿下をはじめとする、皆様方の奮戦があればこそです」


 カルノーはそう言って謙遜したが、しかしアトーフェルの言葉もあながち間違ってはいない。少なくとも彼の部隊がいなければ、南からの奇襲があそこまで上手くいくことはなかっただろう。


 そして、仮に奇襲が上手くいったとしても、堰を破壊できなければ勝てていたかは怪しい。結局はホーエングラムに盛り返され、最終的には負けていたであろう。そのことはライシュが最もよく分かっていた。


「感謝するぞ、カルノー。この戦勝てたのは、いや、私やジュリアが死なずに済んだのも、すべてお前のおかげだ」


 万感の思いを抱きながら、ライシュはそう言ってカルノーの手を両手で握った。カルノーは慌てて椅子からおりて地面に片膝をつく。それでもライシュは彼の手を握ったままだ。そのことにカルノーは少しだけ苦笑すると、空いていたもう片方の手をそこに添えた。


「勿体無きお言葉にございます」


 カルノーがそう述べると、ライシュは何度も頷いた。それからようやく彼の手を放し、ライシュは自分の椅子に戻る。ただ、カルノーは地面に片膝をついたままだった。そして椅子に座ったライシュを真っ直ぐに見据えこう言った。


「恐れながら、殿下に申し上げたきことがございます」


「なんだ、申してみよ」


「実は、我が主、カディエルティ侯爵より、殿下に宛てた書状を預かっております」


 カルノーの言葉を聞くと、ライシュは少しだけ表情を動かした。


「アーモルジュ殿から……。見せていただこう」


 ライシュがそう言ったので、カルノーは懐から一通の封筒を取り出し、進み出て彼に差し出した。それを受け取ると、ライシュはすぐさま封を切って中身を改める。中に収められていた書状を読み進めると、彼の表情はだんだんと固くなっていった。


「カルノー、ここに書かれていることはまことか?」


「恐れながら、書状の中身については聞き及んでおりませぬ」


「……アーモルジュ殿は『皇都を落とし、アザリアスを討つ』と述べておられる。これはまことか?」


「まことでございます」


 カルノーはすぐさまそう答えた。ただし、彼自身はカディエルティ領を出たときから本隊とは別行動を取っているために詳細は知らない。だが、アーモルジュがそのような目的で軍を催し動いたことは事実である。カルノーはそう答えた。そして彼のその答えを聞くと、ライシュは「むう」と言って唸った。


「亜夫殿、どう思う?」


「は、討伐軍を組織したことで皇都の周りは手薄になっていたはず。侯爵殿が軍を動かされたのであれば、今ごろはすでに目的を達しておられるでしょう」


 ベリアレオスがそう答えたると場が騒がしくなった。何しろこの西方連合軍はアザリアスを討つために結成されたのだ。だというのに、それをアーモルジュが先にやってしまった。この一連の内乱において、最大の戦功をアーモルジュに掻っ攫われてしまったことになる。


「カディエルティ侯爵は、まさか自らが皇王になるつもりなのか?」


 そのような声まで聞こえてきた。それは、ライシュを次の皇王に推している西方連合軍の面々にとって看過し得ないことだった。


「相分かった」


 ライシュが落ち着いた声でそう言うと、喧騒はぴたりと静かになった。誰も彼もが、ライシュの次の言葉に注目していた。


「書状には『なるべく早く皇都に来て欲しい』と書かれていたが、この戦の後処理をしなければならないのでな。すぐには無理だ。代わりにアーモルジュ殿に宛てた書状をしたためるので、カルノーにはそれを届けてもらいたい」


「承知いたしました」


 そう言ってカルノーが頭を下げると、ライシュは満足したように一つ頷いた。そして相好を崩してさらにこう言った。


「さあ、堅苦しい話はここまでだ。カルノー、腹が減っているだろう? 大いに食えよ。そしてお前の話を聞かせてくれ」


 そう言ってライシュは笑みを浮かべた。まるで学生時代に戻ったかのような、邪気のない笑みだった。


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