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アルヴェスク年代記  作者: 新月 乙夜
起の章 野心の目覚め
12/86

野心の目覚め11

「姫様、あれを!!」


 南からテムタス川を渡り、そこから北上して討伐軍に奇襲を仕掛けんとしている、西方連合軍の別働隊およそ1万。その1万の兵を率いるアトーフェル将軍が、歓声を上げながらそれを指差した。彼が指差したのは討伐軍の陣のはるか奥、つまり北で立ち上る黒煙だった。


 黒煙が上がっているということは、つまり何かが燃えているということ。しかも、あの黒煙の上がり方を見る限り、かなり大規模に燃えている。まさか朝食を用意するための火ではあるまい。敵襲を受けたのだ、とアトーフェルの隣にいるジュリアは直感的にそう思った。


「北方連合軍が動いたか……!」


 実際にはカルノー率いるカディエルティ領軍騎馬1000騎による奇襲なのだが、ジュリアにそのようなことが分かるはずもない。陣の北が襲われたのだから、北にいる勢力、つまり北方連合軍が動いたと考えるのが自然だった。


 それに北方連合軍には前々から協力と連携を要請する手紙が何通も送られている。加えて現在北部を押さえているエルストとライシュは学友同士。今まではなかなか動かなかったが、しかしいずれは動くのだろうとジュリアも思っていた。


「……しかし、本当に北方連合軍が来たのでしょうか?」


「分からん! だが、そういうことにしておけ!」


 ジュリアとて、確証があってそう言ったわけではない。だが、そういうことにしておいた方がなにかと都合がいい。


「何にせよこれは好機じゃ! 北と連動して我らも攻めるぞ!!」


 ジュリアのその言葉に、アトーフェルは大きく頷いた。北であれほど大規模な黒煙が上がり、そのため敵は動揺し、また意識は北に向いているはず。そこをさらに南から突く。時間帯も夜明けの直前と言う相手が最も油断しやすい時間で、奇襲を仕掛ける側としては当初考えていた以上に理想的な状況だ。


「この好機を逃してはならん! 全軍突撃!!」


 ジュリアの命令に従い、西方連合軍の奇襲部隊およそ1万は大きな鬨の声を上げながら討伐軍の陣に流れ込んだ。思いがけず“援軍”が来たこともあって、ジュリアらの士気は最高潮に達していた。


 ジュリアの予想通り、陣の北部で上がった大きな黒煙のせいで討伐軍の兵士たちは動揺していた。さらにそこへ南から別の敵が現れたことによって、彼らは一気に混乱に陥った。彼らはほとんど為すすべなく討ち取られていく。


「北からは北方連合軍が来ている! このまま挟み撃ちにしろ!!」


 ジュリアとアトーフェルは何度もそう叫んだ。実際のところ、それが本当なのかは不明である。しかしそう叫ぶことそれ自体に意味があった。その言葉を聞いて味方は奮い立ったが、それ以上に敵は震え上がったのである。


 挟み撃ちというのは、最も恐ろしい状況の一つだ。しかも北では実際に黒煙が上がり、敵襲があったことを教えている。本当に北方連合軍が来ているのかは定かではないが、ともかく北に討伐軍の敵がいることは確かなのだ。となると、挟み撃ちというのは一気に現実味が増す。


 さらにジュリアは討伐軍の陣にあった天幕や荷物に火をかけさせる。すぐさまあちこちで火の手と黒い煙が上がった。その炎と黒煙は見る者に討伐軍の不利を印象付ける。そのため討伐軍の兵士たちは更なる恐怖に襲われた。


 早くしなければ逃げ場を失う。混乱して短絡的になった思考がその結論を導き出すまでにそう時間は掛からなかった。ついに討伐軍の兵士の一人が武器を捨てて逃げ出したのである。その一人を皮切りに、一人また一人と武器を捨て敵に背を向けて逃げ出していく。やがてそれは周りに波及し、やがて雪崩を打ったかのように討伐軍の兵士たちは逃げ出した。


「逃げるなっ! 戦え、戦えぇ!!」


 討伐軍の部隊指揮官らしき男が馬上からそう声を張り上げるが、しかし足を止めて振り返り敵と戦おうとするものはいない。全体に波及してしまった恐怖はそう簡単に拭い去ることはできないのである。


 それでも、ここにいる兵士たちが精兵と呼べるだけの練度を持っていれば、あるいは踏みとどまって戦い、押し返すことも出来たかもしれない。しかし精兵の多くはホーエングラムの直属であったり、あるいはすでに川を渡っていたりする。そのためここにいる兵の多くは新兵や引退間近の老兵であり、精兵とは程遠い。彼らはこの逆境を持ちこたえるだけの胆力は持ち合わせていなかった。


 それでも「戦え!」と叫ぶ部隊指揮官目掛け、ジュリアは弓を射た。彼女の放った矢は彼の顔面に突き刺さり、彼は絶命して落馬した。あちらこちらで討伐軍の部隊指揮官が優先的に狙われ殺された。やがて逃げる兵を引き止める声もなくなり、壊走はいよいよ酷い状態になっていく。


 ただし、逃げたからと言って彼らは無事に逃げられたわけではなかった。奇襲部隊がその背中を襲ったし、また味方に後ろから突き倒され、さらに踏みつけられて斃死する者が続出した。


 逃げ出した兵士たちの中には、テムタス川を渡ろうとした者もいた。しかしそこでも同じような光景が繰り広げられた。後ろから来た味方に突き倒され、溺れ死んだり斃死したりする者が続出した。実際、奇襲部隊が討ち取った者よりも、このようにして死んだ者の方が多かった。


「進め! このまま本陣に流れ込み、ホーエングラムの首を取る!!」


 ジュリアがそう叫ぶと、周りにいた兵士たちは「おお!」と声を上げてそれに応じた。ここで勝たねばならない。ここで勝たなければ、討伐軍は残存勢力を纏め上げて勢いを盛り返すだろう。そうなれば、全体としては討伐軍の方が優勢になる、と彼女は見ていた。


(これほどの好機はこの先恐らくない。ここで勝ちを決める!)


 ジュリアは心にそう決め、馬を走らせた。


 ジュリアら西方連合軍の奇襲部隊が、北で上がる黒煙に気付いたちょうどその同じ頃、テムタス川の西にいたライシュもまた同じものを目撃していた。


「亜夫殿! あれは……!」


 そう叫ぶライシュの声には、喜びと戸惑いの両方が含まれていた。黒煙が上がっているのは討伐軍の陣の北側。奇襲を命じたアトーフェルらは南側から仕掛けるはずだから、北側で黒煙を上げているのは彼らではない。では、一体誰が。


「北方連合軍、でしょうかな……?」


 そう答えるベリアレオスの声にも確信はない。しかしそれ以外には考えられなかった。


 そうこうしている内に、今度は南側から黒煙が上がり始めた。どうやら奇襲部隊が北と呼応する形で攻撃を始めたようだ。この状況は、当初考えていたよりもはるかに西方連合軍有利だ。


「亜夫殿、動くぞ! 恐らくはこれが最後の好機だ!」


「御意!」


 鋭くそう返事をするベリアレオスに一つ頷くと、ライシュはルノアバウム子爵を呼んだ。そして彼にこう命じる。


「今一度堰に攻撃をしかけよ」


「はっ、ご命令とあらばいたしますが……」


 ルノアバウム子爵はそう言って言葉を濁らせた。彼の懸念はライシュにも分かる。恐らく討伐軍は防衛のために堰に部隊を配置しているはずだ。ルノアバウム子爵の率いる部隊は参戦数でおよそ1万にまで減っている。この数の減った部隊で堰を破るのは難しいと言わざるを得ない。だがそれでもライシュは命令を撤回しなかった。


「これは一種の賭けだがな、北方連合軍が堰を切るために動くかも知れん」


 討伐軍は言うまでもなく大軍だ。一度大敗したとしても、残存戦力をかき集めればまだ十分な数になるだろう。その時テムタス川の水位が低いままだとしたら、彼らはほとんど決死の覚悟で川を渡り、皇国西部に流れ込むだろう。そこで息を吹き返されては、元も子もない。つまり討伐軍の動きを止めるためには、どうしても堰を切らなければならないのだ。


 堰の防衛部隊がいるのはテムタス川の西側だろう。だが北方連合軍が堰を破壊するために動くとしたら、川の東側から狙うことになる。


「つまり、北方連合軍のために敵をひきつけろ、と?」


 ルノアバウム子爵のその言葉に、ライシュは大きく頷いた。そしてこう付け加える。


「上手く行けば挟撃できるかもしれん。何としても、堰を破壊してくれ」


「御意!」


 鋭くそう答え、ルノアバウム子爵は小さく一礼してから自分の部隊に向かった。彼を見送ると、兵達の準備を整えたベリアレオスがライシュの隣に来る。


「堰を切れば、奇襲部隊が戻って来られなくなりますな……」


 彼の沈痛な声に、ライシュもまた苦い顔をしながら頷く。


「もとより決死隊だ。アトーフェルも覚悟している」


 ライシュはそう答えるしかなかった。ただ、希望はある。敵は今大いに混乱しているし、堰を破ればさらに混乱は広がるだろう。その隙に離脱することは可能なはずだ。南に大きく回って下流に行けば、歩いて川を渡れる場所もある。ただそれでも本隊への合流は大きく遅れるので、この戦力を当てにすることはできなくなる。


「行くぞ。川の水位が戻ったとき、敵がこちら側にいては不味いからな」


「御意」


 こうしてライシュもまた本隊を率い、川の西側にいる討伐軍の先鋒部隊に攻撃を仕掛けた。このとき彼は冷静に判断を下した、と言えるだろう。機を見逃さず、優先順位を見誤らなかった。


 ただ彼はこの時、奇襲部隊に妹のジュリアがいることを知らなかった。彼がこのことを知っていたら同じように冷静な判断を下せたのか。多少の想像が許されていい。


 さてライシュが西方連合軍の本隊を動かし始めたその頃、ホーエングラムもまた討伐軍本陣から立ち上る黒煙を見ていた。ただし、その心境はジュリアやライシュとは正反対で、非常に苦いものだった。


 彼のもとにもたらされる報告は、どれもこれも良くないものばかりである。


 曰く、陣の北側に集積しておいた輜重のほとんどを燃やされた。


 曰く、南から奇襲を受けており、南部は総崩れの状態である。


 曰く、北の敵はどうやら北方連合軍であるらしい。


 曰く、カディエルティ領軍の旗を見た。


 曰く、すでに陣のあちらこちらで兵の脱走が相次いでいる。


 このほかにも、ホーエングラムのもとには次々に不利な報告ばかりがもたらされる。無論、これらの報告の全てが正確であるのかは分からない。しかし北側と南側から黒煙が上がっている以上、そこに敵がいることは確実である。


 南の敵は、おそらく西方連合軍の別働隊だろう。水量の減ったテムタス川を渡って来た違いない。他方、北からの襲撃を行えるような勢力は北方連合軍しかいない。この二つは決まりだろう。


 分からないのがカディエルティ領軍だ。なぜここにカディエルティ領軍がいるのか。しかし具体的な名前が挙がっている以上、勘違いとも考えにくい。


(仮に、だが……)


 仮に、報告の全てが正しいと想定してみる。その場合、カディエルティ領軍が来るのであれば、東から来ると想定するのが常識的だ。しかしそうなると、北には北方連合軍、西には西方連合軍の本隊、南にはその別働隊、東にはカディエルティ領軍がおり、つまり討伐軍は四方を包囲されたことになる。


(ちぃ……!)


 ホーエングラムは内心で苦々しい舌打ちをし、眉間にシワを寄せながら爪を噛んだ。


(どう動く……!?)


 仮に四方を包囲されていた場合、最も敵の数が少ないのは南だろう。しかし南部は現在総崩れの状態である。これを立て直すには時間がかかるだろう。本陣にいる直属部隊だけで戦うこともできるが、しかし壊走状態の味方が邪魔になって満足に戦えないことは十分に想定できる。なにより、勢いに乗った敵というのは、数や練度以上の力を発揮する場合が往々にしてある。そしてこれは、他の三方を囲む敵にも同じことが言えた。


「……川を渡り、西岸にいる、ラクタカス将軍率いる先鋒と合流する」


 ホーエングラムはそう決断した。彼が見据える最大の目標はすなわち皇王になることであり、そのためには相応の戦力とそれを支える兵糧が必要になる。


 川向こうの先鋒部隊と合流できれば、戦力はなんとか10万に届く。しかもその兵は精兵揃いだ。そして十万程度であれば、兵糧を現地調達でまかなうことも可能だろう。


 ホーエングラムはすぐに行動を開始した。ただし、その行動は必ずしも迅速ではなかった。輜重の大半を失ったという報告を受けていた彼は、本陣にあった物資を可能な限り持って行こうとしたのである。そのため、その準備に手間取った。


 そしてようやく移動を開始してテムタス川の川縁にやって来たホーエングラムは、川向こうで先鋒部隊と西方連合軍の本隊が戦っているのを見た。しかも、敵の勢いに先鋒部隊は押され気味である。


 これを見たホーエングラムはすぐさま直属部隊に渡渉と先鋒部隊の援護を命じた。ただし、彼自身はすぐに川を渡ろうとはせず、後方で部隊の渡渉を見守った。


 総大将たるホーエングラム自身が最前線に出て剣を振るって指揮を行い、そうやって兵たちを奮い立たせて劣勢を挽回する。彼自身、それを考えなかったわけではない。しかし最前線に出るということは、命の危険が増すことを意味する。


(皇王となるためにも、このような所で死ぬわけにはいかん……!)


 ホーエングラムはそう考えたのである。この時もし彼が真っ先に川を渡っていれば、年代記に記される記録はまた違った様相を呈していたのかもしれない。


 ホーエングラムが直属部隊にテムタス川の渡渉を命じてから少しした頃、彼の耳はふと不吉な音を捉えた。それは水の音である。ただし、彼の目の前で兵や馬が川を渡るときに立てる音ではない。もっと低く、荒々しい、まるで軍勢の足音のような、そんな水音が近づいてくる。


(まさ、か……!)


 不吉な予感に顔を青くしながら、ホーエングラムは北、つまり川の上流の方を見た。そして彼は濁流が上流から押し寄せて来るのを見た。堰が切られたのだ。ホーエングラムは反射的にそれを悟った。


「川から上がれ! 早く!!」


 ホーエングラムは咄嗟にそう叫んだ。しかし彼のその声にすぐさま従えた兵は少なかった。彼らは見てしまったのである。ホーエングラムと同じく、濁流が押し寄せてくるその様子を。それを見てしまったがために、彼らは身体を固くした。そして硬直してしまった者たちは川から上がる猶予を逃してしまった。渡渉の途中だった兵、およそ2万が濁流に飲まれそのまま流された。


「な……!?」


 濁流が人馬を押し流していくその様子を、ホーエングラムは絶句しながらただ眺めるしかなかった。なにも考えることが出来ない。ただ、彼に残されたほんの少しの冷静な部分は、テムタス川の向こう側とこちら側で軍勢が分断されてしまった、ということを悟っていた。


 討伐軍に動揺が広がる。川の西側にいる先鋒部隊にしてみれば退路を立たれたことになる。ほとんど孤立してしまった、と言っていいだろう。その動揺はじわりと部隊全体に広がっていく。


 さらに堰が破壊され川の水量が戻ったことを知ると、西方連合軍の攻勢は一層勢いを増した。ラクタカス将軍はよく凌いでいるが、しかし徐々に後退させられている。後ろは水量が増したテムタス川であり、状況は最悪に近いと言えた。


 しかしそれよりも酷い状況だったのが、ホーエングラム直属の本陣である。濁流によって流されてしまった人馬はすべてこの部隊のものである。それを目の前で見せつけられ、彼らの士気は最低の状態になっていた。誰も彼もが呆然とし、何も考えられない状態である。


 そして、真っ先に立ち直り部隊を立て直さなければならないホーエングラムもまた、ほとんど自失呆然とした状態だった。およそ2万の兵が濁流によって流されたその光景に、頭がついていかない。


 目で見てもなにが起こったのか理解できなかった。濁流が兵たちを押し流していくその様子は、彼にはまるで皇王の椅子が押し流されていくかのようにも見えた。その椅子が遠ざかった、というのではない。もっと致命的で、その椅子にもう手が届かなくなったかのように彼には思えた。


(なぜ……、なぜ……?)


 なにを疑問に思っているのかそれさえも定かではないが、ホーエングラムは心の中でそう繰り返した。なにを問うべきなのか分からず、そのためどう答えるべきなのかも分からない。停止した思考の中で彼はただ「なぜ……?」と繰り返した。


 ホーエングラムの思考が停止していても、しかし時間と状況の変化までそれにあわせって停止してくれるわけでない。特に戦場の情勢は時々刻々と変化していく。そしてその変化をホーエングラムは部下の上げた悲鳴によって知ることになる。


「て、敵襲!!」


 その悲鳴によってホーエングラムは意識を現実に引き戻される。彼がまっさきに視線を向けたのは北側、つまり川の上流だった。堰を切った敵部隊が押し寄せてきたのではないかと思ったのだ。


 しかし、そこに敵の姿はない。慌てて彼は後ろ、つまり南側を振り返る。そこに翻っていたのはリドルベル領軍の旗。つまり、西方連合軍の別働隊である。


 その部隊の先頭に、一際人目を惹きつける存在がいた。銀色の髪を風にたなびかせながら馬を疾駆させる女騎士。ここに来るまでに激しく戦ってきたのだろう。鎧のみならずその顔までも土埃で汚れている。しかしそんなことを問題にしないほど、彼女と言う存在は輝いていた。


 ホーエングラムは一瞬我を忘れるほど、彼女に見惚れた。その視線の先で、彼女が雄々しく名乗りを上げる。


「我こそはレイスフォール陛下の娘、ジュリア・ルシェク・アルヴェスク! ホーエングラム、覚悟!」


 ジュリアの凜としたその声を聞いたとき、ホーエングラムが覚えたのは恐怖だった。そして自分が恐怖を覚えたことを自覚すると、次に彼が感じたのは怒りだった。


「小娘がぁあ!! 図に乗るなっ!!」


 怒りでホーエングラムは頭を無理やり回転させた。およそ2万の兵を失ったとはいえ、まだ彼の指揮下には2万数千の兵がいる。敵部隊の数は多くとも1万強だろう。これを叩き潰すだけならば、今ここにいる兵だけでも十分。ホーエングラムはそう考えた。


「隊列を整えよ! 迎え撃て!」


 ホーエングラムはそう指示を出した。よく訓練された兵たちはこれまでの一連の出来事に動揺しつつもその命令に従った。


「近衛の勇士たちよ! アルヴェスクの名を持つこの私に、槍の穂先を向けるというのか!?」


「聞くなっ! 全軍攻撃開始!!」


 ジュリアの言葉に動揺を見せた兵たちを叱責し、ホーエングラムは攻撃を命じた。すぐさま両軍は激突する。数こそ討伐軍の方が多いが、しかし勢いは圧倒的に西方連合軍の方が勝っている。さらに皇族たるジュリアに対し、近衛軍の兵士たちはなかなか立ち向かうことが出来ない。どうしても彼女に対して遠慮や気後れを感じてしまうのだ。アザリアスが皇王を名乗っているこの状況では特にその傾向が強かった。


「何をしているっ!? 戦え、戦えぇぇ!!」


 ホーエングラムは押し込まれていく戦況に苛立ちそう叫ぶ。しかし戦況は一向に好転しない。それどころかホーエングラムにとっては状況をさらに悪くする存在が、ついに現れた。


「て、敵襲!!」


 ホーエングラムの後方から悲鳴が上がる。思わず彼が振り返ると、そこには川沿いに猛然と南下してくる騎馬の一団がいた。その一団が掲げているのは、カディエルティ領軍の旗だった。


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