野心の目覚め9
「来たな……」
茂みに紛れて望遠鏡を覗くカルノーは、次々と到着する討伐軍本隊の様子を見ながらそう呟いた。当たり前だが、数が多い。広々としていたテムタス川の周辺が一気に手狭になったように感じる。
「しかもこれで全てではないと言うのだから恐れ入る」
苦笑気味にカルノーはそう呟く。彼が今見ているのは、討伐軍の中でも北の方に陣を敷いた者たちだ。つまり討伐軍はここから南に向かってずっと陣を張っていることになる。カルノーは改めて総勢45万という数の多さを思い知らされたように感じた。
「南の方にも偵察を出して陣容を調べさせろ」
カルノーは隣にいた副官にそう命令を出した。副官はすぐさま「了解しました」と答える。その答えに一つ頷いてからカルノーはこう付け加えた。
「無茶はさせるなよ。精度を落としてでも見つからないことを優先させろ」
討伐軍の南側の偵察ははっきり言ってついでだ。全体を把握しておきたいという気持ちはあるが、カルノーらが北側にいる以上、南側に攻撃を仕掛けることはまずないだろう。であるならば敵に自分達の存在を知られないことを優先するべきだった。なにしろ、今のところそれしか有利な点が無いのだから。
「……それで、隊長。いつ動きますか?」
そう尋ねる副官にカルノーは苦笑を返した。この副官はどうにも動きたがりのきらいがある。まあ動きたいのはカルノーも一緒だが、しかし一度動いてしまえば後戻りはできない。だからこそ、動くべきときを間違えてはならないのだ。
「まだ動かん。ただいつでも動けるように準備だけはしておくように。退路も確保しておけよ」
「……了解しました」
少々不満そうではあったが、副官はそう言って頷いた。それを確認してからカルノーはもう一度望遠鏡を覗きこみ、討伐軍の様子を探る。
(やっぱり兵の練度はそれほど高くないな……)
見ているのが陣の外れだから、ということもあるのだろう。カルノーの目に映る兵士達の練度はそれと分かる程度に高くない。ただし、討伐軍の中に精兵が含まれているのは事実で、ホーエングラム大将軍が歴戦の戦巧者であることも間違いない。数で劣るライシュは相当苦労することになるだろう。
(死ぬなよ、ライ……)
カルノーは心の中でそう呟き、友人の奮戦を願った。
□■□■□■
戦況が動いたのは討伐軍の本隊が到着してから二日後のことだった。その日の正午過ぎ、討伐軍の先鋒がおもむろにテムタス川の渡河を開始したのである。なお、この先鋒部隊は先遣隊のことである。
これに対し、西方連合軍はこれまでと同じように苛烈に反応した。矢を浴びせるように射掛けて敵の前進を阻み、さらに敵兵が西岸にたどり着けば猛然とこれに襲い掛かった。そして敵兵を仕留めるだけでなく、彼らが乗ってきたいかだや舟も破壊しようとする。敵もさるもので思うような損害は与えられないが、しかし日が暮れるまでに行われた十数回の渡河を、西方連合軍はことごとく防いで見せた。
事態が大きく動いたのは、その日の夜半過ぎのことだった。その夜、川縁で夜警に付いていた兵は、バシャバシャという水音を聞いた。その水音を聞いたとき、その兵士は川で誰かが用をたしているのだろうと思った。これまでにもよくあったことである。
しかし、その兵士はすぐに異変に気づいた。水音がだんだんと大きくなっているのである。まさか、という思いが彼の顔を険しくする。そして彼は目を細めて暗がりを凝視する。やがてその暗がりの中になお一層暗い、そして間違いなく動く集団の影を彼の目は捉えた。その瞬間、彼は背中に氷刃を差し込まれたかのような悪寒を感じながら、声の限りに叫んだ。
「敵襲!!」
彼がそう叫ぶのと、万に届くかと言う数の矢が夜の暗がりを切り裂いて飛んでくるのはほぼ同時だった。その内の二本を顔面に、一本を腕に、さらにもう一本を腹部に受けて、その兵士は絶命した。
さらに続けざまに数千本の矢が飛来する。そしてついに、テムタス川を渡ってきた討伐軍がその姿を現す。その数、およそ5万。つまり先鋒部隊の全てが一気に川を渡り、西岸にいた西方連合軍に夜襲を仕掛けてきたのである。この思いもかけぬ強襲に、西方連合軍は混乱に陥った。
「殿下! 失礼いたします!!」
そう声をかけると同時にライシュの天幕に入ってきたのはベリアレオス・ラカト・ロト・リドルベル辺境伯だった。彼の表情は酷く険しい。
「亜父殿、何が起こっている?」
天幕の中では、すでにライシュは起き上がっており、従者たちに命じて具足の準備をさせているところだった。彼は鎧を身につけながら、天幕に入ってきたベリアレオスに戦況を尋ねる。
「夜襲でございます。敵の正確な数は分かりませんが、恐らくは5万以上かと」
「5万以上だと!? 馬鹿な……。そんな数、どうやって一度に川を渡らせたのだ……」
今までに討伐軍がそれほどの数の兵を一度の渡河させたことはない。させようにも舟や筏が足りなかったからだ。
「どうやら奴らは舟を使わず、歩いてテムタス川を渡ったようでございます」
「……! っち、どこぞを堰き止めたか……!」
ライシュが苦々しく呟いたその言葉に、ベリアレオスもまた苦い顔で頷く。それ以外には考えられなかった。
実際、ライシュのその直感は当っていた。討伐軍は渡渉した地点からおよそ10キロほど上流に行った場所、つまりカルノーが「ここを堰き止める」と予想したまさにその場所で堰を築き、川をせき止めていたのである。
「っち、その可能性はこちらも考えていたというのに……」
「見事に裏をかかれましたな」
討伐軍が堰を築いて川の水量を減らし、その上でテムタス川を歩いて渡る、というのはライシュらも可能性の一つとして考えていた。だからその兆候を見逃さぬよう注意していたはずなのだが、こうも鮮やかに奇襲を許してしまった。その手腕は見事としか言いようがない。
実際、日が暮れるその時間まで、テムタス川の水量に変化はなかったのである。それがその日の夜半過ぎには人が歩いて渡れる程度にまで減ってしまった。つまりその短時間で堰を築いたことになる。一体どうやったのか。
それを可能にしたのは、先遣隊があらかじめ用意しておいた大量の土嚢だった。この大量の土嚢を日中の戦いの間に上流まで運んだのである。ちなみに、土嚢の輸送には輜重を運ぶために使っていた牛車や馬車がそのまま使われた。
日暮れまでに大量の土嚢を運び終えると、討伐軍は早速堰を築き始めた。一万の兵を動員してひたすら土嚢を川に投げ込んだのである。そして夜半過ぎまで堰を造り終えたのである。無論、急造でありあちらこちらから水が漏れている。しかしそれでもテムタス川の豊富な水量を、人が歩いて渡れる程度にまで減らすことに成功したのである。
テムタス川の水量が減るとすぐ、先鋒部隊は渡渉を開始した。ぎりぎりまでその存在を悟らせないため、彼らは松明を使わなかった。それでも彼らが真っ直ぐ川を渡ることができたのは、西方連合軍の陣に焚かれた明かりを目印にして進んだからである。
そして討伐軍先鋒部隊は川を西岸に到着すると同時に西方連合軍に襲い掛かった。西方連合軍は決して油断したわけではない。歩哨についている兵はいた。しかし、まさか敵が川を歩いて渡ってくるとは想定していなかった。いや、そのライシュも言ったとおりその可能性については考えていたが、まさかこの夜に実行されるとは思っていなかった。
そのため、討伐軍先鋒部隊の奇襲はほぼ完全な形で成功した。不意を突かれた西方連合軍は、壊走には至っていないが反撃できているとは言い難い。むしろいいようにやり込められている状態だった。
「殿下、撤退を進言いたします」
「撤退!? 正気か、亜父殿!」
ベリアレオスの提案を聞いて、ライシュは思わず彼の正気を疑った。ここで引けば、討伐軍がテムタス川の西岸に陣地を確保することになる。それはつまり、先鋒5万の後ろにいる本隊40万が悠々と川を渡ってこちら側に来るということだ。
そうなれば、西方連合軍は45万の大軍と正面から戦わなければならなくなる。いや、実際には真正面から戦う必要はないのかもしれないが、しかしそれでは討伐軍の西進を阻めない。それになにより、ホーエングラムはライシュを見逃すまい。執拗に捜し求め、彼の首を取ろうとするはずだ。
ここで引けば戦況は一気に拙くなる。それゆえたとえ大きな被害を出そうとも、ここは踏みとどまって戦い、敵を川の向こう側に押し戻すべき。ライシュはそう主張した。しかし、ベリアレオスは首を横に振る。
「一戦構えるというのであれば、なにも今でなくてもいいはず。ここは引き、被害を最小限に抑えるべきです!」
仮に今押し返せたとしても、水位が戻らなければ討伐軍はまた攻撃を仕掛けてくる。何よりも重要なのは、敵を押し戻すことではなく堰を切ることのはず。そのための戦力を今失ってはならない。今は引いて被害を抑え、明日態勢を整えた上で攻勢を仕掛ければよい。ここで西方連合軍が引いたとしても、川の西岸に渡渉のための陣地を確保したい討伐軍は追って来ないだろう。ベリアレオスはそう説いた。
ベリアレオスの言葉を聞いたライシュは、両手を強く握り締め奥歯を噛み締めた。彼の全身から悔しさと怒りが滲み出ている。
「殿下、ご決断を!」
「…………仕方がない」
十数秒の沈黙の後、ライシュは血を吐くようにしてそう言った。
「撤退する! 各隊に伝令急げ!」
撤退すると決断してからのライシュの行動は迅速かつ的確だった。まず精鋭部隊を集めると敵に対して鋭い攻撃を仕掛けその足を止めた。無論、全体的な勢いは敵にあるからすぐに攻撃は再開されるが、しかしライシュは突出と後退を絶妙なタイミングで繰り返して味方の後退を援護した。
ライシュ自身が矢面に立って見せたことも、危険ではあったが効果的だった。彼の姿を見た討伐軍は、西方連合軍が踏みとどまって戦うつもりであると判断したのだ。しかし実際にはその逆で彼らが気づいたときには、西方連合軍の大部分は安全圏に後退していた。そしてライシュ自身もまた、空が明るくなる頃には悠々と撤退して見せたのである。
撤退していく彼らを、討伐軍先鋒部隊は追わなかった。追ったとしても追いつけなかっただろうし、また本隊を渡渉させるための陣地を確保することが最優先だったからでもある。
こうして、この夜の戦いは終わった。趨勢の天秤はまず、大きく討伐軍の側に傾いたと言っていいだろう。そのことは、この戦場にいる誰もが理解していた。そして完全に傾ききっているわけではないと言うことも。
「被害状況はどうだ。戦えるのはどの程度いる?」
さすがに空気が重くなった西方連合軍の陣中、陣中と言ってもただ単にそこに纏まっているだけだが、ライシュは努めていつもと変わらぬ調子でそう尋ねた。すぐさま参謀の一人が答えを返す。
「参戦可能なのは、およそ8万程度かと……」
「8万か……」
およそ5000の戦力を削り取られた計算である。怪我で戦えないものも含んでいるので5000の戦死者を出したわけではないが、決して少なくない被害である。
「あの奇襲の中、5000で済んだのは上々でしょう。8万あれば、敵の築いた堰を崩すことも十分に可能なはず」
「数の上では、な」
ベリアレオスの言葉に、ライシュは苦笑気味にそう応じた。そして周りにいる兵達の様子を見渡す。誰も彼も、負け戦に意気消沈していた。士気は最低である。これでは戦いにならない。
どうしたものかとライシュがベリアレオスの方を見る。彼はただ、穏やかな笑みを浮かべるだけだった。その笑みを見て、ライシュは一つため息を吐いた。
「仕方がない……」
苦笑気味にそう呟くと、ライシュはおもむろに立ち上がった。そして胸を張り、声に力を込めてこう言った。
「皆の者、頭を上げよ! 此度の戦、まだ負けてはおらぬ。私はまだ戦う力を失ってなどいない! ここに! 私の目の前に諸君らがいるからだ!
……諸君、どうか私に力を貸して欲しい。アザリアスは卑怯な簒奪者、ホーエングラムはその愚昧なる手先だ。彼をここより西に進めてはならない。彼をここで討ち取り、皇都を簒奪者の手より解放し、皇国に正道をもたらすのだ。それが出来るのは私と、ここに私と共にいる諸君らをおいて他にはいない。
立ち上がれ、我が勇士たちよ! アルヴェスク皇国は諸君らの手によって救われるだろう!!」
最後に、ライシュが一際大きく声を張り上げると、一瞬の静寂の後割れんばかりの大きな歓声が上がった。敗走して意気消沈としていた兵士達の姿はもうない。そこにいるのは、戦う遺志に満ちた屈強にして勇敢なる兵士たちである。
「お見事です。これで戦えますな」
ベリアレオスのその言葉に、ライシュは一つ頷いた。そして兵たちに食事と休息を取るよう命令を出す。本当ならば今すぐにでも動きたいが、しかし兵が疲れ果てていては目的を達することはできない。なにより、彼自身もまた休息が必要だった。
「……そう言えば、ジュリアはどうした?」
「ご無事でございます。昨晩の奇襲の際に飛び出そうとされましたので、兵に命じて後ろに下がっていただきました」
翻訳すると、「飛び出して戦おうとしたので、部下の兵に命じて取り押さえさせ、そのまま後方に連行させた」となる。
「そうか、世話をかけたな」
ライシュが苦笑気味にそう言うと、ベリアレオスは「恐悦至極」と言って恭しく一礼した。ただし、その仕草は少々芝居がかっている。
「兄上、ご無事でしたか!?」
ライシュとベリアレオスが話をしていると、若い女の声が響いた。言うまでもなく、今しがた話をしていたジュリアその人である。
「ああ。お前も無事で何よりだ、ジュリア」
そう言って兄妹は互いの無事を喜び合った。そして二人は朝食を取る。食事が一段落すると、ライシュはやおらこう切り出した。
「ジュリア、お前はリドルベル領へ戻れ」
「なっ……! 兄上はわたしに落延びよと言われるのですか!?」
「そうではない。一旦リドルベル領へ戻り、西部全域に号令をかけて援軍を組織してくれ」
テムタス川の西岸に渡ってきた敵部隊を川向こうに押し戻し、さらに敵の築いた堰を切ることができれば、戦況はひとまず当初の状態に戻るといっていい。しかしそれが出来なかった場合、数で劣る西方連合軍は窮地に立たされることになる。その場合、どうしても数を補うための援軍が必要になる。それを集めてくれ、とライシュはジュリアに頼んだ。
「そのような事、兄上が一筆書き送れば良いだけではありませんか!」
そう言ってジュリアは反発した。聡明な彼女はライシュが言葉にしようとしない真意まで正確に読み取っていた。
つまるところ、ライシュは自分の死を覚悟しているのだ。もちろんそう簡単に死ぬつもりなどないが、しかし今のこの状況は端的に言って悪い。戦死と言う言葉が現実味を帯びるくらいには、最悪に近いと言っていいだろう。
自分が死んだ時、妹のジュリアにはなんとか生き残って欲しい。ライシュがそう思っているのは事実だ。しかし彼がジュリアに「リドルベル領に戻れ」と言ったのにはそれ以上の意味がある。つまり、自分の後釜である。
ライシュハルト・リドルベル・アルヴェスクが死んだ後、彼の代わりに西方連合軍を率いて戦えるのはジュリア・ルシェク・アルヴェスクしかいない。だからこそ、彼女には何が何でも生き残ってもらわなければならない。だからこそライシュは彼女をリドルベル領に戻そうとしたのだが、しかし当のジュリアは承知した上でこう言った。
「今は堰を切ることに全力を尽くすべきです! そのためにはわたしも……!」
「ならん。お前は戻れ」
「ですが!」
「ならんと言った」
強い口調でそう言ってライシュはジュリアを黙らせた。そしてこの話はもう終わりだと言わんばかりに視線を彼女から外し、今度はベリアレオスのほうに向けた。
「アトーフェル将軍を呼んでくれ」
そう指示を出すライシュの横でジュリアが騒ぐが、しかし彼はそれを完全に無視した。やがて件の人物が現れてライシュの前で片膝を付いた。年の頃は四十路の手前。赤褐色の髪の毛は短く整えられている。長身のライシュと並んでも見劣りのしない巨躯。彼こそがリドルベル領軍において一軍を指揮する、アトーフェル将軍だった。
余談だが、同じく「将軍」と呼ばれていても、例えば討伐軍の先遣隊を率いるラクタカス将軍とアトーフェル将軍では立場が全く異なる。前者は皇王の直臣であり、その地位にある限りは下手な貴族よりもずっと発言力が大きい。それに対して後者はあくまでも貴族の私兵という扱いである。ただし、給金に関しては“貴族の私兵”のほうが高いことも珍しくない。
公的な立場を比べた場合に見劣りがするからと言って、アトーフェル将軍が無能と言うわけではない。むしろ彼は有能な将軍だった。また彼は以前の内戦、つまりフロイトスの即位に端を発した内戦でライシュと共に戦い戦功を残している。それゆえライシュの信頼も厚い。
「お呼びでしょうか、殿下」
「ああ、来たか。実は将軍に一仕事頼みたいと思ってな」
「殿下のご命令とあらば、この不肖アトーフェル、命に代えても果たして見せまする。して、どのような仕事をお望みでしょうか?」
アトーフェルの言葉に一つ頷くと、ライシュは彼に頼む仕事の中身を話し始めた。
「十分な休息を取った後、我々は敵の築いた堰を切るために行動を開始する。その際、将軍には別働隊を率いてもらいたい」
「はっ。それで、いかように動きましょうや?」
「一万の兵を与える。川沿いを南に下れ」
「敵の背後か側面を突け、と?」
「いや、日暮れまで川辺で待機せよ。そして日暮れになっても川の水量が戻らぬ場合、こちらの作戦は失敗したものと判断し川を渡れ」
そして敵本隊に奇襲を仕掛けよ、とライシュは命じた。その命令を聞いて思わずアトーフェルは目を見開いた。
たった一万で敵の主力に奇襲を仕掛けよという。しかも堰が切れなかった場合だ。つまりその目的は敵の総大将ホーエングラムの首か、あるいは兵糧か。いずれにしても、相当難しい作戦と言わざるを得ない。しかし堰が切れないのであれば、この奇襲が最後の頼みの綱になる。
これで駄目ならば、敵を相当西部に引き込んで戦わなければならなくなる。当然、討伐軍が通った村や街には大きな被害が出るだろう。それを防げるかどうか。その最後の境目がこの奇襲作戦の成否に掛かっている。
「すまんが多くの兵はやれぬ。せめて精兵を選んで連れて行け」
「御意。さっそく兵を選びまする」
小さく一礼すると、アトーフェル将軍はすぐにその場を去った。彼のその背中を見送りながら、ライシュは一つ頷く。打てる手は打った。後は敵の築いた堰を破るだけだ。そのためには全力を振り絞らなければならないだろう。疲れていては戦えない。ライシュは自分にそう言い聞かせて目を閉じると、浅い眠りに身を任せた。




