若人たちの旅立ち
大陸暦1054年7月24日。この日の夜、アルヴェスク皇国の皇都アルヴェーシスでは、皇立学院の卒業記念パーティーが開かれていた。そしてその会場の二階のベランダに、パーティーの喧騒を避けるようにして一人の若者が、果実酒の入ったグラスを手に夜空の星を見上げていた。
若者の名は、カルノー・ヨセク・オスカー。今日の主役たる卒業生の一人で、歳は今年で19になる。身長は170センチの半ばを超えた位か。痩躯であり、よく鍛えられた身体をしている。黒い髪の毛は黒曜石のように硬質な光を持ち、瞳の色は濃いブラウンで、肌は少々浅黒い。髪や目の色はともかく、浅黒い肌はアルヴェスク皇国ではあまりない色合いで、もしかしたら異国の血が混じっているのかもしれない。女性に騒がれるほどではないが顔立ちも整っている。
「カルノー。こんなところにいたのか」
面白がるような声で名前を呼ばれ、空の星を見ていたカルノーは後ろを振り返る。そこにいたのは友人である一人の偉丈夫だった。ただし、その顔にはまるで悪戯小僧を見つけたかのような笑みが浮かんでいる。
「まったく、さっさと一人で逃げ出しやがって」
「逃げ出したわけではないのだけど……。なんというか、こういう場は不得手でね。それより、僕はともかく君の方は良いのかい、ライ?」
「さっきまでは囲まれていたがな。適当なところで切り上げて、残りはロキの奴に押し付けてきた」
ライと呼ばれた偉丈夫はそう言って豪快に笑った。つられてカルノーもまた苦笑を浮かべる。
この偉丈夫の本名はライシュハルト・ロト・リドルベルという。彼もまた卒業生の一人であり、歳はカルノーと同じ19歳。身長は180センチを越える長身で、またがっちりと鍛えられた強靭な肉体を持つ巨躯だった。髪は短く刈り込まれた銀髪で、目は深い藍色をしている。彫りの深い顔立ちながらも目鼻立ちは涼しげで、美丈夫とよんでも差し支えない容姿をしていた。
「大変だな、ロキも」
「なに、アイツなら慣れているさ」
それよりも問題はお前だ、と言ってライシュはニヤリと笑った。彼の浮かべるその笑みに、カルノーは不吉なものを感じて一歩後ずさる。しかしそんな友人を逃すまいというかのように、ライシュが太い腕を彼の首に回した。
「今後はお前もこういうパーティーに出席する機会が増えるだろう。今のうちに慣れておけ」
どこか笑いを堪えるようにしてそう言うと、ライシュはカルノーの首に腕を回したまま彼を引っ張るようにして会場の方へ歩き出した。
ベランダから室内に入ると、途端に喧騒がその騒がしさを増す。カルノーはライシュの腕を振りほどくと、手すりに手を置いて下の大ホール、つまりパーティーが行われているそのメイン会場に目を向けた。
このパーティーは卒業生が主役であるからさほど堅苦しいものではない。しかし今までこういう催しに縁のなかったカルノーにしてみれば、目もくらむほどに豪勢で華々しく、気後れを感じるには十分であった。
「はは、ロキの奴、まだ囲まれていやがる」
そう言ってライシュは面白そうに笑った。見れば、確かにホールの一角に出来た人だかりの真ん中に、カルノーのよく知る友人が立っていた。顔には人当たりの良い穏やかな笑みを浮かべているが、付き合いの長いカルノーやライシュはそれが精巧に出来た作り物であることをよく知っている。
不意に彼が顔を上げると、その目がカルノーとライシュを捉えた。目があったカルノーは苦笑を浮かべら軽く手を振る。すると彼は自分の周りにいた人々、ほとんどはドレスを着て身を飾った年頃の娘たちだったのが、彼らに何事かを告げて解散させた。そして彼自身は階段を上がってカルノーとライシュのもとへやって来る。その彼をライシュが片手を上げて出迎えた。
「お疲れさん、ロキ。流石に大人気だな、アルクリーフ公爵家の嫡子殿は?」
「誰も彼もアルクリーフの家名にしか興味が無い。まあ、いつも通りだな」
少々憮然とした表情でそう話す彼の名は、エルストロキア・ロト・アルクリーフという。ライシュの言うとおりアルクリーフ公爵家の嫡子、つまり次期当主である。歳はカルノーらと同じく19。彼を愛称で呼ぶのなら「エル」か「エルスト」が適当なのだろうが、本人が「ロキと呼べ」と希望しているので、カルノーとライシュは彼のことをそう呼んでいた。
アルクリーフ家は北方に領地を持っているが、その影響なのかエルストを構成する色彩の全てが淡かった。髪は細い金髪で、瞳は薄いアイスブルー。肌はまるで雪のように白い。身長や体格はカルノーとほぼ同じなのだが、彼の場合は麗人と呼ぶに相応しい端麗な容姿も相まって繊弱な印象を人に与える。ただしそう見えるのは見た目だけで、彼の頭の中は外見とは裏腹に図太く、神経はさらに図太いかもしれないとカルノーなどは思っていた。
カルノー、ライシュ、そしてエルスト。この三人は学院で、より正確に言えば学院に併設された皇立士官学校で知り合った友人同士である。彼らが友人同士になったそのきっかけは実に平凡なもので、単純に「同い年だったから」である。
皇立士官学校は入学生に対して年齢制限を設けていない。もちろん入学試験が用意されているためあまりにも幼い年齢では入学することはできないが、しかし上限が定められていないので何歳になっても入学は可能だった。
カルノーら三人は16歳で皇立士官学校に入学したのだが、これはその年の入学生のなかでは最年少の年齢だった。周りが年上ばかりで居心地が悪かったこともあってか、三人はまとまって行動することが多くなり、そしてそのまま気心の知れた友人同士となったのである。
三人は互いに互いを認め合い、それゆえにこそ彼らは親しい友人となることが出来た。しかし、社会的に見れば彼らは決して対等な関係ではなかった。
アルヴェスク皇国において、身分は四つの階級に分けられている。上から〈皇族〉、〈貴族〉、〈騎士〉、そして〈平民〉である。皇族は〈アルヴェスク〉という国名を名乗ることを唯一許された存在であり、貴族はその証として〈ロト〉の称号を名乗ることが許されている。そして騎士は姓名を名乗ることが許され、平民が名乗ることが出来るのは自分の名前だけだった。このほかにも立場に応じたミドルネームなどを名乗ることもあるのだが、それは今はいい。
さて、エルストは生粋の貴族だが、カルノーは騎士階級の身分だ。ライシュは今でこそ貴族になっているが、もともとはカルノーと同じ騎士階級の出身であり、そこからリドルベル家の養子になったのである。
普通であれば、ぎくしゃくしてもおかしくない三人だった。それでも三人が友となれたのは、前述したとおりお互いのことを認めていたからである。
『私はお前たちのことを尊敬しているし、時には羨ましく思うことさえある』
エルストはライシュとカルノーに対し、たびたびそう言った。そしてそう感じる理由を、彼はこう説明している。
『お前たちは自らの才能と実力を示し、それを認められてここにいる。今の私にあるのは、ただ家名だけだ』
ライシュはリドルベル辺境伯領で行われた武術大会において、わずか14歳でありながら並居る歴戦の戦士たちを押し退けて優勝してしまった。そしてその祝賀会において、ベリアレオス・ラカト・ロト・リドルベル辺境伯が戯れに当時抱えていた領地運営上の問題を話してみたところ、彼は鮮やかにその問題の核心を指摘し、その上すらすらとその解決法を提案して見せるではないか。そしてライシュの聡明さに痛く感心したベリアレオスは、その場で彼を養子として向かえることを宣言したのである。
こうしてライシュは、その才を義父であるベリアレオスに認められて彼の養子となった。ベリアレオスには息子がおらずただ一人娘のマリアンヌがいるだけであり、そのためリドルベル家を継ぐのはライシュであるということがすでに公式に決まっている。つまり皇王であるレイスフォール・イクシオス・グラニア・アルヴェスクが彼をリドルベル家の世子とするのを認めている、ということだ。
これは異例のことだった。なにしろライシュはもともと騎士階級の出身。そんな彼を養子にして、さらには家と領地を継がせようと言うのだから前代未聞と言っていい。普通であれば同じ貴族の身分の他家から婿養子を取ればいいだけの話。なのにそれをせず、わざわざレイスフォールを説き伏せてまで世子にしてしまったということは、ベリアレオスがよほどライシュの才能に惚れこんでいることの証拠だった。
さらにカルノー。彼の場合はすでに戦場を経験し、さらにはそこで功績を立てていた。そしてその功績を見込まれ、アーモルジュ・ヨセク・ロト・カディエルティ侯爵の弟子となったのである。
アーモルジュは政治的手腕と軍事的手腕の双方において高い評価を受けている人物だ。かつては宰相として辣腕を振るい、領軍を率いて戦えば戦功を重ね、領地の運営においても大きな実績を残している。
そんなアーモルジュであるから、弟子入りを望む貴族の子弟は多かった。しかし彼が弟子を取ることはほとんどなかった。そんな彼が自らそう望み「弟子にならないか」と声をかけた唯一の人物が、当時14歳だったカルノーなのである。
少々余談になるが、ミドルネーム、例えばアーモルジュ・ヨセク・ロト・カディエルティの「ヨセク」の部分、これを名乗るのは大抵の場合貴族の中でも一家の当主たる人物だけだ。だからライシュやエルストは貴族であってもミドルネームをまだ名乗っていない。
ではカルノーはどうか。彼のフルネームは「カルノー・ヨセク・オスカー」。つまり彼はミドルネームを名乗っている。この場合、カルノーが名乗っているのはアーモルジュと同じミドルネームであり、つまり彼がカルノーの身元引受人、より大仰に言えば師匠であることを示しているのだ。
このようにライシュとカルノーはすでにその才能と実力を認められている。彼らが若くしてこの皇立士官学校に入ることが出来たのは、その証拠と言っていい。では翻って自分はどうなのか。
エルストロキア・ロト・アルクリーフはまだ何の才能も示しておらず、またなんら実績を残してもいない。もちろん彼は成績優秀だし、それゆえ将来においては大成するものと期待されているが、しかしもしかしたらそれは期待で終わるかもしれない。今のところ彼が人より優れていると誇ることが出来るのは、優秀な学校の成績と麗人と称される端正な容姿、そしてアルクリーフと言う立派な家名だけ。そう話すとき、エルストは悔しそうにするのが常だった。
『ロキに才能があることは俺たちが保証するさ。なあ、カルノー』
ライシュのその言葉に、カルノーはいつだって全面的に賛成してきた。エルストが優秀であることは疑いなく、彼はまたさらにこうして騎士階級の者を認めて賞賛できるだけの大きな度量を持っている。成功するには十分な才覚と言えるだろう。そして二人にそう言われると、エルストはようやく小さな笑みを浮かべるのだった。
このようにしてカルノー、ライシュ、エルストの三人はお互いを認め合って友情を培ってきた。三人で身分を隠し異国にまで旅行をしたこともある。旅の途中、エルストが熱を出したときにはライシュが彼を背負い、カルノーが後ろから押して次の街を目指したこともある。船酔いでカルノーが嘔吐すれば二人が代わるがわる彼の背をさすり、ライシュが酔いつぶれれば二人で彼の巨躯を支えて宿に帰った。果実園に忍び込んで果物を失敬し、それを農夫に見つかって追い掛け回されたこともある。
学術の面においても三人は競い合い、そして讃えあった。身体が動かなくなるまで共に稽古して汗を流し、白熱した議論が朝方まで続くことも度々あった。それぞれに得意なところと苦手な分野があったが、三人はそれぞれ他の二人を見下すことなく、また自分を卑下することなくこの三年間を過ごしてきたのである。
「……長いようで、短い三年間だったな」
どこかしみじみとした口調でそう話すエルストの言葉に、ライシュとカルノーは揃って頷いた。短く、そして濃密な三年間だった。
「二人は、この後どうするつもりだ? つまり、俺たちはもう学生ではなくなるわけだが」
「僕は、師父の下で働かせていただくつもりだ」
真っ先にそう答えたのはカルノーだった。そんな彼に対し、エルストはその細い顎に手を当てながら、何事かを思案するかのようにしてこう言った。
「ふむ……。お前であれば中央で十分に栄達できると思うのだがな。なんなら、我が家に仕えぬか?」
厚遇するぞ、冗談めかしてエルストはそう言った。ただし、彼の目は言葉以上に本気である。そんな友人にカルノーは苦笑しながらこう返した。
「誘ってくれるのは嬉しいよ。ただ、僕は師父に拾っていただいたんだ。その恩は、命をかけて返したい」
「そうか……。いや、何度も繰り返した話だったな、すまない」
そう言ってエルストは引き下がった。在学中から彼は何度もカルノーを誘ってきたのだがその全てが空振り、また最後の勧誘もこうして振られてしまった。そのことは単純に残念ではあるが、しかし最初から分かっていたことでもある。それに仕えるのであればアーモルジュはエルストよりもずっと上等な主であろう。あくまでも今現在は、だが。
「それで、ロキはどうするんだ?」
「私は領地に篭ることになるだろうな」
父が皇都で政治工作に奔走するので彼の代わりに領地を守ることになる、とエルストは言った。もちろん補佐役は付くのだろうが、しかし領地の一切を任されることに代わりはなく、それだけ彼が父親であるアルクリーフ公爵から期待されまた信頼されていることが窺える。
「それだけではないだろう?」
ニヤニヤと意地悪げな笑みを浮かべながら、ライシュはそう言った。そしてこう続ける。
「ギルヴェルスのアンネローゼ姫との婚約話が持ち上がっていると聞いているぞ?」
「ああ、その話か……」
ギルヴェルス王国はアルヴェスクの北東に位置する隣国で、アンネローゼは現王トロワヌス三世の孫娘にあたる。つまり隣国の王族との婚約の話が持ち上がっているということであり、それは、それだけアルクリーフ公爵家がアルヴェスクのみならず周辺国においても高く評価されていることの証拠だった。
「相手が相手なのでな。宮廷があまりいい顔をしていないらしい。正直に言って実現するかは未知数だな」
エルストの言う「宮廷」とは、つまりこの国の政治中枢であると思えばいい。それにしても自分の婚約の話であるはずなのに、彼は淡々とした口調で話しをする。彼の場合、自身の結婚はアルクリーフ公爵家のための政略結婚になると割り切っているのだ。
無論、相手が誰になるのかは重要なことだが、その相手と幸せになろうなどということは考えていない。もちろん幸せになれればそれに越したことはないが、しかしその一方で冷え切った家庭になったとしても、最低限その結婚がアルクリーフ公爵家の利益となり、また後継者が無事に生まれればそれで良いとエルストは思っている。まあ、個人的な好みとして醜女よりは美姫の方がよいのは確かだが。
「そもそも、婚約と言えばお前はどうなんだ、ライシュ?」
先程の仕返しなのか、面白そうな笑みを浮かべながらエルストはライシュにそう尋ねた。前述したとおりライシュはリドルベル家の養子である。つまり現在の当主であるベリアレオスとは血が繋がっていない。
貴族やその家臣たちにとって家名と血筋は非常に重要なものだ。だからライシュがどれだけ才覚に溢れていようとも、それだけではリドルベル家の後継者になることはできない。いや、レイスフォールが世子と認めているので法的には可能なのだが、必ずや大きな反発がある。それを避けるためには本当の意味でその家の人間となる必要があるのだ。そこで重要になってくるのがライシュの婚約である。
「うむ、領地に戻ったらマリアンヌとの婚約を発表することになっている」
少し恥ずかしそうにしながらライシュはそう言った。マリアンヌとは前述した通りベリアレオスの一人娘である。ちなみに呼び捨てにしているが彼女はライシュより一つ年上であり今年で20歳になる。普通の貴族の娘であればとっくに結婚しているべき年齢であり、つまりベリアレオスの中ではこの二人を結婚させることが随分前から決まってきたということが窺える。
「そうか、めでたいな」
「おめでとう」
エルストとカルノーが揃ってライシュの慶事を祝うと、彼は照れくさそうにしながら微笑んだ。
「……式が何時になるかは分からんがな。決まったら招待状を出す。二人とも、必ず来てくれよ」
もちろんだ、とエルストとカルノーは請け負った。
「……それにしても、卒業式にレイスフォール陛下がこられるとは思わなかったな」
三人の卒業後の話が一段落すると、今日の日中に行われた卒業式を思い出してカルノーがそう言った。その式の中で皇王レイスフォールが卒業生たちに話をしたのだが、ここ最近は彼の詔を預かった代理がそれを読むのが通例で、彼が直々に話をするのは実に12年ぶりのことだった。
レイスフォールが話したのは、特別なことではなかった。「人こそが国の基であり、今日学院を卒業する君たちがこの国を支え、また発展させることを願っている」。そんな内容の話だった。しかしその語り口は穏やかながらも力強く、その言葉は聞き手の耳にすんなりと入った。
『これが国を動かす者の言葉か』
カルノーは感嘆と共にそう思ったものである。レイスフォールは現在57歳だが、賢君として国内外に知られている。その賢君の話には、その内容よりも言葉そのものに重々しさと力強さがあるように思えた。
「……そういえば、陛下はこのようなことを言っておられたな」
エルストが思い出したかのように語ったのは、レイスフォールの次のような言葉だった。
『……人には皆、限界がある。それは才能だけの話ではない。生まれや性別、身の周りの環境などによっても人は限界を決められてしまう。しかしそれを悲観しないで欲しい。確かに出来ないことは多くある。しかし出来ることもまた、多くあるはずなのだ。どうか出来ないことを悔やむのでなく、出来ることを誇って欲しい。そしてそれを精一杯行うのだ。それこそがこの国の繁栄を支える唯一の道であると、私は信じている』
「さて、どのような意図があってのお言葉だったのか……」
そう言ってエルストは視線をライシュに向けた。視線を向けられたライシュは軽く肩をすくめてこう言った。
「さあ、な。言葉通りの意味じゃないのか?」
「まあ、それもそうだな。我々相手にわざわざ裏を探らなければならないような言葉を使うはずもない、か」
そう言うとエルストは、今度はカルノーのほうに視線を向けた。
「そういえば、カルノーは陛下の御姿を直に見るのはこれが初めてか」
エルストの言葉にカルノーは頷く。そして付け加えるならば、これが最後の機会であろうとも彼は思っていた。しかしそんな彼の胸のうちを見透かしたかのように、エルストは明るい口調で楽しげにこう言った。
「なに、お前ならばまたすぐに謁見の機会を得られるさ」
「そうだな。お前はもっと自分に自信を持つべきだ」
そんな友人二人の言葉にカルノーは苦笑する。彼は決して自分に自信が無いわけではない。ただ、分不相応な栄達を求めていないだけだ。
実際、カルノーの思っていた通りになった。彼はレイスフォールに謁見するどころか、その姿を見ることは二度となかったのである。
このおよそ一年後、賢君と呼ばれたレイスフォールは急死する。死因は内臓の病であったとされている。実際、最期はやせ細った姿であったというから、あるいは胃の病であったのかもしれない。
そして、この偉大な皇王の崩御をきっかけに政変が起こった。そしてその政変はやがて、アルヴェスク皇国全体を巻き込む大きな内乱へと発展していくことになる。