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 朝方。まだ日も昇らないような時刻に、私は目覚めてしまった。

 大量の武器や弾薬を積んだ輸送用の大型装甲車は狭く感じる。最低限の武器を衣嚢に隠し持つと、私はぐっすり寝ている薙咲大尉を起こさないように、外に出た。

 第一二基地は、私たちが反乱を起こし、壊滅したということになっている。それに伴い、日本軍では私たちを狩るためだけに、新たに討伐隊を編成したと発表した。

 おそらく、この場所もほどなくして見つかるだろう。その前に移動する必要がある。

 東側に連なる山脈の向こう側が白け始め、少し冷たい風が草木を揺らす。私は装甲車に寄りかかり、衣嚢から銀紙に包まれた黒い固形物を取り出して口へ運んだ。

 戦闘時でも食べられる非常食だ。ほんのりと甘い味が広がるが、それ以外は特に何もない。

 数回口に運び、ようやく食べ終えた私は、銀紙を衣嚢に仕舞った。

 いつの間にか手には自動拳銃が握られていた。

 ダダンッ!

 くぐもった銃声が轟き、近くにいた鳥たちが一斉に飛び去る。そして少し遠くで、ガシャガシャと音を立てて崩れる一体の機械兵がいた。

「偵察用の機械兵か。まずいな」

 銃声で起きたのだろう。装甲車から自動小銃を持った大尉が出てきた。

「移動しますか?」

「その方がいい。警戒態勢、武装した状態で装甲車に乗り込め」

「了解」

 私は装甲車へ乗り込むと、八七式を持った。

 大尉も乗り込むと、装甲車は動き出し、森の中を進み始めた。

「どこに行くんですか?」

「そうだな、まずは隠れ家を作って、そこで一度態勢を立て直す必要がある。少し危ないが、危険領域に逃げ込む」

「なら、地下工廠はどうでしょうか」

 私は前に一度作戦で向かった地下工廠を思い出した。迷路のように入り組んだ通路に、所々に仕掛けられた罠。隠れるのには最適だと判断した。

「……そうだな。そこなら装甲車も隠せるし、おそらく水や電気も来ているはずだ。行ってみよう」

 素早く携帯端末を取り出し、位置情報を確認する。この辺りの地形は全て頭に叩き込んであるが、それ故に、この辺りに逃げ場はないと知っていた。地下工廠はここから少し離れているが、逃げ切ることさえ出来れば問題ない。

 このまま順調にいけば、四十分ほどで到着するだろう。しかし、こういう時に限って、物事は順調には行かないものだ。

 三十分ほど経過した頃、不意に装甲車が動きを止めた。

 地下工廠の入り口までは、あともう少しある。ここから徒歩で移動して問題ない距離だが、それにしてもおかしい。

「何かあったんですか?」

 私は八七式の弾倉を入れ替えながら大尉に聞いた。

 しかし、大尉の顔には表情が無かった。

「……気を付けろ、媒介者だ」

 私は一瞬、あの媒介者が来たのかと思い、体が強張った。しかし、前方の小窓からちらりと様子を窺うと、そこには少女が立っていた。

 共通点を挙げるなら、武器として両手に持っている長剣が、あの媒介者が背負っていた長剣と酷似していたことか。

 媒介者の少女は、両手に握った二振りの長剣を構えながらこちらへ歩いてくる。

「紅咲、攻撃準備。装甲車を盾にして迎え撃て」

「了解」

 今のところ攻撃してくるような素振りはない。しかし、媒介者がどれだけ強いのか、どのような能力を使ってくるのかも分からない。

 不確定要素が多すぎるが、ここで何かしらの行動を起こさなければ、ただ犬死するだけだ。

 装甲車の後方にある扉を静かに開けて、外に出る。辺りは樹海で、見通しが悪い。

《電力供給:安定》《近距離用炸裂針弾の装填を確認》

 薬室に針弾が装填されていることを確認した私は、意を決して装甲車の陰から躍り出る。

 思考が加速を始める。ゆっくりと流れる時間の中で、私は遂に、媒介者の少女の姿を目視で確認する。

(……!)

 しかし、私は銃を向けることが出来なかった。その姿は、長剣さえ持っていなければただの少女だ。綺麗で可愛い、まるで宝石のような美しさを持っている少女だ。

 完全に気を取られていた。そう思った時には、媒介者の少女が攻撃態勢に入っていた。

《警告:敵攻撃反応あり》

 斥力壁を展開するよりも遥かに早く、少女は動いていた。

 機械化兵の、その中でも取り分け優れている私の動体視力ですら捕捉することが出来ないほどの突進。殺られると思う時間すらないほどの僅かな時間で、少女は私との距離を一瞬で詰めた。

 しかし、砲弾のように飛翔した少女は、私から数(センチメートル)ほどの所をすり抜け、その真後ろで銃を構えていたらしい、私たちを追ってきた機械化兵の一人を切り裂いていた。

 それを理解し、振り返った時には、既に二十人以上が胴体を真っ二つにされて息絶えていた。

《弾道予測演算開始》《終了》

《安全装置解除》

《発射可能》

 無意識に、私は銃を構えていた。

 彼女は敵ではない。もしそうであるのならば、殺さなかったことについて、お礼を言おう。

 引き金を引き、一番奥にいた機械化兵を撃ち抜く。針弾の内部に仕込まれた炸薬が爆ぜ、着弾点の周囲をずたずたに引き裂く。

 追手の機械化兵は僅か一分足らずで全滅した。最後の数人は、逃走しようとしたところを、少女に切り裂かれた。

 圧倒的な強さを持つ媒介者の少女は、返り血で真っ赤に染まっていた。

 私は八七式をその場に置くと、少女の方へ向けて歩きだす。

「何をしている、やめろ!」

 装甲車から出てきた大尉は、私たちに銃口を向けてそう叫ぶ。

 しかし、私はそれを気にも留めず、半ば無意識に少女へ近づいていった。

 気付いたのか、長剣を持ったまま少女は振り向き、じっとこちらを見ている。

「……何で?」

「え?」

「何で、私を殺そうとしないの?」

 予想外の質問に、一瞬驚く。しかし、私は先ほど考えていたお礼のことを思い出した。

「最初に出会った時、私たちを殺そうとしなかったから」

 ありがとう、と言おうとしたその時、不意に銃声が轟いた。

《斥力壁展開》

 眼前で数発の銃弾が叩き落される。私は自動拳銃を取り出すと、木の陰から躍り出てきた機械化兵に銃口を向けた。

「ありがとう」

 媒介者の少女は、そう言って私の持っている自動拳銃をそっと抑える。

 次の瞬間、少女は音もなく消える。私がそう認識した時には、既に敵の機械化兵が殺されていた。

 同時に、少女の意識も無くなっていた。

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