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あの媒介者が放った爆発は、半径三粁圏内を、文字通り焦土に変えた。作戦を展開していた機械化兵たちは、最前線で展開する者も後方で支援をする者も関係なく、一気に吹き飛ばした。
そして爆心地にいた私は、当然消し炭になっていたはずだった。
しかし、私は生きていた。
何故生きていたのか、不思議なくらいだった。瓦礫の下敷きになったものの、奇跡的に生還した薙咲大尉に助けられ、装甲車に乗せられて基地まで戻った。
しかし、基地の前で装甲車は止まった。私が大尉の顔を見ると、大尉は頷いた。
「……囲まれたか。私たちは処刑されるだろう。あの糞が持ってきた処刑部隊は対機械化兵戦に特化している化け物たちだ、勝ち目はまずない。故に、抵抗せずに大人しく」
「殺されろ、っていうことですか?」
「そういうことになるな。何、お前が諦めなければ、死にやしないさ」
力なく微笑む大尉は、扉を開けた。
二十人。顔を目出し帽で隠し、九一式自動小銃を構えている機械化兵たちが、装甲車ごと囲んでいた。
そしてその中央には、あの志藤中佐がいた。
ダァン!という銃声が鳴り響く。気付けば大尉はその場で蹲っていた。
「大尉ッ!」
大尉が撃たれた。しかし私は、後ろから拘束されて身動きが取れなかった。
「馬鹿な部下を持った上官に裁きを。安心しろ、楽には殺さん」
笑みを浮かべた中佐は、部下たちに蹲る大尉を無理やり立たせ、手足を拘束させた。
「さて、次は君だ。昨日はよくも私に銃を向けたな。おまけに作戦中の命令違反、それによる部隊の壊滅。これは万死に値する」
顔面に強い衝撃。おそらく蹴られたのだろう。視界がぶれ、気付けば倒れていた。
そして私も同じように手足を拘束され、立たされた。
「我々、日本国軍は今この時を以て第一二基地及び周辺の安全地帯を放棄する。既にこの基地内にいる機械化兵は、一人残らず処刑した。残りはお前らだけだ」
笑いながら、中佐は移動用の車に乗り込み、すぐに去っていった。どうやら処刑部隊は後片付けをしてから行くようだ。
私たちは四人の部隊員に引き摺られ、牢獄の方へ連れてかれた。
椅子に縛り付けられ、銃を向けられる。大尉は別の部屋に連れていかれたようだ。
「さて、どうしてやろうか」
目出し帽を外した二人の機械化兵は、にやにやしながらこちらに銃を向けている。
絶望的な状況。私は前にも同じような体験をしたことがある。
《第一七次実験》。確かそんなような名前だった。まだ小学生だった私を誘拐し、身動きを取ることすら難しいような鉄格子の箱の中に入れられて放置され、挙句の果てには巨大な電動錐で腹部に穴を開けられた。五十人以上連れてこられていたが、生き残ったのはその中でも数人だけだったような気がする。
死ぬ前に思い出したのが、そんな嫌な思い出だと逆に笑えてくる。
「おい、何笑ってんだ?」
どうやら私は無意識に笑ってたようだ。
確かあんな絶望的な状況でも、私は生き残った。何故なのかは分からない。しかし、私はこの状況でも切り抜けられると、心のどこかで確信していた。
ならどうすればいいのか。自ずと答えは出てきていた。
「早く撃てよ」
二人は顔を見合わせ、そして口角を上げた。
「聞いたか?こいつはいかれてやがる」
「なら撃っちまえばいい。別に俺たちは、殺せればそれでいいんだからな」
銃口が改めてこちらを向く。しかし、何も怖くはない。
「最後まで笑ってやがるつもりか。まぁいい。じゃあな」
二人が同時に引き金を引く。それと同時に、私の視界に、緑色の文字が浮かび上がった。
《斥力壁展開》
私の眼前で、無数の小銃弾が明後日の方向へ飛んでいく。私はあの爆発時に生き残った原因がこれだと確信した。
慌てる二人。しかしもう遅い。
私は拘束していた縄を斥力壁でばらばらにしていたようで、既に身動きが取れる状況にあった。
一気に後ろへ回り込み、二人のうちの片方を殴る。そしてすれ違い様に銃を奪い取ると、私は弾倉内に入っていた弾を全て二人に叩き込んだ。
「おい、何があった!」
「急げ!」
いくつもの叫び声と、軍靴の音が響き渡る。
敵数は少なくとも十はいる。私は先ほど殺した機械化兵が落としたもう一つの自動小銃を手に取ると、入り口に銃口を向けた。
黒ずくめの機械化兵がこちらに姿を現す。その時私は既に引き金を引いていた。
室内に銃声が木霊し、銃口が火を噴き、鉛の弾が高速で射出される。しかし、驚くのはその命中精度だった。弾は吸い込まれるようにして、次々と機械化兵の急所である頭部や首を撃ち抜いていく。出鱈目に撃っているように見えるが、私自身も驚くほどに冷静だった。
弾道予測演算無しの、至近距離での銃撃戦は、果たして私の圧勝だった。
入り口や通路が狭かったこともあり、弾倉一つで斃せたのは四人。跳弾で二人ほど行動不能にはしてあるが、その後ろに四人控えている。
持っていた九一式を捨て、入り口で殺した別の機械化兵が持っていた、血塗れになった九一式をもつ。
そして、銃声が轟く。それは私ではなく、あらかじめ射撃体勢に入っていた機械化兵たちのものだった。
無数の銃弾が狭い通路を埋め尽くす。敵攻撃の予測演算はぎりぎり間に合わず、そもそもやる必要すらない。
斥力壁を展開しようとしたが、私はここで気づく。
真後ろにいる、別の機械化兵の存在を。
回避と同時に紫電が散る。通路を舐め回すようにして飛翔する全ての弾が弾け飛び、その場で屑と化した。
再び紫電が散る。今度は四人の機械化兵が持つ九一式が爆発し、両腕と胴体の一部が吹き飛んだ。
痛覚を切断する暇もなく放たれた一撃は、相手を行動不能にさせるには十分だった。
「全く、世話が焼けるな」
「大尉!」
右大腿が人工血液で赤く染まっている薙咲大尉が、苦笑しながら立っていた。
「細かい話は後だ。私の装甲車まで走れ。おそらく残党がまだいると思うが、私たちなら赤子の手を捻るようなものだ。行くぞ」
「……了解」
大尉から自動拳銃を受け取ると、私たちは一斉に駆け出した。




