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時刻は午前十時。私は基地の中央にある、指令本部へ向かった。本来であれば滅多に来ることはないのだが、今日は作戦会議で招集されたのだ。
内装は豪華で、とても軍基地とは思えない。しかし、至る所にいる、防衛用に改造された機械兵たちを見ると、やはりここは軍基地なのだなと思わせられる。
中央階段を上がり、受付で携帯端末を翳すと、案内役として立たされていた機械化兵が私を会議室まで案内してくれた。
「こちらです。少尉」
案内役の機械化兵は、敬礼をするとすぐにその場を去った。
敬礼を返した私は、溜息を吐いた後、扉を開けた。
重々しい音を立てて扉が開く。そして会議室をざっと見渡すと、殆どの機械化兵が座っていた。
私は真ん中辺りに座っていた薙咲大尉の隣に座る。
「……来たか。念のために聞いておくが、武装はしているか?」
座った途端に、大尉が小声で聞いてくる。私は一瞬驚いたが、すぐに表情を隠す。
「いつも持ってる拳銃だけです」
「ん、ならいい。先に行っておくが、今日の会議はおそらく撃ち合いになる。せいぜい死なないことだ」
「撃ち合い、ですか?」
予想外の言葉に、私は少し戸惑う。危うく大声を上げるところだった。
「まぁその時になったら私に任せろ。お前くらいは守ってやる」
微笑む大尉。しかし、次の瞬間にはそこから表情が消えた。
ドンッ!という音と共に部屋に入ってきたのは、私も大尉も、おそらくこの場にいる全員が、悪い意味で知っている機械化兵。
志藤将大中佐。日本軍第二基地から送られてきた、悪名高き暴君。
そして入ってきて早々、その中佐は懐から回転式拳銃を取りだした。
「貴様ら、何故私に敬礼をしない?」
ダァン!という銃声が、室内に響き渡る。弾は部屋の壁にめり込んだため、負傷者は出なかった。
「志藤中佐、銃を仕舞え。お前のやっていることは重大な軍紀違反だ」
「二階堂大佐、階級が上だからといって調子に乗るのはやめた方がいい。こんな糞田舎にある基地に軍規もへったくれもあるものか。今回俺が派遣されたのは、貴様らが安全策ばかり取って何の戦果も挙げられていないからだ。第三級危険領域?そんなの俺一人でも片付けられるね」
私はこの時既に、衣嚢の中に入っていた自動拳銃に手をかけていた。他の機械化兵も、表情に僅かだが怒りが見える。……ただ一人、薙咲大尉を除いて。
大尉だけは、不敵な笑みを浮かべながら、中佐の話を聞き流していた。
「こんな糞下らない作戦会議なんざ十秒で終わる。この基地にいる全員で死人の群れに突っ込め。ただし短剣一本だけだ。それ以外の武器を携行することは断じて許さない。今回俺は処刑用の小隊を連れてきている。逆らうものは死刑だ。異論はあるか?」
そしていよいよ、耐えられなくなったのか、数人の機械化兵が銃を抜いた。
しかしその瞬間、中佐の手に握られていた回転式拳銃が炸裂する。四発の銃声は、全て中佐の銃から発せられたものだった。
バタバタと倒れる機械化兵たち。全員頭を撃ち抜かれていた。即死だ。
「だから言っただろう。逆らうものは死刑だとな」
大声を上げて笑う中佐。そして遂に、私の怒りは臨界点に達した。
抜いた瞬間に照準して発砲。狙いは中佐の頭部だ。発射された弾は中佐の頭部を見事に捉えていた。
しかし、弾は驚くことに弾かれた。気付けば中佐は、頭部を片腕で防御していたのだ。
「……液体装甲、ですか」
私は銃を構えながら、歯軋りをする。
《敵味方識別情報:警告》
視界の隅に浮かぶ真っ赤な文字。しかしそれすら無視して、私は中佐を思い切り睨み付ける。
しかしその視界を、大尉の腕が遮る。
「少尉、よくやった。下がれ」
私は唖然とする。大尉の横顔は、狂気に満ちていた。
銃声が一つ、いや二つ。同時に発射された銃弾は、会議用の長机の上でぶつかり、火花を散らしながら互いの弾道を逸らす。
続けて中佐が引き金を引く。しかし、カチンッ!という軽い金属音が響くのみだった。
「どうした、撃ってみろよ」
大尉の口調ががらりと変わったことに、周りの機械化兵は驚きを隠せていない。しかし私は、その直後に起こった出来事に驚きを隠せなかった。
一瞬で間合いを詰めた大尉は、中佐の腹部に強烈な膝蹴りを喰らわせた。その瞬間に、よく見ていなければ分からないような、それくらい僅かであるが、紫電が散ったのだ。
「き……貴様ッ!上官に向かって」
「おいおいしっかりしろよ。弾切れにも気づけないような雑魚が、第三級危険区域を一人で?笑わせてくれるな。そんなに言うなら放り込んでやるよ。戦いたいんだろ?」
「調子に乗るなよ……雑魚がッ」
蹲った状態から、目にも留まらに速さで繰り出された蹴りは、果たして大尉に振り払われた。
「話にならない。まるで昔の都会っ子だ。雑魚のくせに都会に住んでるから強いと思いこんでる、どうしようもない馬鹿だ。作戦会議はお前抜きでやる。牢屋にでも入ってろ糞野郎」
もう一発蹴りを入れると、大尉は廊下で待機していた機械兵を二体呼び、基地の監視塔の地下にある牢獄へ入れるように指示する。すると、抵抗しようとする中佐を手際よく拘束し、素早く運び出した。
「……薙咲大尉、良くやった。この件は軍の上層部に報告しておく」
一番前に座っていた、二階堂清大佐の顔には、若干ではあるが怒りが滲み出ていた。
「お願いします。死体の処理は作戦会議が終わってからでもよろしいですか?」
「……あぁ、構わん。近くにいる者は、死体を会議室の後方に並べろ。それと、紅咲少尉。君の使っていた拳銃は、軍の方で許可が出ていない銃のようだが?」
いきなり指名され、さらに銃のことを咎められたので焦ったが、すぐに直立不動になった。
「申し訳ございません。使い勝手が良いため、護身用として無許可で持ち歩いていました」
「そうか。まぁ、今回は不問にしておこう。次からは気を付けたまえ」
「了解です。ありがとうございます」
一瞬どうなるかと思っていたが、許してもらえたようだ。
そんなやりとりをしているうちに、中佐に殺された四人の機械化兵が部屋の後部に並べられていた。
「……よし。それではまず、明日の第三級危険区域の奪還作戦についての説明からだ」
そうして会議は始まった。しかし、その場にいる機械化兵の顔は、とても暗かった。




