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風の中でそっとつぶやく。

作者: 西宮 東

 短編にしては異常なまでに長くなってしまいました。

 しばしの間、よろしかったら私の物語にお付き合いください。

 真っ赤に焼けるような夕焼けの中の出来事。俺、佐々木 敬は仲の良い友達と帰途に付いていた。

 高校に入って早九ヶ月が過ぎ、だらだらと長く長く続いていたテスト期間がちょうど終わったその日。午前中にテスト全過程が終了し、中途半端に進学重点校な為かそのまま午後の授業が執り行われた。十人が十人やる気が無いというのにまったく無駄なことをする……

 その上、先日起こしてしまった『些細な問題』の所為で職員室に呼び出しをくらい、こってり絞られた後、罰として草むしりをさせられようやく解放されたばかりの今はバテバテのクタクタだ。本当についていない。

 これでもし、あくまでもし、体育会系のクラブに所属していようものならば、本当のことなど欠片も知りはしないがそれこそ雑巾のように酷使されるか、謹慎させられるところだった。まぁ、不幸中の幸いなのか、はたまた、ただの根性無しなのかは置いておいて、俺はどの部活にも籍を置いていない。いわゆる帰宅部という奴なので、そんな心配はなかった。


 夕日は依然赤いまま、西の空から俺等の町を朱色に染めている。


 それは今、俺等が歩いている寂れた町の商店街とて例外ではない。何が悲しくて寂れた町の商店街を歩いているかといえば、単純に俺らの通う高校からこの町の大半が居住する住宅地に通じる一番の近道なのだ。

 かといって、俺等とて年頃の上暇を持て余している故、ゲーセンにでも寄り道して帰りたいのだが……あいにく、そんな施設俺等の町には無かった。悲しい事に……

 よって、必然的に家に向かって歩みを進めるしかないのだ。

 かといって、この友人達のどうでも良い世間話や、どうでも良い馬鹿話、どうでも良い他人の色恋沙汰を無駄なまでに誇張した笑い声で笑い飛ばすのは嫌いではない。むしろ好きだし、家にいるときよりよっぽど幸福なのかもしれない。家では携帯電話で話せばよいのだが、こうやって面と向かって喋った方が軽いちょっかいや、変に面白いジェスチャー等をしてみるのも愉しいものだ。

 変にジジくさくなってきたな。


「んじゃなぁ〜」

「おう」


 どうせ明日会えるのだからと、いつもの挨拶ともいえない様な挨拶でみんなと別れた。

 一人だけ道が外れるというのもなかなか空しい感じがするが、そんな事は考えても仕方ないし、どうにもならないというもの。下手な考え休むに似たりってね。


 止むことなく迫り来る夜の気配は鮮やかな赤色の空を銀色へと誘う。


 その銀色になりかけの空にはやはり昇りかけの月が東に見えるのが似合う。西の赤と東の銀が完全な境目はないにしろ空を二分していた。その風景はなんとも風流……

(って、何処のご隠居様だよ、俺は)

 自分の馬鹿げた感傷を首を振って排斥すると、歩幅を広め、足を速く動かした。肌寒いこの季節だ。早く家に帰って温まりたい。

 手袋さえつけていない両腕は真っ赤に染まり感覚まで麻痺してきてる。持っている鞄を肩に深くかけなおして制服に付属しているポケットに手を突っ込んだ。当然、布と手が擦れて少しは痛いが家までの辛抱だし、この一度手に入れた温かさは手放しがたいというもの。そんなことより問題は耳だ。庇い様が無い。だから、半ば小走りになる。

 家はもう目前だ。あのコンクリートで出来たタイトなカーブを曲がれば玄関が見える。あそこをバイクで走るとどれほどのスリルがあるのだろうか?なんてどうでも良いことまで頭に浮かんできたが放置しておこう。

 角を曲がり、玄関が見えた。そこでふと脇にある電柱に目が奪われた。別に俺は電柱マニアでも電柱オタクでもない。ただ、そこにあった張り紙が気になっただけだ。

 張り紙にはつらつらとした文字の羅列と小さくデフォルメされた人間の絵。

一番上にはデカデカと『アルバイト募集』の文字。

その内容は書いてある通りアルバイトの募集だった。時給も悪くないし、すぐ近くのコンビニだから何かと好条件だ。何よりこの前友達と一緒に県でも有数の巨大なショッピングモールに出かけて散々使い果たして金欠なのだ。ここはいっちょやるか、と思い詳しく内容を読み込んだ。そしたら一番下に『年齢十八歳以上から』なんてかいてやがる。

 むかついたので電柱を痛みの反動のない程度に軽く蹴り、張り紙を引っぺがしてグシャグシャにまとめて捨てた。根本的に電柱へ張り紙をするのがいけないのだ。地域のためになったのだから良しとしよう。

 それならばと、中途半端なところで止めるより最後まで良いこととして貫こう。つまり、さっき投げ捨てた張り紙を拾って最後まで始末しようというのだ。あぁ、なんて偉い俺様!別に何処で誰が見ているか分からないので小さなことで地域のみんなの株を地域のみんなからの株を上げようなんて微塵にも思っていない。絶対に思っていない!きっと思っていない。多分思っていない……

 おもむろに投げた張り紙に向かって振り向いた。そこにはご町内の掲示板がある。多分その辺に落ちているはずだと思い歩み寄り、ついでのついでに掲示板の内容を読んでみた。

 『バサーのお知らせ』『ゴミ収集日の変更』『みんなで止めよう温暖化!』そんなありきたりのような手作り感満載な張り紙の中、ひときわ目を引いた一枚があった。今探している張り紙と同種のものも確かに目を引いたが、その一枚には劣っていた。

 『猫探しています』その張り紙にはそう書いてあった。

一見普通の張り紙だ。

別に猫なのに犬の写真が張ったりしているわけでもない。

名前はミィちゃん、いたってノーマルだ。

ノーマルすぎるぐらいノーマルだ。

特徴のところには血統書付きの白毛の雌とある。

血統書付きというところが赤色太字に二重線がついていることを除けばこれも普通。

問題は次だ。

キンキラキンの指輪を手に無駄なまでに装飾されたハンカチを厚化粧のぶくぶく太った顔に押し当てている写真が貼ってある。

必要のない写真のくせして何故か猫の写真よりも大きい上、猫の特徴よりも詳しい描写でそのご近所の中では金持ちで通っているマダムの悲しみが書かれていた。激しく疑問だ。何故そうなる。どう作ったらこうなる。これでは見つかるものも見つかりはしない。逃げた猫ミィちゃんよ、君は間違ったことはしていない。むしろ、同情する。あらかた、このマダムは猫を家に閉じこめていたのは推測がつく。そんなの猫が嫌がるに決まっているのに……

 と、話がかなり脱線した。早く張り紙を拾って暖かい家に帰ろう。

 体はそのまま、視線を下に落とし、くるっと周りを見回す。すると、紙屑は掲示板のすぐ裏にあった。ここからでは届かないので裏に回る事にしよう。

 三歩で裏に回れたのでそこから手をポケットからだしひょいと拾い上げた。任務終了、これより帰還する。なんて具合に顔を上げ帰ろうとした。そして僕は見た。見てしまった。


『死にたい』


 ただ冷淡にそう書いてあるその字は見ていてあまり気分のいいものじゃない。なんというか根暗だ。すごくネガティブだ。

 もしくは小学生のガキじみた悪戯だ。小学生上級生ぐらいになると『死』や『殺』なんて言葉を格好いいと勘違いしてむやみやたらと書き散らす奴がいる。そんな悪戯坊主がやったのか……おそらく後者が正解だ。

 ふと、何かその馬鹿げたその言葉に遊び半分に付き合ってやろうと思ってしまった。

 鞄の中から適当なボールペンを一本だけ取り出し、ノックする。カチッと良く通る単調な音が響く。善良な少年である俺にとって掲示板の裏なんかに消えにくい文字を書くなんて些か気も引けたが、見つかれば一生懸命消せば良いだけだ。良いことをするという目的を忘れた完全な愚考だったし、本末転倒と言う事はしっかり頭の中に残っていなかった。

 黒ペンの先を掲示板の裏につけた瞬間、板が荒い所為で抵抗が強い事を思い知る。


『死ぬなよ』


 我ながら下手な文字と文だ。笑ってしまう。それに、ほんの短くつづられた二つの言葉は無秩序になっている所為で、子供の会話と変わりない印象さえある。実際のところ本物の子供と精神年齢子供の顔も知らぬ会話なのだが。


「うぅー、寒い」


 そんなことは簡単に拭い去って、小走りに家の中に踏み込んだ。

 金属製のノブは外気なんかよりもずっとずっと、氷のように冷たくなっていた。

 果たして、遊びで死や生と向き合い語る自分の心とどちらが冷たいのやら、自分では皆目見当もつかない。

 だが所詮、世界単位で見れば俺の命が暖かろうが冷たかろうが、鋭利な剣であろうか鈍重な槌であろうが小さな事なのだ。古人は『命を軽んじるな』と提唱するがいくら口で詭弁を語ろうが、内心遠くから見て軽いと感じていたのだろう。でなければ、命のことを語らない。大事なことは自分で考え出してきた賢者が簡単にそんな言葉を残すはず無いのだ。

 やはり、命は落ちる花のように儚い。一個人としての意見ではそこへとたどり着く。人生なんて最終的には戯れ事のように始まり、戯れ事のように続き、戯れ事のように終わり、戯れ事のように忘れ去られ、戯れ事のように消え逝くのだろう。

 ……阿呆らし

 命のことについて語るなんて本当に阿呆らしい。これこそ本当の戯れ言だ。

 今度こそ、ノブを回して家に入った。


   ―●―


 雑多な音がテレビから流れている。下らなく言葉を羅列するコメディアン。それにつられておもしろくもないのに事務的に笑う出演者、司会者、観客。最近はテレビの質も落ちたものだ。

 そう思い、大して考えもしないままチャンネルをテーブルから拾い上げた。新聞の番組表をいちいち見るのも面倒なのでとりあえず1のボタンを押してみる。当然この時間帯故に大衆向けのバラエティーだ。しかも、あまり面白く無さそうなので無視してほかの番号を押してみる。これもバラエティーだ。どれもこれも似たようなものばかり放映して儲けはあるのだろうか。

 チャンネルを変える。また、バラエティーかと思ったが見当違いのニュース。中年白髪キャスターが今日この頃の出来事を意見を混ぜながら機械的に読み上げている。普段からニュースどころかテレビなんてあまり見ないからキャスターの手腕の善し悪しは分からないがそれでも内容はきちんと読みとれる。

 昨今問題になっている政治問題について特集が組まれているようだ。正直なところ話が自分から遠すぎて興味がわかない。自分に返ってくることなのだと理解はしていてもやはり行動意欲がわかないのだ。二十歳過ぎた若者が選挙に行かないのはそんなところだろう。


「いやー、良い湯だった」


 あ、美菜穂さんが風呂から上がったみたいだ。

 美菜穂さんは僕の義理の姉であり、現在の保護者。とはいっても、小遣いを等をもらっているわけではないし、逆に生活費を入れているぐらい。つまり、名目上保護者であっても事実上同居人、しかもとびきりの美人である。二十歳の年齢以上の艶と張りのある肌。風呂上がりの所為かかなりの露出度の軽装の上、長く伸びた髪が生乾きで湯気の立っている姿はなんとも艶めかしい――はずなのだが毎日のことなんで慣れた。

 それでもとりあえず注意だけはしておいた。さすがに慣れても落ち着かないものは落ち着かないのだ。


「ねぇ、美菜穂さん。もうちょっと服着たらどう?寒くない?」


 直接的に

「色っぽくて落ち着かないので服を着てくれ」

なんて言えるはずもないので、オブラートに包むというより別の話題から遠回しに言った。直接的に言っても聞くはず無いが、間接的に言っては気づくかどうかさえ危ういのにどうしてこんな風に言ったのだろうか。馬鹿か、俺?

 美菜穂さんは冷蔵庫から発泡酒を取り出しながら

「ん〜?」

と適当に背を向けたままこもった声で答える。美菜穂さんはビールの方が好きなのだが最近の増税で仕方なく発泡酒を飲んでいるタチだ。美菜穂さんの為にも少しは政治に抗議してみるのも良いかもしれない。考えておこう。どちらにせよ参政権がないのに無駄なことだと数秒後には罵ることになるのだ。


「アタシの心配してくれるのか?あはは、アタシもずいぶん繊細に見られるようになったもんだ!それとも、おまえが大きく育ったってか!?こりゃいいっ!ほら、おまえも飲めっ!冷めた体も温まるぞ。お前の場合心も冷めてるから余計飲めっ!」


 別に美菜穂さんが酒も飲んでもないのに酔い始めた訳ではなく元々こういう性格なだけ。本人は

「規律なんて後付けすればいいんだ」

と豪語しているが、今のところ法律を破るようなことは俺に酒を勧めるぐらいだ。いったい何のために美菜穂さんはあんな事を俺に言ったのか未だにわからない。伏線でも引いたつもりだろうか。

 発泡酒のプルタブをあけて一気に呷った後、自分のために持ってきておいたストックの内、一つの缶を投げ顎で俺をさす美菜穂さん。

真似して一気に呷れの合図。投げられた缶をあわてて受け止め、断る理由もないし、断ったら後が怖いのでグッと流し込んだ。とはいっても、ふつうから見ればしらけるような飲み方。しかし、度数の低い発泡酒ではあるが極端にアルコールに弱い俺にとっては限界に近い飲みっぷりだ。やべ、頭がくらくらしてきた。

 そんな俺が気に入らないのか機嫌を悪くした美菜穂さんが立ち上がり発泡酒を持ったまま近づいてくる。非常にゆゆしき事態に陥って大変危険だ。現代風かつ分かりやすく噛み砕いて言うと『マジやばっ!』って感じになる。って、冷静に感想述べてる場合じゃ……!


「アタシは『余計に飲めっ!』っつたろ?ベロンベロンのグワングワンになるまでアタシに付き合えっ!」


 あ、美菜穂さん!鼻摘んで口を無理矢理開かないでっ!まさかとは思うけど上で構えたその缶を傾けないでっ!

 心中ではそう叫んでいたが実際は声になっていなかったし、これ以上先下手に息すると酒が気管に入りかねない。ここは腹を据えて飲み下してやろうではないか。

 だか、美菜穂さんは僕が心の中で叫んだ通り缶を傾けはしなかった。まさかテレパスっ!?なんてオチではなくもっと古典的に傾けたのではなく手首を『百八十度』捻って逆さまにしたのだ。傾けないなんてなんて有り難い……わけあるかっ!?

 口という名のコップの中にそそぎ込まれる大量の酒。当然入りきらないものはあふれ、肌を伝い服を濡らすが美菜穂さんはお構いなしに缶をひっくり返したまま。不快感が酷いはずなのだがそれさえも感じれないぐらい感覚が麻痺してきた。視界さえもゆがみ、ひずみ、かすみ始めた。

 薄れゆく意識の中、美菜穂さんの心配そうな顔とおもしろそうな顔が入り交じった顔を見た気がした。

 心配そうな顔が見えた理由を考える程その時俺の頭は活動していなかった。


   ―●―


 うぅ、頭痛ぇ……

 ベッドから体を起こしたときそんな言葉が全身を駆け巡った。酒に酔いやすく酒が抜けやすい俺にとっては初めての二日酔い。ここまで辛いとは馬鹿にできないな。あんな飲み方したら当たり前か。

 今何時だろ?時計は確か後ろの方にあったはずだと思い、手を伸ばして探してみる。何か手に当たったので、とりあえず拾い上げ目の前まで持ってくる。

 何故かフカフカモフモフする。それに茶色い。


「……クマのぬいぐるみ?」


 作り物の可愛らしい目がこちらをじっ、と見つめている様が電気をつけてないのでちゃんと分からない。代わりに口周りの白い部分が浮き上がって本来とは逆に怖いくらいだ。

 それにしても変だ。俺の部屋にこんな少女趣味な可愛い人形があるはずないし、そもそも家にこんな可愛げのある物があるかさえ疑問だ。

 窓から漏れる薄い月明かりの中部屋を見回す。置かれたファンシーグッズをポイントにしているが全体のイメージからすれば家具を真白に統一した清潔感あふれた調和のとれた場所だ。あ、よく見たら美菜穂さんの部屋じゃないか。


「やっと起きたか。いや、ごめんね!すっかりお前が酒に弱いの忘れてたよっ!だからっていきなり倒れる奴があるか?アタシに付き合えるぐらいもうちょっと成長しな」


 頭を小突く美菜穂さん。布団に寝かせてくれたのは有り難いが、頭に響くからあんま大声を出さないで欲しい。


「なんで、美菜穂さんの部屋に……?」


 美菜穂さんの前で黙り込むわけにもいかないので頭が痛いのを圧して疑問を口にした。できれば、夜風にでも当たりながら話したいが美菜穂さんに寒い思いをさせるわけにはいかないし、この家に庭や縁側などあるはずがないので叶わぬ願いだ。


「居間からお前の部屋遠いからこっちにつれてきた。この前まではすげぇ軽かったのにさすがにきつくなるぐらいまで大きくなったかっ!」


 汚れなき白い歯を見せにんまり口を歪める美菜穂さん。白っぽい肌は少し赤く染まって酔っている様でもあったが俺と違って全然平気だろう。


「アタシはまだ飲むから部屋に帰れ。どうせもう飲めないだろっ?」


 ごもっともです。これ以上付き合えなんて言われたらさすがに逃げる。

 言われたとおり、布団から出て部屋から出ていく。そういえば何で電気がついてなかったのだろうか?気を使ってくれたなら今度何かお礼しないとな。

 おやすみ、と見送られ自分の部屋へと入る。深く眠れば明日の朝にはアルコールは抜けているだろう。今日あったことをすっかり忘れ静かに寝床についた。


   ―●―



「うぃ〜す」

「よっ!」


 そんな短い会話で朝の挨拶を済ませた。そんなのはいつものことだ。自分たちは挨拶を重んじない現代人の代表的なタイプだと思う。

 帰りは日によって区々だが、朝いっしょに行くのは決まって一人だけ。ほかの奴らは朝練があったり、朝が苦手で動けないタイプ。消去法で残ったのが俺ともう一人だけ、と言うわけだ。

 その後、内容が空洞な話が昨日のようにひたすら続く。おそらく今日の昼頃には別の意味のない話に埋もれ、完全に忘れているだろう。

 本当に無駄だ。そうと分かっていつもそれをしないといけないのが自分、いや人間なのだと思う。昨日も言った通り楽しめるのだから良いのだ。それを楽しめなくなると全てのことが楽しめなる気がするのは俺だけなのだろうか?

(最近すっかりジジ臭くなったなぁ〜、俺)

心中そんなことを思い、頭から振りのけて脳は日常会話へと帰していった。


「そういやさ」


 唐突に話が変えられビクリとする。一瞬、今まで考えていた事が顔に出ていたのかと思ったが文脈から察するにそれはなさそうだ。なら何だというのか?

 とりあえず、笑った顔もせず苦い顔もせず今までと変わらないであろう無表情ともとられそうな顔で俺は振り向いた。

 話しかけてきたのは一人しかいないので当たり前なのだが池野恭吾。小学生からの腐れ縁とか突然転校してきた不思議君とかエスパーとかそんな小説、漫画みたいな不思議要素が全くゼロの極極普通の高校から友達になった何気に格好の良いクラスメイトだ。見ているだけでムカつくような瞬間はあるが、まぁ、気の合う良い友達だ。

 友達になった理由は至って簡単。入試の時に席が隣だった。それだけ。


「最近どうなのよ、ん?」


 こんな風に恭吾はいつも会話を唐突に始める。同時に突然会話をやめたりすることもあるが、そんな細かいとこまで指摘してたらこいつの場合キリがない。悪いところはなるべく目をつむっておこう。


「なんだよ、それ。はっきり言えよ」


 高校から友達になった奴の心の中まで察すれる程、長く生きていない。故に話が全く見えないのだ。


「またまた、隠しちゃって。知ってんだぜぇー」

「だからなんだよ」


 先程の説明に付け加えるならとんでもなくお調子者という点。それに、こんな風に話を分かりにくくする節がある。本人はそんなつもりが毛頭ないのだから質が悪いと言うものだ。


「結構噂になってるぜ、お前と浅海の事」

「あぁ……」


 ようやく合点がいった。

 浅海――浅海那津子とは俺の彼女『だった』女性だ。色々あって別れたが、そこら辺あんまり掘り返したくない。

 だから恭吾は遠回しに言ったのだろうか?それは無いか。こいつはむしろ傷に塩を塗り込むような聞き方をするはずだ。


「まぁ、色々あってな……」


 言葉を濁すしか出来ない。それが俺にできる最大限の応答。当然、冷静さを欠いて挙動不審になる。


「色々ってお前……」


 お互いが苦い顔をする。すっげぇー、気まずい。


「だからって高校のうちから……なぁ?考え直したらどうだ?」


 よもやこいつの口から心配事を吐かれるとは思いもしなかった。全くの想定外。

 そもそも、あんな軽く切り出したのにこうまで暗い話になるなんて。恭吾も噂なんてあまり信じておらず、俺の返答は予想外であった様子だし。


「そんな大事じゃないだろ」


 そう、結局終わったことであってリアルではないのだ。それはすでに読み切ってエンドマークをつけた小説と同じで俺にとって読み返すほど感化できなかった物語なのだ。

 《ペシミスト》

 俺は一度だけ美菜穂さんに言われたことがある。それも出会い頭。初対面の第一声。話したことさえないと言うのに見透かしたようにある一種宣告されたのだ。そのときは意味も分からず反論したが今では反論どころか賛同さえする。

 悲観とは物事を悲しんでみるより陰惨に物事を切りか。こいつはむしろ傷に塩を塗り込むような聞き方をするはずだ。


「まぁ、色々あってな……」


 言葉を濁すしか出来ない。それが俺にできる最大限の応答。当然、冷静さを欠いて挙動不審になる。


「色々ってお前……」


 お互いが苦い顔をする。すっげぇー、気まずい。


「だからって高校のうちから……なぁ?考え直したらどうだ?」


 よもやこいつの口から心配事を吐かれるとは思いもしなかった。全くの想定外。

 そもそも、あんな軽く切り出したのにこうまで暗い話になるなんて。恭吾は耳に入った噂なんてあまり信じておらず、俺の返答は予想外であった様子だし。


「そんな大事じゃないだろ」


 そう、結局終わったことであってリアルではないのだ。それはすでに読み切ってエンドマークをつけた小説と同じで俺にとって読み返すほど感化できなかった物語なのだ。

 《ペシミスト》

 俺は一度だけ美菜穂さんに言われたことがある。それも出会い頭。初対面の第一声。話したことさえないと言うのに見透かしたようにある一種宣告されたのだ。そのときは意味も分からず反論したが今では反論どころか賛同さえする。

 悲観とは物事を悲しんでみるより陰惨に物事を切り捨てられることだとも美菜穂さんは言った。続けるようにそれは漢字の通り『心を非定する』のだとも。『否定』ではなく『非定』。時々、美菜穂さんは哲学家じみていて分からないが、おそらく心の奥で悲観主義者だと分かっているのだろう。ただ、非定しながら生きている。それだけのこと。

 過去の回想はこれぐらいにして、とりあえず恭吾をどうにかしよう。


「何言ってんだよ!人生は一度しかないんだぞ!?今から婚約なんて――」


 ―――………………ハァ?ナニヲオッシャッテイルノデスカ?


「それは、おまえたちが本気なら俺は心の底から祝うぞ。なんともめでたい事だ。だけど、本当によく考えたことなのか?今からもう将来の道を完全に決めちまうなんて……それに少しは相談して欲しかったぞ。一応親友のつもりだったんだけ――」

「って、待てコラッァァァァァァァ!!!」


 ようやく普通の処理速度を取り戻した脳と体が爆発してしまった。


「ど、ど、どどどどどどっどおど!!!???」


 意味の分からぬ奇声を発している恭吾。おそらく

「どうしたんだ!?」

と言いたいようだが、そんなの知ったことか。こちらは一刻を争う緊急事態なのだ。非常事態なのだ。emergencyなのだ。恭吾の肩をがっちりつかみ揺さぶる。シェイクする。あ、結構楽しいかも……


「お前そんな事誰から聞いたんだ!吐け、吐け、ハケェェェェェェ!!!」


 俺は半ばヒステリーを起こす最中、恭吾が一人の名前を吐いた。そうなればこれはもう用なしだ。ゴミみたいに放置して颯爽と走り学校へと向かった。

 別に普段からの恨みをついでに返したわけではない。断じて否!

 それにしても噂に背びれ尾ひれがついたところでこうはならないだろうと言わんばかりに話が変だ。どうやったら事実と噂の内容が正反対の極地まで行くのやら……

 このままだと学校での立場というより社会的立場が危ない。今まで幾度となく人の噂話をしてきたが自分がされる側になるなんて思っても見なかった。今までやられてきた奴らはこんな心境だったのだろうか?それならば悪いことをした。謝る。だからこんな事をしないで助けてくれ!頼む!

 こんなになった噂だから当然教員にも知れ渡っているだろう。先生がこんな馬鹿げた噂を信じないことを切に願う。もしかしたら、流石にないと思うが、万が一、万が一にもだ。言ってもないことを有言実行しなくてはならないなんてなったら……笑えない冗談だ。考えただけでも恐気が走る。

 おそらく生涯で一番速く走っている今現在、後ろから

「お、覚えてろよ……」

なんて何処の三下悪役かと思わせる台詞を発して倒れた事なんて気づくはず無かったのは言うまでもない。そして、学校に恭吾が着いた瞬間に左ストレートを完全に決められることも、俺にとって言うまでもなかったし自分自身知るよしもなかった。


   ―●―


 世間一般様は言う。噂は光よりも速いと。そんなわけ無いと思っていたがそんなわけはあるようだ。広がりきった噂ネットワークは元がたどれないほど複雑に構成されていた。


 北に行けば、

 「〇〇君から」

 南に行けば、

 「××さんから」

 東に行けば、

 「□□ちゃんから」

 西に行けば、

 「△△から」

 上に行けば、

 「▽▽部の後輩から」

 下に行けば、

 「◇◇部の先輩から」

 etc.etc.……


「はぁ……」


 ため息が出るほど聞いた同じ様な言葉の数々の所為で頭が痛い。それ以外にも恭吾に殴られた胸の辺りも痛い。あいつなりに手加減して顔にやらなかっただけでも良しとしよう。

 どちらにしたって一番痛いのは周りの視線に変わりないのだ。いろんな意味で痛い。あるものは嘲笑を込め、またあるものは至福を込め、また別のものは冷徹さを込めた視線を向ける。さようなら俺の明るい未来。こんにちは俺の絶望の未来。餓死寸前で目前の食料をまるまると太った大富豪に食べられた気分だ。非常に噂の根元が憎い。憎かったと言うべきか?

 その根元は見つかったのだが……どうも諸手を上げて喜べない。何にせよ事の真相は確かめなければならないのだ。今は午前中に奔走した成果で昼休憩。時間としては余る程にある。

 でも、まさかここに辿り着く事になるとは思わなかった。学校特有の無機質な扉の前、その上には一年四組―――自分の教室の札。まさに灯台もと暗し、と言うより犯人は灯台の中にいたようなものだ。


「おぉ、犯人さんは見つかったか?」

「あぁ……」


 菓子パン食ってる恭吾に目に見えて分かるほどの暗さで返答した。そうなるのも無理はない。噂の犯人さんは目の前にいるのだから。

 ……いや、別に恭吾じゃない。

 机をかき分け真っ直ぐ突き進む。周りからはいやな顔をされたがかまっている余裕がない。ごめん、すまない、心の中で謝っとく。


「ちょっと来い」

「ぁ……」


 平然と弁当を食っていたが、そんな小さな事を気にしている時じゃない。小さな声で反応した犯人の腕を強引につかんで無理矢理連行した。性格からして少しぐらい抵抗すると思ったのだが、終始押し黙ったまま俯いて自らの足で着いてきている。

 ひたすら上に上る。目指すのは屋上。この時期なら誰もいないし、何より表向きとしては立ち入り禁止となっている。昔、飛び降り自殺があったらしい。

 重厚感のある鉄の扉は存外軽く、ギィ、という音と引き替えにすんなり屋上へと通してくれた。立ち入り禁止なら鍵ぐらいつけておきそうなものだがつける度に何者かに壊されるので学校側はもう変える気さえない。

 この町で一番空に近い場所。高い所の所為か、冬の冷えきった白銀のナイフのような外気を巻き込む強い風が身体に吹き付ける。流石にそんな場所じゃ話しづらいので建物の陰まで犯人を引っ張ってつれてきた。そこでようやく手を放した。

 位置関係は俺がフェンス側、犯人が建物側。別にこいつが逃げたところで居場所なんてすぐ突き止められるし、そもそも足の速さで負けるはずがない。こいつの足の速さは太鼓判付きだ。

 短いが重い沈黙が流れるのを待ってから、


「お前……どういうつもりだよ」


 閉じた唇をようやく開き問いただし始めた。諸悪の根元、犯人―――浅海那津子に……


「どういうつもりなんだ?」


 もう一度、静かに尋ねた。

なるべく声質に注意して、無感情な自分をわざわざ演じ、威圧感をなくしたつもり。

そうやって、自分を演じてやらなければただ激情に任せて那津子を砕いてしまいそうだった。相手が那津子でなければこんな風に真剣にならなかっただろうし、そもそもこんな感情にならなかっただろう。自分の中にそんな感情が今まで流れた事がなかった所為か、その感情に対する処理の知らなかった。だから、偽りの自分を演じるしか俺には思いつかない。

 俺の言葉が引き金になったようにわめき散らし叫ぶ那津子。


「敬が悪いのぉ!全部全部敬が悪いのぉ!私何も悪いことしてないのぉ!」

「お、おい……」


 流石にたじろいた。こんな風な那津子なんて初めて見たし、何よりきつく閉じた目からこぼれ落ち続けている悲哀な涙が身を切り裂く剣の如く痛々しかった。これほど女性の涙が強いとは……涙は女の最大の武器というのはあながち間違っていない。


「駄目なのぉ!駄目なのぉ……!」


 ひたすら意味不明な言葉を羅列するばかりの那津子に、原因を作ってしまった俺からかけれる言葉なんてあるはずが無い。気の済むまで那津子のわめき散らすさまを見て、受け入れて、勝手な自己満足の償いをした気分になる。そんな情けない俺が一体他に何が出来るというのか。そんな事にまた自己満足で心に傷をつけたふりをする。馬鹿すぎだ。

 けど、最後に一度だけ、これは自己満足じゃないとはっきり言える感情で眼前の彼女に触れたいと思った。思ってしまった。いつものように無知な空の感情でも、悲観主義な理論思考でもない何かが付き動かす。

 そっと、今にも壊れそうな硝子細工に見える那津子に手を伸ばす。

きつく閉じた瞳にはそんな俺の姿なんて映らないだろうし、開いたところできっと涙で歪んで何も見えやしないだろう。でも、手は鎖でつなぎ止められてしまったかのようにひたすら重く、一メートルもない距離は果てしなく遠かった。雲の如くゆるりとしか進まぬ腕が憎い。しかし、そんな手でもいつか届くと信じ、ひたすら伸ばし続ける。

 だが、その手は虚しく空を切った。すんでの所で那津子は目を閉じたままかけ出している。全く器用な奴だ。

 だが、これでよかったのかもしれない。彼女をあんな風にしてしまった汚れたこの指で、腕で、目で接してよいはずがない。そんなのは大罪であり禁忌。俺のやっていること全てが、自己満足の正義でがらんどうな人生なのかもしれない。いや、そうに違いない。

 不意にこのまま後ろのフェンスを乗り越え飛び降り、罰をうければそれで楽になれるかもしれないと錯覚する。それは馬鹿げた幻想なのに信じてしまった。

 振り向いて一歩進む。また一歩。もう一歩。人を亡くした屋上にはかつ、という俺の足音とひゅう、という駆け抜け旅する風の音だけ。フェンスに手をかけ見上げた空は快晴。視界の隅をゆっくりと移動する唯一の雲。あの雲もいつかは俺のようにバラバラになり消え果てるのだろうか?

 こんな時に昨日のことを思い出す。死ぬなよ、そう遊び半分に書いた言葉が俺の胸に深々と突き刺さる。どうしてだろうか?あんな空虚な日常の断片なんて覚えているはず無かったのに……

 そんな、ちっぽけな出来事で死ぬ気なんて失せてしまった。死にたい、って書いた奴なんかよりずっと俺は卑怯で馬鹿で餓鬼のようだ。命を軽んじるにも程がある。

 空は先ほどと変わらぬ快晴。

雲はのらりくらりと流れ、町に大きな影を落とす。その中、俺はただ一人放課後まで風に揺られていた。どこかでまた那津子が来てくれるのを待っていたのかもしれない。依然、感情は何千もの色が渦巻いたままで消えることはないこんな状態の時、もう一度彼女とあったって同じことを繰り返すくせに変な期待を抱き、信じたのか結局わかることは無い。

 取り残された子供のように柵の内側に立ち続け、餓鬼のようにせめてもの断罪が為に大粒の涙がこぼれていた事を知るものはなく笑うものもいないので遠慮などしなかった。間違いなく格好悪い。それに今となっては噂のこともどうでも良い。

 手からこぼれた水がすくえないのと同じように俺からこぼれた悲しみもまたすくえないのを知っているだから、当然下手な慰めなんていらない。美菜穂さんが今僕を見たらまずこう言うだろう。


  ――ペシミスト



   ―●―


 当然、家に帰る途中の道は足取りが重かった。引きずるような足取りで商店街を歩く。自分以外の人々。夕食の買い出しに来た中年主婦や母親に連れられた年端もいかぬ少年少女。そんな人々がいるはずなのに自分は絶対的な孤独感に苛まれていた。降り注ぐ紅い陽光も、迫り来る夜の気配も、莫大な自然も敵に思えてくる。

 いつもなら周りにいるはずの友達もあんな噂が流れたばかりではまともに顔を合わせられるはずもないし、昼休憩の出来事から全く抜け出せていなかったので今は一人でいたい。結果、逃げるようにして学校を出る事になるのは必然だった。

 那津子はというとあの後体調不良を訴え早退したらしい。推測なのは自分もあの後授業をサボり、ずっと屋上で頭の中を整理しようと努力していたからだ。しかし、所詮こんな状態に陥らせた小さな頭。簡単に整理などつくはずもなく今も頭の中はかき混ぜられたシチューのようにぐちゃぐちゃなまま。

 今は表面的に取り繕って何とか足取りは保っていれたが、いつ拠り所をなくして倒れるか分からないほど弱々しくなっているのが自分でも分かった。

 知らぬ間に家に着いていた。そうとう思考が呆としてしまってるみたいだ。もしくは末期的な自らへの落胆。自らへの失望。自らへの裏切。


「ただいま」


 でも、美菜穂さんだけには心配して欲しくない。だから、今までにない笑いを作るような気構えで家の中へと臨んだ。

 だが、それも全くの無駄。帰ってすぐ玄関であった美菜穂さんに一瞥され、


「部屋に入って寝てろ。腹が減ったならむすびでもつくって部屋の前に置いててやるから」


 と簡単に見破られた。さすが美菜穂さん、分かってくれている。ここはありがたく優しさを頂戴しておこう。

 変わらず汚い部屋に入り布団へダイブ。心地よい眠りの世界へと俺は逃避していった。


   ―●―


 その日は珍しく夢を見た。毎日夢自体は見ているので覚えていたと言うのが正確か。どちらにしろ何年ぶりだろうか?美菜穂さんの家に来た頃は確かに見ていたのだが……いつから見なくなったのか思い出せない。

 背景は確かにあるのだが意識してみようとするとぼやける。夢だからそこら辺有耶無耶なようだ。大事な部分ははっきりしてくれないと困るが。

 まぁ、夢を夢の中で夢として認識している時点で現実的に冷めている気がしないでもないが、置いておこう。どうせ夢なのだし、逃げても文句はどこからも来ないだろ。


「くすっ……」


 ちぇ、夢でも逃げることが叶わないのか。いや、夢だからこそ、か。夢とは本来混乱を整理するためにあるのだし。ここで、一度混乱にピリオドをつけるのも一つの手。


「で、どちら様?」


 聞かなくても分かることを聞いてみる。それをしないと俺との会話なんてなかなか始まらない。

 笑い声の主は姿さえ見せずただ声を紡ぐ。だが、声が発せられていようともそれは文章としか認識できていない。相手が名乗っていないのに声が分かったらおかしいと言われればそれまでなのだが、本当に巧くできてるよ、夢って。


「誰が良かった?」


 悪戯っぽく流れ込む文字の並び。早く名乗らせてちゃんとした会話がしたかったが、昼間は焦りすぎた所為もあり失敗した。慎重に行くべきだろう。


「できれば、美菜穂さん」

「変わろっか?」

「無意味だろ」


 くすり、とまた笑う。でも相変わらず影も形もない人。俺の得意な独り言みたい。

 「出会った頃から敬って変わんないね。いっつもそんな感じでリアリスティック」

と言い、思い出したように

「あ、でも常識についてはある意味ファンタスティックだね」

なんてぬかしやがった、顔見知りの誰かさん。俺は俺で

「そりゃどうも、那津子」

と相手と同じように会話に名を出した。さっきまで自分から名乗るまで言わない気でいたが、とうとうしびれを切らして名前を呼んでしまった。このまま、メールのように表情なく会話などしたくないのもあったけどなんか現状はフェアじゃない気がするから。


「あ、まだ名前で呼んでくれるんだ。敬の事だから他人の事なんてすぐに忘れて『浅海』なんて呼びそうだったケド、私としてはうれしいな」


 今度はしっかりとした音声と像つき。自分の脳が作り出した架空の虚像のくせに独立した思考をしっかり操作しているようだ。おかげで話したいことが見えてこない。困ったものだ。


「お前だって俺のこと『敬』ってよんでるじゃないか」

「私はいーの。敬みたいに物事がなかなか割り切れる方じゃないしさ」


 苦々しく視線を逸らされてしまった。でも、会話は途切れない。


「私ね、まだ携帯に敬のアドレスも『好き』って書いてくれたメールも全部保存して残してるよ。未練ったらしいって分かってるけどなかなか、ね」


 自分の都合のいいように作り上げた幻影だからか、望んだとおりのことを言ってくれている。さっきのを本物が言ったら有無を言わず抱きつきそうなぐらいだ。夢で良かった。

 それを分かった上で、

「ありがとう」

と言っておいた。大切にしてくれているならそれはそれで良い。未練も個人の問題だから持ってくれても構わなかった。どちらにせよ那津子はまた笑うのだから。なのに那津子は

「どういたしまして」

と皮肉を返してきた。ずいぶんと俺の扱いを知っているようだ。あ、俺自身なのだから当たり前なのか。


「私、どうして敬の事……好きになったんだろうね」

「……さぁ?」


 冷たい返事かもしれないがペシミストの俺には似合っていると思う。分からないものを分からないと言っていけない道理など無いし、これは脳内の劇。ややこしくするべきではない。

 でも、それでは何の解決にもならない。とりあえず列挙してみた。

「一目惚れ?」

「違う」

「容姿に惚れた?」

「有り得ない」

「財力?」

「敬って見るからに無さそう」

「学力?」

「同じこと言わせる気?」

「同族に見えた?」

「そう見えたなら目が曇ってるよ」

「たまたま?」

「バカにしてる?」

「母性本能?」

「自殺志願者みたいな子はいらないよ」

代わる代わる言葉を即答で返しあったがすべてボツ。一般的なのは結構あげたのだが俺が一般的ではないから当てはまらないのか?正直お手上げ。ギブアップ。


「那津子、何なんだ?」

「……さぁ?」


 笑顔のまま俺の言葉をそっくりそのまま返してきた。結構ムカつくな、コレ。今度から使用はなるだけ控えよう。


「敬みたいに自己分析が得意じゃないから得意な人にやってもらおうとしたんだけど、結局自分のことは自分でしか分からないんだね」


 まんまと利用されたってか、俺って。あんまり経験したこと無かったんで結構貴重な資料になりそうだ。那津子も那津子で俺の考えが移ってしまったかな?今までの那津子なら『他人と分かりあうことは大切』と詭弁じみた台詞を投げつけてきたはずだが今は真逆で俺が同意する程の悲観だ。


「ところで、何であんな噂を流したんだ?」


 大分、話をしたんでそろそろ核心を突いて良い頃合いだ。夢とは短いものだし。でも

「んー……」

と那津子は唸るだけで回答を提示する気はないようだ。その後、何か思いついたかのようにはっ、と目を見開いた。さすが夢と言うべきか電球がぴかりと光った。さすがに想定の範囲外。


「敬の口癖を思い出して。それが私の答えだよ」

「ありすぎてわからん」


 ほんと、子供みたい。分かってるのに分からないなんて言うなんて餓鬼のすることだ。分からないと言って自分の無能を証明して何になると言うのか。そこら辺りは以外と俺としては前向きなつもりでいる。


「確かに敬の口癖は十以上在るかも。大抵ネガティブなものばっかだけどね」

「ごもっとも」


 事実なのであっさり肯定した。否定しても意味無いし。


「答えが出てるなら今の内に言っとかないと後悔するよ。私の中では敬は『この上なく馬鹿』のままどっか行っちゃうから」

「それはそれで面白そうだな。那津子の記憶力のチェックになる」


 二人で笑った。意味はあんまり無い空っぽな笑いだったけどそれでも笑った。最近俺って本当に馬鹿みたい。


「私からもう一つ質問」


 那津子が笑ってる途中に控えめに切り出した。

「どうぞ」

と言い右手を軽く差し出すように向ける。その手が下がったのを確認してから

「どうして私と別れたかったの?」

と聞いてきた。コレはまたすごい質問をしてくるものだ。今のは俺の罪悪感をむき出しにするような言葉だったが、それでも答えなかった。本人に言う前に幻に真実を語っても仕方ないし。だから、

「答えは俺の口癖だ」

と言っておいた。

 また二人で笑う。多分これが最後だ。そろそろ夢ともお別れ。


「最後に思った回答を言って終わりにしよ」


 と那津子は切り出し、俺は了解した。こういう遊びも嫌いじゃないし。

 お互い近づいて微妙な間をおいた。

「せーの」

と言うかけ声の後、


「「『甘えるな』。『自分で考えろ』。『バァーカ』。」」


 と見事に高音と低音がハモる。

 吹くはずのない一陣の風が吹き、ザァ、と木々が呻いた後、俺はリアルワールドへと歩み進んで行った。


   ―●―


 寝む、い。頭も呆けている。朝にはそれないに強いが起きた直後くらい睡眠の余韻ぐらいは残るものだ。それに夢は堪えた。眠りが浅いとき見るとも聞くし疲れがとれていないのかもしれない。だが精神的には楽になった。ただの現実逃避だがストレス社会には必要不可欠だ。

 布団をはねのけ、体を起こし、冷たい外気で脳を覚醒させる。無理矢理な起き方だから目覚めは最悪だが、こうした方がしっかりできる。今日から学校は死地と成り得るのだ。揚げ足取られるようだったら社会的立場など守れない。

 部屋の隅にかけてある制服に着替え、鞄の中身を一度点検してから居間に向かう。朝早いので沈む静寂が家の中は完全に孤立した空間と化していたが、それはそれで気持ち良い。元から孤独癖のある俺だからかもしれないが。

 居間は当然無人。美菜穂さんは基本的に眠り姫故に起きていないだろう。だが不思議なことに机の上にはラップにくるまれたオムスビとほんの気持ちばかりのオカズのみ。脇には手紙が置いてある。何だろ?とりあえず手にとって読んでみよう。


『今日は朝から用事だからこれ食っとけ。早めに帰ってくるから昼飯は学食で適当に済ませて、夜は待ってろ』


 その隣にはちょこんと置かれた百円玉。うーん、これはからかっているのか?からかっているというのか?今時百円で何が食べれるというのだろう。あの人ならば

「何!?いつからそんなに物価は高くなったんだ!?世も末だ……」

とか何とか宣いそうだが。まぁ、ペンギンが渡り鳥と言って本当に信じてしまったような人だから当然言えば当然か。未だにあの人のキャラってつかめないよな……

 後、こんな事まで書いてある。


『このオニギリは昨日せっかく作ったのにお前が食べなかった奴を放置しておいた奴だから鮮度の程は知らんが絶対処理しておくように。中ったら罰だ。

 まぁ、無理はするな、《ペシミスト》』

 悪魔だよ、美菜穂さん。

 『中ったら罰だ』なんて食べることをまず前提として書かないで欲しい。本当に中ったらどうするつもりだよ、まったく。

 昨日、あんな事があったが思考具合はいつも通りだ。夢のおかげか、それともいつもの調子の美菜穂さんの文体に巻き込まれただけか。ここで普通は前者か後者、二者択一すべきなのだろうがあえて選ぶ必要はないだろう。そう、選ばないと言う答えを選んだわけだ。なんだかおかしな話だが、こう定義すると二者択一なんて言葉はこの世から失われるのだ。

 予想まで当たっている。直接言われはしなかったものの思い切り《ペシミスト》って書かれてしまった。しかもわざわざ最初『敬』と書いてあったのをご丁寧にも消して《ペシミスト》になおしてある。正直、苦笑するしかない。

 そろそろ、オニギリを食べよう。晩飯を抜いたし、よく考えれば昼食も抜いている。約24時間ぶりか、腹が減るのは決まっている。一応、臭いを嗅いで腐っていないことを確認しレンジで暖め、口へゆっくりと運んだそのオニギリは少しだけ、本当に感じない程いつもより塩辛かった。


   ―●―


 当然の事ながら、冬の朝なので家の中より外の方が何倍も、何十倍も寒い。これが夏ならばどれだけよかったことか。それはそれで困ることは多々あるが単純にそう思っただけであってあまり深い言及はよしておこう。どうせ、大した意味もない言葉の羅列に過ぎないのだから。突き詰めても疲れるだけの話、徒労に終わるだけだ。

 まぁ、そんなわけで不用意にも前記のことをすっかり頭から欠落させ、玄関から勇み足ででた瞬間に縮こまってしまった。朝の決意もむなしく散り、まさに出鼻を挫かれてしまったわけである。虚しいというより此処までくると自らの注意力のなさの心配さが先立ってきた。

 いつもの馬鹿げた取り留めのない思考に終止符を打ち、今度こそ家からいざ学校へ。いくら注意力がないからと言って学校へ行くことぐらい忘れないし、戸締まりもチキンとした。服装もきちんとしているし、靴も靴下もしっかりしている。でも、何か忘れている気がしてならない。何だっただろうか……

 視線を泳がせながら考えているとあの掲示板が目に映った。俺の命の恩人さんが書いた落書きは果たしてどうなっただろう?時間的な余裕はたっぷりあるし数秒とかからないのだからついでに見ておこう。もしかしたら忘れていたのはこの事かもしれないし違ったならば選択肢が一つなくなってよかったで終われるのだ。

 スニーカーを地面から離し前に伸ばしてからまた地面につける。人はこの行為を歩くと定義しているならば、今俺は歩いていることに違いない。次々と繰り返し、まだ数える程度しか歩いていないが目的地に到着。

 さてはて、これを書いた子供たちはどう反応しただろうか?『バカ』と嘲っただろうか、『アホ』と笑っただろうか、付き合う必要もなく無視したか、その程度だろうが今の俺にとってはそのどれが来ても一興できる変な自信があった。

 それではいざ拝見といこう。


『ありがとう』


 ……うわ、これはまた大分外れた回答だ。野球ならばバッターから右に10Μぐらいズレている。

 これではこちらがどう正解を教えて良いかさえ解らないではないか。これはまるで……、普通の会話。この状況をリアルに体験し少しも驚かないものがいたら、その人に俺は敬意を払う。

 困った。つまり、これはスーパーネガティブさんであった訳で子供たちは全くの無関係と言う歴とした証拠。そしてスーパーネガティブさんは真面目に俺が答えてくれたと思ってしまい、俺も付き合わなければならないだろうと言う事実の始まりだ。付き合わなければならならない訳ではないが此処で無視するととんでもなく罪悪感あるし、なにより今にも死にそうな人が相手ならば自殺されては堪らない。

 今回ばかりは選択をしないわけにはいかない。生殺与奪の権限だし時間もない。せいぜい今日の夕方まで。

 また、俺は問題を抱え込んでしまったみたいだ。どうにかしてほしいよ、まったく……


   ―●―


 最近何かに祟れたのだろうか?いくら何でも不運なことが続きすぎだ。大小含めて多々様々。那津子の噂騒動や恭吾に殴られたこと、掲示板の真摯な返信は自らが招いたにせよ、空から鳥の糞が落ちてきたり何も無い所で転けたら頭に石が直撃したり、これは明らかに奇妙だ。

 しかも、今日も恭吾に殴られたし。此も自分の所為なのだが、理不尽なぐらい強く殴りやがった。ちょっと恭吾の存在その物を忘れて学校に一人で登校したぐらいで頭を殴ること無いだろうに。ただでさえ考え事で頭が痛いのに別種の痛みの種を増やさないで欲しい。

 頭が痛い所為でと言えば言い訳になるが当然授業などまともに受けているはず無かった。

三角比なんか解いている場合じゃないし、現状況下で解けるはずもない。それに那津子は那津子で学校を休んだ。安易に心配とか言えないしどうしよう。どちらにせよその問題は後回し、締め切りの近い課題からやった方が合理的というもの。そして、課題提出まで残り数分と帰宅まで。牛歩戦法なんて使っても仕方ないしむしろ時間が足りなくなってしまう。

 ま、もう答えなんて決まってるんだけどね。考えるまでもなく。

 さて、鞄を持って似合わぬ鼻歌を歌いながら帰ろうか。昨日と同じでだれもおらぬ気楽な旅路なのだから。

 教室を出て階段を下り玄関を抜け靴を履き校庭を渡り商店街を通り団地を歩きはい到着。もう間に句読点を入れるのももったいないぐらい早く着いた。

 何度も見慣れたあのタイトなカーブを曲がれば、解答用紙が見えてくる。そういえばこの曲がり角、昔は怖がってたっけ。外灯の関係でちょうどお化けのような陰が見えるのだ。ほんと、小学生の僕を脅かす美菜穂さんの楽しげな顔と高らかな笑い声は思い浮かんでくる。あんな正しく真っ直ぐな人に育てられたのにこんな曲がった人間になっちゃったんだろ。激しく疑問だ。

 思いでの曲がり角を曲がってそこには電柱。この電柱には頭をぶつけたり愚痴を聞いてもらった心の友達だ。那津子のこともいろいろ相談した。もちろん返事はなかったけど。

 そして、新しく思い出の刻まれるご町内の掲示板。


「にゃ〜」

「のわっ!?」


 何だ何だ!?人が折角哀愁に浸っているのに突然猫みたいな声かけやがって。一体何処のどいつだよ。


「にゃ〜」


 振り向いた。

 猫だった。

 見たことがあるぞ、この猫。間違いなくタマちゃんだ。いや、ニャアちゃんだったっけ。それともマダムちゃんだっただろうか。この中の一つであることは確実なんだけど。


「にゃ〜」


 まだ鳴くか。ってあぁー!制服の裾を噛むな!噛むな!

 急いで猫の胴体を持ち上げてみると、驚くほど軽く美しいはずの白い毛は泥まみれで汚くなっている。首輪に泥が付いているので拭ってやると『me』と書いてあった。『ミィ』か。うん、なかなか気に入った。

 ニッコリ微笑んで喉を鳴らすミィちゃん。人懐っこい猫のようだがこうも簡単に手の中に収まるともって帰りたくなる。が、そうするわけにはいかないので地面に降ろしてやると猫とは思えぬ鈍重な動きで歩いていった。行き着いた先は掲示板の柱。


「にゃ〜」


 ミィちゃんは一鳴きしてじっと何か待つ様に座り込んだ。俺のことなのか。猫に好かれるのも悪くは無いが困る。なんたって美菜穂さんは猫嫌い、これ以上なく嫌っており唯一無二の弱点と言えよう。しかし、弱点を使えば後が怖いから使わないけど。

 とりあえずこの場にミィちゃんを放置するわけにもいかないので近づいた。と、そこで掲示板にようがあった事を思い出したが先にミィちゃんをどうにかしておきたい。


「にゃ」


 短く鳴いたミィちゃんは既にいつの間にか塀の上。さすが猫。今度は猫っぽく俊敏な動きで路地裏へと消えていった。少し飼いたかったけど、君は美菜穂さんより優先順位は下だ。

 さて、話を戻して一つの物語を終わりにしようか。こっちにゃ書きかけ読みかけの本が山積になってるんだ。

 前と同じように鞄を開きペンを取り出しノックする。銀の先の黒い芯が突き出し紅い陽光を反射し鈍く光った。キラン、という擬音語でもつけるにふさわしい光景だがそれさえも今となっては無用の物。これは物語のエンディングなのだから。

 遅滞する必要など無く、

 隠蔽する必要など無く、

 逃避する必要など無く、

 反問する必要など無く、

 落胆する必要など無く、

 否定する必要など無く、

 加速する必要など無く、

 公表する必要など無く、

 対抗する必要など無く、

 回答する必要など無く、

 受理する必要など無く、

 肯定する必要など無い。

 故に俺はいつもと変わらず文字を連ねた。

 それは当たり前、選ぶ必要さえない。

 延びた黒い細い線が意味するのはたった一つ。


『甘えるな』


 俺は帰った。


   ―●―


 翌朝はまさに冷や汗ものだった。強気にあんなことを書いてテレビのローカルニュースを見た時に『今朝、未成年の遺体が発見されました。投身自殺と思われ〜……』何て耳に入ったらいくら俺でも罪悪感を感じる。幸いそんなことは無かったようだし、今でも自らの行動を間違ったと思って等いない。確かに最善最良の冴えたやり方ではないとも思ってはいる。でも、エンドにはあれぐらいがちょうど良い。

 そういえば昨日の夜だが美菜穂さんはなかなか帰ってこず、結局真夜中にくたくたに帰ってきた。おかげで俺が炊事する羽目になったがいつも世話になっている分それも偶には良いか。

 それ以外には特に普段と別段変わった事も無く家を出た。いつもならば一度起きて見送りをした後眠り、昼から仕事に行く美菜穂さんは起きなかったけど。さすがは眠り姫。


「いってきます」


 誰もいない玄関に向けて美菜穂さんを起こさぬよう静かに言って家を出る。いつもいる美菜穂さんがいないので軽く空しく孤独な気がしないでもない。

 今日は忘れず恭吾を迎えに行か無くては……あいつは今回の噂を真面目に取り合ってないにしろ周りの目を気にせずに俺と接してくれすごい助かってはいる。騒動が終わったら何かお礼――しなくても良いか。

 突然内ポケットに振動が生まれる。少し驚いたが携帯電話をマナーモードにしていたのを思いだし急いで取り出す。


「あ、恭吾」


 思わず声に出してしまった。しかも電話。通話ボタンを押して耳に当てると当然恭吾の声が聞こえた。


『あー、敬?』

「そりゃ俺のケータイだから俺がでないと不思議だろうな」


 恭吾の声はやけに鼻にかかっていて聞こえ無い事は無いが聞き取りづらい。


『風邪引いたから学校休むわ。だから、迎えに来なくていいし見舞いもいい』

「ハァ!?」


 迎えに来なかったら来なかったで怒るくせに今日はくるなとはずいぶんと自己中心的な話だ。


『そゆことで』

「なっ、ちょっ、まっ」


 ブツッ


 切れた。

 何だよ、これ。この早い会話はサボってどっか行きそうな雰囲気だが鼻声だし真相は分かることはない。

 携帯電話を閉じ時間を確認する。時間はぎりぎり間に合うぐらい。少し急ごう。ただでさえ生活態度が悪いというのに遅刻までしたら先生に目を付けられることは必須だ。

 荷物を肩に担ぎなおして走る。走る。走る。走る。

 そして、これまた予想外な人に出会ってしまった。

 彼女は笑う。

 彼女は微笑む。

 彼女は見つめる。

 彼女は見据える。

 彼女は、そこにあるが為の様に佇んでいた。


「えっ……!」


 俺は驚いて声を出す。彼女は変わってないのにすごく驚いた。いや、変わってない事に驚いた。変わってない事が何よりも変わっている。普通なことが異常、不変が変化だ。

 違うのは纏めた髪と飾り気のないジャ 恭吾の声はやけに鼻にかかっていて聞こえ無い事は無いが聞き取りづらい。


『風邪引いたから学校休むわ。だから、迎えに来なくていいし見舞いもいい』

「ハァ!?」


 迎えに来なかったら来なかったで怒るくせに今日はくるなとはずいぶんと自己中心的な話だ。


『そゆことで』

「なっ、ちょっ、まっ」


 ブツッ


 切れた。

 何だよ、これ。この早い会話はサボってどっか行きそうな雰囲気だが鼻声だし真相は分かることはない。

 携帯電話を閉じ時間を確認する。時間はぎりぎり間に合うぐらい。少し急ごう。ただでさえ生活態度が悪いというのに遅刻までしたら先生に目を付けられることは必須だ。

 荷物を肩に担ぎなおして走る。走る。走る。走る。

 そして、これまた予想外な人に出会ってしまった。

 彼女は笑う。

 彼女は微笑む。

 彼女は見つめる。

 彼女は見据える。

 彼女は、そこにあるが為の様に佇んでいた。


「えっ……!」


 俺は驚いて声を出す。彼女は変わってないのにすごく驚いた。いや、変わってない事に驚いた。変わってない事が何よりも変わっている。普通なことが異常、不変が変化だ。

 違うのは纏めた髪と飾り気のないジャージ、花が咲いたような笑顔はなく突きはねのける様な冷笑だけ。

 何だってんだよ、全く。滑稽にも程がある。

 彼女は視線を交わしたのを確認すると突然駆け出した。何でそうなるよっ!?

 追いかけるべきか、しかし今から全速力で走れば学校に間に合わなくもない。

 くそっ、また俺の手に選択権かよ。流されるような人生が好きだってのに皮肉だ。

 いやしかし、今まで選択権などいくらでも受け取らされてきた。ただ、破棄しただけの話。今回ばかりは選択権が手から放れないで困るよ。

 また走る。

 ただ走る。

 駆けて跳んで流れて滑って走って駆けて跳んで流れて滑って走って駆けて跳んで流れて滑った走った。

 選んだ行動に意味など無く、選ばれなかった行動にも意味など無い。

 故に、

 選んだ行動は無意味でもなく、選ばれなかった行動も無意味ではない。

 俺は……――

 彼女を追いかけた。

 学校?それがどうしたよ。

 出席?それがどうしたよ。

 留年?それがどうしたよ。

 今はそれより大事な事がある。

 走れ。走れ。走れ。走れ。走れ。走れ。走れ。走れ。走れ。走れ。走れ。走れ。走れ。走れ。走れ。走れ。走れ。走れ。走れ。走れ。走れ。走れ。走れ。走れ。走れ。走れ。走れ。走れ。走れ!

 あいつに追いつけない。あいつから離れない。

 一度だけ彼女は振り向いた。余裕しゃくしゃくに

「おいついてみろ」

と挑発するかのような視線。やってやろうじゃん。

 スピードを上げる。平均的な体力だが女子にぐらい勝てる。なのに何で、なのに何で追いつけないっ……!

 冷たいはずの大気は熱く、寒いはずの身体は暑く、止まっているはずの寂れた町は流れ出す。青い空に白い雲は崩壊し、白い雲は蒼い空に溶解し、蒼い空は無色なる。時は確実に流れている。でも、俺は止まっていた。どうしようもなく俺等は動きながら止まっていた。変わらぬ背中。奇術のように動く髪。

 彼女が消えた。曲がっただけだ。

 混乱しかけた頭を落ち着け俺も曲がる。

 彼女が消えた。本当に消えた。    

   ―●―


 彼方果てには彼がいた。

 彼女ではなく彼がいた。

 彼がいて彼女が消えた。

 彼女が消えて彼がいた。       

「よぉ、《ペシミスト》」

       

 まるで友達に話しかけるのと同等の気軽さ。顔は感情なく笑い、この寒い中かなりの薄着で動く必要など無いと言わんばかりに平然と突っ立っている。


「あり?俺の言葉通じてる?」


 走った後で上がっているはずの息は荒れていない。感覚も狂っていないと思う。感覚を狂うことさえ分からない程狂っているとしたら話は別だが。


「うぃ?俺、日本語喋っている?」


 鼻がくっつきそうなほど近く顔を近づけて俺の意識を確認をしている。だが、彼の全く存在感など全く感じ無い。まるで狐に包まれたようだ。


「うーい、大丈夫?」


 一方的にしゃべり続ける彼。他人事のように聞いていたがそろそろ反応してやらないと病院につれていかれそうだ。


「お前は日本語を喋ってるし、俺は大丈夫だ」


 彼に名前を聞くより先にそんなことを口が動いていた。それを聞き終わるや否や

「あ、喋った喋ったぁー」

と突き抜けるような笑いと共に言った彼。


「どうでもいいけど近い……」


 後ずさりながら彼に向けて突き放すように言った。彼から存在を感じないとはいえ近ければ不快に感じる。それに顔を変えないまま彼は一歩下がってまた口を開く。


「どうでもいいのに要求するなんてやっぱり《ペシミスト》は変わってるね」


 そうかもしれないな。声には出さない同意。まぁ、変わっていると言われていい気はしないけど。確かに普通とは思ってはいないがそこまで逸脱しているかね、俺。

 いつの間にかあたりの風景はフェード・イン。

世界は白。雪よりも白く、雲よりも白く、羽よりも白く、無色よりも白く、有色よりも白。果て無き世界にたった二人。邪魔な物が消え失せ彼の存在は現れたが、相手の顔さえも見えることはない。絶対的な孤独感などそこにはなく、不安定な安心感のみ。所詮安定など押せば崩れる。不安定は押せども押せども不安定。ここに名があるとすれば《矛盾世界》って所か。どちらかと言えば《矛盾連鎖》のほうがあっているカナ。語尾を可愛くしてみたが、当然キモいね。

 それにしても世界が溶明するなんて只今ものすごく逸脱していたりいなかったりしてる?かなりファンタジックな空間にダイビング中?もしかして俺様今かなりのサイコな人になっちゃいませんか?嫌だー!かなり嫌だー!チャネリングなんて断じてしたりしてないぞ、俺!

 と、言葉遊戯はここで終了。うん、それなりに楽しめた。さて気絶でもしたかね。それともフラッシュか何かかな。相手が殺人目的ならそれもまた一興。人生のスタッフロールには誰が流れるか楽しみだね。


「さすが《ペシミスト》。どんな状況でもリアルに考えようとするね。普通の人ならここまで来ると諦めて受け入れるよ」


 お褒めいただき光栄至極。喋らなくても分かってくれるなんて楽々だよ。


「《ペシミスト》が壊れたか?悲観主義者が『楽』かっ!傑作傑作!」


 確かにらしくはないね。無い顔が歪みそうだよ。

 自分の手さえ見えないなんて無明の世界をネガ反転させたみたいだ。彼の動作もなく無味無臭な感だが久しぶりの悲観主義十八番の言い訳屁理屈でも使おうじゃないか。


「確かに壊れたかもな。故により《ペシミスト》になっただろ?壊され砕かれ折られ曲らげ刺され射られ凪がれ崩され斬られ捌かれ失われ突かれ消され歪められ無くされ落とされ墜とされ堕とされるのが俺だ」

「違いねぇ」


 心底面白そうにクツクツと声を漏らす彼。顔が瞼の裏に浮かんできそうだ。


「おまえ馬鹿だな」


 前置きも前触れも無く突然当然の如く無関心のように威圧感無く存在感無く言った。姿がないから動作的な前触れが無いのは分かるが、ここまで形跡無く変えられると諦めるしかない。


「確かに馬鹿だな」


 否定するほど酔狂ではない。産まれながらにしてそんな事はとっくの昔に既に諦めてる。

 かといってここで話を切っては一問一答のように事務的に事が進んでつまらない。だから、切り返す。


「そういうお前も馬鹿だろう」

「俺の場合は限りなく天才に近い馬鹿だがなっ!馬鹿と天才は紙一重っていうしっ!」


 こいつは餓鬼か。あ、そういえば下手なことを考えると相手に伝わるんだった。ま、本当のことだし良いか。

 当然彼からは

「なんやとー!」

と非難の声。しかし、何故関西弁?それの方が激しく疑問だ。


「紙一重とはいえそこには歴然たる紙一枚の差があるんだよ。五十歩百歩に五十歩の差があるようにな」


 使い古された《ペシミスト》達の名台詞。世界の全てを格付ける余りにも有名すぎる悲観概念。基本的すぎる悲観。俺には似合いすぎる言葉だ。そして俺は無限にある最悪底辺のうちの一つ。彼はおそらく頂点の一つに位置する存在だろう。


「そんな考え方で今まで生きてこれたな。兄さんびっくり」


 誰が兄さんだ。

 誰が。

 俺もよく生き残れたと思うよ。俺の中には理由はないし、今生に哀切しか感じていない。

 ただ、

 ただ単に、

 死ぬほどの理由は生きる理由と同様になく、死に方を知っているようで全く知らず、死んだ後にこの悲観が無に変えるかと言えば必然性など皆無。所詮必然性、偶然性――確率は確率止まり。フィフティ・フィフティであったところで二回やったら一回一回、二十回やったら十回十回、二百回やったら百回百回、二千回やったら千回千回に事は起こらない。百年に一度の悪魔は一日目に産まれ千回に一回の奇跡は一回目に起こるもの。世の中の大半は不条理、矛盾に無均衡。アンフェアなんだ。


「違いねぇ」


 今度は俺から同意した。別にいう必要はないのだがこうやって口に出すのも時には面白い。


「ところで」


 「ふーん、それで」

と流そうとしたが

「また話かえんのかよっ!」

と口が紡いでいた。潜在的芸人な気がしてきたよ。彼は長く話すのと漫才ががお嫌いらしい。不機嫌オーラが漂ってくる。


「恋人さんは?」

「は?」


 出会いははいつも突然にって奴?転機もいつも突然にってか?世界って不思議だ。世界ってミステリーだ。何故に?何故にwhy?


「風の噂で聞いたんだけどねっ!あの《ペシミスト》が悲観から真逆の恋愛に走ったってね。まさかこれほど面白い話題を提供してくれるとは思わなかったぜっ!」


 先程の不機嫌は何処へやらきゃっきゃっと言う擬音語が付きそうな程のはしゃぎ様。喜怒哀楽が激しいというか直情的というか……俺の苦手なタイプ。素直すぎるんだよな。


「一般概念で言えば確かに逆だろうな。恋愛とは辛いことも楽しくなり切なさもまた愛おしいと言われてるな」

「ふむふむ」


 いつの間にか始まった《ペシミスト恋愛口座》。こう言うの柄じゃないんだけど。と思いつつも続けてしまう。


「だがな、恋愛ほどに悲しいものはない。出会えば必ず分かれるから、嘘を言われ裏切られるから」

「ふーん」


 彼は心底つまらなそうだ。結構結構。それで良い。

 続けよう。


「なんて女々しい理由なんてそこにはないよ。恋愛は確かに感情だ。壊れかけた感情のみが行き着く終焉。終わりとは崩壊するか完全になるかのどちらか、だ。

 これで分かるだろう?

 人間は壊れかけなんだよ。

 壊れたらどうする?

 補えばいい。

 部品がなければ?

 奪えばいい。

 持っていない物をか?

 出るまで壊せばいい。

 壊れかけを壊すの?

 そう、完膚無きまでに。壊し砕き折り曲げ刺し射り凪ぎ崩し斬り捌き失い突き消し歪め無くし落とし墜とし堕とす。

 ひたすら?

 ひたすら。

 永遠永久永劫に?

 永遠永久永劫に。

 恋愛し続けるのか?

 そう。

 悲観し続けるのか?

 ……そう」


 これで一通り証明終了。別にどうでもよかった。

「くだらないな」

と最後に付け加えておこう。あらかじめ予想したとおり

「あぁ、くだらないな」

と彼は余計つまらなそうに続けた。


「お前の言っていることは所詮『逃げ』だ。お前はただ『悲観概念』にかこつけて不安に陶酔し逃げてるだけだろ、恋人さんから」


 言い返すことは何もない。理解している。

 当たり前のように普通な理論。理解している。

 俺には反論さえ思いつかせない。理解している。

 俺の言葉が一ならば彼の言葉は数え切れぬ数の意味を持つ。理解している。

 彼の言葉が一ならば俺の言葉は無。理解している。

 彼は俺じゃない。理解している。

 俺は彼じゃない。理解している。

 彼は完全であり不完全でも半端でもない。理解している。

 俺は完全でも不完全でも半端でもない。理解している。

 俺は壊れている。理解している。

 彼は……。理解している。

 俺は……。理解している。

 理解しているはずなのにどうして俺は


 那津子から

    離れたのか


 全く理解していない。いくら理論で固めても手中にのこった物は皆無。数えることも忘れ落とし続けた。泣くことも知らず泣くこともかなわず。


「俺は言いたいことは全部言った。後は好きにしろ《ペシミスト》」


 彼は最後まで俺を拘束の鎖に巻かれ一人で立てもしない寄生存在ペシミストと呼び去る。

 俺は彼を柵の糸を持たぬ完全独立した孤独存在ストレンジャーと呼んで見送る。

 白濁とした世界はそこになく、寂れた町並みだけがそこには在るのみ。

 俺は目的を理解した。

 俺は意味を理解した。

 俺は存在を理解した。

 最後に俺は走り加速し、物語を理解した。


   ―●―


 制服のまま駆け抜けた。

空は赤。町は朱。周囲の真紅色は寂れ果て流れ動きまた流れる。前のように彼女の虚像はいない。時は確実に動いている。今思えば彼女と彼はいったい誰だったのか。少なくとも彼らはこの物語のキャストでもスタッフでもライターでもなかった。そう彼らが出たのはただの偶然。必然的に起こされた紛う方なきただの偶然。彼らの登場は無意義であって無意義でなく意義はあって意義はない。

 そんなことを今や考える必要など皆無。彼が言う通り逃げていたのは理解した。痛いほどに理解した。後は実行するだけ。理由などその都度つけて切り抜ける。そもそも根底に行けば『理由を付加する必要』が何処にあるというのか。《ペシミスト》の考えた勝手な都合と自己満足以外にそこには何があるというのか。たかがその程度ならば蹴散らし捨ててしまえ。

 何たって俺は馬鹿だ。破滅的に馬鹿だ。それも彼が教えてくれた。物語に招待されなかった《赤の他人》が《悲観概念》を気付かせたなんて皮肉だよ。

 今の時間帯ならば彼女は学校から帰り家にいるはずだ。そもそも学校に行っているかすら怪しい。それでも家にいないのなら草木をかきわけてでも探してやる。逃げるのならば地獄の果てまで追いかけてやる。素より地獄に堕ちる身だ。彼女のためなら喜んで打ち捨てよう。

 息が荒くなってきた。

 息が辛くなってきた。

 日頃の運動不足が祟ったか足も重くなってきた。それでもただ前へ走る。彼女の家まで持てばいい。一刻でも早く、一瞬でも早く、一時でも早く、一朝でも早く、一夕でも早く、一念でも早く、彼女の元へつかなければと言う義務感にも似た衝動。

 狂おしく、

 狂おしく、

 世が終わるほど狂おしく、

 世が果てるほど狂おしく、

 俺は狂おしく、

 俺は狂おしいほどに、



 浅海那津子を

   愛しています。



 それが俺の中にある《唯一絶対概念》。他の何も入ることを許しはしない。紙一重さえも許しはしない。一歩でさえも許しはしない。差なんて許しはしない。許しはしない。代替者なんて存在しない。代用者なんて創造しない。代理者なんて来訪しない。那津子じゃないと満たされない。俺は那津子じゃないと満たされない。果てしなく強欲に那津子を愛している。他の誰にも譲れない。他の誰にも渡さない。他の誰にも貸さない。俺だけの唯一絶対になってほしい。これが俺の在るがまま。

 だから、故に、結局、よって、そして、最終的に、

 走り続ける。遠くの那津子に届くまで。

 終着。執着。

 終焉。執縁。

 俺が見つけた俺だけの物語。

 そして、俺のエンドマーク。

 体が疲れ果て休めと命じている。此処は車通りも少ないし倒れるように腰を不遠慮に落とし座る。まだ息も荒い。

 那津子の家は無人のようにがらんとしている。でも、彼女は中に確実にいた。《他人》でも無い限り隠しようが無い存在感がある。個人がそこにいた。たった一人寂しげに中にいるのが見えていなくても分かる。

 覚悟なんて彼と別れたときからとうにできている。でる限り最大の声で叫んだ。


「那津子っ!!」


 太陽は既に落ち外灯しか俺を照らす物はない。暗順応が方だから問題なく視界良好。

 それにしても叫んだ割に反応がない。結構空しかったり……

 それでも叫ぶ。


「那津子っ!!」


 近所の事なんて構ってられない。説教ぐらいならいつでも聞いてやるから今だけは邪魔をするな。


「那津子っ!!」


 一向に出てくる気配もなくただ那津子の部屋のカーテンが少し揺れているだけ。どうやら相手さんは出てくる気はないようで。

 だから、言葉を換えた。


「明日二時っ!!公園で待ってるっ!!勝手に待ってるっ!!」


 閑静な住宅街には場違いな雄叫びのような宣言。

 それだけ言っておいた。これで那津子が来なければまた誘う。答えてくれるまで誘い続ける。


「じゃあな、おやすみっ!!」


 最後にテンパっていた所為かおかしな台詞を吐いてしまった。情けないし、恥ずかしい。

 カーテンが少し大きめに動いた気がした。それに反応してやりたかったがグランドフィナーレは明日に残して僕はその場を去った。

 物語の終焉に俺は今還る。

 物語は終焉に今還される。


   ―●―


 ――――翌日、一時。

 俺は公園に向かいゆっくりと歩いていた。

この町にあるたった一カ所の公園。

過疎化が進み近くにこれと言って団地がない町の片隅にある公園は子供達から忘れ去られても尚そこに存在していた。テレビゲーム、パソコン等の屋内型の遊びが普及した現在、最早不要の物と化し時間を問わず人の影さえも見受けられない。人の集まるために作られた公園に誰もいないとは滑稽である以外の何でもないが世界とは割とそんなもので満ちている。盛者必衰の理ってやつ。

 生まれれば死に、

 産まれれば屍に、

 忌まれれば始に、

 上れば落ち、

 登れば墜ち、

 昇れば堕ち、

 元へ帰り、

 基へ返り、

 素へ還る。

 っと、ハッピーエンドを目指して突き進んでいると言うのに悲観なんてしていられない。俺は昨日から《オプチミスト》目指して頑張っているんだ。

 …………冗談だけどね。

人間そう簡単に変われやしない。

ましてや《悲観概念》が《楽観概念》に成り代わるなんてそれこそあの白い矛盾が理の世界ぐらいだ。

だからといってあんな規定外の世界なんて二度と行きたくない。正直言って生きているのに生きてる心地も死んでいるのに死んでる心地もしなかった。おそらくあそこは総ての終着、完全な物語の強制閉幕機関。何の因果かは知らないが物語が半端に終わらなくて何より。彼に気に入られて『終わらせてもらえなかった』なら本当、光栄至極。

 ところで、ふと思ったが彼との遭遇の時の疑問をまだ解決していない。

別に今更彼の名前やら年齢やら意義やら意味やら何やらその他諸々について今更考える気など皆無。

単に今からについてすごくとは言わないがそれなりに大事なこと。

那津子の事、物語の発生起因、偶然が必然の代替物になった理由、なるべく考えないようにしてきたそもそもの始線、流れを作り上げた骨組、簡素故に複雑な思考、複雑故に簡素な事象、那津子との因果の逆転理由。

難しいことを並べてみたが要は何故那津子と別れたかってことだ。意識がはっきりしていなかったかのように白く霞んで曖昧模糊。均衡を保った不安がありなんとも気味が悪い。記憶力はいい方ではないが此処まで物忘れが酷かった覚えは今までない。それこそ誰かが肩代わりしていたのを遠くから傍観している感覚。

 二重人格。正式名称隔離性同一性障害。まさにピッタリシックリくる。日本での発症例は極めて少なく一般人にとっては空想世界等でないと関わり得ない為、詳細は必然的に寡聞。

あんまり多くは語れないが漫画の知識と似たり寄ったりと言った感じだろう。もう一人の自分が出ている間は記憶の欠落、存在の忘却、事実に沿う改竄を『自動的』に行う。適応規制と似たようなもの。欠落したものは拾い上げられないし、忘れたことにも気付かない、改竄されていることを疑えない、悲しき悲しき拘束連環。

 だから話を逸らすなよ、俺。つまらない空想に乗せられすぎだ。もっと大事なことを思い出せ、思い出せないのならば確認しろ、確認した事から導き出せ、導き出した事から真実を見抜け。必要なのは『覚え続け忘れない事』ではなく、『考えて何処にたどり着くか』。経過は関係ない、結果のみを求めろ。

 そうすれば、楽。課程で悲観せず、結末を受け止めろ。

 順を追えばそれは無問題。那津子は誰より光っていて、眩しくて、輝いていて、視ていられなかった。狡猾な俺との差を直視するのが怖かった。でも、何処と無く抱え込んでいて、何処と無く背負い込んでいて、何処と無く否定したがりでいて、何処と無く真逆なのに同一でいて、何処と無く、本当に何処と無く俺に―――。

 俺に似ていた。

 それが怖かった。

 泣きたいぐらい怖かった。

 耐えきれぬほど怖かった。

 逃げたいぐらい怖かった。

 差があるのが、怖かった。

 同族すぎていて怖かった。

 嫌悪じゃなくて怖かった。

 俺に似かよって怖かった。

 怖くて。怖くて。怖くて。

 本当に――……怖かった。

 世界の創世を視たようで、

 世界の破滅を視た感じだ。

 騙された。其は裏切りだ。

 完膚無きまでに騙された。

 それを受けても尚、俺は、

 あいつを愛して止まない。

 初めてあったその時から、

 今から未来永劫いつまでも

 怖くもそれ以上愛おしい。

 だが、俺は怖さに耐えられなかった。

だから事実から目を背けて餓鬼のように泣いて逃げた。

差を埋めようともせず同族嫌悪と勘違いし那津子じゃない鏡の中の似た自分を怖がった。俺はあいつの創世から破滅まで愛し合えると思っていたのに騙して裏切った。それでも変わらず愛している。那津子のヒーローには成れないかもしれない。だが誓う。逃げない。愛することを止めない。俺はもう、那津子を悲しませたりいたしません。

 結論構築完了、よって証明終了。出来損ないにしては上出来だ。

 とまぁ、いつの間にか公園に到着。現在時刻一時十分。いくら何でも早すぎたか、来ないかもしれない相手を待たねばならないのに余計待ち時間を増やしてどうするんだよ。


「ハァ……」


 とりあえずため息を吐いてみたが現状は変わらない。あったことと言えば行きが白く広がったことと、少し気分が落ち着いたぐらい。

 見渡した公園の中には錆びた滑り台、酸化したブランコ、堅くなった砂場、唯一無事そうなベンチだけ。一側面は山にふさがれ越えればもうとなり町の五十鈴。此処よりも田舎らしいが縁がないので行ったことがないが。

 長丁場になるかもしれないし座って待とう。俺は山に背を向けるようにして座り、入り口に視線を固定した。それにしてもこのベンチだけ何故新しいのだろうか?現在の使用頻度は相対的に見れば確かに多いかもしれないが周りから考えればあまりにも不自然すぎる。だからといって困るわけではないからいいのだけれど。

 一陣の風でザッと砂埃が立つ。寒いし、風まで強くなってきた。うーん、正直困るなぁ。ここまで待つのに悪条件になるとは予想してなかったよ。少しだけ弱音を吐くことを許してもらいたい、辛いなぁ……

 開始十分で挫けそうだ。負けるな負けるな辛抱辛抱。あいつに会うまで居座ってみせる。だったら缶コーヒーとか菓子パンとか必要だったかな。別に張り込みをしいてる訳ではない―――が、似たようなもんか。

 手も悴んできて真っ赤。応急処置としてポケットに手を突っ込んでみたりしたがいつものように暖かくはなってくれない。たぶんそれは指先にあたる《あれ》が緊張をあおっている所為。

 あーもう、一分一分が長すぎだ。日頃感じない感覚なだけに余計に長く感じている筈だ。美菜穂さんが言ってたとおり俺ってどうも冷めてるようだ。

 今回だってまず憎みやら怒りに先だって起こった感情が保身だしな。怒らない人は多いけど個人に対してはともかく全ての人に心底怒れない人はそういないだろう。那津子にだって恭吾にだってましてや美菜穂さんにも本気で怒ったことはない。何というか何処も彼処も演技じみている。その場限りの茶番劇。

 もう十分たった。一時三十分。約束の時間まで三十分。

 でも、那津子はもうやってきた。

 いつもはかぶらないような男物の黒いニット帽、いつもは着ないような分厚いパーカー。それだけなのに全く別人のような人に見えた。でも間違えようもなくそれは彼女だった。

 心拍数がどんどんあがっているのが耳で聞こえる。死ぬ直前のような速さ、間髪入れず波打つ心音。これも今までにない。


「…………やっほー」


 先に挨拶してきたのは那津子。拍子抜けするぐらい軽いいつもと同じ挨拶。

 そう言えばあいつって待ち合わせすると必ずと言っていいほどものすごい前からやってきて待ち続ける癖があったっけ。忘れているとは致命的ミスだ。どうしよう心構えがまだしっかりと整っていない。

 落ち着け。

 落ち着け。

 落ち着け……。

 ひたすら高速に復唱してみたがやっぱり変わらない。人と書いて三回飲みたいところだが今そんなことをやればすごい間抜けだと考える頭が残っていて助かったよ。


「やっほー」


 出来るだけいつもと同じクールさを保ち右手を軽く挙げて何とか声を絞り出した。

 お互い取り合った微妙な間隔。声は届くが手は届かない、相手は見えるが細部までは見えない、そんな距離。     

「………………」

「………………」


 お互い何もしゃべらない寒々しい静寂が流れる。確かに呼んだのは俺だけどきっかけがないと人間話し始めにくい。ここは手軽な話題から入って少しずつ――ってこんなシリアスな場面でそんな話題出したらはり倒されるっつーの。どうするよ、俺。苦悶なんてしてる場合じゃないぞ。状況を打開しろ、活路を見出せ、最良案を模索しろ。


「ね、ねぇ……」


 那津子はしびれを切らしたのか恐ろしそうに聞き逃しそうな小さな声を出した。もっとも本人が隠したがっていたので突っ込みはしなかったが。


「あ、あのね、そ、その、えっと……」

「あー、言えた立場じゃないけどまず落ち着け」


 あからさまに変な会話。笑えるが笑えない。

 両人視線を一度はずして一度咳払いしてから気を取り直して会話を始めた。もちろん先刻の会話はなかったことになっている。ノーカウント、ノーカウント。カット、カット。

 全てが冷めてからもう一度会話を再会。


「今日呼んだのはあれだよね、この前の事。ごめん、ほんとに、ごめ、んね」


 目に一杯の涙を溜めて尚気丈に笑う那津子。いつもの那津子の影はかけらもない。つつけば倒れてそのまま電源が落ちたように動かなくなりそうな彼女。別れた時だって屋上の時だってここまで酷くはなかった。日に日に弱ってゆく病人のようで、目の前の光景から目をそらせない。それに絶対にそらさない。


「すごい迷惑、だったよね。あんな事、何の、意味も、ないのに、ね」


 ひたすら泣かないように断罪の言葉を紡ぎ続けようとする。それさえも叶わず言葉は途切れ途切れに、音を絞り出していた。そして頬が涙を伝いひたひたと落下し風に流れる。

 それでも尚

 無理矢理

 彼女は

 笑う


「どうし、たんだろ。何でも無い、のに、馬鹿、みたい、だよぉぅ……」


 流れる大粒の涙。感情を偽った代償に真実を涙が変わる。でも彼女は笑っていた。泣きながら―――痛く、痛々しく笑っていた。

 俺は何も語りかけない。


「うぐっ、ふぇ、わぁぅ……」


 言葉を紡ぐことも出来なくなっても顔を笑顔のままにゆがめる。涙を拭いもしない。涙が止まらない。


「わぁぁぁ……」


 ついに堰を切ったように泣き始めた。足下がおぼつかなく風が吹く度に倒れそうになるのを何とか立っている、そんな、感じ。

 だが、一言だけ。聞き取れないほどかすかな声でこう言ったのは聞き取れた。



「――ケ―イ――――ごめ――ん――――――ね――」



 走った。

 否、飛んだ。

 地面を飛んだ。

 那津子の所まで飛んで俺は力一杯抱きしめた。もう何も関係ない。もう何も見えない。もう何も止められない。もう何も離さない。もう那津子を離さない。


「ふあっ!」


 泣きぬれた顔が驚きへと変わり状況が理解できていない様子。なら理解できるまで離さない。理解しても離さないけど。

 意識なんて無かった。体が勝手に動いた。もうこれ以上那津子の泣き顔なんて見たくなかった。それだけの行動理由では十分じゃないのか、俺。


「えっ、あっ、えぇ!?」


 未だにうまく状況が飲み込めていないらしい。だが朧気ながらに全体が見えてきた御様子。俺の存在を確かめるように体のあちこちに手を当てて一生懸命にどうなっているのか確認しようとしている。鼻の辺りに髪が少しだけ振れてくすぐったかったけどそんなことどうだって良いくらいに感情は麻痺し、ひたすら那津子を手の中に納めようとする。


「ふぁー……敬だぁー……」


 気の抜けたような甘い声。落ち着いたような暖かい声。何より一番ほしかった那津子の声。綺麗で可愛くて愛おしい。離したくない。だからよりいっそう強く抱きしめた。


「ちょっと……痛いよ、敬……」

「ごめん」


 あの甘いような声を出したのは一言のみ。混乱に混乱が重なっていつの間にか元に戻っている那津子。

 彼女に素直に謝って少しだけ手をゆるめた。ゆるめただけであって抱きしめていることには変わりないけど。


「あのー……、未だに状況が理解できてないんだけど」


 柔らかい口調で現状態にあらがわず、落ち着いて喋る。悲しいことに立場逆転。

 それでも取り合えず全ての衝動と欲を理性で押さえ込み、一呼吸おいてから那津子の後ろに回していた手をほどき一歩だけ妥協して離れた。


「此処に呼び出したのは―――」

「ごめんなさい!!!」


 俺が説明する前に大声で謝罪の言葉を重ねた。説明しろと言っておいてそれはないだろ。


「あれの所為でいろいろ迷惑をかけたし、何の意味もないのに勝手な事ばっかりしちゃったり、どうしようもなく馬鹿なことして……」


 それじゃ堂々巡りだよ、那津子。俺はそんなことを言いたい訳じゃないし、お前にそんな筋違いな罪悪感も抱かないで欲しい。


「もう二度とあんな事しないから―――」

「ストップ!ストップ!!ストップ!!!」


 今度は俺が言葉を必死になって重ねた。これ以上言わせておくと屋上の二の舞になる。それだけはなんとしても阻止しなければならない。

 そして俺は

「あのさ……」

と自分でもわかるほど緊張と恥ずかしさの混じった声で会話を始めた。顔が赤くなっていないか心配してみたり、覚悟してたのにどうして緊張するのか叱咤してみたりしたがそれすらも出来ないほど恥ずかしくなってきた。


「元々悪いのは俺なんだよ。だからお前は……ってそんなことが言いたいんじゃなくて――」


 何で此処で断罪やら罪の責任の奪い合いしてるんだよ。

違う、全然違う。

だったら此処で全てを打ち明けるのか。

いやそれも違う。

かろうじて均衡を保っている那津子を余計に混乱させて話しもまともに出来なくなればそれこそ物語は終幕。それは絶対にいやだ。子供なのかもしれないし、こんな自己満足は俺らしくない。でも、せめて気持ちだけでも伝えたいと思ってはいけないことだろうか。俺にはそれさえも許されないのかもしれないが、罪をかぶってでも伝えたい。譲れない想いが俺にだってあるんだ。


「俺がおまえと別れるとき『他の好きな奴が出来た』ってなんかありきたりな理由付けたけどさあれは嘘だ」

「それぐらいわかったよ。敬ならすぐに割り切って告白しちゃうと思ったから。でも……そんなこと全く無かった。そもそも敬に恋愛感情があるかどうかさえ疑問なのに」

 

 酷い言われようだ。否定は出来ないのが悔しいが。

 「付き合ってたときさ」

那津子は言う。

「私にも恋愛感情抱いてくれてなかったし」

 言葉が返せない。

「違うよ、那津子。始めはそうだったかもしれないけど今は好きだ」

なんて簡単な言い訳も出来ない。肯定しかできない。

 それでも言わなければ。何度同じ処を廻っても言わなければ。


「そうなのかもしれないな。本当は……俺……」

「……うん」


 那津子はがらにもなく優しい相槌を打つ。

 どうしても理由を言うのは気が引けたが此処まできたら突っ走るしかない。止まらず、振り返らずに。


「怖かった……。お前じゃなくてお前との間にある差が。お前も知っていると思うけど俺はひねくれてて何でも否定する餓鬼だった。今もそうかもしれない。

 だから、どうしようもないくらい自分勝手に―――」


 涙が溢れそうなぐらい情けなくて言葉がつなげなくなりそうになる。それを堪えて許しを請うように小さな声で言った。


「―――お前から、逃げた……」


 それが真相、曲がることのない真実だ。そして、これから言うのもまた二つと無い真実。


「よりを戻してくれなんて虫の良いことは言わない」


 息を吸う。息を吐く。息を吸う。息を吐く。息を吸う。息を吐く。息を大きく、深く吸う―――。


「だから、言うよ」


 今度は俺から、


「俺は嘘偽り無く、」


 本当に、


「那津子のことが好きだ」


 もう変わりようもない。


「付き合ってください」


 全てを言って落ち着けたのかすごく静かに言えた。世界に語りかけるようにそっと。

 空は青く、雲は白い。土は優しく、風はそよぐ。世界は俺が知らないぐらい美しい。故に何よりも美しかった。

 一拍おいてからまた語りかける。


「高校出てすぐってわけにはいかないかもしれないけど」


 ポケットの中から紺色の小箱を取り出し少しだけ視線を送ってから前に差し出す。少し気取って片膝をついてみる。緊張で手がふるえたり、顔が赤くなったりはしなかった。海のように穏やかに答えが待てる。断られても納得できるし、受け入れられればうれしい。そんな言葉を驚くほど簡単に口で紡げた。


「結婚してください」


 告白してすぐのプロポーズ。那津子が混乱するのは必然的だったかもしれないがこれで俺の自己満足の物語は閉幕。後は彼女の彼女による彼女主演の物語。

 決定権は彼女の手の中。わき役はそれに従い自立して動かない。

 まるで仏に何かを捧げているかのように紺色の箱を差し出している俺に那津子はゆっくりとした動作で手を重ねようとのばしてきた。その一挙一動に反応したりしていては持たないと分かっていても俺の体は疑いようもなく反応する。具体的に言うならば心拍数の上昇、頬の紅潮等々極々一般的なもの。

 指先が紺色の箱をとらえて持ち上げる。実際は普通のように那津子は動いているのだけれどそのときばかりは俺の感覚は狂い百倍近くの時間を渡り歩いた気分だった。

 手の重みがなくなったのを確認してから立ち上がり彼女をしっかりと見据えた。

 かぱっと軽い音で小箱は口を開く。中に入っているのは安物の銀の指輪。かなり意味深な品になってしまったがプロポーズしたんだからそれくらいのもの用意しても悪くはないだろう。

 少しだけ驚いたような那津子は十秒ほど箱とにらめっこした後、箱を閉じた。またゆっくりとした動作で俺に指輪の小箱を返した。

 世界が暗転するかと思うほどのショック。受け入れれると思ったけど案外辛いな、これ。これが彼女の出した決断ならいくら俺が辛くても逆らわない。

 彼女は何も言わない。そんなことさえ悲しくてたまらなかった。

 だが、那津子は不思議にも左手を差し出している。頭の中が疑問符で多い尽くされていたがそれは彼女の一言で一掃された。


「―――指輪はめて」


 潤んだ瞳で彼女は俺をみている。細い指も俺の方を向いている。他にこの場に誰もいない。これはプロポーズを受諾してもらえたととっていいんですか?ホントに?マジで?ドッキリとかじゃなく?

 聞き返すなんて無粋なまねしない。間違えでも勘違いでも俺が恥かいてすむならそれで良いじゃないか。

 小箱から指輪を取り出しそっと那津子の左手をとる。ひんやりとした手の冷たさが伝わってくるのが暖かさよりも触れているという事を実感させてくれている。

 少しずつ少しずつ那津子の薬指に指輪を通した。そのまま指輪を二人で見合う。

 どれほど時が過ぎたか分からない。だからって数える必要もない。知らないからこそおもしろい事なんてたくさんある。


「私さ、敬のことすっごい好き」


 沈黙を那津子が破り、そんな恥ずかしくなるような台詞を平然と言ってのけた。

 これで彼女の物語は幕を下ろした。次の物語はあるかは知らないし此処が本当の終わりかは知らない。そんな決定権は誰にもない。いや、一人いたか。余りに幸せすぎて彼の存在をすっかり忘れてた。

 何はともあれいろいろと疲れた。

 だから最後に一言、那津子を抱きしめてから締めくくろう。那津子だけに聞こえるよう、限りなく小さく、限りなく甘く。

 風の中でそっとつぶやく。









「大好きだよ」










 初めましての方初めまして。初めましてでは無い方お久しぶりです。どうも西宮東です。

 長い間私の物語にお付き合いくださってまことにありがとうございます。

 この作品は生まれて初めて書いた小説のリメイクです。話の大筋はあまり変えていませんので、矛盾した点も多々あります。改めて読み返してみると恥ずかしいものです。

 小説制作に関して御礼。

 まず、ユリア(仮)先輩。美菜穂さんのモデル、個人設定の制作ありがとうございます。

 次に、ナチカ(仮)様。特に意味はないけど何かとありがとう。精神的に助かった。

 最後に読者の皆様。此処まで読んでくださって真にありがとうございます。これからも見放さず応援していただければ、光栄至極です(笑)

 それではまたの機会に。

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