新たな指令……「学校に行ってもらいたい」
……さあ、これで死刑執行書に判を押したも同然。後は煮るなり、焼くなり好きにしやがれ。
ところが、目の前の執行人は、いっそ拍子抜けする程の笑顔で。
「ご苦労だったな。警察に包囲網を依頼しておいたから、後は朗報を待とうじゃないか」
しかも、美女からはねぎらいの言葉まで飛び出した。
「気味が悪いですよ。正直、顔を見せるなり、怒鳴られることも覚悟していたんですから」
全はびくびくしながらも、思わず美女に問い質す。
なんとも不幸症の御仁である。
「怒る訳ないだろう。確かに景花を逃がしたことは痛手だ。だがそれは全がもっと指揮者として経験を積み、現場との連携を深めることで、充分補える。奴らの狙いを掴むという成果をあげたことは、認めるべきことだ」
だが美女の言う経験不足とは、「これからもどしどしこき使ってやる」宣言である。
いっそ死刑を宣告された方が、どれだけ楽だったかなど、それこそ「経験不足」な全には気づく由もなかった。
「今回の件は上に向けて、充分に警鐘を鳴らせる事例だ。大切なのはこれからの対処を間違えないこと。それ以上に全がとった人間的甘さを、私は褒めてもいいと思っている」
「どこまでお見通しなんですか、あなたは」
美女の目は、全の更に先を見ていた。
若手が戦力として、着実に育っている、これは素直に喜んでいいこと。
だとしても、美女の上機嫌の正体は、それだけとは思えない。
嫌な予感に襲われ、全は薄気味悪さを感じていた。
すると上司は、更にお見通しとばかりに。
「そう怯えるな。いいニュースだ。一号部隊を正式に認めさせる件が、どうやら軌道にのりそうなんだ。これからは準備段階として、予算が出るし、本格的に活動にも入れる」
「……それは凄い」
彼らの悲願だっただけに、全は喜びと驚きの余り、絶句する。
決して表沙汰にはできないことだけに、央族の存在を知る者は、最低限の人数に絞る必要があった。そのため軍での活動は美女の人脈に、全てを委ねていたのが現状だ。
制限された活動の中、彼らが地道に成果と報告を重ねていった結果、国はとうとう央族の脅威を認めざるを得なくなったのだ。
「正式決定こそ二年後だが、それまでにすることは多い。これからますます忙しくなるぞ」
「これからますます俺はこき使われる訳ですか」
美女は全の命の恩人であり、彼女のために働くことを決めたことに、後悔はない。
だが全はまだ、十五歳と若い身空。
世の若者はまだまだ遊び盛りだというのに、自分は毎日、危険と隣り合わせの過激な任務に、その身をすり減らしている。
自分の境遇の不遇さを、全がお空の星に嘆いても、決して責められはしないだろう。
そのせいで美女がいつのまにか、自分に何かを話していたことを、全はうっかり聞き漏らしてしまっていた。
だが結局、断ることなど自分にはできはしないのだ。
「はいはい、何でもやりますよ」
そう、思わず二つ返事で引き受けたのが、運のツキ。
すると美女は目を丸くして、驚愕してきたではないか。
「まさか、快く引き受けてくれるとは思わなかったぞ。本当にありがとう」
そうして、自分の両手をがっしりと掴んで、握手まで求めてきたのだ。
流石にこれには……。
「えっと、今何を言ったんですかね……」
今更ながら、自分の発言に後悔しつつ、全は恐る恐る尋ねる。
だが、時、既に遅し。
「四月からの二年間、お前には学校に行ってもらいたいんだ」
「……はあ?」
第1章におつきあいくださいまして、ありがとうございます。
次回から、ようやく「学校入学」です。全の護衛対象の烈人に、寮の先輩たちと、登場人物も増えて、にぎやかになります。よろしく、おつきあいくださいませ。




