室長 鬼の花嫁……「ゆんゆんの薄情者~」
一トンの重りが、それも両足に張り付いていそうな足取りで階段を上ったその先、全はまるで親の敵でも見るような目で、目前の扉を睨みつける。
それは何の変哲もない木の扉、だがこの薄い一枚向こうに待つものを考えただけで、自然その身が竦みあがる。
全は徐に扉に手を突くと、深呼吸。
まさにここが最終ダンジョンの、最後のセーブ地点、引き返すなら、今。
そんな決意を新たにする全の後ろから、たちまちにょっと手が伸びて。
「往生際が悪いですよ。ただ今戻りました」
後ろにいた弓手に扉を開けられ、全は転がるように室内に迎え入れられる。
「うわっ、……こ、心の準備くらいさせろ……」
「戻ったか。随分ゆっくりだったな」
そこには、マグカップを片手に笑う、美しい女性。
一見、事務のお姉さんと見紛う若さだが、彼女のまとう迫力がそれを許さない。
全は直ちに姿勢を正し、その場に正座する、その場、床の上に。
「た、ただいま戻りました。室長」
彼女こそ「鬼の花嫁」と呼ばれる室長、穂多月美女大佐。
軍管轄の一部門、特殊事態対策室。ここはそこの分室であり、彼女が彼らを取り仕切っている。
すっかり縮こまっている全に、美女は応接室を指差し、そこに座るよう促してくる。
「コーヒーも入れてあるぞ。飲むだろう」
その上、手ずからのコーヒーとまで言われて、更に全は生きた心地がしなくなる。
軍の建物の一室を間借りしている彼らの部署は、せいぜい戸口から見渡す程度の広さしかない。
事務所の体裁が整っている程度の殺風景ぶりで、目に付くものといえば、美女のデスクの、花瓶に生けられた花程度、それもさくら姫からの頂き物だ。
デスクワークの必要がない部署とはいえ、室内全てが出払う盛況ぶりに、外からの助けはまず望めそうになかった。
「お待たせしてしまったようで、冷めてしまっていますね。私が入れ直してまいります」
更に弓手まで、給湯室に引きこもる始末。
「ゆんゆんの薄情者~」
「じっくり報告を聞かせてもらおうか、全」
こうなれば潔く、覚悟を決めるしかない。
革張りのソファという、上等過ぎる処刑台に座り、全は事件の全貌を話し始める。
彼ら、全達が所属しているのは、分室の中の一部隊、通称ゼロ号部隊。
この名には二つの意味がある。
一つは部隊を構成する彼らの特殊な力、霊力を零とかけている。
そしてもう一つ、軍は彼らの活動を、まだ正式には認めていない。
「第一」になっていない部隊、だから「ゼロ」。
そのため拠点も、分室として軍の建物の一室を、間借りしている状態である。
それはまだ、国が央族の存在を明らかにすべきではないと、判断しているからである。
部隊を運営するための多額な予算を計上するには、緊急時と認めるための理由が必要である。
央族の存在が知られ、内部分裂を起こすリスクと、実際に央族が仕掛けてくる攻撃の脅威の度合い、その微妙な兼ね合いを計りかねているのが現状だ。
全は今回明らかになった「杜」の存在と、今後の対応を中心に報告し、最後は見事景花に逃げられたことを付け加える。
……さあ、これで死刑執行書に判を押したも同然。後は煮るなり、焼くなり好きにしやがれ。