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蛍の光!  作者: 真殿ゆき
1章
5/7

負けられない戦い……「さっさと動いてください」

 もう、この教団に用はない。

 後は警察の手を借り、逃げ出した少女達を指名手配してもらい、入ってくる情報を待つことくらいだろう。

 だが霊力を持たない警察如きが、景花に「杜」として訓練された彼女達の足取りを追えるかなど、はなはだ期待は持てなかった。

 そうなればまた、闇に潜む彼らを洗い出すための、地道な作業に戻るだけ、いつもの彼らの仕事に戻るだけだ。


 だがやっぱり本音は。


「は~あ、めんどくせ~」

「全様、いつまでも座り込んでないで、さっさと動いてください」

「落ち込んでいるんだから、いじめるなよ。ゆんゆん」

「私は弓手、その呼び方は止めてください」


 五十年前、央族はただ死んだ訳ではなかった。彼らは術を使い、からとなった肉体を捨てただけで、魂は霊法陣に残していたのだ。

 それが今回時を経て、蘇った。

 天央を再び頂点にすえた、彼らの央国を復活させるために。


 さくら姫の話では、央族の魂は、「輪の民」の「同性」の者にのりうつる。

 肉体にのりうつるのに、霊力を媒介とするため、また彼らの主な攻撃手段が霊力のため、彼らが霊力の強い者を肉体に選ぶのは、必定だった。

 陽の民は霊力を持たないため、のりうつることができないのだ。


 そしてのりうつられたら最後、その肉体の心は完全になくなってしまう。精神ごと霊力として、彼らの魂に吸収されてしまうのだ。


 だが央族にのりうつられたかどうか、判断する術は未だない。その上、このことを大々的に公表することもできなかった。

 今、この国の政治は、陽の民と輪の民連合で行われている。だが「輪の民は央族にのりうつられ、いつでも裏切り者になる」と陽の民が主張し始めたら、国の重要な役から、輪の民全てを締め出しかねない。

 そうなれば、輪の民だって黙ってはいない。暴動でも起ころうものなら、それこそ央族達の思う壺だ。

 だからこそ一部の関係者以外には、この事実は極秘にされている。


 また央族もこのことを気取らせないよう、慎重に動いていた。央族の中心、天央がまだ復活していない以上、時期尚早の動きは、彼らも控えているのだ。

 死のない彼らには、何も焦ることなどないのだから。

 彼らは二つの民に疑心暗鬼を植え付け、崩壊の時をただ待っているのだ。覇権を握るための全ての準備が整うまで、虎視眈々と。


「増援は来たのだろう。彼らに手分けをさせ、外の連中の回収と警察に張り付かせてくれ。木下は大丈夫か、それならいつもの病院に向かわせろ。弓手は以下のことを室長に連絡」

 動き始めたら、全の行動は的確で早かった。次々に部下に指令を出しながら、自分も撤退の準備を始める。


 呼んでおいた警察が到着し、外が次第にうるさくなり始める。今はまだ信者が中に入るのを止めているが、やがては教祖に指示を仰ぎにやってくる。すぐに外の廊下が賑やかになり始める。

 撤退は今だ。


 全達は窓からその身を躍らせる。高い建物はこれだから便利だ。三階の窓など、誰も注意を払わない。

 背後で信者の叫び声が聞こえる。彼らが今から脱出しやすいよう、警察の目をそこに集めてくれ始める。


 軍の諜報機関とはいえ、任務内容の特殊性と極秘性から、彼ら自身は余り警察とはお近づきになりたくなかった。

 ゼロ号部隊の任務とは、央族にのりうつられたと疑わしき者の行動を調査し、確証を得たら「暗殺」という手段で消すことだからだ。

 対象人物を殺せば、肉体にのりうつった央族の魂をも、消滅させることができる。

 当時、霊法陣に魂を残したのは数十人、その少ない人数を考えると、決して無謀な作戦ではない。


 だが彼らもそう簡単にはやられない。きちんと逃走手段を確保していた。

 他人の手で殺されれば、彼らは魂ごと失うが、術を使い、自らが命を絶った場合によってのみ、過去、彼らが霊法陣にその魂を封じた時同様に、彼らは自らの魂を、その肉体から離すことができるのだ。

 そう、彼らは自殺をすることで、まるで着替えでもするかのように、その肉体を幾らでも、別の者に取り替えてしまう。


 昨日隣で笑っていた者が、明日いきなり銃を突きつけてくるかもしれない。

 そして央族にのりうつられたら、殺すしかない。どんなに仲が良かった者でも。


 次の犠牲者が出ないよう、せめて自分達の手で、のりうつられた者を殺すこと。それこそ央族と戦うと決めた彼らが取れる、唯一無二の手段であった。

 のりうつられたのに、その精神を取り戻した者など、この十数年で未だ一人しかいないのだから。


 人目を避けるため、しばらく二人は屋根伝いに進む。和やかにのどかに、地上を行き交う多くの人達を眼下に、彼らは走り続ける。

 違えた道の向こう、見下ろす彼らだからこそ、見えてしまった光景は、互いの隣人にこそ怯える、余りにも滑稽なものだったから。

 共闘し、央族を倒して、まだ数十年しかたっていないというのに。


 いや、まだそれだけだから、なのか、これは。


 二つの異なる民族が、強固な信頼関係を築くには、数十年という時は決して充分とはいえない。

 一つの目的を持った者達が一致団結し、欲望を抑えて、協力をし合うのは容易いことだ。

 だがその一番の目的が叶ってしまえば、後はそれぞれの思惑が顔を出す。


 試される時代が来ている。それぞれの未来とこの国の行く末をかけて。

 これはそのための、負けられない戦い。


 ただ……。

「よりによって俺の時に、そんな時代が来なくてもいいのに」

 とは、正直者の弁。


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