央族の杜 景花……「こんな首で良かったら、いつでも来な」
「わざわざ、ゼロ号部隊の全が出てきてやったんだぜ。顔も見せずに、このまま帰れとは、随分つれねえじゃないか。なあ、誰かさんよ」
自らをおとりにすべく、全が高らかに名乗りをあげたその時、バリッ、ドアを破って、部屋の中央に何かが投げ込まれた。
「……木下!」
それは少女を部屋の外に連れ出していた、仲間の一人だった。弓手が駆け寄ると、木下はすっかり昏倒させられていた。
「け、景花様、申し訳ございません」
教祖は哀れな程に狼狽すると、その場にひれ伏してしまう。
案の定、壊れたドアの向こうから、姿を現したのは。
「あんたが景花かい」
「それはこっちの台詞よ。あなたが噂の「全」なのね」
それはさっきまで、隅に座っていた少女。まだ幼さが残る子供の顔で、艶然とした大人の表情で微笑んでくる。
「名前からすると、央族の杜の一人だな。随分、ゆっくりの登場だったな。今回はこのまま会えないかと思って、ひやひやしたぜ」
景花は小さい体を、霊力で宙に浮かせている。景花の長い髪が、彼女の体から溢れ出る凄まじい霊力を受けて、波打って揺れている。
「へたに事故を起こして、また目をつけられるのもわずらわしかったから、親を生かしておいたのが、失敗だったわ。もう少しは時間を稼げると思った私が、甘かったのかしら」
目の付け所こそ良かったものの、教祖はあくまでも傀儡で、真犯人は行方不明と思われていた少女の一人だったようだ。
それを示すかのように、景花が見せた強大な霊力に当てられ、教祖はただがたがた震えている。
「褒めておいてあげるわ。これもあなたの手腕かしら。流石ね、ゼロ号部隊の央族食い《おうぞくぐい》」
「やっぱり人気者だな、俺」
どうやら名乗った甲斐はあったようだ。
「もちろん。あなたを殺すことができれば、さぞかし鼻が高いことでしょうね。藤栄様を慕っていた方は、本当に大勢いたから」
景花の殺気が膨れ上がり、それに呼応して高まった霊力が、部屋中を暴れ狂う。
激しい風の渦が、家具や壁を何度も切りつけていく。すかさず彼らも結界を張り、防護を行う。
しかしこっちから言わせてもらえば、人の体を奪ったのは、「藤栄」と呼ばれた央族の方だ。
こっちは運よくやり返すことができただけだというのに、こうして奴らに憎まれているのだから、本当に割に合わない。
だが今回ばかりは好都合。
だから全は笑ってみせる。唇の端を持ち上げるだけの、相手を挑発する笑み。
「こっちの準備はできているぜ。こんな首で良かったら、いつでも来な」
自分の首を親指で掻ききる仕草。奴らを殺すことができれば、自分の命など安いもの。
彼女は央族を追うための、貴重な手掛かりだ。絶対に逃がす訳にはいかない。
この勝負所に、すぐに弓手が念話を送り、外で待機している仲間と連絡をとる。木下も意識を取り戻し、これで包囲網は完全に整った。
だが景花は背後を壁に追い込まれたというのに、それでも余裕の表情を浮かべる。
「それではご遠慮なく」
景花が手を振ると、彼らの頭上から大きな壁掛けが降ってきた。何せ、壁一面を覆っていた奴だ。たちまち、視界の全てが布で覆われる。
舞台装置の一つのように飾られていた壁掛け、それは特殊な織り方で霊法陣が仕組まれていた、一種の霊法具だったのだ。
すると壁掛けから、無数の模様が蛇のように抜け出してきて、次々と襲い掛かった。
即座に模様は彼らの体に巻きつき、抵抗の手段を奪っていく。彼らは芋虫のように地面に横たわり、締め上げる力に身悶えする。
しかし全だけは違った。鬱陶しそうに体にまとわり付く模様を一瞥した途端、一瞬の内に模様が青い炎を上げ、燃え上がる。
敵の霊力を遥かに上回る霊力を持つ彼には、こんな小手先の術など通用しない。
体の自由を取り戻した全は、すかさず烈風で壁掛けを二つに裂く。これで霊法陣は意味を失い、仲間も景花の術から解放された。
反撃開始とばかりに意気込む彼らに、そこには予期せぬ展開が待っていた。