0時00分の放送
第一章 誰もいない放送室
雨が降る六月のある日。
時計の針が午後五時を指すと、校舎には部活動の声だけが響いていた。
「じゃあ、また明日!」
友達と別れた主人公・**湊**は、忘れ物を取りに教室へ戻っていた。
ガランとした廊下を歩いていると――
ガガッ……
突然、校内放送が鳴った。
『……こちらは放送室です。』
「え?」
湊は立ち止まった。
もう放送委員は帰っている時間だ。
『一年二組、神崎蓮。』
放送は一人の生徒の名前を呼んだ。
『明日、屋上へ行くな。』
ブツッ。
放送はそこで終わった。
「なんだったんだ……?」
次の日。
昼休みになると学校中が騒ぎになった。
「蓮がいない!」
「屋上に行ったらしいぞ!」
先生たちが探し回ったが、蓮はどこにもいなかった。
屋上には開いたままのドアと、スマホだけが落ちていた。
まるで最初から存在しなかったように。
第二章 0時00分
数日後。
学校中がその話で持ちきりだった。
「昨日の放送聞いた?」
「呪いじゃない?」
「誰かのいたずらだろ。」
誰も本気では信じていなかった。
その日の夜。
湊のスマホが突然鳴った。
時刻は――
0時00分。
その瞬間。
学校の放送がスマホから聞こえてきた。
『……こちらは放送室です。』
「なんで……?」
学校にいるわけでもないのに。
『二年三組、相沢美咲。』
『絶対に旧校舎へ近づくな。』
ブツッ。
湊は急いで美咲へ電話した。
しかし出ない。
翌日。
美咲も姿を消した。
第三章 放送室へ
「これは偶然じゃない。」
湊は幼なじみの葵、パソコンが得意な優斗と一緒に調べ始めた。
夜の学校へ忍び込む三人。
放送室のドアは鍵が閉まっているはずだった。
しかし――
ギィィ……
勝手に開いた。
中には誰もいない。
マイクだけが光っていた。
そして机の上には一冊の古い日誌。
放送委員日誌
1996年6月18日
『今日も0時になると放送が流れた。』
『放送は未来を知っている。』
『逆らった者は消える。』
『次は……僕たちだ。』
最後のページには赤い文字で一言だけ。
「0時になったら振り向くな。」
その瞬間。
校内のスピーカーが鳴った。
ガガッ……
時計を見る。
23:59
あと1分。
部屋の奥から、
コツ……
コツ……
誰かの足音が近づいてくる。
誰も振り向けない。
そして時計が――
0:00
『こちらは放送室です。』
その声は……
湊自身の声だった。
第四章 未来の声
『こちらは放送室です。』
スピーカーから流れる声は、間違いなく湊自身のものだった。
「……うそ、だろ。」
葵も優斗も顔を見合わせる。
『振り向くな。』
その一言を聞いた瞬間だった。
コツ……コツ……コツ……。
足音がすぐ後ろまで近づいてきた。
息遣いまで聞こえる。
それでも誰も振り向かなかった。
やがて足音は止まり、放送が続く。
『日誌を持って逃げろ。あと十秒で来る。』
「来るって……何が?」
答えはなかった。
突然、放送室の窓ガラスが**バリン!**と割れた。
黒い人影が窓の外から飛び込んできた。
顔は見えない。
制服だけが真っ黒に染まっている。
「逃げろ!」
三人は廊下へ飛び出した。
後ろからは、人影の足音だけが追いかけてくる。
第五章 消えた教室
階段を駆け下り、一階まで逃げた三人。
しかし、そこで全員が立ち止まった。
「……え?」
そこは学校のはずなのに、景色が違っていた。
廊下は古び、壁はひび割れ、窓には木の板が打ち付けられている。
教室のプレートを見る。
『平成8年度 二年三組』
「平成8年……?」
優斗が震える声でつぶやく。
「1996年だ。」
教室の中には机が並んでいた。
その机の一つに、写真立てが置かれている。
写っていたのは放送委員らしき三人の生徒。
そして、その中央にいる男子生徒を見た湊は息をのんだ。
「……俺?」
顔が、湊とまったく同じだった。
名前を見る。
『放送委員長 水瀬 湊』
「そんな……。」
苗字まで同じ。
だが、湊の家系にそんな人物はいない。
そのとき。
写真の中の湊が、ゆっくりと笑った。
第六章 30年前の放送
写真から声が聞こえてきた。
「ようやく来たね。」
三人は写真を落とした。
だが声は止まらない。
「僕は君だ。」
「30年後の君を守るために、毎晩放送を流している。」
湊は混乱して叫ぶ。
「だったら、どうして蓮や美咲は消えたんだ!」
写真の中の湊は悲しそうな顔をした。
「助けようとした。」
「でも、間に合わなかった。」
「あいつが先に見つけたから。」
「……あいつ?」
その瞬間。
校舎中の照明が一斉に消えた。
闇の中で、放送だけが流れる。
『警告します。』
『校内に■■■■が侵入しました。』
『直ちに隠れてください。』
ザザッ……
ノイズが走る。
そして放送は、最後にこう告げた。
『もう一人の湊を見つけるな。』
その直後、暗闇の廊下から誰かの笑い声が聞こえた。
「やっと見つけた。」
懐中電灯の光が照らした先には——
湊が立っていた。
制服も、顔も、声もまったく同じ。
ただ一つ違うのは、その目だけ。
真っ黒な瞳の奥で、何かがうごめいていた。
「こんばんは。」
もう一人の湊が、ゆっくりと笑った。
「今度は君が、放送をする番だ。」
第七章 もう一人の湊
「こんばんは。」
もう一人の湊は、不気味な笑みを浮かべた。
「……誰なんだ、お前。」
「君だよ。」
その答えに、葵が叫ぶ。
「そんなわけない!」
もう一人の湊は首をかしげた。
「じゃあ質問しよう。」
「小学四年生の夏休み、おじいちゃんにもらった腕時計をなくして泣いたよね?」
湊の顔色が変わる。
その出来事は、家族しか知らない。
「……なんで知ってる。」
「だって僕は君だから。」
静かな声だった。
だが、その笑顔だけは人間とは思えなかった。
第八章 放送委員日誌の最後
優斗は急いで日誌の最後のページを開いた。
今まで白紙だった最後のページに、文字が浮かび上がっていく。
『読むな。』
三人は固まった。
しかし文字は止まらない。
『読むと未来が決まる。』
さらに次の一文が現れる。
『7月23日 午前0時。放送室で最後の放送が始まる。』
その日付を見て、湊は息をのむ。
今日は……
7月22日。
つまり、最後の放送まであと1日しかない。
第九章 30年前の真実
古い校舎の奥にある資料室。
そこで三人は、封印された新聞記事を見つけた。
『〇〇中学校 集団失踪事件』
1996年7月23日 午前0時。
放送委員を含む13人の生徒が校内で行方不明。
原因不明。
現在も未解決。
記事の写真には、13人の笑顔。
その中にいた放送委員長は……
水瀬 湊。
写真の裏には手書きでこう書かれていた。
「放送を止めるな。
止めた瞬間、"あれ"は外へ出る。」
「"あれ"って……。」
その瞬間、資料室のドアが勢いよく閉まった。
バンッ!!
部屋が真っ暗になる。
そして、天井のスピーカーから声が響く。
『見つけた。』
『あと一人。』
『湊だけ。』
第十章 放送の正体
突然、目の前の景色が揺らいだ。
湊が気づくと、自分は放送室に一人で立っていた。
マイクの前には、30年前の湊が座っている。
「やっと来たね。」
「教えてくれ!何が起きてるんだ!」
30年前の湊は静かにうなずいた。
「僕たちは30年前、肝試しで旧校舎に入った。」
「そこで、"名前を奪うもの"を目覚めさせてしまった。」
「名前を……奪う?」
「あれは人の名前と存在を食べる怪物なんだ。」
「食べられた人は、最初から存在しなかったことになる。」
蓮も、美咲も――。
だから誰も、少しずつ彼らのことを忘れていったのだ。
「じゃあ放送は……。」
「怪物は放送を嫌う。」
「だから毎晩0時に警告を流して、少しでも犠牲者を減らしてきた。」
30年間。
たった一人で。
毎晩、放送を続けながら。
30年前の湊は少し笑った。
「でも、もう限界なんだ。」
その瞬間。
放送室の壁がひび割れた。
黒い霧が部屋中に広がる。
その中から、何十人もの声が聞こえる。
「助けて……。」
「忘れないで……。」
「帰りたい……。」
黒い霧の中心から、ゆっくりと巨大な人影が現れた。
目も口もない。
ただ真っ黒な顔だけが、湊を見つめていた。
スピーカーが最後の警告を流す。
『最終放送を開始します。』
『ここから先は、後戻りできません。』
最終章 最後の放送
放送室の窓が大きな音を立てて割れた。
バリーン!!
黒い霧は天井まで広がり、校舎全体を包み込んでいく。
その中心には、「名前を奪うもの」が立っていた。
姿はぼやけている。
見ようとすればするほど輪郭が崩れ、まるで"存在そのもの"があいまいになっていく。
「……これが。」
湊は震える声でつぶやいた。
30年前の湊が静かにマイクから立ち上がる。
「この怪物は、人の名前を奪い、存在を消す。でも、一つだけ弱点がある。」
「弱点?」
「本当の名前を呼ばれること。」
「でも、誰も怪物の名前なんて知らない!」
30年前の湊は、少しだけ笑った。
「だから30年間、調べ続けたんだ。」
そして、一枚の古い紙を湊に渡した。
そこにはかすれた文字で、一つの名前が書かれていた。
『クロガネ』
最後の放送
30年前の湊はマイクの前に座る。
「これで終わりだ。」
「待って!」
「君には未来がある。」
そう言うと、30年前の湊は放送のスイッチを押した。
ガガッ……
学校中のスピーカーが鳴る。
『こちらは放送室です。』
その声は、今まで聞いてきた放送とまったく同じだった。
『最後の放送を始めます。』
校舎中に響く静かな声。
黒い怪物が苦しそうにうめき始める。
「今だ!」
湊は震える声で叫んだ。
「クロガネ!」
怪物が止まる。
「クロガネ!!」
校舎全体が激しく揺れる。
「クロガネーーーー!!」
その瞬間。
怪物の体に無数のひびが入り、真っ黒な霧となって崩れていった。
「グアアアアアアア!!」
悲鳴とともに霧は夜空へ消えていく。
そして――。
校舎は静寂に包まれた。
別れ
30年前の湊の体が、光になり始める。
「ありがとう。」
「待って! 一緒に帰ろう!」
「僕は帰れない。」
「30年間、この放送を続けてきた。」
「役目は終わったんだ。」
そう言って微笑む。
「君が、未来を守ってくれた。」
光は少しずつ空へ昇っていく。
その中から、今まで消えていた13人の生徒たちも現れた。
みんな笑顔だった。
「ありがとう。」
その一言を残して、全員が夜空へ消えていった。
エピローグ
一週間後。
学校には、何事もなかったように生徒たちが登校していた。
蓮も。
美咲も。
みんな無事に戻ってきた。
集団失踪事件の記録も消えていた。
まるで最初から何も起こらなかったかのように。
湊たちだけが、あの出来事を覚えていた。
卒業の日。
校舎を出ようとした湊は、ふと放送室を見上げる。
そこには誰もいない。
しかし、窓辺に一瞬だけ人影が立った気がした。
見覚えのある制服。
見覚えのある笑顔。
30年前の湊だった。
彼は小さく手を振ると、春の光の中へ静かに消えていった。
完
おまけ
その夜、時計は0時00分を指した。
湊のスマートフォンが一度だけ鳴る。
聞こえてきたのは、もう聞くことはないと思っていた声だった。
『こちらは放送室です。』
湊は息をのむ。
数秒の沈黙のあと、声は穏やかに続けた。
『これで、本当に最後の放送です。ありがとう。』
それを最後に、二度と0時の放送が流れることはなかった。
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