空に嫌われた魚
暗く冷たく寂しい海の底に、一つの美しい命がありました。青空のような水色の髪と木の幹のような褐色の肌、新緑のような双眸を持つ美しい鰭泳(人魚)がいました。
その鰭泳は嫌われ者でした。鰭泳なら皆一度は憧れる陸の色を全て持っていたからです。
その鰭泳はとても穏やかな心を持っていました。彼の周りには小魚が集まり、恐れられる大魚もおとなしくなります。
だからこそいつも一人でした。
だからこそ天使に見つけられました。
だからこそ悪魔に目をつけられました。
いつものように、お淑やかに大人しく静かに、その鰭泳は鰭を抱えて座っていました。
すると如何でしょう。
お天道さまの光なんて届くはずがないのに、光の柱が降りて来ます。そして同じように闇の柱が降りてきました。ですが、闇の柱は光の柱より目立ちませんでした。
するとどうでしょう。
光の柱から大きな翼を持つ真っ白な天使様が降りてきたではありませんか。その天使様は嫌われ者の鰭泳と同じような髪の色をしておりましたが、鰭泳よりずっとずっと輝いて見えました。
鰭泳はその天使様の美しさに息を呑みました。
天使様はその鰭泳の顔を覗き込み、こう云いました。
「おまえの顔は中々に良い。どうだ。神仰様方に仕える待召になる気はないか」
その鰭泳は神仰に会ったことがありません。少し悩んでこう云います。
「お誘いありがとうございます。ですが、御姿も見たことの無い方々に仕えるのは恐ろしいです」
「そうか。それは残念だ。だがおまえの顔を見過ごし通り過ぎるのは勿体無い。それに空の光に当てられたおまえを見たい」
鰭泳は誰かにこんなにも褒められたことがありません。
「このような成りで構わないのでありましたらどうぞ空の下へ連れて行ってください」
そう答えました。
ええ、空は明るく雲ひとつない空でした。陽が眩しいほどです。けれど、それがいけなかったのです。
鰭泳の皮膚は陽に慣れていないのです。その下を歩くには適していなかったのです。あっという間に美しかったはずの鰭泳の顔は「陽」によって火傷し、醜く腫れ上がってゆきました。
「醜い!汚らしい!」
そのような罵声まで浴びせ、その天使は鰭泳を海に投げつけてしまいました。
勿論、陽を浴びた体も鰓も火傷をしているのですから呼吸なんぞはできません。故郷に帰っても虚しく溺れるのです。
溺れると言う、鰭泳の性を覆し、本来なら体験することのない痛みは命を啄み、意思を石に変え宝石となるのです。泡を取り巻いて生み落ちたその石は燃えるような色をするのでした。陽に焼かれた鰭泳は火のような石を産み落としたのです。
さて、海の中では「赤色」は黒色に見えるのです。
それを見た悪魔がいました。
「やあ、綺麗な黒色だ。火に焼かれて燃え切った炭のようだね。良い、良い!実に綺麗だ!」
そう悪魔は囃し立てるのです。
「そうだ!海の中で燃える火を与えるのは如何だろうか!嗚呼、嗚呼!最高に良い考えじゃないか?そうしよう!」
その石を手に取り、そっと口付けるのです。
「・・・・・・楽しみだね」
愛しむように笑って石をそっと砂に返します。
やがて石の周りに泡が集まります。顔の造形はそのままに、骨を剥き出しの胴体と透けた鰭が現れます。美しい空色の髪と幹を思わす肌、だのに瞳は炭のように焼き上がっている。
泡に消えるはずの鰭泳は骨を剥き出しにしたのです。
落ち、堕ちた鰭泳は吐く泡を掌に乗せて、青い青い炎にしました。蛍光色に光る青はさぞかし幻想的で蠱惑的で恐怖を誘うのでしょう。
いつかの日、鰭泳の生息地でたくさんの宝石が見つかりました。小魚の骨が沈んでおりました。きっと焼かれたのでしょう。寂しさの『火』と言うものに。
おしまい




