第3話 予備の予備の予備の予備の剣
「まったく、やれやれですわね」
ユスはラソラの様子を遠くで眺めていた。もちろん、紅茶を飲みながら。
「あの者の扱いは大変そうですわ」
ユスは弓を構える。そこには少しだけ、やる気というものが感じられた。
「せっかくお父様に特注の矢をいただいたのに、こんなところで使いたくはないですわ」
ユスはため息をついた。もったいないと思うのであった。
「仕方ないですわ。『凍結矢』ですわ!」
その一撃はラソラの横スレスレで通り抜け、ゴブリン集団の先頭に当たる。そのゴブリンは凍り、固まってしまった。
「わたくしの仕事は、これでおしまいですわ」
ユスはその場を離れ、石に腰掛けると、ティータイムの続きを開始した。
「仕事の後の一杯は極上ですわ」
そう言いながら、一口、もう一口と紅茶を口に含んでいく。
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スレイは返り討ちに遭いかけたラソラをやれやれといわんばかりの表情で見ていた。
「無鉄砲に突っ込んでくからそうなるんだよ」
スレイはラソラのもとへ小走りで向かった。
そのとき、横からユスの放った矢がラソラのところへ向かっていくとスレイは思った。
「ユス、何やってんだよ!」
スレイは「仕方ないなぁ」と思いつつ全速力で走ったが、意味はなかった。
その矢は、狙ったようにラソラの真横を通り抜けた。
「ふぅ。セーフか」
スレイは安堵し、足を緩めた。
そのとき、ラソラの付近で爆発が起こった。
それは、ラソラの魔法であった。
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「『インフィジャール・カリス』」
ラソラがそう言うと、あたりには黒煙が立ち上り、轟音の爆発音が響いた。
「私の頬に傷をつけやがって。ぜってぇぶっ殺す!」
ラソラの殺意は半端ないものだった。
「おいそこのザコ! テメェも手伝え!」
これは、スレイのことを言っているのだろう。スレイはビクッと反応した。
「まずはこいつらの行動パターンやクセを把握して、それらを利用し行動を予測することで⋯⋯」
「ごちゃごちゃうるせぇんだよ! テメェもぶっ殺してやろうか?」
ラソラの殺意は、スレイにも飛び火した。
「ひえっ! わかりましたぁ!」
「もちろん、攻撃しねぇっちゅう選択肢なんかあるわけねぇだろ?」
スレイはラソラに怖気づき、仕方ないと剣の柄に手をかける。
「『轟』――稻輝廻明」
ものすごい爆音を立てながら光速で移動する。そのとき、大きな雷がいくつも響いた。
スレイの雷に打たれたか、ほぼすべての緑色の異界生物が地面に横たわった。
「テメェらに対する仕打ちは死ぬだけで済むと思うなよ? 『ニベーディム・プラヤ』」
ラソラは一面のゴブリン達を細胞すらも破壊する。完全にこの世から消し去るために。
「テメェらはなぁ、土の肥料にすらなれねぇクソザコなんだよぉ!」
ラソラの体には、どす黒い青の模様がたくさんついている。ゴブリン達の返り血だった。かなりの面積がどす黒い青になっていた。
ラソラはその姿のまま、土に染み込んだ元異界生物が住まわっていた穴へ向かう。もちろん、元異界生物が染み込んだ土をガチガチに踏みつけて。その穴に残った長を倒すために。
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「なぁなぁテメェよぉ? 味方さん、全員死んじゃったぜぇ? どうすんだよぉ?」
ラソラは煽るように言った。もちろん、それに反応するほど簡単に動く長ではない。
「あぁ? 無視すんのか? 隠れても無駄なんだよなぁ」
ラソラは杖を振る。魔法を使うようだ。
「『カ・ヴァ・アルワーハ』」
ラソラがそう言うと、青く半透明のスライムが召喚された。
「探せ。テメェみてぇなザコでもそんぐらいはできるだろ」
ラソラはとても冷たく、凍てつくような声で言った。召喚して出てきたスライムに意思はない。意思を持つことが許されなかった。ラソラの命令通りに動くことしかできない。
そのスライムはどんなに小さな隙間でも、空気が入る隙間さえあれば侵入可能である。
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しばらくしたとき、ぐにゃりという気持ち悪い音が洞窟内に響き渡った。
「握りつぶされたか。あの役立たずが」
ラソラが召喚したスライムは、長に握りつぶされた、そう感じたラソラであった。
「ここにいるのはわかってんだよぉ! はよ出てこねぇと、テメェの命は残らねぇかもなぁ?」
ラソラは長を脅しながらこう言った。
「『ハヴィズル・ヴァウダー』」
すると、洞窟の奥の奥で光が見られた。
「そこか。覚悟しろよ?」
ラソラは洞窟の壁をぶっ壊そうと、魔法を連発する。
「『インフィジャール・カリス』『ニベーディム・プラヤ』」
前者は壁に爆発を起こし、わずかに削れた。後者は壁になにも変化が訪れなかった。
そこでラソラは、入り口付近でうろちょろしているスレイを呼ぶ。
「そこでうろちょろしてるやつ! この壁ぶっ壊せ!」
「え? 無理だな」
スレイはそう言ったが、ラソラの無言の圧に押され、仕方なくやることにした。
スレイは剣を構え、地面に突き刺すと同時にこう言った。
「『震』――天地開闢!」
スレイは思考を深め、考え始める。一筋の光を見ながら。
するとそのとき、洞窟の壁が開き始めた。スレイは剣に込める力をさらに強めていく。
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しばらくすると、大きめの空洞に行き着いた。そこには緑の異界生物が半透明の水色をしたものを手にしている。おそらくラソラのスライムの残骸であろう。
「テメェ、ぜってぇぶっ殺す。どんだけ命乞いしても無駄だ」
ラソラは早急に開いた壁の隙間をすり抜け、距離を詰めた。
「待て、待ってくれ」
その長はラソラに時間を要求した。
「無駄だ。命乞いなんか聞かねぇよ」
「そうか」
それと同時に銃声が響いた。ラソラの無防備な太ももあたりからは、濃い赤色の液体が垂れる。その液体はラソラの真っ白い太ももを、どす黒い赤に染めていく。ラソラには激痛が走る。
「それ以上近づくな。これを心臓部のほうへ動かすぞ」
ラソラ、スレイともに絶句した。その銃弾は壁にぶつかると、落下した。
「武器を置け。後ろのやつもな」
ラソラは杖を置く。もちろんスレイも剣を置き、巣穴の外へ蹴飛ばした。
「じゃあ少し、話をしよう」
長は銃を構えたまま話す。
その中でスレイは、念のためと持ってきていた予備の剣に手をかけた。
「(いつ出せばちょうどいいタイミングだろうか)」
スレイは長の長話など一切聞いていなかった。
「後ろのやつ、もう1本剣持ってんだろ? 出せ」
そのとき、スレイはドキッとした。そして、洞窟内にカランカランという音を響かせた。
「よかろう」
スレイは念には念を入れてと持ってきた予備の予備の剣に手をかけた。その鞄には、まだ5,6本だろうか。とにかくたくさんの予備が入っていることを、長は知らない。いったいどれだけの予備があるのだろうか。
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「あのふたり、遅いですわね。紅茶が冷めてしまいましたわ」
その頃ユスは優雅なティータイムの終わりを迎えようとしていた。
真上の太陽は、そんなわずかな紅茶の残りを白く光らせる。
「あのザコどもぐらい、簡単に処理してほしいものですわ」
ユスはスレイとラソラが危機的状況に陥っているのにもかかわらず、呑気な発言をしていた。
「あの魔法使いの転送魔法でここまで来たのですから、帰ろうにも帰れませんわ」
ユスは紅茶を飲み干すと、散歩を始めた。
「案外きれいな川ですわ」
どうやらユスは、もっと茶色く濁ったような色の川を想像していたようだ。
『ドンッ!』
銃声が洞窟から出て空気を振動させている。
近くで大きな音が聞こえても、ユスの耳にはまったく届いていなかった。
「そろそろ疲れてきましたわ。報酬を上乗せしてもらわないとですわ」
ユスは近くにあったちょうどいい大きさの石の上に腰掛けた。
そのときだった。ユスの横から見知らぬ声がした。
「貴方様、水をお持ちではございませんか?」
そこに腰を低くして現れたのは、若いような年老いているような人間だった。
「わたくしは紅茶しか持ってないですわ」
ユスはこんなやつとは関わりたくないのか、すぐにその場を離れようとする。
「紅茶でも構いません。もしくださったら、貴方がたにお供いたします」
ユスはその言葉に耳を傾ける。
「わたくしの盾が増えるのはありがたいですわ」
「盾になってもらう、のが正しいとは思いますが」
ユスの言葉を否定する。 ユスは仕方ないと紅茶を注いだ。
「ところであなた、名前は何と言うのです?」
ユスは1番始めに聞いておくべきことを口にする。
「私の名前はビルでございます」
「じゃあ早速、働いてもらいますわ」
ユスはビルに耳打ちをする。誰にも聞こえないように。
「わかりました。私はそこを狙えばよいのですね」
ビルは問題の洞窟からは離れていった。




