第8話 探す
長谷の部屋は、
まだ、
そのままだった。
ドアを開けた瞬間、
生活の匂いがした。
洗いっぱなしの
マグカップ。
ベッドの上の
読みかけの本。
——ここに、
いた。
確かに、
長谷は、
ここにいた。
俺は、
部屋の中央に立ったまま、
しばらく動けなかった。
「……長谷」
呼んでみる。
返事は、
ない。
分かっていた。
それでも、
声に出さないと、
自分が、
消えそうだった。
机の上に、
スマホが置いてある。
画面は、
真っ暗。
触れた瞬間、
違和感が走った。
——軽すぎる。
データが、
抜け落ちている。
連絡先。
履歴。
写真。
全部、
“最初から無かった”
みたいに、
空白だった。
「……ふざけるな」
思わず、
呟く。
怒りなのか、
恐怖なのか、
分からない。
ただ、
このまま
受け入れる気は、
なかった。
部屋を出る。
廊下。
階段。
外の空気。
世界は、
いつも通りだ。
誰も、
何も、
失っていない。
——俺以外は。
街を歩く。
無意識に、
人の顔を、
追ってしまう。
欠けている顔。
曖昧な顔。
最初から、
完成していない顔。
でも。
——長谷はいない。
どこにも、
見えない。
胸の奥が、
ぎし、と鳴った。
「……なら」
俺は、
足を止めた。
考える。
キャッチは言った。
——君の世界には、
もういない。
じゃあ。
どこに行った?
見えないだけか。
それとも、
“別の側”か。
背後で、
足音がした。
振り返る。
あの男が、
立っている。
今日は、
表情が、
ほとんど無い。
「無駄だよ」
淡々と、
言う。
「探しても、
見つからない」
「……だったら、
教えろ」
俺は、
睨んだ。
「どこに行った」
男は、
しばらく、
俺を見ていた。
——測る視線。
「君は、
まだ、
勘違いしている」
「“探す”のは、
こちら側の行為だ」
「彼は、
もう、
対象じゃない」
「……それでも」
声が、
震えた。
「俺は、
覚えてる」
「長谷は、
確かに、
ここにいた」
男は、
小さく息を吐く。
「それが、
君の異常性だ」
「普通は、
忘れる」
「忘れられないから、
君は、
ここに立っている」
一拍。
「……取り戻したいのか」
俺は、
答えなかった。
代わりに、
言った。
「選ぶなら」
「俺が、
選ぶ」
男の口元が、
わずかに、
歪んだ。
「それは、
覚悟の言葉だ」
「戻れなくなる」
「もう、
とっくに戻れない」
そう言い切った瞬間、
胸の奥が、
妙に、
静かになった。
男は、
一歩、
距離を取る。
「なら、
見せてやる」
「“探す”という行為が、
何を壊すか」
世界が、
一瞬、
ずれた。
視界の端で、
何かが、
開く。
——境界。
そこに、
確かに、
“道”があった。
俺は、
足を踏み出す。
躊躇は、
なかった。
——長谷を、
取り戻すためじゃない。
失ったままに
しないために。
そう、
決めたからだ。




