第2話 目覚め
目を開けると、
白い天井があった。
頭の奥が、
じん、と鈍く痛む。
「あ……」
声を出そうとして、
喉がひりついた。
視線を動かす。
点滴のスタンド。
カーテン。
規則正しい電子音。
——病院だ。
そう理解するより先に、
ひとつだけ、
強烈な違和感があった。
体が、
重い。
まるで、
自分のものじゃないみたいに。
右手を動かそうとして、
指先が、
一拍遅れて反応した。
「……?」
意識と身体の間に、
薄い膜が一枚、
挟まっている。
「……野田さん?」
カーテンの向こうから、
控えめな声がした。
名前を呼ばれて、
胸が、
かすかに波打つ。
「……はい」
返事はできた。
ちゃんと、
俺の声だった。
でも——
その声が、
本当に“俺”から出たものなのか、
一瞬、分からなくなる。
カーテンが開いて、
看護師が顔を出す。
にこやかな、
どこにでもいる、
普通の人。
「気がつきましたね。
ここ、分かります?」
「……病院、ですよね」
「そう。
深夜に運ばれてきたんです」
「路上で、
倒れていたって」
——倒れていた。
その言葉が、
頭の中で、
静かに反響した。
(……倒れていたのは)
続きを考えようとして、
思考が、
すっと逃げる。
代わりに浮かんだのは、
ひび割れたガラスと、
そこに映っていた、
人影。
顔の、
ない——
「……大丈夫ですか?」
看護師の声で、
現実に引き戻される。
「え、
あ……はい」
慌てて答えながら、
俺は、
ベッド脇の鏡に、
目をやった。
ステンレス製の、
簡素な鏡。
そこに映る、
俺の顔。
ちゃんと、
目も、鼻も、口もある。
少なくとも、
“あるように見える”。
ほっとしたはずなのに、
胸の奥が、
ざわついた。
(……本当に?)
そのとき、
カーテンの隙間で、
何かが、
わずかに動いた。
視界の端。
——誰かが、
こちらを見ている。
顔は、
見えない。
でも、
“視線”だけが、
確かに、
そこにあった。
背中に、
冷たいものが走る。
「……?」
瞬きをする。
次に見たときには、
そこには、
何もなかった。
気のせいだ。
そう思おうとして、
思えなかった。
鏡の中の自分から、
目を逸らす。
——
見えているはずなのに、
安心できない。
その感覚だけが、
いつまでも、
残っていた。




