第8話 無法都市脱出計画
「いいか、良く聞け。嬢ちゃんは、これから奴隷商人のとこに行って俺の金を取り返してこい」
「え?どうしてですか?」
エレオノーラは、硝子細工のような透き通った目ん玉で俺に尋ね返した。
「なぜって、お前なあ。あのババアが俺の金をぼったくったからに決まってるだろう?」
言うまでもねえ。隷属の首輪を施すだけで四万もするわけがない。
最初から俺はあの奴隷商人のババァから金を取り返すつもりだった。じゃなきゃ、四万なんて大金払うわけがない。
「それから、お前はこれだ」
俺はマジックバッグから拳大の四角い木箱を取り出してヴァレリーに差し出す。
「なんだ、これは?」
ヴァレリーは木箱を受け取らず、胸の前で腕組みをしたままクソでも見るような目で木箱を睨んだ。
まったく失礼な奴だ。これは今は亡きサンタナの忘れ形見……
「時限式の爆裂魔法が中に封印されてる箱だ。落とすなよ」
「なっ!?」
コメディアンでも目指しているのか、ヴァレリーは目と口を大きく開き大げさな表情を作ってみせる。
その表情を見て、エレオノーラがクスクスと笑った。
「お前はこれで無法都市を爆破しろ」
俺は、箱をヴァレリーに投げて渡す。
さすが騎士様、慌てはするものの見事に受け取ってみせる。が、なぜかその顔に怒りが浮かんでいた。
「おまっ!?何言ってるのか分かってるのか?そんなことすれば人死にが出るかもしれないんだぞ?」
やっぱりこいつは頭がおかしい。ここに住むやつは人を殺しているのがお決まり。よそに行けば死刑が当たり前のやつらだ。
死んだとて悲しむ人間より両手叩いて喜ぶヤツの方が多い。
それを間引いてやるってのに、褒められず罵られるとはどういう了見なのか、俺には意味が分からない。
「まったくお前はわかってねぇな。ここの奴らの命なんて大した価値もねえ。それよりも大事なのは俺が無事にここを脱出して逃げ延びることだ!他はどうなっても構わん。文句言ってねえで働け!」
説教なんて聞くのはまっぴらごめん。
俺はマジックバッグからありったけの爆裂魔法が封印された箱を取り出し、ヴァレリーが断る間を与えることなく、どこに箱を置くのかを身振り手振りで教えてやった。
一通り説明しても、なお、納得のいかない表情のヴァレリーに俺はいよいよ主として命令をするべきかと決断した時、エレオノーラから声が上がった。
「あの……私、泥棒なんてできません……」
かぁぁ!次はこいつかよ!!
のんきに金持ちの家で育ったやつはこれだから困る。
「いいか!!よく聞け!これは泥棒なんかじゃねぇ!だまして盗られた金を取り返すだけだ!だいたい今日日隷属の首輪入れるくらいで四万もするか!!いいとこ千だ!ぼったくるやつに俺はびた一文くれてやる気はない!わかったか!!」
外に人がいれば間違いなく計画を聞かれるほどの大声でエレオノーラを怒鳴りつけてやった。
それでも、エレオノーラのやつは「でも」だの「だけど」だのと煮え切らない返事ばかりする。
その態度に俺の堪忍袋の緒が弾け飛んだ。
「いいか!お前みたいな甘ちゃんが俺はいっっち番大嫌いなんだよ!!金持ちの家に生まれて甘やかされて育って!良いよなあ、金持ちは!!したくないことしなくて良いんだもんなあ!!!」
「……じゃない」
「はぁ?」
エレオノーラは何やら俯いてぼそぼそと喋る。いよいよ、泣きべそでもかいたのかと俺は顔をのぞき込んでみる。
「私は好き勝手言ったことなんてないっ!!!!」
耳がぶっ飛んでいったかと思うほどの大声。
「したいことなんてさせてもらったことないもん!!あなたに私の何が分かるって言うの!!お義母様の命令で変態金持ちに売られた時だって私、我がままなんて言わなかったわ!!」
半泣きで、俺に詰め寄ってくる。その必死の表情は、攫われてからここまでで一番生きた顔をしていた。
バブズの好きな小説ならここで男が女の苦労に胸打たれるシーンなんだろう。だが、俺は違う。
「そうかいそうかい!!それじゃ、ここでも我がまま言わずに良い子にしてろ!!俺の言う通りババアから金取ってきやがれってんだ!」
「いぃぃーーーやっ!!」
もともと幼さの残るエレオノーラだが、駄々をこねるともっと幼く見えた。
「言うこと聞け!!」
「やだ!!」
「ぶっ飛ばすぞ」
俺はエレオノーラの襟首をつかんで殴りかかるポーズをとった。それでもエレオノーラは口を真一文字に結び決して首を縦に振らない。
俺たちのケンカに呆気に取られていたヴァレリーが間に割って入る。
「やめろ!エレオノーラ様は優しくて気の弱い――」
そこまで言いかけた時、エレオノーラがなぜかヴァレリーにキレた。
「ヴィーは黙ってて!私は優しくもないし気も弱くない!!いい子じゃないのっ!!ずっと、ずっと我慢してただけなの!!なんで誰もわかってくれないの!」
「あっ、えっと……」
突然のことにオロオロと狼狽えて見せるヴァレリー。
ヒステリーを起こした嬢ちゃんは何が何だか分かっていないようだった。
これだから怒り慣れてない奴はダメだ。
俺は仕方なしに最終手段を使うことにした。
「黙れ!命令だ。お前はババアのとこに行って金を取り返してこい」
途端にエレオノーラの顔が苦悶の表情に変わる。奥歯を噛みしめ苦痛に耐えているようだったがしばらくすると呟くように「わかりました」と、俺の命令を了解した。




