第72話 暗躍するマシラ
「おっ!やっと騎士様のお出ましだ!!」
タンタタの村には一軒の宿しかない。
「はぁ……はぁ……」
その宿の扉を息を切らしたヴィーが開け放つ。
俺たちがここへ到着してから、さほど時間は立っていないから、あの後すぐにここへ向かったのだと分かる。
その手には俺が預けた魔法袋と、俺の大切な大鉈を持っていた。
「ヴィ……ヴィー?」
息を整えるためか、膝に手をつき顔を伏せるヴィーにエルがおずおずと近づいていく。エルのその手がヴィーの肩に触れようとした時。
「ひどい!!ひどすぎです」
泣きべそをかいてヴィーはエルに飛び掛かった。
「私は……私は、本当にエルの事を心配していたんですよ!!!いつからです!!いつから、マシラの事知ってたんですか!?」
「ご、ごめんなさい。ヴィー……。私も、マシラの事を知ったのは、つい数日前だったの。その時に、私がヴぃーの事を話したら、マシラがヴィーには少し黙っていようって言うから……」
それを聞いて、怒りの矛先が俺に向く。
「お前ぇぇ!!」
ものすごい力で俺の胸倉をつかんで前後に振ってくる。
「おいおい、待て待て。ヴィー、お前が、いっちょ前に人前でかっこつけてエルのことを『エレオノーラ様ぁ』なんて呼ぶからこうなったんだぞ。そりゃ自業自得ってもんだ。ケケケ」
途端にしおらしく手を離した。
「ま、これで全部万事オッケーよ。エル!もうヴィーには怒ってないよな?」
「ええ。少し意地悪しすぎたかと思うくらいよ」
エルは笑顔で頷いて見せた。
「ヴィーも、もう変なプライド拗らせるんじゃねぇぞ」
「ああ。反省している。あの時は本当にすみませんでした」
「私こそ……ヴィーの立場は分かってたつもりだったのに。ごめんなさい」
「ほい、これで、万事解決!よかった、よかった」
これで一仕事終えたと思ったのだが、今度は二人が仲良く結託して俺へ詰め寄ってきた。
「まだ話はすんでないぞ。一体どうやって共和国議長まで動かしたんだ?式場には連合軍までいたんだぞ?」
「そうです。私も詳しい話は全然聞いてないんだからどういうことなのか教えてください!」
「まぁ、待て待て。もうすぐ来るから」
「来るだと?」
二人は一旦俺から離れ、顔を見合わせる。すると、タイミングよくドアがノックされた。
「おお、鍵かかってないから入ってくれ」
軋むドアが開き、その隙間から顔だけ中を覗うようにしてピョコピョコ動く耳を持つ小さな顔が現れた。
「?だれだ?」
疑問符が頭に浮かぶヴィーとは正反対に、エルは一瞬でその顔に気が付いた。
「あなた!!もしかして、無法都市の奴隷商にいた子なの!!?」
その通り。エルが奴隷商から逃がした獣人の一人。俺は、扉に近づきその少年と肩を組む。
「テルトだ。こいつのお蔭で、お前たちは助かったんだ。大いに感謝するように!!」
「なんで、お前が偉そうにしてるんだ!」
ヴィーのツッコミを他所にエルは獣人のテルトの手を取り無事を喜んでいた。
「テルト、準備は出来たんだな?」
「はい。いつでも行けます」
「へ?」
またまた頭に疑問符を浮かべる二人。
「ま、俺についてこい。説明は道中してやる」
テルトと俺を先頭に、いまだ状況が飲み込めない二人を連れて宿屋を後にした。
◇
ホロの付いた二頭引きの馬車を慣れた手つきで捌くテルト。荷台には麦の種もみが入った麻の袋と農具一式が積まれている。
その中に紛れるように俺達三人は座って馬車に揺られていた。
「さっさとこの状況を説明しろ」
しびれを切らしたヴィーが俺をせっついてくる。
「あいあい。わかった、わかった。俺が逃げ出した夜の事だ――」
俺は、自分で折った指の骨の痛みと戦いながら、北へ北へと走って逃げた。道中、商人の馬車の中に隠れたりしながらな。
二、三日ほどで、他種族同盟の国境を有するソーラ大草原まで出た。
俺は遊牧民のフリをして、他種族同盟まで逃げる算段をつけいていたんだがな。連日の無理がたたったのか、とある遊牧民のテントでぶっ倒れちまったんだ。
そこは獣人たちが中心となって羊を遊牧しながら生活する一家のテントだった。
「あんた大丈夫かい?」
俺の面倒を見てくれたのは、すでに足腰が悪く、羊の世話の出来ないばあさんだった。
「ばあさん、どこに目ぇ付けてんだ?これが大丈夫な男に見えるか?」
「あははは。それだけ生意気な口が利けるなら、そのうち元気になるさね。ほれ、お飲み。さっき取れた羊の乳だ」
「またこれかよ」
毎回、毎回、折れた骨にはこれが一番だとか何かしら理由を付けては婆さんに羊の乳を飲まされていた。
いい加減、何か別のモノを食わせろって文句を言いたくなり始めた時、俺の寝ていたテントの中に入ってきた奴がいた。
それがテルトだった。
「お前、見たことあるぞ」
「ひっ!!」
最初テルトと会ったとき、俺を恐がってすぐに逃げ出しちまいやがった。代わりに入ってきた獣人の男が俺に礼を言ってきた。
「テルトから、聞いた。お前の仲間の女性が俺達を逃がしてくれたらしいな。礼を言う」
「別に俺が頼んだわけじゃねぇ。礼なら、その女に言いな。それより、お前たちはなんでこんなところにいるんだ?」
やっと熱の下がり始めた体を起こす。
「俺たちの故郷は他種族同盟にある村なんだが、王国が俺達を簡単に出国させてくれるとは思えなくてな。こうやって遊牧の民に紛れて故郷に帰ろうとしているところだ」
「へっ。じゃあ、俺と一緒じゃねえか。俺も何とか同盟に入って魔界領まで行きてえと思ってんだ」
金は、ヴィーに預けちまって、すっからかんだが、いずれほとぼりが冷めたころに取りに行けばいいだろうと考えていた。
「そうか。ならば道中同じだな」
「ああ、よろしく頼む。しかし、なんで同盟に住んでるお前らが王国で捕まって奴隷になってたんだ?」
相当、嫌なことがあったのだろう。屈強な獣人の男の顔が苦悶に歪んだ。
「俺たちは、森で狩った獣の毛皮なんかを売って生活をしていたんだ……。そんなある日、傭兵の一団が里に現れ、女子供を盾に俺達を……ぐぅ!」
相当ひどい目にあったのだろう。怒りにかられ牙をむき出しにするその顔は、まさに獣のようだった。
「じゃあ、そっから王国に?」
「いや、一度共和国へと連れていかれた。そこに闇の奴隷商の大本がいた。キルスティンの街だ」
「おいおいおいおい!キルスティンだと!?その商人、もしかしてゴルバスってやつじゃねぇのか?」
「わからん。ただ、キルスティンの街で俺たちは物のように競売に掛けられ、そこから、あの無法都市へと移されたんだ」
名前こそ分からねえがキルスティンの街にそうほいほいと、でかい商人がいるとは思えなかった。
何やら俺の大好物である混乱の匂いがしてきたぜ。
ただ、ちんけな俺一人が声を上げたって仕方がねぇ。
遊牧民と仲良く国境を超えた後、俺は獣人達から、里の族長を、族長から盟主の一人を紹介してもらったってわけだ。
盟主とあったのは他種族同盟の街、エンドラ・オッタだった。バカでかい木の中をくりぬいて作った街は、どことなく無法都市に似ていた。そこで市長兼、盟主の一人、獣人族最高位ケンラカントに会った。
ケンラカントもゴルバスに目を付けていたらしいのだが、いかんせん他国であることとゴルバスほどの有力者においそれと手出しができず指をくわえているしかない状況らしかった。
そこに都合よく現れたのが俺だ。
俺はある条件を飲んでくれるなら、ゴルバスの奴隷売買の証拠をつかんでやってもいいと交渉した。
最初は渋られたが、奴隷に落とされた男や道中で仲良くなったテルトの助けもあって何とか条件を飲んでもらって俺はすぐさま、共和国へとんぼ返りしたってわけだ。
キルスティンにあるゴルバスの屋敷に入るにゃ、多少苦労はしたが、司祭の一人をとっちめて服装借りちまえばあとはこっちのもんだった。
俺の自慢のスニークスキルと気配探知が火を噴きまくって、屋敷の中くまなく調べられたぜ。
そんな時に、ちらっとエルの処女確認があるって話を聞いた俺は、エルを驚かせてやろうと一芝居打つことにした。
エルが来るのを部屋で待ち受けていると、ノックの音と共にエルがやってきた。まぁその顔ったら悲壮感にあふれて情けないったらありゃしねぇ。
「これから貴女が汚れなき身か、見定めさせてもらう。下着を脱いでスカートを捲りあげなさい」
笑いをこらえながら絞り出した俺のセリフに、エルは一気に顔面蒼白。しかも、本気でパンツを下ろそうとするもんだから俺は慌てて止めたね。
「待て待て。俺だ、俺」
仮面を外して顔を見せてやると、エルはいきなり抱き着いてきて大声で泣きわめく始末。
「しー!静かにしろ!!いいか、俺はな……」
ここでやっとエルは俺の計画を知ることになった。
証拠もつかんだし、あとは同盟と共和国が動くだけだと思ってたんだが、まさかゴルバスの奴、魔族まで奴隷にしてると思わなかったぜ。
そのせいで、ゴルバスの逮捕が結婚式まで伸びちまって、あんなことになったってわけだ。




