第71話 結婚式
ステンドグラスから差し込む光を受けて教会の中は荘厳な雰囲気をまとっていた。
教会の中は数百人の列席者で溢れかえっていたが、そのほとんどがゴルバスの商売の関係者たち。王国側からは、公爵とそれに付き従う少数の貴族たちだけ。
ルミシラ教大司教は数人の司祭を引き連れ祭壇に立ち、その前にはゴルバスが白のタキシードを着て、今か今かと花嫁の到着を待っていた。
教会の鐘が鳴り終わると、パイプオルガンが神を称える音楽を奏でだす。そのタイミングで列席者が皆、教会の大扉の方を向いた。
「花嫁の入場です」
声がかかり重苦しい扉が開かれると、そこに立つのはヴェールを被り純白のドレスを着た花嫁。
彼女は上等な赤い絨毯の上をゆっくりゆっくりと夫となる男の元へと歩いてゆく。
列席する男達は彼女の美しさに息をのみ、女はその美しさに嫉妬した。
ゴルバスは、列席者のその表情に満足げな笑みを浮かべる。この式が終われば、身も心も自分の好き勝手にできるのだと。
そんなゴルバスの隣に、ついに花嫁が並んだ。
本来ならば、演奏が終わってから花嫁のヴェールを取るのが習わしなのだが、ゴルバスも花嫁のあまりの美しさに我慢が出来ず、その顔を薄く隠すヴェールを剥ぐ。
その顔には、化粧が薄く施され、薄く色づく頬に艶やかな唇。瞳は愁いを帯びるように伏せられていた。
「おお、美しい。美しいぞ、エレオノーラ!」
今にも抱き着いてしまいそうなゴルバスを抑えるためか大司教が言葉を放つ。
「我、主神たられるルミシラ様に変わり、ここに夫婦となられる者たちに祝福を授けん。汝、ゴルバス。ここにいるエレオノーラを妻とし、神ルミシラの定めた寿命尽きるまで彼女を愛し、慈しむことを誓うか否か?」
「も、もちろん。誓う!」
神前にてゴルバスは高らかに宣誓した。次はエルの番だ。
「汝、エレオノーラ……ぐふっ」
突如大司教が倒れちまった。それはまるで毒の吹き矢をくらったように。
前席にいる列席者達がざわつく。
このままでは式が終わらないと、ゴルバスが大声を張り上げた。
「し、静まれ!!静まれ!!式はこのまま続行だ!!」
後ろに控えていた司祭たちが大司教を抱えてその場を離れる。残った司祭は俺一人。
「僭越ながら、わたくしが大司教様の代わりを務めさせていただきます」
仮面のせいで声が出しにくったら、ありゃしねえ。
しかし、それでも声は届く。ゴルバスが「かまわん、続けろ」と偉そうにのたまうので言質は取った。
「ではでは、花嫁となられる汝エルよ。この傲慢知己で詐欺師で隠れて悪行三昧で金持ってるだけが取り柄のドスケベ変態の醜男ゴルバスをてめえの旦那にするか否か?どうするね?」
俺の誓いの言葉に、集まった人間が騒ぎ出す。よく見りゃ、教会の大扉からヴィーが覗いてやがる。
「……」
エルは依然黙ったまま。その隣で、騒ぎ出すゴルバスにしばし待てと手で合図を送る。
「お前が決めろ。エル」
俺は仮面を取ってエルに問いかけてやる。
「マ、マ、マ、マシ、マシ、マシ、マシラァァァアアアア!!!!!」
驚いてる、驚いてる。遠く離れた教会の大扉からヴィーの叫びにも似た声がパイプオルガンの音よりも大きく教会内に響いた。
「決めた」
そう言って顔を上げたのは、俺が心底気に入っているエルの顔だ!
「ケケケケ。どうするね?」
「私、マシラと行くわ」
そう来なくちゃ、ここまで来た意味がねぇ!!
「じゃあ、ここにいる皆さんに言ってやんな」
エルは列席者、いや、自分の家族と向き合う。
「お父様のためにお金を稼ぐなんてまっっぴらだわ!!それに私をいじめた義母様もだいっきらい!!!私はあなた達の人形なんかじゃないわ!」
まさかの娘の反抗に公爵家大慌てでやんの。ざまあねぇ。
「それでこそマシラ盗賊団だぜ!立つサル跡を濁すってな!!!行くぞ!エル」
「うん」
俺はエルの手を取る。
「だ、誰か!誰か、そいつを捕まえろ!!」
大声で私兵を呼ぶ、ゴルバス。しかし、誰もそれに答えようとしない。そんな中一人の男が立ち上がる。
「ゴルバス。見苦しいぞ」
「ぎ、議長殿……?」
この髭面で偉そうな男こそ、この共和国元老院のトップ、サボラトン議長である。
「ゴルバス。お前が行った重大な盟約違反の数々、証拠が挙がってきておる」
「な、なんのことでしょう?わ、私にはさっぱりなんのことか」
「問答無用である。そちには他種族同盟、および魔界から捕縛の依頼が出ておる。引っ立てえい」
隷属の首の使用。魔族の奴隷化は協定で禁止されているのだ。ゴルバスはあろうことか裏で奴隷売買や、その他悪事を色々とやってのけていたのだ。
これが一代で富を築いた男の正体。
議長の命令で、教会外に待機していた連合軍兵が波のように教会内部に押し寄せてきた。
おそらくゴルバスの関係者であろう者たちが一斉に逃げ惑い、怒号が飛び交う。
神の家たる教会がしっちゃかめっちゃかなのは、実に気分が良い。
俺は混乱の只中をエルを連れて、花道をまっすぐ扉に向かって進む。押し寄せる兵を避け、逃げる商人を躱し、さながらダンスをするようだった。
その先にある扉に待ち受けるのはヴィー。
「いったいこれは、どういうことなんだ」
この状況をつかめないヴィーは頭に疑問符を幾つも浮かべているようだった。
俺は抱えているエルと目を見合わせ、頷き合うと声をそろえ――
「ないしょ」
とヴィーに舌を出して意地悪してやる。
すると、ヴィーの目から涙がポロポロと流れ落ちる。
「今度はお前が泣くのかよ。ったく……」
俺はエルと手を繋いでいる反対の左手で落ちる涙をぬぐってやる。
「ヒック……ヒック!し、しんぱい……しんぱいしたんだ……ぞ。それにエ、エル、エルエル……エルだって!!うわぁーーーん」
子供のように大声で泣き始めちまった。
「そんなに泣くなよ。エルはどうか知らねぇけど、俺はお前にはお前の居場所があると思って黙ってたんだ。ヴィーは好きで騎士になったんだろ?」
「ヒック、そうだけど……ほ、ほんとうか?いじわるで仲間外れではないのか?」
泣きすぎて幼児退行しとるのか?
「本当だ。お前が騎士でいるためには、俺達の事は知らない方が良い」
「……」
何かを考えるように黙りこくった。
騒ぎを聞きつけた、サイがこちらにやってくるのが見える。
「じゃあな。俺たちは行く」
「わ、私は!私は、どうすれば!?」
「そんなこと決まってるじゃねぇか!お前の好きにしたらいい!!ヴィーが望む通り、生きたいとおりに生きるんだよ」
俺は、再び泣きそうな顔になったヴィーに笑いかけてやると、この場にとどまり続けるわけにもいかず教会から飛び出す。
「とりあえず俺たちは、この先にあるタンタタって村に向かう!じゃあな」
◇
ステンドグラスで照らされた教会の中。あの男が、マシラがエルの手を引き、こちらに歩いてくる。
やっぱり、エルを喜ばせてやることに関してはマシラには敵わないな……
エルの顔は私が望んでいた、あの旅で見せてくれた笑顔だった。
二人は踊るように人の波を避け、私の目の前で立ち止まる。間近で見るエルの花嫁衣装はとても綺麗だった。
マシラは私に笑いかける。あの不器用で変な笑い方で。
ああ……これが、これがエルの見ている光景なのか……
私の心は、すでに決まっていた。
私は公爵家のエンブレムが付いた鎧を脱ぎ捨て、彼らの後を追う。




