第68話 捕まったマシラ。ヴィーの視点
サイがマシラを気絶させた瞬間、まさかあそこまでエルが取り乱すとはおもわなかった。
マシラが咄嗟に隷属の首輪を使用してエルを止めてくれなければ、エルは間違いなく自分を探してくれていた捜索隊に向けて魔法を放っていただろう。
倒れるマシラに駆け寄るエルを必死に止め、なんとか私たちが誘拐されていたという体面だけは、取り繕うことが出来たと思う。
私は抵抗するエルを宥めつつ用意された馬車に乗せると、現場の陣頭指揮をとっているサイの元へと赴いた。
サイは指揮する手を一旦止め、私に微笑みかけてくれる。
「大丈夫だったか?」
サイの第一声は私を心配する優しい声だった。
「ああ、何ともない。しかし、どうしてここだと分かったんだ?」
気絶しているマシラがサイの部下に縛り上げられ、彼の馬に乗せられるのを目の端でとらえていた。
「何てことはないよ。マシラの仲間の素性を洗って、一人共和国出身の者がいたから、念のためソイツの仲間だった男に網を張っていたのさ。君も知っていると思うけどゲルダと言う名の偽造屋だよ。
そこに潜入させていた仲間から君たちを発見したとの連絡を受けて、飛んで来たんだ」
思い返せば納得がいく場面が幾つかある。
スラムで見た男はやはり騎士だったのだ。
他にもゲルダの挙動の違和感。それもおそらくはあの部屋の中に、捜索隊の仲間がいて逐一ゲルダに指示を出していたのだろう。
「流石は、その年で騎士団の副団長を務めるだけはある」
「いや、君たちを救おうと必死だっただけさ。君の顔を見て本当にほっとしたよ」
そう言うと彼は私の手を取った。
「……サイ」
「ひゅ~、隊長!こんなところでナンパですかい?」
おそらくどこかの町から招集したであろう、兵士がサイを茶化した。
「ばっ!!からかうな!えっと……これはだなぁ……」
「皆、見てみろ!男前の隊長が赤くなってらぁ!!」
からかわれ年甲斐もなく照れて赤くなったサイは私の手を離した。
以前ならば、その純情さを可愛らしく思えたのだが、今はそう思えない私がいる。
私はサイに握られた感触が残る手を下げる。
サイも捜索隊の兵士たちも皆表情が明るい。
誘拐の首謀者たるマシラを捕らえ、エルも無事に救い出すことが出来たからか、隊に流れる雰囲気は歓喜に満ちていた。
その中で、私とエルだけは沈んだ気持ちを抱えていた。
「そうだ、ヴァレリー?」
「ん?」
この気持ちが露見しないよう必死に取り繕い、私を呼ぶサイを見る。
「一応、君の馬も連れてきているが。これから、君はどうする?」
「そうだな。マシラの処遇がどうなるか気になるし、迷惑でなければ同行しようと思うのだが、良いか?」
「わかった。すぐに出立する。疲れていると思うが、準備を急いでくれ」
そう告げると、サイはマシラが積まれた自分の馬に飛び乗り、撤収の指示を兵たちに与えていた。
私は一旦、その場を離れエルの乗る馬車へと向かう。
エルの馬車の扉の前には、公爵様が用立てた侍女が両手を前に起立していた。
「エルに用がある。通してくれないか?」
「すみませんが、ただいまエレオノーラ様は誰とも会いたくない、との事ですので、お引き取り願います」
まるで表情を変えることなく、侍女は私に頭を下げた。
このまま押し問答をしていても埒が明かない。私は、馬車の中に向かって話すことにした。
「もうすぐ出立のようです。私も付いてまいりますので何か用があれば声を掛けてください」
中からは返事は返ってこないが、間違いなく聞こえただろう。
私は「御免」と形式だけ侍女に挨拶をしてその場を去った。
◇
どこに向かうのか、何の説明も受けず私はエルを引く馬車の横にピタリと馬を横に付けて街道を進んでいた。
(おかしい……。なぜ、王国にもどらない?)
アンブラダルの国境をすぐに跨ぐと考えていたのだが、進路は、どんどん共和国の中へと進んでいた。
訳が分からず、私は馬の速度を落として、馬車の後ろに着く騎士に目的地について問うことにした。
「一体、私たちはどこへ向かっているのだ?王国に戻るのではないのか?」
「なんだよ、ヴァレリー?聞いてないのか?俺たちは、このままキルスティンの街に向かうのさ」
「なんだと!!!?」
「まあ、お嬢様には酷だけどよ……これについては隊長も納得の上さ」
私は、居てもたってもいられず先頭を行くサイの元へ馬を走らせた。
「サイ!一体どういうことなんだ、これは!!?なぜ、行き先がキルスティンなんだ!!?」
きっとサイは私が目的地を知れば、こうなることを予測していたのだろう。一瞬だけ気まずい表情を浮かべるが、すぐにいつもの騎士としての顔を張り付ける。
「これは公爵様の命令なんだ。私も一刻も早く王国に戻り、この男をさっさと処刑したいのだが……。公爵様からエレオノーラ様を発見し次第、ゴルバス様の所へお連れするように言い付かっているんだ」
「なっ!!正気なのか!?エルは、今までこの男に誘拐されて連れ歩かされたんだぞ!!一度、屋敷に戻って体調を整えてからでも遅くはないだろ?」
「ヴァレリー……君の心配も分かる。しかし君が、一番に忠誠を誓うべきなのは公爵家……バルドバラス様のはずだ。エレオノーラ様の境遇には同情するが、私にはどうにもできないよ」
そう言って頭を振る。その顔に浮かぶ悲痛な表情は嘘ではないことを長年ともに過ごした私は知っている。ただ、彼はまっすぐに騎士なのだ。
「そ、そうか……わがままを言ってすまない」
私がいくら抗議の声を上げても、どうにもならない。その歯がゆさを隠したくて私は引き返しサイから離れる。
「ヴァレリー!!君が無事で本当に良かった。君までいなくなったと聞いたときは心臓が止まる思いだったんだ!!」
サイが私の背に向けて言葉をかけてくれる。いつかの自分なら喜んでいたと思うが、今はその言葉をもらっても気持ちは晴れない。
「あぁ。心配かけてすまなかった」
これで話は終わったかに思えたが、サイは言いにくそうにしながらも更に言葉を続けた。
「それでだな……一つ忠告なんだが、エレオノーラ様の事をエルと愛称で呼ぶのはやめた方が良いと思うよ。あくまで私たちの関係は主従の関係なんだから、きちんとその辺は弁えよう」
きっとサイに悪気なんて一つもないのだろう。なんなら、それはとても良い助言をしたという風にさえ思っているはずだ。
しかし、今の私はエルをその名で呼ぶことに抵抗があった。
私の中の彼女への思いの比重が主従ではなく友情を取りたいと叫ぶのだ。
ズキリと胸が痛む。ただの名前の呼び方の違い、それだけのはずなのに……
胸の苦しみを悟られないよう、顔を伏せ私はサイに言う。
「そうだな……忠告、痛み入る」




