第66話 国境越え
ゲルダは約束通り、三日後に偽造書類を見事に作り上げた。よほど俺に会うのが嫌なのか、はたまた人と会うこと自体が嫌いなのか、俺達の泊まる宿にご丁寧にも身分証入れた封筒がドアの隙間に差し込まれていた。
「なぁ、エル。これって『すみません』であってるか?」
俺は偽造書と同じ封筒の中に入っていた紙を手に取っている。そこに書かれている文字を読む。
「ええ、あってるわ」
「いったい、何が『すみません』なんだ?」
「さあな。それにしても、よく出来ている。本物とまったく見分けがつかない」
ヴィーは偽造書類を一枚一枚丁寧に吟味している。
「そりゃすげぇや!騎士のお墨付きだ。宿代もバカにならんし、このまま国境を超えるぞ」
手紙に書かれた『すみません』の文字を深く考えることもなく俺たちは国境を隔てるライアスの高壁と向かったのだった。
ライアスの高壁にポカリと開いた穴。遠くから見れば、壁にネズミが空けた穴ほどにしか見えないそれも、近くで見れば大きな門となる。
共和国へ入国しようとする者たちが列をなして、国境越えの審査を待っている。俺たちも列の最後尾に並んだ。
「だ、大丈夫かしら?」
緊張の面持ちで立ち尽くすエル。その頭には礼拝者が付ける頭巾深々とかぶり、公爵令嬢の顔を隠している。
「まぁ、なるようにしかならん。変におどおどするなよ。堂々としてりゃ何とかなる!!」
緊張をほぐそうとエルの尻を一発叩いてやる。
「きゃ!!何するのよ?」
「本当に、お前は懲りないやつだな。国境を越えたら折檻してやるから、覚悟しておけ」
ヴィーも国境越えのために拵えた頭全面を覆う兜を着用している。二人は商人である俺が用心棒のために雇っている冒険者ということになっている。
「おお、恐い恐い」
割と列の進むスピードは速く、あっという間に俺たちの番がくる。
「次の者!!」
国境警備兵に呼ばれ、俺達は彼らの前に立つ。警備兵なんて言ってるが、鎧を脱げば、ただの人だ。
やる気はそこまで感じられず、ダラダラとしている印象を受けた。
「お願いしやす」
用意していた偽造書類をまとめて警備兵に差し出すと、それを乱暴にひったくりパラパラと紙をめくる。すべてに一応目を通すと、なぜか書類を他の兵に渡し、質疑応答が始まる。
「どういった用件で共和国へ?」
「商品の仕入れに。書類に書いてあったでしょ?」
「ああ、まぁ形式上の質問だから。それじゃ、後ろの者たちは?」
「道中、私を守ってもらうために雇った冒険者ですよ」
「そうだったな。そう書類にも書かれていたな」
「ええ、そうですとも」
何か書類に不備があったのか……
不安が過るが、なんとか顔には出さないようにする。
しばらくすると、俺の書類を持った兵が戻ってくる。
どうする?遁逃で逃げるか。
俺たちの間に緊張が走る。
しかし、警備兵は戻ってきた書類を俺に笑顔で差し出す。
「すまん、すまん。待たせたな。少し、手間取った。通っていいぞ」
しっかりと、許可の判を押された書類が手元に戻ってきた。俺は警備兵に気づかれないように安堵のため息をつく。
書類をさっさと魔法袋にしまい、高壁をくぐる。
高壁の内部はさながらトンネルのようだ。
煉瓦造りの高壁内部はひんやりとして、冷や汗をかいた後ではかなりの肌寒さをおぼえた。
「よかったね」
俺の背後にいるエルが小さくつぶやく。
「ああ。まったく、書類を持っていかれた時にゃ肝を冷やしたぜ」
高壁の中を歩くのは、俺達しかいない。トンネルの中ほどを過ぎ、俺達はもう共和国側へと足を踏み入れていた。
「まだまだ、気を抜くな。向こう側には共和国の警備兵がいるんだからな」
「了解」
さっすがヴィーさん。俺は褌を締め直して気配探知を発動する。
門の外には、十人?ほどの兵士がいるようだ。
まぁ、国境だし、その程度の兵ならいてもおかしくはない。
しかし、念には念を。俺は腰にぶら下げた魔法袋を外してヴィーに投げる。
「持ってろ」
「ど、どうしたんだ?」
一応受け取りはするが突然のことにヴィーは目を白黒させる。
「お前が持ってる方が一番安全だ。言っとくけど預けただけだからな。国境を無事越えたら返せよ」
「わかっている。まぁ、信用の証として持っておこう」
「ねえ、私は?私にはないの?」
俺たちにかかれば危険な国境ごえも鼻歌交じりのピクニックのようだった。
出口まではもうすぐそこ。足取り軽く、俺達は共和国側の日差しを浴び…………る?
本来なら自国から出国するものを確かめるはずの国境警備兵がなぜか、全員こちら側を向いている。
一瞬訳が分からなくなるが、俺の目は奴らの胸元に付けられたエンブレムを確認した。それは、出会った頃ヴィーが装備していた鎧についていたモノと同じものだ。
「まずいっ!こいつら、捜索た――」
逃げようと踵を返そうとした瞬間、見知らぬ男が俺の間合いに突如割り込んできた。
男はそのまま、剣の柄で俺の顎先を勢いよく打ち抜いた。
視界が揺れ、そのまま地面に倒れていくのが分かる。
「マシラァァァアア!!ウワァァ!!踊るは風精!」
薄れ逝く意識の中、エルの叫びにも似た魔法の詠唱が聞こえてきた。
馬鹿野郎め。お前が魔法なんぞ、ぶっ放しちゃ俺との共犯疑われちまうじゃねえか……
「エル……や……めろ、命令だ」
首輪の強制力が辛うじて通じたようで詠唱前にエルを止めることが出来た。
エルの叫び声と共にヴィーの「サイッ!!?」という声がかすかに俺の耳に入った。そこで俺の意識は一旦幕を閉じる。




