第65話 街のベンチにて……
「さてさて……。エルのお嬢ちゃんはどこに行ったかな?」
宿を出て通りを見渡す。遠くに行っていたら面倒だと思っていたのだが、俺の心配は杞憂に終わる。
エルは宿から目と鼻の先に置いてあるベンチに、まるで迎えがくるのを待つように腰かけていた。
「ケッ!普通、も少し離れた場所まで行くもんじゃねえのかよ」
俯くエルの隣に座る。
「…………」
「何だよ。まだ不貞腐れてんのか?」
エルの顔を覗き込んでやるが、プイッとそっぽを向かれちまった。
正直エルのご機嫌取りなんてするのは、まっぴらごめんな俺は、エルと同じように黙って夜の街を歩く人達を見る。
獣人、人間、獣人、人間、ドワーフ、人間、人間、ドワーフ、人間、人間、人間、エルフ?ハーフエルフか?まぁエルフだな。次は人間、獣人……
することがないので道行く者たちの種族を数える。
さすが、国境の街。王国は宗教柄、人間族が多く住んでいるらしいのだが、ここではあまり関係ないようだ。
退屈しのぎなら俺の右に出るものはいねぇ。一晩中だって数え続けられるぜ。
しばらく通りを眺めていれば、ついにしびれを切らしたエルから声が発せられる。
「……ねぇ、マシラ?」
「なんだよ?」
「マシラは……ね。私のこと……どう思う?」
ついに開かれたエルの口から出た言葉は何とも面倒くさい質問だった。正直が身上の俺の口から出た言葉は――
「めんどくせっ!」だ。
「な、なによ!!いいじゃない、だって……だって、聞きたいんだもん……」
まどろっこしい。この場にいるとケツの穴が痒くなってくる気がする。
「俺はな、お前は意外と根性のある奴だと思う。あと、そうだなぁ……ずる賢いところがあるな。飯の時とかしれっと食いたいものを注文させられるからなぁ……あとは……」
「ちがう!そういうことじゃなくて……」
聞きたいことは分かっている。こうしてお互いの腹の中を探り合うのも面倒だ。俺は核心を話すことにした。
「エルは、俺がお前の事を好きかどうかが気になるんだよな?」
「……うん」
お互い顔は見合わせない。しかし、エルがかつてないほど緊張しているのが伝わってくる。
茶化したい気持ちを抑え、俺は真面目に話に入ることにした。
「んー……。お前は良い奴だし、顔も良い。乳のでかさに関しちゃ、ヴィーが勝ってるが問題ねぇ。髪も綺麗だし、良い匂いもする。正直言えば、俺はエルの事は気に入ってる」
「えっ!!」
一瞬でエルに期待の表情が浮かぶのが分かった。俺はそれを「まあ、最後まで聞け」と制止して話を続ける。
「気に入ってはいるが、自分でもお前が好きなのかどうかってのは分からねえんだよな……」
なれないことをして、こっ恥ずかしいったりゃありゃしねぇ。
「私は、マシラの事……」
ぐいっと身を乗り出して顔を近づけてくる。それは、キスが出来るほどの距離。
しかし、俺はそれを身を引いて躱す。
「待て待て。一つ俺も聞きてぇことがある」
「……何?」
「お前は俺に何を見てる?」
エルのクリクリとした瞳を覗き見る。
「え?どういうこと?」
「俺ぁよ、お前が俺の中にお前の理想の父親を見てるんじゃねぇかと思うのさ。それを好きだの恋だのと勘違いしてやしないかと、聞いてんだ?」
「……」
エルにも思うことがあるようで、急に黙り込んでしまった。
そうだろう。実の父親に不当に扱われていた矢先に、自由気ままな男が現れれば誰だって勘違いして好きになる。
しかし、その先にいるのは理想の父親ではなく、ただの男だ。そのまま付き合うことになれば齟齬が生じるのは目に見えて明らかだ。
「まぁ、急いで結論を出さんでもいいだろ?まだまだ魔界領までは長い道のりだ。それまでに俺も、エルの事考えとく。だから、それまでは仲間だ」
エルの前に立ち、俺は握手を求める。
「分かったわ。私もこの気持ちがきっと本物だって思えるようになるから。だから、約束して。魔界領に着いたらマシラの気持ちを教えてくれるって」
エルは力強く手を取り、しっかりと俺の目を見据えてみてくる。
「わかった。約束しよう」
俺も目線を外すことなく答えてやる。
「フフフ。楽しみ」
やっとエルにいつもの笑顔が戻る。
その顔を見て俺は心底、安心することが出来た。
確実に今の俺はエルだけじゃなくヴィーも仲間だと思っている。
だから、頭の中に隷属の首輪の解除をするという考えが過ったが、すぐにその考えを打ち払う。
今となっては、これはエル達の保険なのだ。
俺が、もし捕まった時、首輪さえついていれば、エル達の行動に言い訳が立つ。俺が命令させたという。
だから、いましばらくはこのままにしておいた方が良い。
黙りこくる俺をエルが見上げるように首をかしげる。
「大丈夫?」
「んん……?ああ、なにも問題ねえよ。これからは、どうやってエルにバレないように娼館に行こうかと考えてたとこだ」
ギシシシと笑って見せる。
「それは、ぜったいダメ!!ダメだからね」
「ケケケ。俺を止めることは誰にもできんのだ!!」
宿へと戻る道をエルから逃げるように走り出す。エルも後を追いかけ付いてくる。
ほんの少しの鬼ごっこだ。
俺達の笑い声は賑やかな街のただの雑踏の中の一つとして、夜の喧騒の中に消えていく……




