第64話 ケンカ
ゲルダの住む掘建て小屋のような小さな二階建ての共同住居。直接二階へと続く階段を上がる。
ところどころガタつく階段を登り切った先に、申し訳程度の扉がつけられている。
俺は、壊れることも構わず、扉を強くたたく。
「おい、ゲルダ!!いるんだろ!!?さっさと出てこい」
「……」
中から返事は聞こえない。しかし、何かが室内で暴れるような音が中から聞こえた。
間違いねぇ、ゲルダのヤツ居留守を使ってやがる。
「おい、音が聞こえたぞ!!」
俺は扉を手で叩くのをやめ、蹴りを入れてやることにした。
三度目、ついに蹴った場所にポカリと穴が開く。しかし、それでもゲルダは応答しない。
だんだんと腹が立ってきた。
俺はドアノブをガチャガチャと力づくでひねる。生意気なことに鍵なんてかけてやがる。
「ちょっと、マシラ。そんなことじゃ怖がって誰も出てこないよ」
見かねたエルが扉と俺の間に割り込むように止めに入り、中に向かって優しい声色で尋ねる。
「すみません。私たちキッドさんからゲルダさんの事を聞いてきたんですけど……もしかして人違いでしょうか?」
エルの言葉が途切れて数秒、ガチャリと鍵が開く音が聞こえ、扉が細く開けられる。
部屋の中からインクと紙の匂いがたちこめ、眼鏡をかけたギョロリと大きな目玉がこちらを覗う。
「あ、あんた達、だ、だ、だ、誰?」
姿は見えないが、声の様子だけでおどおどしているのが分かる。
「俺はマシラ。キッドとは一緒に盗賊をしていた仲だ。お前に少し頼みたいことがあるんだが、良いか?」
「な、な、な、なに?何をすれば良いの?」
依然として姿を見せようとはしないが、話が早ぇ。
「商業ギルドの身分証と国境越えの通行手形を作ってほしいんだが……出来るか?」
「わ、わ、わかった。三日後に取りに来て」
それだけ言うと扉が閉まる。
「お、おい!金は?」
俺の問いかけに部屋の中から短く「いらない」とだけ、声が返ってきた。
その答えに呆気にとられた俺は、しばらくの間、閉じられた扉とにらめっこを続ける。
「本当に大丈夫なのか?」
心配そうにヴィーが話しかけてきた。俺は振り返りニヤリと笑って見せてやる。
「まぁ、なんとかなるだろ?金もいらねぇそうだし、持つべきものは仲間だね。ケケケ、キッドさまさま。ツイてるぜ」
軽い足取りで階段を下りて、再びアンブラダルの喧騒の中へと戻っていく。
◇
ゲルダと別れたその日の夜。俺は宿屋に二人を置いて娼館で景気づけにイッパツ、キメてきた。
選んだのは、この先を無事乗り切れるという願掛けで共和国出身の女だった。
ギシシシ。一足早く俺は共和国を乗りこなしてやったぜ!!
そのまま意気揚々と宿へと帰ったのだが、俺を待ち受けていたのはカンカンに怒ったエルだった。
「どこ行ってたの?」
眉を吊り上げたエルが詰め寄ってくる。その後ろでは、ヴィーがやれやれという顔で冷たい視線を俺に送っていた。
この様子じゃ助太刀は期待できそうにねえ。
せっかく楽しい気分で帰って来たってのに最悪だ。
「どこでもいいだろ?」
ぶっきらぼうに答えエルに付き合ってられんと、すぐさま自分のベッドに腰掛ける。
「私、知ってるのよ!?マシラ、娼館に行ったんでしょ?ねえ!!そうでしょ?」
今にも泣き出しそうに大きな瞳には涙をいっぱい貯めてこちらを睨みつけてくる。
「おう。なんだよ、知ってんじゃねぇか。ご存じの通り俺は娼館に行きましたけど?なんか問題があるのか?」
俺は大いに開き直って見せた。
エルも負けじと俺に詰め寄る。
「ある!」
「無ぇ!!」
「ある!!」
「無ぇだろ!!!」
「あるもんっ!!なんで私達がいるのに娼館なんて行くの!!?」
ついにはポロポロと涙が零れ出した。
「なんだ、そりゃ?俺が女を抱くのに何でいちいちお前の了解を得なきゃならねぇんだ?俺がどこで誰を抱こうが俺の勝手だろ。
それとも何か?てめぇは俺の女房様、気取ってんのか?」
泣いた女を相手にするのは厄介だ。それをアピールするように耳をほじって面倒くさいとアピールして見せる。
その態度に今まで後ろで黙って聞いていたヴィーが遂にキレた。
「おまえっ!!!」
しかし、もっと怒ったのはエルだった。
バチン!!!
エルの強烈なビンタが俺の頬に飛んできた。マジで隷属の首輪はどうなってんだ!?
「痛ってぇな!!このやろう!!」
俺は怒りに任せてエルを怒鳴りつける。が、エルはそのまま部屋を飛び抱いて行ってしまった。
行き場を失った俺の怒りと、エルに邪魔されて霧散してしまったヴィーの怒りが部屋の中で薄れて消えていくのが分かった。
「……はぁ」
静寂の部屋の中でヴィーのため息が響く。
「なんだよ、俺ぁ悪くねえぞ」
「悪くなくても言い方というものがあるだろ?エルの気持ち、バカなお前だって分かってるんだろ?」
そう、問題があるとすればエルの気持ちだ。
「エルが俺に惚れてるとでも言いてぇのか?」
「そう、その通りだ。なぜだか、エルはお前の事を好いているんだ。
長く一緒にいるが、おそらく初めて異性を好きになったのだと思うんだ」
「はっ!笑っちまうね。俺を好きになるだって?お前らを攫った男だぞ?バカじゃねえのか」
「それでもだ!それでも、エルは……お前のことが……」
「はぁ……。ヴィーよ。てめぇはエルを守る騎士なんだろ?こういう時は、お前がエルの目を覚まさしてやらんでどうするんだ?」
「そうかもな……
お前と旅を始めた頃なら、それこそ命を賭してでもエルを止めたさ。でも、最近は分からなくなってきているんだ……。お前がどういう人間なのか……
何が良くて何が悪いのか。
それに誰を好きになるのか、決めるのはエルなのだろ?」
いつかヴィーに泣くも笑うも決めるのはエルだと俺は言った。この返事はそのお返しなのだろう。
無性に頭が痒くなってきた。
「ケッ!物好きな奴らだぜ」
「なぁ、一つ気になったんだが、何故、私達を抱かないんだ?」
「なんだ?俺に抱いてほしいのか?」
抱いてほしいと懇願されればやぶさかじゃねえ。ニヤリと笑いかける。
「馬鹿言うな。ただ、私達には隷属の首輪が施されているんだから、お前がその気になれば、その……そういうことを命令することだって出来るじゃないのか?」
「ん?あぁ、そう言うことか……。あのなぁ、俺は、嫌がる女をむりくり抱く趣味はねぇんだよ。考えてみろよ。血ぃ流してギャーギャー喚く女が腹の下にいるんだぞ?勃つもんも勃ちゃしねぇよ。抱くなら好いた女が一番さ」
「じゃあ、何でエルを……」
ヴィーは続きをムニャムニャと言い淀む。が何を言いたいのかは、察しがついた。
「さぁてな……俺にも分からん」
ヴィーには、とぼけてみせるが自分の中では答えが出ていた。
要は俺はエルを守ってやっていたいのだ。
「そうか。ならば、深くは聞かないでおこう。でも、娼館に行くのなら、もう少し配慮を頼む」
「あいあい。了解」
そう答えて俺はベッドから立ち上がると、背中を丸めて部屋を出る。
これから俺が何をするのか、ムカつくことにヴィーにはお見通しのようで「フフフ。素直じゃない奴め」と言う言葉を背中に浴びせられ、敗北にも似た妙な気持ちを抱えたまま、俺は宿の外へと出るのだった。




