第59話 朝稽古
草原に倒れる俺の横に、朝露で尻が濡れることを厭わずヴィーが腰かけた。
「久しぶりにいい汗をかかせてもらった」
そう言って笑いながら朝日に煌めく赤毛をかきあげる。これぞ爽やかの化身。
俺はあちこちヴィーに打ち込まれて身体中が痛ぇ。
「ケッ!何が良い汗だ!勝者の余裕を気取ってんのか?」
ヴィーから一本も取ることができなかった俺は抜けるような青空を望みながら悪態をついた。
しかし、ヴィーはそんなことお構い無しと寝転ぶ俺の顔を覗く。
「マシラ、お前は目が良い。それなのに逃げることばかりを考えるから、どうしても打ち切ることができないんだ。その逃げ癖はどうにかした方が良いぞ」
「やなこった。勝ち目の無ぇ戦いに命賭けるなんざアホのすることよ」
そう、逃げて逃げての人生であったが得るものもあるのだ。その最たる物がユニークスキル『遁逃』だ。
「勿体ない。お前の目なら私の使う『水下推霓』も会得できそうなのだがな」
耳馴染みの無い言葉に俺は困惑して、バカみたいに聞き返す。
「なんだ、そのスイカスイゲツってのは?」
「簡単に言えば相手の動きを予知して、相手より先んじて動く技だ。アルトムの戦いでも使っていたぞ」
「あぁ、あれか。追っ手と戦ってた時に見たぜ。スゥっと敵がお前の剣に吸い込まれてくみたいなヤツか?」
俺は起き上がり、あの時のヴィーの動きを真似てみる。
「実際は吸い込まれているんじゃなく、相手が動くであろう場所に数瞬早く剣を振っているんだ。お前ほどの目があれば出来ると思うんだがな……」
どういう風の吹き回しか、ヴィーは俺にその水下推霓を伝授しようとしているように思えてくる。
俺は「なぜ?」と思案して一つの答えにたどり着いた。
「そりゃ、あれか?俺が秘密を話した礼のつもりか?」
「い、いや。そんなわけじゃないが……」
目が右往左往。分かりやすい奴だ。
「そうなら、礼は言っておく。だが、俺にゃそんな大層な技、使えるとは思えねえ。お前の技は、相手を何がなんでも倒すって覚悟が無ぇと使えなさそうだ。
残念ながら俺には、そんなもん微塵もねえからな。ケケケケ」
「そうか。無理強いするものでもないし、仕方ないな。でも機会があれば、またこうやって打ち合おう」
ヴィーはそう言うと握手を求めて手を差し出してきやがる。
俺はそんな手を軽く叩いて断固拒否の姿勢をみせる。
「嫌に決まってんだろ!俺は負けるのは好きじゃねぇんだ」
ヴィーに良いようにボコスカやられるのは、正直しんどい。俺は楽に生きていきてぇのだ。
「つれないな。いつも、エルとは勉強してるくせに」
ヴィーがニヤリと意地悪く笑う。
「なっ!!おま、知ってんのか?」
「あぁ。ずっと前から気付いていたよ。何も秘密にしなくても良いのに……。私だって努力をする者を笑ったりはしないぞ?」
「ほんとうかぁ?」
まぁ、この旅の中でヴィーが他人の努力を笑うような奴ではないと知っている。が、しかし秘密裏に勉強をしていたことがバレて、まるで尻の穴を覗かれたように恥ずかしいのだ。
「もちろんだ。むしろ、その努力する姿勢は好ましくさえ思えるほどだ」
「お?なんだ?俺に惚れたか?」
形勢逆転。今度はヴィーが顔を赤くする番だぜ!!
「ば、バカ言うな!!誰が、お前なんぞに惚れるか!!」
唾を飛ばす勢いで、否定してみせる。しかも、思いもよらぬ所から援護がやってきた。
「そうよ。ヴィーにはサイっていう好きな人がいるんだもんね?」
「エ、エル?なぜここに?酔って寝てるはずじゃ?」
「起きたら二人がいないから探してたの」
言葉の通り、ベッドから起きたままの姿らしく、いつも艶やかな金の髪がところどころ寝ぐせで跳ねている。
「おいおい、それよりも聞き捨てならねえ事言いやがって。ヴィー、お前好きな奴がいるのかあ!?どんな奴!一体どんな奴なんだ??ケケケ。お盛んだねえ」
お堅い騎士様かと思ってたら、案外、中身は恋多き乙女なのかもしれん。
「ちがう!!サイとは、そういう関係じゃない!!」
ヴィーは否定するが、俺の時とは明らかに表情が違う。
「照れるな照れるな。エル、そのサイってやつはどんな男なんだ?」
「あのねえ……」
「エル!!」
エルは昨日、秘密をばらされたことを未だに根に持っているようで少しだけ意地悪気に笑って制止するヴィーをよそに言葉をつづけた。
「ヴィーと同い年なんだけど、ウチの騎士団の副団長をしている人なの。かっこよくて、すごい強いのよ。ウチにいた時なんて、ヴィーが話す話題のほとんどがサイのことだったんだもの」
「それは違うんですよ。騎士団では歳が近い者がサイしかいなくて……」
ヴィーはしどろもどろになりながらサイとの恋路を必死に否定していた。その慌てふためく様子が俺には可笑しくて仕方がない。
「んな、隠さなくていいじゃねぇか。好いた腫れたは世の常って言うだろ?ケケケケ」
「そ、そう言う、お前はどうなんだ?」
ヴィーは反撃とばかりに俺に話を振る。
「そうよ!!マシラは?マシラに好きな人はいるの?」
ヴィーとエルの言葉に俺は、かつて仲間だった女の事を思い出した。
名前はバーニー。妙に色っぽい女で、いつの間にかしれっと山猿盗賊に籍を置いていた女だ。
誰も何も言わなかったがバーニーが仲間全員と寝ていたことを俺だけは知っていた。
恐るべきは、あの死姦野郎ことヒョッコリさえもバーニーには骨抜きにされていたほどだ。
一瞬、そのバーニーの姿が頭をよぎったが、死んだ奴に未練はない。
「俺かぁ?俺は、今はいねえな……」
この話を広げたところで面白いことなんぞ何一つない。話を続けたそうなエルを無視して俺は痛む体をおして立ち上がる。
「さっさと戻って朝飯にするぞ。腹が減って仕方がねぇ」
「えぇ!!マシラの話もっと聞きたいなぁ」
依然、エルは地べたに座り動こうとしない。しかたないので俺はヴィーに話を振ってみる。
「どうだ?俺の恋愛なんて聞きてえか?」
「いや、まったく」
さすがのヴィーさんよ。一瞬の間もなく俺の欲しい言葉をくれる。
「だとよ。ほれ、さっさと行くぞ」
ぶー垂れるエルを連れて俺たちは宿屋に戻る。




