第58話 夕食
その日の夜、夕食は宿で取ることとなり、俺たちは一階の食堂のテーブルの一つを陣取っていた。
「ねえ、マシラ。これ、何て書いてあるか分かる?」
エルが俺を試すように、テーブルに置かれたメニューを指さす。
「タ……カ……メ……の……こ?……くさ……や……き?どうだ、あってるか?」
「んー、おしい!正解はタカメの香草焼き、だよ。ねえ、タカメってなんだろ?」
最近エルの奴は、こうやって俺に問題としょうしてメニューを読ませてくることがある。
たいがい問題に出されるメニューは、エル自身が気になったものや、食べたいものだと俺は気づいている。
「おお?タカメな?ええっと……こうそう……こうそう……こくさで、こうそう……ね」
俺はどうにかして教えられた文字を出来の悪い頭の中に入れようとメニューとにらめっこをして、エルの質問を受け流していた。
それをみかねたヴィーが俺の代わりにエルにタカメとはなんぞやと答えてくれる。
「タカメは魚ですよ。大きな川魚でお屋敷にいたころにも食べていたと思いますよ?」
「そうだっけ。家にいたころは、何食べてるかなんて気にしたことなかったから知らなかったわ」
エルは、そうあっけらかんと答えた。これも最近エルが変わったところだ。
以前なら家の事をしゃべろうものなら、途端に私は不幸ですと言わんばかりの辛気臭い表情を顔に張り付けたものだが、今では特に気にしたそぶりも見せない。
ヴィーも、その変化には気づいており、意識なくエルの家の事を口に出すことが増えていた。
「どうするね?」
昼間の男が注文を取りに俺たちのテーブルまでやってきた。
「じゃあ、このタカメの香草焼きと……、んー、ここで一番美味いのはどれだ?」
俺の横に立つ男に尋ねる。
「今の時期は、このキノコと牛のステーキだな」
男は俺の持つメニュー表の中程を指さした。
そう言われれば、周りのテーブルに座る客は皆、ステーキを食べている。
「じゃあ、それを三つだ。あとは……おっ!!葡萄酒を瓶でくれ」
「あいよ」
相変わらず愛想のない返事をして、男は厨房の方へと歩いて行った。
「ねえ、葡萄酒、カーンバーニュ産だから頼んだんでしょ?」
「バレたか!あの時の葡萄酒は美味かったからなあ」
「そうだな。いつかマシラと飲んだ、あのまずい酒とは雲泥の差だったな」
そうヴィーに言われ俺は無法都市から逃げ出した晩に皆で安酒を飲んだことを思い出した。
「ケケケ。ありゃぁ、確かに不味かったな!それにあの日はエルが酔っぱらって大変だったぜ」
「あ、あれは違うの!マシラのお酒が悪かったから……」
そう言い訳をするエルを見て、ふと疑問がわいてきた。
「なあエルよ。カーンバーニュじゃガバガバ葡萄酒飲んでたみたいだけど、お前いつの間にそんな酒飲めるようになったんだ?」
「え……っと」
なぜか言いよどむエルを見て、ヴィーが「プププ」と笑いをこぼす。
「なんだよ?」
「あれはな、実は……」
ヴィーが身を乗り出し、秘密を囁くように小声で俺に話しかける。
「わーー!!わーー!!」
それを邪魔するようにエルが大声を上げるが、ヴィーの声はしっかりと俺の耳まで届いた。
「エルの飲んでいたのは酒じゃなく、ジュースなんだ」
エルの秘密をばらすと再びヴィーが楽しそうに笑う。それにつられて俺もおかしくて笑った。
「ケケケケ!!なんだよ、ありゃ酒じゃねえのか?ったく背伸びしたい年頃なのかねぇ、エルちゃんは?」
からかい半分にエルを見れば、頬を膨らませ怒っている。
「もうヴィー!!言わないでって言ったじゃない」
「フフフ。すみません。強がるエルがあまりに可愛かったもので、つい……」
じゃれ合う二人を見ていると、これまでの道中が思い出された。
そして、これから先の事も……
「あとは、共和国に入ってバンチの宝を売って、魔界領に入っちまえばこの旅もしまいだな」
特に意識したつもりはないが、つい言葉が口をついた。
するとみるみるエルの顔に陰りが差す。
「そっか……もう、旅終わっちゃうんだ」
今にも泣き出しそうだ。
「そんな顔すんな!旅が終われば、お前らは俺から解放されて晴れて自由の身だ。そうしたらエルの好きなことをすればいい!!そうだろ?」
自分でも何をそんなに慌てているのか分からないが、落ち込むエルに励ますような言葉が次から次へと口から飛び出る。
「そうですよ。それにまだまだ道半ば。これからどうなるかは、分かりませんから」
ヴィーも続いてエルに言葉をかけてやる。
しかし、あんなに俺と同行するのを嫌がっていたヴィーが「まだ旅は続くのだ」とエルに言って聞かせるんだから、世の中どう転ぶのか分かったもんじゃないと思い、可笑しくて笑いが零れ出た。
「何をニヤニヤ見ているんだ」
おっと、火の粉がこちらに降り掛かってきやがった。これは、説教が長くなる奴だ。
「だいたい、お前簡単に共和国入りするなんて言ってるが、大丈夫なのか?」
「何が大丈夫なんだよ?」
ヴィーは「んんっ」っと喉を鳴らし、言いにくそうに視線が宙を彷徨っている。じらされるのが嫌いな俺は「さっさと言え」と言いよどむヴィーをせっついた。
「あの……だな、これまでお前の戦いを見ていて思ったんだが……《《お前、弱くないか》》?私はな、その程度の強さでは、この先の旅が万事無事に進むとは思えないんだ」
その言葉が俺の闘志に火をつけた。俺は椅子から立ち上がると、ヴィーに顔を寄せる。
「おうおうおうおう!!言ってくれるじゃねえか!勝負だ、勝負!!このさい俺とお前、どっちが強いのかはっきりさせようじゃねえか!!」
「ははっ!望むところだ。マシラ、お前に稽古をつけてやろう」
ヴィーは余裕綽綽、不敵に笑って見せる。
「ずるぅい!わらひも、しょうぶするぅ~」
そんな緊迫した睨み合いの中、なんとも間の抜けた声がした。
「エ、エル?」
自分の席にちょこんと座ってニヘラぁと笑うエル。どっからどうみても酔っ払ってやがる。
いつの間に運ばれてきたのか、葡萄酒の瓶がエルの目の前に置かれているじゃねぇか。
「あっ!!こいつ、えらく大人しいと思ったら葡萄酒飲んでやがる!」
すでに葡萄酒の瓶の中身が半分以上なくなっていた。
「大丈夫ですか!?エル!!」
「らいじょうぶ、らいじょぶ」
すきっ腹になれないアルコールが染み渡ったようで、すでにエルは自分の頭を支えられるのかも怪しい。が、そんな心配はヴィーに任せておけばいい。
俺はカウンターの中にいる男に声を掛ける。
「おおい!葡萄酒をもう一本もってこい!!」
「そんなことしてる場合か!!」
ヴィーのツッコミが食堂に響き渡り、この日、満席の食堂のどの席よりも俺たちが陣取るテーブルは騒がしかった。
それは、旅の終わりをこれ以上考えないよう大袈裟なまでに明るく楽しい晩餐だった。




