第57話 一軒の宿
「ほら、しっかり剣を持って立つんだ。そんなことじゃ、すぐにやられて死ぬぞ!!」
ヴィーの奴が朝っぱらから元気にギャーギャーとうるせぇ。
まだ空はうっすらと夜の色を残し、まだ消えてなるものかと根性で輝く星がチラホラと見える早朝。
迷惑になるからと、止まっている宿から少し離れた場所にある開けた草原でヴィーと二人、俺は模擬戦闘を行っていた。
なんで、俺が生粋の騎士であらせられるヴィー様と剣の稽古をせにゃならんのだ?
なんなく脳天に一本を喰らった俺は地面に寝転んでヴィーに断固抗議の姿勢を見せている。
「はいはい。死んだ死んだ。俺は死にましたよ。ヴィーは強いです!!これで良いか?もう終わりにしてくれぃ!!」
なぜこんなことになってるかって?
……俺にも分らん。
しかし、考えてみれば事の発端は昨日の夜だった気がする。
「お前、弱くないか?」
この一言が全ての始まり。
◇
祭りを楽しんだ後、俺たちはカーンバーニュ村に一晩だけ宿を借り、再び共和国へ続く道を進んでいた。
連日続く野宿は、軟弱なエルたちには堪えたようで、進む足取りは日増しに遅くなっていった。
そんな道中、草原の中にぽつんと一軒だけ建っている宿屋を見つけた。
「あっ!」
あんなに疲れたと喚いていたくせに宿屋を見つけた途端、エルは、まっさきに宿を目指して走り出した。
「おい!!泊まるなんて言ってねえぞ!!」
まだ日は高く、昼を過ぎて一刻ほどしか経っていない。宿を取るには早すぎる時間だ。
「まあ、いいじゃないか。今日宿で休めば明日からまた歩き出せるさ」
俺を諭すのはヴィー。エルをだしにしちゃいるがヴィーも宿に泊まりたいと内心思っているのを俺は知っている。
なぜなら一昨日辺りから風呂に入れないことをエルと愚痴り合っているのを耳にしていたからだ。
「はぁ……。しかたねぇな」
もうすでにエルは宿の扉をくぐっているし、ヴィーだって泊まる気まんまんだ。
宿の敷地は広く、 宿の前にはいくつかの荷馬車が止められ、併設された馬小屋の中には馬と走竜が分かれて休んでいる。
おそらく王国と共和国を行き交う商人たちが多く利用している宿だろうことが見て取れた。
騎士が乗る馬は見当たらない。
俺も、エルの後に続いて宿の中に入る。
宿のエントランスは食堂も兼ねているようで、テーブルが数台置かれ、壁際には小汚いアップライトピアノが演奏者を待ち構えていた。
数人の御者や商人達が休憩を取っているが、昼日中、冒険者どもじゃあるまいし、誰も酒を飲んでいるものはいない。
皆、宿に入ってきたエルとヴィーに目を奪われている様子だった。
二人は、そんな視線おかまいなしにエントランス奥に設置してあるバーカウンターの前で俺を待ち受けていた。
ずらりと酒瓶が入った棚の前に設置されたカウンターの中には男が一人だけ二人に興味なさそうに眠たげな眼でこちらを向いて立っていた。
おそらくあそこが宿の受付も兼ねているのだろう。
「いらっしゃい。泊りかい?」
近づく俺に、男がぶっきらぼうに挨拶をした。
「ああ、一部屋借りたいんだが空いてるか?」
「ちょうど今、清掃の終わった部屋がある。ベッドは二つだが良いか?」
片方の眉を上げて男が尋ねてきた。
言いたいことは分かる。商魂逞しく、ベッドが一つ足りないからもう一部屋どうかと聞いているのだ。
「かまわねえ。カギをくれ」
カウンターをコンコンと軽くノックをして、さっさとカギを寄越せとせかす。
さすがにここまで俺と一緒に旅をしただけあって、一部屋しか借りずとも二人から苦情の声は寄せられない。
「ほら、204号室だ。前金で六十。風呂に入りたきゃ、あと二メルクだ」
204と汚い字で書かれた小さな木板のぶら下がったカギを受け取り、後ろに控える二人を見る。
エルはもちろんの事、ヴィーまでもが何かを訴えかけるような目で俺を見ていた。
「はぁ……」
俺は、黙って六十と二メルクをカウンターの上に置く。
「風呂は、ここの裏だ。事前に言ってくれれば湯を張るがどうするね?」
「すぐに入ります。お願いしても良いですか?」
俺が答えるよりも早くエルが返事を返した。
「わかったよ。準備しておく」
そう言って男は裏へと引っ込んでいった。おそらく風呂の準備をするのだろう。
「ケケケ。なあ、一緒に入るか?」
「バカっ!」
エルは俺の冗談に顔を赤くして肩を軽く叩いた。そんな可愛い反応とは正反対なのはヴィーだ。
「マシラ、もし覗いたら……」
なんと剣を鞘から少しだけ抜いて俺を脅してみせたのだ。
ありゃ、本気の目だ。風呂を覗いた日にゃ、俺のイチモツを切り取られかねない迫力がそこにはあった。
まったくヴィーは冗談の通じねえ、頭の固い女だ。
「へいへい。わかった、わかった。部屋は204だ。俺は先に上がってるから、ごゆっくりぃ」
俺は、二人を置いて二階へと続く階段に向かう。
「ありがとね、マシラ」
エルからの礼に振り返ることなくヒラヒラと手を上げて答えてやる。
こうして、俺たちは一泊の宿をとることと相成ったのだった。




