第55話 愉快なひととき
一刻も待たずして戻ってきたヴィーは、カーンバーニュの村娘たちと同じ可愛らしい衣装をきていた。
「ケケケ」
「うう……。こんな服、私に似合うはずない。あまりジロジロ見るな。はずかしい……」
さきほどと同じように俯いちゃいるが、その表情はまったくの正反対。照れるように赤くなっていた。
「ほれ、迎えが来たぜ」
俺が指させば、ヴィーもそれを追って広場中央へ目線を移す。
そこには、こちらに向かって駆けてくるエルがいた。
「すごーい!可愛い!!とっても似合ってるわ、ヴィー!!」
「そ、そんな……」
恥じらいから、ヴィーは大げさなまでに謙遜をする。
「なぁにがそんなに恥ずかしいんだよ。カケルの前じゃ、乳出してただろ」
「出してない!!」
ようやく調子が戻ってきたみたいで、ヴィーの顔に怒りの灯がともる。
「んな怒るなよ。似合ってんだから胸を張れ」
背筋を伸ばすようにと、ヴィーの丸まっている背中を叩いてやる。
「そ、そうか……?」
なんだか俺の「似合う」の言葉に反応して、ヴィーの背筋が若干伸びる。
「むう……私もそんな服着たかったなぁ」
ヴィーに対抗するかのように服を催促しだすエル。このままじゃ面倒なことになりかねない。
「あ、音楽が終わりそうだぞ!せっかく着替えたってのに、もったいねえ!!!」
まだまだ終わりそうな気配は微塵も感じないが、嘘をついて二人の背中を押す。
「急がなきゃ。行きましょ、ヴィー」
エルはそう言って了解も取らずに、ヴィーの手を取って大桶まで走り出した。
その道中一度だけヴィーが振り返る。俺に届かない声で「ありがとう」とヴィーはつぶやいたように見えた。
桶の中、手を繋ぎ踊る二人。初めて会った時、あんなに表情の乏しかったエルは嘘のように明るく笑い、赤毛の髪をなびかせエルと共に踊るヴィーは、いつもの凛とした騎士の立ち振る舞いではなく、柔らかな表情で自然に笑っていた。
きっと今ならあいつらを姉妹だと言ったら皆信じるだろうと、俺は思う。
少し離れた葡萄酒の醸造所の壁にもたれかかり、俺はチビリと葡萄酒を口に運ぶ。
俺の目線の先には、村娘たちに混じり葡萄踏みに興じるエルとヴィーの姿がある。
広場に流れる陽気な音楽と、うまい酒と飯。それに楽しそうに戯れる二人の姿。この場にいるだけで今まで感じる事のない幸福感が腹の底から湧いてくるような気がした。
何とも言えない満足感を感じていると、不意に声を掛けられる。
「あの二人は君の連れかい?」
どこから現れたのか、俺の隣に男が立っていた。
「ん?まあな」
俺は男を横目でうかがう。
来ている服は地味だが仕立ては上等。靴も磨き上げられ光り輝いている。
それに男の顔だ。
わずかに疲労が見える顔だが、その陰すら魅力に変える美しい顔立ち。くすんだ金髪を後ろ手に縛り、わずかに垂れた髪が眼鏡にかかっている。
「去年は見なかった顔だが、外から来たのかい?」
「ああ、訳あって旅の途中に立ち寄らせてもらったんだ。あんたは?見たとこ、ただの村の農夫には思えんが?」
「ははは。君、鋭いねぇ。私はこの辺で商いをさせてもらっているものさ。とても美しい女性がいるから、声を掛けようと思ったんだが、連れの男性がいるから気になってね」
男の視線の先にいるのはエル達だった。
まあ、あの二人を周りの村娘と比べるのは、可哀そうってもんだ。
しかし、この男の意図が全く読めねえ。なぜ、わざわざそれを俺に言う?
その表情も薄い笑みを顔に張り付けているようで、何を考えているのかを悟らせてくれない。
しかし、注意深く観察すれば男の目線がエルだけを追いかけていることに気づく。
「お目当ては金髪の方かい?」
眉がわずかに動き、一瞬の動揺の色が見て取れた。
「あははは。ずいぶん単刀直入に聞くんだね?」
「俺は正直がモットーなんでね」
持っていた葡萄酒を口に運ぶ。
「それは、本当かな?私の目には君がユーモアに富んだ人間に見えるけどな……」
ユーモアなんて言っているが要は嘘つきってことだ。この男は見る目があるぜ。
「そいつぁ、誉め言葉として取っておくぜ。……それで、エルに何か用があるのか?」
俺との会話の最中もずっと視線はエルを追いかけていた。しかし、その目に宿るのは恋慕の色とは思えない。
「エル……。彼女はエルと言うのか。……そうか」
何かを一人納得して、満足げに微笑む。
「……なんだよ?」
「いや、何。知り合いに似ていたから気になっていただけだよ。ま、私の知り合いはあんなに楽しそうな表情をすることは無かったなと思ってね。幸せそうで実にいい」
エルは今、村の女衆と仲良く手を繋ぎ、大桶の中で大きな輪を作って踊っている。大桶の周りを取り囲む男たちから、楽し気な歓声が上がる。
どいつもこいつもエルが笑っているかどうか気にしているなと、心の中で思う。
「そうかい?エルは、いつもあんなもんだぜ」
「そうなのかい?ならば、君との旅がよほど楽しいのだろうね。これから先の旅路にも幸多からんことを心から願っているよ」
男とここでやっと目が合った。さきほどまで薄く笑っていた顔から、いやに真面目な顔で俺の目を見据えてくる。
そして男は俺の手を取り、半ば強引に握手をすると、空いている左手で「頼むぞ」と言いたげに俺の肩をポンポンと数度叩かれた。
「マシラーーーー!!!服がたいへーーん!!!」
ちょうどその時、エルが俺に声を掛けてきた。服が汚れたというわりに、その顔には満足感と幸福感しかない。
気づけばいつの間にか音楽が鳴りやみ、葡萄踏みの催しが終わりを告げていた。
俺は、エルに笑いかけた後、再び男に目線を戻す。
しかし、男は煙のように消え去って、俺の手だけが宙ぶらりんに浮いてた。
「?」
本当に意味の分からねえ男だったぜ。
首をかしげながら俺はジョッキの中の僅かな葡萄酒を飲み干すのだった。




