第52話 ちょっと寄り道
藁を山のように積んだ荷車を引くロバの足音がポックリ、ポックリ響き、それに合わせて車輪がガタガタと歌う。
アンスルの町を出て数日、いくつかの小さな村を経由しながら穏やかに旅が続いていた。
連日エルから施される回復魔法によって俺の傷は完璧に癒えているものの、道中同じ方向に行くという農夫を頼って荷馬車に便乗させてもらっているのだ。
俺たちはうず高く積まれた藁にまみれながら荷車の尻に三人肩をすぼめて座っていた。
流れる景色は代わり映えがなくアクビが出てくる。
数日前に振った雨が作った水たまりの水を車輪がバシャリと掬うと、それをきっかけにしたかのようにエルが口を開く。
「……ねえ、本当に共和国に行くの?」
エルの口から出た共和国とは俺たちの住むレイアース王国から東に隣接するフーガ共和国の事だ。
俺の目指す大陸東部に向かうルートは主に二つある。
一つは、いったん北に抜け多種族同盟が治める国に入り、東へと向かうルート。
そして、もう一つが今俺たちが向かうフーガ共和国から魔界領へと入るルートだ。
エルは訳あって共和国へ入ることを嫌がっている。もちろんエルが嫌がるのなら、ヴィーも反対だ。
ぶっちゃけ、エルの提案に乗って北に抜ける方が安全ではある。
なぜなら多種族同盟と名の付く通り、人間、エルフ、ドワーフ、あらゆる獣人たちが、多様なコミュニティを作って暮らしているため、いちいち王国の些事になど構う者たちが少ないのだ。
反対に共和国では、そうはいかない。魔界との戦争を機に我が王国と友好条約を結んでおり、国交も盛んで、もしかしたら俺の情報も向こうに流れているかもしれないのだ。
ま、今語った大半の事は全てエルの受け売り。俺は自分の国のことですらよく知らねぇんだから、共和国だの多種族同盟だののどうでも良いのだ。
そう俺の目的はただ一つ。金だ!
共和国は、商業が盛んで四大商家なんて奴らは金にものを言わせてブイブイやってるらしいのだ。
俺もそれにあやかりてえ。
まあ、それは半分冗談だが、本音を言えばバンチのお宝を換金せにゃならんのだ。
もちろん我が国レイアース王国でそれを行えば、即刻盗品から足が付きお縄頂戴の首ちょんぱ。
ならば安全な多種族同盟で換金?
はっ!御冗談!!
あの国はお世辞も金回りが良いとは言えねぇからな。せっかく命懸けて手に入れた宝が安く買い叩かれるのは勘弁願いたい。
それに引き換え共和国には金がある。どこか、デカい街にでも行ってパパっと換金して、ささっと魔界領へ向かうってのが俺の考えだ。
エルがなんと言おうと俺の考えは変わらない。
「お前にゃ悪いが、共和国に向かうのは決定事項だ」
「そっ……か」
エルは暗い顔して荷馬車の作る轍をじっと眺め出す。
「そんなにお前、婚約者に会いたくないのか?俺は一目拝んで見たいもんだぜ、お前がそこまで嫌がるゴルバスってやつをよぉ。ギシシシ」
そう、エルが共和国へ行きたがらないのは親が勝手に決めた婚約者がいる国だから。しかし、俺は思う。
国だぜ?
小さな村や町じゃねえんだ。会おうと思ったって会えないほうがザラだろ?
まったくどこまでエルって女はデリケートにできてんのか俺は知りたいね……
なぁんて俺の考えなんぞ女連中は知る由もない。
「お前にはデリカシーって言葉はないのか?」
ヴィーが俺を荷車から落とすように背中を押してきやがった。
「おい!!押すな!!」
俺はかろうじて荷車の縁を掴んで落下を防ぐ。
そんな俺を心配することなく、エルは真ん中に座る俺を飛び越してヴィーに話しかけた。
「そんなに暴れて大丈夫なの、ヴィー?」
「心配かけてすみません。……うっぷ。マシラの顔を見たら余計気分が悪くなりました」
ケケケケ。ヴィーのヤツ騎士のくせに荷馬車に酔ってやんのぉ!
背後に積まれた藁の山にもたれながら真っ青な顔して遠い空を眺めだしてやがる。
「誰の顔見て気持ち悪くなっただってぇ?まったく失礼な奴だな。ほれ、見てみろ!!ケケケケ、俺の顔見て本当に気持ち悪くなるかあ??よぉく見ろ」
ヴィーに顔がよぉく見えるように、しこたま顔を近づけてやる。ヴィーは狭い荷台で近づく俺を遠くに離そうとグイグイと力任せに肩を押した。
そんなはしゃぐ二人に押される形でエルはどんどん肩身を狭くしているのにヴィーはそれに気付かない。
「やめろ!!口が臭い!!うう……死ぬぅ……」
ついにヴィーは藁の中に潜り込んで俺から逃げ出した。
「ケケケ。俺の勝ちぃ!!」
この際、口が臭いと言われたことは良しとしてやろう。
俺だけが気分上々のまま荷馬車に揺られる。
いつの間にか左手に見えていたダコタの森がはるか遠く、荷馬車はガタガタと知らぬ間にあぜ道を走っていた。
ただでさえ狭い道なのに横には腰ほどの高さで乱雑に積まれた石壁があり、より一層狭さを引き立たせていた。
その石壁の上には規則正しく並べられた低木が立ち並び、人とすれ違うことが多くなる。
やっとここで俺は自分がルートを外れていることに気づいた。
「おおい!おっさん、ここどこなんだ?」
俺は藁の山の反対側でロバの手綱を引いているであろう農夫のおっさんに声を掛けた。
「あんれぇ?そういえば、人乗せてたんだったぁ。すまねえ、すまねえ。今は、カーンバーニュっちゅう村の近くに来てんだあ」
「頼むぜぇ、おっさん。途中で降ろしてくれるって約束だったじゃねえか」
どこかのんびりとした牧歌的な風景の中、俺の不満が響き渡る。
「まぁまぁ。ええじゃないか。ちょうどカーンバーニュじゃ、祭りやってから、楽しんで行きなよぉ」
「そんな暇ねぇ……」
「おじさま!?カーンバーニュってコーエン伯爵領のカーンバーニュ村の事ですか?」
おっさんに文句を言って引き返させようとする俺の言葉を遮って、落ち込んでいたはずのエルが声を掛けた。
「そうだぁ。ここら一帯ぜぇえんぶコーエン様ん所のブドウ畑さあ」
そう言われて俺は辺りを確かめるために荷車から身を乗り出して、前方を確認する。
そこから見えるのは地平の先まで続くブドウ畑。
「マシラぁ……お願い」
名前を呼ばれ振り返ると、どこか期待のこもったエルの目が俺を見つめていた。
「しっかたねえなあ……」
こうして、俺達は束の間の寄り道をすることになった。
「フフフフ。お前はなんだかんだ言ってエルに優しいんだな」
馬車酔いで倒れているヴィーから、そんなことを言われ、とても否定したい気持ちが湧いてくるが、傍から見れば、その通りだと思い俺のなんともしがたい気持ちは腹の底に飲み込んでおいた。




