第50話 ヴィーとの夜
「マシラ!マシラ!!」
俺を起こそうと体を乱暴に揺する奴がいる。微睡の中、俺を呼ぶ声の主を探して、俺の目が勝手にぎょろぎょろと動くと、見知らぬ天井に蜘蛛の巣が伝うのが目に入る。
顔の右側だけが火照っているのを感じ、暖炉に火がくべられていることにふと気が付く。
どうやら、どこかの廃屋に宿を取っているのだと理解する。
ぼんやりしていた目の焦点が定まってくると暖炉の反対側から俺の目が開いたことを確認するために顔をのぞき込んでくる奴を認識することができる。
そいつが俺の耳元で話しかけてくる。
「お前、うなされてたぞ」
この声。どうやら、俺を起こしたのはヴィーだったみたいだ。
「良い夢見てたのに起こすんじゃねえよ」
皮肉が勝手に口をついた。良い夢なんかじゃないのは俺の寝汗の量で一目瞭然だろう。
「一体どんな夢を見ていたんだ?」
ヴィーが優しく俺に問う。
しかし、わざわざ昔を思い出していたなんて事を言うつもりはない。
「……さあな、忘れちまったよ」
俺が話す気がないのを悟って「そうか」とつぶやき、ヴィーは再び座り直す。
俺も体を起こそうとするが、ズシリと体が重い。
それは疲労だけじゃく、何かがしがみついているような重さだ。
「死にかけたお前にずっと回復魔法をかけ続けてくれていたんだ。エルに感謝しろよ」
俺の腰に縋り付くように眠るエル。俺のムスコが元気だったら大事故になりかねないと、思いつつ起こさないように芋虫の脱皮のごとくヌルっとエルの手から抜け出す。
抱くものが無くなり、もぞつくエルを起こさないよう毛布をかけてから俺は辺りを見回す。
「どれくらい寝てた?ここはどこだ?」
見たことのない、しかし、どこにでもある作りをした空き家の一室。長年、住む人間がいなかったのが朽ち果て具合から見て取れる。
ひび割れたガラスのはめ込まれた窓の外は暗く、月の位置が今が深夜であることを知らせていた。
「安心しろ。アンスルの町からは大分離れている。それよりも、お前いつあんな大怪我していたんだ?」
そう言われれば矢がぶっ刺さった時も、ゴンズイにいじめられて足に穴をあけられた時もヴィー達はいなかったことに気が付く。
「なんだよ、気づいてなかったのか?カケルの事の腹いせで満身創痍の俺を苛めて楽しんでんのかと思ってたぜ。ケケケケ」
「バカ言うな!私がそんな事するはずないだろ。だいたいあんは大怪我であれだけ動ける奴の方がおかしいんだよ」
どうやら、遁逃スキルによって下手に動けた事が仇となったようだ。
「…………」
火を見つめ少しばかり考えにふける。
「どうしたんだ?怒っているのか?」
何を勘違いしてんのか、俺を心配するようにヴィーが見つめてくる。
暖炉の火に照らされ橙に揺れるヴィーを見つめ返す。
「な、なんだよ……そんなに見るな」
こいつは、案外面白い奴なのかも知れん。ただ一時、顔をじっと眺めるだけで照れて顔を赤くしやがる。
「おっし!」
俺の覚悟は決まった。
「ど、どうしたんだ?」
突然上げた俺の声にヴィーが少しビビる。
「今回、俺が大けがしたのに動けたのは俺の持つユニークスキルのお蔭だ。
俺がお前達を襲った時、カケルから逃げ果せられたのも、そのスキルを使ったからだ」
「ちょっと待て!そんなこと話してもいいのか?」
良いわけがない。が、こいつらにだったら話しても良いような気がした。
「まぁ黙って聞け。俺のユニークスキルは『遁逃』。
聞いての通り逃げることに特化したスキルだ。発動条件は、戦闘中に俺より強い敵が、俺の間合いに三秒以上いることだ。
発動すれば相手は俺が逃げだすまで身動き取れなくなるし、俺はある程度の怪我なら痛みを消すことが出来る」
「お、おまえ……そんな大事なことを!!なぜ言ったんだ!!」
そう、俺の命に係わる重大な情報だ。
例えば、俺の間合いの外から魔法で攻撃されれば打つ手はないし、あるていど剣を修めた者なら付かず離れずで戦えば良い。
ネタがバレればいくらでも対処のしようがある俺のスキル。
それでも、二人になら教えても良いと思った。
「この先、お前に怪我をつつかれちゃ敵わんからな。ケケケケケ」
「はあ……お前の信頼の証だと思っておくよ。このことは他言しない。約束しよう」
「エルになら言っても良いぞ?」
毛布をつかんですやすやと眠るエルを見る。
「わかった。折を見て伝えておく。……ふぅ。本当にお前は訳が分からない男だ」
そう言うヴィーの顔にはかすかに笑みが浮かんでいた。
「そうか?わかりやすい男だと巷じゃ評判だぜ?」
「ほら見ろ。すぐそうやってふざけて煙に巻こうとする。最近じゃ、少しだけだが、お前はそこまで悪人ではないんじゃないかと思うときがあったりもするんだ」
お互い目を合わせることなく、パチパチとはじける暖炉の中の薪を眺めていた。
「……俺がいつ自分で極悪人だなんて言った?俺は根っからの善人なんだぜ?」
「ほらまた。お前はいつも本心を隠すところがある。なんで盗賊なんてやっているんだ?」
炭化した薪が小さな音を立てて割れる。
「そうするしか生きられなかったからだ」
「そんなこと――」
「そんなことないなんて言うなよ。お前達の生きている世界じゃそうなのかも知れねえが、俺の生きている場所じゃ地べた這いずって虫けらのように生きていかなきゃならねえんだよ。誰も好き好んで盗賊なんぞしちゃいないさ……」
そうだ……村が襲われ、一人で逃げて。最初は食うために盗みを始めた。
誰もが貧しく、自分の分を確保するのに必死で、聖人のように財産を分け与えてくれる奴なんていねぇ。
ならば、盗むしかないだろ!?そうやって気づけば盗賊の頭なんぞやっていたってのが俺の現実。
なぁんて女々しくて言い訳のような考えが浮かぶあたり、自分が情けなくなってくる。
今までは、ただ盗賊稼業に精を出していれば良かったのに、頭の中にこんな余計な考えがわいてくるのは、どうやら、俺もエルやヴィーに毒されつつあるようだ。
何かを察したようにヴィーは口を閉ざした。それが俺の過去を勝手に推測し憐れまれているようで腹が立ってくる。
俺は床にゴロリと寝転ぶと、ヴィーを呼ぶ。
「なあ、ヴィー?」
「ん?どうした?」
やはりその声色には、いつもは無い優しい色が含まれている。
「一発、抜いてくれねぇか?」
「ブっ!!!?」
ケケケ驚いてやがる!!その赤く照れている顔は俺の知っている、いつものヴィーの顔だった。
満足満足!
「ケケケケ!うそだよ。俺は寝る。おやすみぃ」
ヴィーが垂れ流すと文句を子守歌がわりして俺は深い眠りについた。




