第43話 すり替え
カケルはシャツから出る私の胸元をチラリと覗き、何食わぬ顔で私と向き合う。
「えっと……どこかで会ったことあります?」
「いえ。受付さんからカケルさんの話を聞いて私の方が一方的に知っているだけですぅ。
それよりも、カケルさんもマシラを追っているんですかぁ?」
彼は人の顔を覚えるのが不得手なのか?
それとも私の胸元に気が反れてしまうためなのか、髪型だけしか変わっていない私に気付く素振りはない。
「そうなんです。ここに来て初めて取り逃がした男なんです。俺はこいつを捕まえて物語を軌道修正しないといけないんです」
彼から感じるのはマシラを取り逃がした怒りと言うよりかは焦りに近い感情のような気がした。
それと同時に彼の言葉の端に妙な違和感を感じた。
「物語の軌道修正?」
何の気なしに気になったので聞き返してみただけだったのだが、思いの外カケルは私に聞き返されたことに狼狽える。
「あっ……えっと……し、失敗を取り返すって事です。あ、あははは」
なぜか、しどろもどろになりながら弁明するかのようにカケルは言葉を紡いだ。
額に汗しながら、チラチラと私の胸元を覗くその姿には、あの時の強さを微塵も感じることはできない。
しかし、視線を下に下げれば、腰に差すその剣は見紛うことなき、マシラの手下を切り伏せた剣だ。
「私もう少しカケルさんとお話したいですぅ。少し座りません?」
内心嫌気がさしているが、普段は出さない少し高めの声でしなを作り、カケルの手を取る。
あんがいカケルも助平な男なのかもしれないな……
カケルは表情を変えないように努めているものの、その必死さが逆に彼の内情を浮き彫りにさせていた。
案の定彼は私の提案を断ることなく、いつも座っている席へと案内してくれた。
「あの……お名前を伺っても大丈夫ですか?」
「あ、まだ自己紹介してなかったですね。えっと……」
とっさに名前が出てこず、「ヴィ、ヴィーと言います」と本当の愛称を伝えてしまった。
「ヴィーさんですね。知っていると思いますけど、俺はカケルって言います。もともとは、ここより遠い国から来てまして……こちらの常識にも疎くて。もしかして無礼な態度を取ってしまうかもしれないけど、その時はすみません……」
「そうなんですね?わかりましたぁ。カケルさんのいた国は、どちらに?」
「えっと……ここから遥か東の果てにあるんですけど」
何とも歯切れの悪い受け答え。
ここより東にある国と言えば共和国か、魔界領、もしくは諸島連合くらいしかないが、彼の言うような常識が外れるような国ではないはず……
そのあたりは詮索しないほうが良いのかもしれない。
私は話題を別にそらすことにした。
「あのカケルさんは、初めての冒険者登録でS級冒険者になられたって聞きましたけど、本当ですかぁ?」
「はい。ま、偶然だと思いますけど……」
一応の謙遜をするが、その顔は嬉しそうにほころぶ。
これが、マシラだったら謙遜なんてすることなく自慢げに冒険者証を私に見せびらかすんだろうなと思いながらも、私は「すごいですね」なんて大げさに驚いて見せた。
すると彼は得意そうに胸からS級の証である白銀飾で出来たペンダントを見せてくれる。
改めて見るカケルの顔は幼さがわずかに残っており、エルと年が同じくらいじゃないかと、この時気付いた。
「カケルさんは今いくつなんですか?」
「俺?俺は17……です」
やっぱりエルと同い年か。一応15で成人を迎えるが、やはりどこかあどけなさを感じざるを得ない。
「そうですか。17でその実力とは御見逸れしました」
ふいに騎士としての自分が出てしまった。
自分が17の時、どれほどの力があったのだろうかと考え、彼に少しだけ嫉妬をしてしまった。
やはり努力では覆せない才能があるのだと理解してしまう。
しかし、そんな私の思いを知るよしもないカケルは謙遜の態度を崩さない。
「そ、そんな。俺なんてまだまだですよ」
その言葉に、少しだけ苛立ちを覚えるのは、まだ私が騎士としての成長を諦めきれないからだろうか……
そんな事をカケルを前にしてボンヤリと考えてしまった。
「大丈夫ですか?」
私を心配してカケルが声をかけてくれた。それに「大丈夫だ」と答えようと思った瞬間――
「っ!!!?」
驚いて声を失ってしまった。
「ど、どうしたんですか?」
やはり、カケルは私のことを心配してくれる。しかし、それに構う余裕が今の私にはない。
だって、だって……
カケルの後ろでマシラが恐ろしいほどの変顔をしてこちらを見てくるのだ。
「クゥっ……ククク。はぁ……だ、だいじょうぶ……プッ!」
それも様々な表情を使いこなし一度たりとも同じ顔をしない。まさに変顔の波状攻撃だ。
私は奥歯で頬の肉を噛みしめ、痛みでなんとか笑いを中和する。
「はぁ……はぁ……ごめんなさい。大丈夫です。少し思い出し笑いを……」
「そ、そうですか?びっくりしましたよ」
息を整えながらマシラを睨みつける。
あんなにカケルのことを恐れていたのに、今はその様子を微塵も感じさせない。
しかし、驚くべきはマシラの気配消去スキル能力の高さだ。カケルの真後ろに回り、変顔を披露するまで目の前にいる私さえも気づかなかった程だ。
まぁ、小手先の小細工が上手いあたり、マシラらしいと言えばらしいか、とも思えた。
そんなマシラがカケルの背後で何やらジェスチャーをして私にアピールをしている。
(胸を…………カケルに…………見せつけろ?)
ただでさえ恥ずかしい思いを我慢しているのに、さらに恥をかけとマシラは言っているのか!!
私は無理だと、首を横に振るが、マシラは口をパクパクと「命令するぞ」と無言で脅してくる。
「はぁ……」
私はため息とともに、腕を前に組み、胸をアピールするようにテーブルの上に投げ出した。
◇
俺がギルドの正面玄関に着いた時、ちょうどイズナルディを後ろに連れた冒険者の男とすれ違うところだった。
俺は、とっさに気配消去スキルを駆使して壁の一部になりきる。
そうこうすると、それに続くようにエルがイズナルディ達の後を追っていくのを確認した。
よしよし、ちゃんと言いつけ通り仕事をしているな。短剣をやったかいがあるってもんだぜ。
二人と一人は少し先の人通りのない路地裏に姿を消していった。
ということは、ギルドの中にはカケルとヴィーがいるはずだ。
窓からこっそり中を覗く。
いるいる。ヴィーのやつも指示通りカケルの目をきちんと引いてやがる。さすがは魔性のお乳様だぜ。
俺は気配消去を維持したまま静かにギルドの中に入って行く。
誰も俺の存在を認知していない。
本当ならこのまま冒険者どものサイフでも抜き取ってやりたいんだが、今はもっと大事なことがある。
一歩、一歩と二人に近づくに連れて、冷や汗が俺の頬を伝って床に落ちる。その汗が床を叩く微かな音でさえ、カケルに気づかれるんじゃねえかとヒヤヒヤしちまう。
しかし、俺の心配をよそに案外すんなりとカケルの背後を取ることが出来た。しかも、どうやらヴィーも俺の存在を認識できていないみたいだ。
しかたねえな……
俺は顔をカケルの頭と同じ高さになるまでしゃがみ込んでヴィーが気づくのを待つ。
しっかし、ヴィーのやつ、全く色気のねえ話してやがる。
相手の年齢を聞いて何が楽しいんだ。いっそのことその乳をムギュっと触らせてやれい!!
俺は場を盛り上げてやろうという、なんとも心温かく親切な気持ちで変顔をヴィーに見せつけることにした。
反応は上々。ヴィーのヤツ、顔を真っ赤に吹き出すのを我慢してやがる。
俺は得意の変顔百連弾をヴィーにお見舞いしてやった。
これでこの場が素敵に温まったはず!
それなのにせっかくの俺の親切心をヴィーは可愛げねえ顔で睨みつけてくる始末だ。
ケケケ楽しいぜ。
おっと、そんなことをしてる場合じゃねえ。
俺の目の前にカケルの神剣がぶら下がっているじゃねえか。
それも座るのを邪魔しないように尻側に剣をぶら下げてやがる!
絶好のチャンスではあるが、さすがにこのまま剣を抜けばバレちまう。
そこで俺はもっとヴィーに乳をアピールしろと指示を出した。
最初は渋っていたヴィーも「命令するぞ!」と脅せば仕方なしに胸をテーブルの上にドッカリと置いた。
その圧巻の光景に思わず「ピュ~♪」と口笛が出そうになるのを、寸前で止める。
顔を羞恥に赤く染めているところも中々ポイント高いぜ。
なぁんて評価をしている場合じゃねえな。
カケルの方もやっぱり男だね。しっかりとヴィーの胸に目がくぎ付けになり、ごくりと生唾を飲む音まで俺には聞こえてきた。
今だ!!!
俺はカケルの神剣をスラリと抜き、目にもとまらぬ早業で偽の神剣を鞘に差し込む。
これが宿の外に出られず、ひたすら練習した成果だ。
俺はマジックバッグに神剣を放り込んで額の汗をぬぐう。自分が思う以上に緊張していたようで、疲労の波が一気に押し寄せてきた。
でも、これで俺の仕事は終わりだ。俺はヴィーに「先に戻る」と目線で合図を送り、そのままギルドを後にした。




