第35話 冒険者ギルド
ギルド内の景色は昨日と、さほど変わることなく、仕事のない冒険者は午前中から酒を飲み、クエストボードの前では、どの依頼にしようかと真剣に悩む者たちが列を作っていた。
俺はクエストボードを見るふりをしながら、受付に集る人が減るのを待った。
昨日と同じ受付嬢が慣れた様子でクエスト受領の業務をこなし、どんどんと冒険者の列が短くなる。
俺も適当に張り付けてある依頼書を手に取り、列の最後尾に並んだ。
「次の方、どうぞ」
いよいよ、俺の順番になる。
俺は手に持った依頼書をカウンターに置く。
「あら?昨日の方。今日はお仕事ですか?」
受付嬢は人懐こい笑顔で話しかけてきた。
「ああ。しばらくこの町に滞在することになったんでね。少し金を稼がねえと……これ、俺にもできるかい?」
そう言って俺はカウンターに置いた依頼書を指さす。
「あっ。すみません。こちらA級の依頼書でして……」
俺の冒険者としての階級はC。もちろんこの依頼が受けられないのは知っている。それでもわざとらしく残念な顔を作ってやる。
「おお、本当だ。すまない」
「いいんですよ。よくあることです。これは私の方で戻しておきますから」
受付嬢は、置かれた依頼書をカウンターの中にしまい込んだ。
「悪いね。報酬の方にばかり目が行っててランクのとこまで見てなかったよ。ちなみにさ、昨日言ってた凄い新人はランクはいくつなんだろ?」
「ああ、カケルさんのことですか?彼ってすごいんですよ。魔力測定のとき手をかざすだけで魔力測定の水晶を壊しちゃったんですよ!!」
カケルは俺が思った通りの化け物だった。魔力測定の水晶なんて、世界最高峰の魔術師だろうと測定するだけで壊すことなんてできる代物じゃねえ。
俺はカケルのすさまじさの一端を改めて確認して背筋が凍る。
「それで、ギルドマスターに問い合わせたら、なんと一発でS級ですって!冒険者始めて、いきなりS級なんて異例中の異例ですよ!!」
「ほう……そいつはすげえや。俺もその実力にあやかりたいもんだぜ」
そう言って俺はギルドの中を見渡す。
「今日はその……カケルは来てないのか?」
「ええ。昨日、依頼達成の報告と一緒に新しいクエストを受けて帰りましたから。たぶん、帰ってくるのは早くて明日くらいになるんじゃないかな……」
内心俺はほっと胸をなで下ろす。
「そうか、残念だな。……俺も、そのカケルってやつと話がしてみたいんだが、どこに住んでるか知ってるか?」
「えっと……確か、イズナルディさんと一緒の所にお世話になってるって言ってましたから、ソルティ通りにある一番大きな宿に泊まってると思いますよ」
「なるほどね。ありがとな」
「いえいえ。カケルさんもこの町に来たばかりですから友達になってあげてくださいね。
あっ、そうだ!カケルさん……というか、イズナルディさんはいつも、そこの席に座るんで、だいたい冒険者ギルドにいるときは二人ともそこに座ってると思いますよ」
そういって一番外れにある六人掛けのテーブルを指差した。
「わかった。また何か良さそうなクエストがあったら頼むことにするよ。じゃあな」
俺は受付嬢に別れを告げ、テーブルに付く冒険者達をさりげなく見渡す。
騒がしい冒険者の中に一人、顔を腫らした男が不機嫌そうに酒を飲んでいる男を見つけた。
男は周りの冒険者と比べても一回り体が大きく、胸に金飾の冒険者証が光っていた。
「ケケケ。いたいた」
目的の人物を発見した俺はギルドカウンターとは別口に設けられた飲食の注文カウンターから酒を二つ頼む。
すると、すぐに木製のマグに注がれたエールがカウンターに置かれる。
俺はそれを持ってシケた面した男の席に座った。
「んだよ?勝手に座るんじゃねえ!」
男は俺に凄みを効かすが、どこか覇気を感じられない。
「まぁ、良いじゃねえか。ほれ、一杯奢ってやるから。飲んでくれよ」
男は疑うような目線を俺に送るが、出された酒を断るような格好の悪い真似はしないと、荒くれ冒険者らしく酒に口をつけた。
「んで、俺様に何の用なんだ?」
さっすがA級冒険者様、話が早え。
「あんたが、新人にこてんぱんにやられたA級冒険者だろ?」
「っんだと!!?」
男が怒りのままに席を立った。
周りの人間も何事かと一瞬だけ、こちらを見るがこの男はいつもこんな調子なんだろう。皆が呆れた目線だけを残して元に戻っていった。
「まあまあ、落ち着いてくれよ、ダンナ。別にあんたを馬鹿にしようって訳じゃねえんだからよ」
男は俺の遜った態度に納得したのか再び席に付く。
「俺もよ、あの新人……カケルだっけか?少しばかり因縁があってな」
誰にも聞かれないように、男に少しだけ顔を寄せ声のトーンを落とす。
「ほう!」
男はその言葉に興味が湧いたのか、目を見開き体を前のめりに机に腕を乗せる。
「あんただから言うんだぜ。絶対に他には言うなよ?」
「任せとけ。俺様は見た目通り口の固い男なんだ」
嘘つけ。お前みたいな新人に絡むやつが口固いわけねえ!と大声でツッコみたかったがそんな事しちゃ話が進まねえ。
俺は、その言葉を信じるふりをして話を続ける。
「俺ぁよ、カケルって奴がこの町に来る前に、少しだけ揉めた事があってな……あの強さにゃ何か仕掛けがあると思うわけよ」
「おお!!俺様もそう思ってたとこなんだ!!
だってよ、この俺様があんな小せぇ男に一発でやられるとは思えねえ。
しかも、いきなり冒険者になってすぐさまS級だぜ?
俺様がちまちまポイント稼いでやっとAになったってのに、アホらしくて仕方ねえよ!!
それによぉ……イズナルディがよぉ……。お前は孤高のイズナルディじゃねえのかよ……グスッ。あんなガキみたいな男の前であんな表情するなんてよぉ……俺ぁ、見たことねえよ……グスッ。ズズズー……」
おいおい、只でさえむさ苦しい男が鼻水垂らして泣き出しちまったよ。
こりゃあれだね。この男、剣姫イズナルディに惚れてたわけね。
「俺ぁよぉ……俺ぁよぉ……」
「わかった、わかった。泣くなよ」
何とか男の肩を摩って宥めてやる。
「泣いてねえ!!俺は赤ん坊の頃から泣かないってんで有名だったんだぞ!」
「あーはいはい。そいつぁ凄えや。それでさ、俺、一度カケルと話をしてえんだけど、あいつにぴったり張り付いてる女がいるだろ?」
「お……おお。イズナルディのことか?」
「そう!そこでさ、ダンナに相談なんだが、俺がカケルと話をする間、その女をどっかに足止めしてもらえねえか?」
「はぁ!!?なんで、俺様が見ず知らずのお前のためにそんなことしなきゃならねえんだよ」
「そうだよな……わかった。この話は聞かなかったことにしてくれ。イズナルディは俺の方でどうにかしてみる」
俺は諦めたふりをして、席から尻を持ち上げる。すると慌てたように男が俺の腕をつかんで引き留める。
「お、おい。どうにかって、どうすんだよ?」
「んー……そうだな。この辺で一番イケてる男に金でも渡して、ちょっと時間を潰してもらうってのが良いかなぁ」
そんなことしてもなびくような女とは思えないが、目の前にいる男の心を揺さぶるには十分だったようだ。
「おい!待て待て待て!!そんなことせんでも俺がイズナルディを足止めしてやるよ」
「いいって!無理すんな」
「いや、俺もちょうどイズナルディに話したい事あったからな。ちょうど良いんだって」
「本当か?嘘ついてないか?」
「本当!俺様、嘘つかない!」
よし!!かかったぜ!これで何とかあの二人を引き離す算段は付いた。
さすがの俺といえどもカケルとS級冒険者二人の目を掻い潜って剣をすり替えるのは無理だと思われた。
どれほど、この男が役に立つかはわからねえが、居ないよりはマシだろう。
あとは神剣モドキが完成すれば作戦実行だ……




