第34話 起床
「起きろ!マシラ、起きろ!」
誰かが俺の肩を揺すってやがる。
窓も開けられているのか、目蓋の裏にまで朝日が染み込んできやがった。
「んん?っだよぉ……もう少し寝かせてくれぇ……俺は眠ぃんだよ」
俺はペッラペラのシーツを頭から被って断固、二度寝の構えを見せる。
「いい加減に起きろっ!!」
俺の鉄壁のシーツバリアをヴィーのヤツが剥ぎ取ると、一緒に部屋の中の誇りが舞い上がりエルの奴が咳き込む。
なんだよ、俺だけ寝坊かよ……
俺は仕方なく本当に仕方なく体を起こす。
「なんだよ。朝っぱらから元気なヤツだな」
「当たり前だ!騎士団に居たころは、常に規則正しく生活をしていたからな」
褒めたつもりはまったくないが、ヴィーは誇らしげに胸を張った。
それがいけなかった……
ただでさえ自己主張の強え乳のせいでパツパツに張っていたシャツが悲鳴を上げてボタンを弾き飛ばしたのだ。
「きゃっ!!」
いつもあんだけ普段偉そうに騎士然としているくせに、ヴィーは可愛らしい悲鳴を上げた。
「こ、こっちを見るな!」
見るなと言われりゃ、見るのが男ってもんだ!
さらに言えば、人が嫌がること大好きな俺だ。
しっっかりと羞恥に赤らむヴィーの姿を目蓋に焼き付けようと胸を隠すためにしゃがみこむヴィーを凝視する。……ふむふむ。良いじゃねえか。
バチン!!
俺の顔面、いや目を狙って平手が飛んできた。
「いてぇ!!」
最初はヴィーが恥ずかしさのあまり俺を叩きやがったのかと思ったが、俺の目は犯人の姿を捕らえていた。
なんと俺の顔面を叩きやがったのは、エルだった!
「何すんだ、このアマァ!!なんでお前が俺の顔を叩かにゃならんのだ!!ばかやろう!!」
「マシラが悪いんですっ!!イヤらしい目でヴィーを見るから!!ヴィー、早くこれを!」
「あ、ありがとうございます」
何やら衣擦れの音がする。
ショボつく目をどうにか開けてヴィーの姿を見れば、ベッドのシーツを纏って体を隠していた。
「ったくよぉ……ほれ!」
俺は仕方なくマジックバッグの中から大きめのシャツを取り出してヴィーに渡した。
ヴィーはそれをシーツの中から腕だけ出して受け取ると器用にそのままの姿で着替え始める。
「す、すまない……」
「ほんとだぜ。なんでお前のせいで俺が顔面叩かれなきゃならねえんだよ……」
俺は恨みを込めた目でエルをジッと睨みつけたが、エルの方は私は悪くないと言わんばかりに澄ました顔で俺の視線を無視していた。
このままじゃ先が思いやられるぜ……
俺はズボンのポケットを漁り、中に入っていた数枚の硬貨を取り出すと手の中に入った硬貨を確かめる。
オント銀貨が一枚に連合銅貨が三枚。それにも満たない屑銭がいくらか……合計、三千メルクほどの金額になった。
「んっ!」
それを近くにいたエルに手渡してやると、受け取った金を見てエルは不思議そうな顔をする。
「なんですか、これ?」
「なにって見てわかるだろ。金だ。それでお前たちの生活にいるもん買って来い」
「ええ!!」
「な……んだと……金にがめついお前が私たちのために金を出す……だと」
二人ともこの世の終わりを見たのかと思うほど、驚愕の表情をして見せた。
「お前ら俺をどんだけケチな奴だと思ってんだ!!」
「「世界で一番ケチだと思ってる」」
ハモっていうことか!?
「はあ……お前ら分かってねえな。あのな、金ってのはな、使うためにあるんだぞ。だから、俺は金を使うのが好きだし、余分に俺から金を巻き上げようとするやつが死ぬほど憎いんじゃねえか。
だいたい、金を使うのが嫌いな奴がこの世にいるか?もし嫌いだなんて答える奴がいたら、そいつこそ世界一のケチくそ野郎だ!!この世の中に金で買えないもんなんてないんだからなあ!!!」
「そうかもしれないけど……でも、お金以外で大事なものなんていくらでもあるよ。お金を使わなくても大切なものを得ることだって沢山あるわ」
「エルの言う通りです。この世の中にはお金では買えない物なんて山ほどある。それを知らないなんて、なんてお前はなんて寂しい奴なんだ」
金に困ってないやつほど、金で買えないものはないなんて綺麗ごとをほざきやがる。
別に俺はこいつらと意見を交換したいわけじゃねえし、する気も更々ねえ。
「けっ!!俺は寂しさなんて感じたことはこれっぽちもねえし、金で買えない物なんて俺の知る世界じゃねえんだよ!この詐欺師どもめっ!
お前らと話してても時間の無駄だ。さっさと買い物に行ってきやがれ」
俺は二人を追い立てるように無理やり背中を押して部屋の外に放り出した。
「ちょ、ちょっとマシラはどうするの!?」
「俺は用があるから、お前らは大人しく二人で買い物でもしてろ。いいか、くれぐれも裏切るんじゃねえぞ!!」
俺は二人の返事を聞かず、部屋の扉を閉めた。
扉の外から、ヴィーの非難めいた声が聞こえてくるが、しばらく無視をしていたらその声も止んで廊下が軋む足音に変わった。
二人が商店や市が並ぶ町のメインストリートへと歩くのを部屋の窓から見届けて、俺も宿を出る。
目的地は冒険者ギルドだ。少しでも多くカケルの情報を集めなくては……
「あぁ……めんどうだ」
心底いやな役目ではあるが、あの二人を連れて行くわけにもいかない。
二人が歩いていた方向とは真逆にある冒険者ギルドに向けて歩を進める。
冒険者ギルドがどんどん近づくにつれ、昨日出会ったカケルの顔が脳裏に浮かび、胃の奥から吐き気が込み上げてくる。
それでも、俺は歩みを止めるわけにはいかない。
昼前の町は俺の気持ちとは反対に賑やかでいろいろな人や物が行きかっていた。
「あーぁ……着いちまったぜ」
冒険者ギルドの大看板を前にため息をついて、扉に手をかける。
冒険者ギルドのスウィングドアが鉛で出来ているのかと思うほど重く感じる。
どうか今日はカケルの奴が冒険者ギルドにはいませんように……
大っ嫌いな神の野郎に祈りながら俺はゆっくりとギルドの中へ入っていった。




