第33話 二人だけの秘密
夕食を食べ終わり店を出ても、まだ日は高く時間に余裕があった。
俺はかねてから考えていたことを行動に移すべくヴィーを呼び止める。
「ヴィー。俺は少しエルと話がある。ちょっとお前先に宿に戻ってろよ」
それを聞いて一番驚いていたのはエルだった。
あたふたと慌てた様子で「え?え?」とニワトリのように繰り返し目をぱちくりさせる。
ヴィーの方はと言えば、俺が何をすると思ってんのか俺に殺気を向けてくる始末だ。
「なんだ、藪から棒に。もしエルに何かする気なら容赦せんぞ」
容赦しようがしまいが、関係ねえ!俺には隷属の首輪なる便利なものがあるんだからな!!
「なんでもいいだろ。余計な詮索するな。これは命令だ」
首輪の強制力を使って、ヴィーを従わせることなどお茶の子さいさい。朝飯前だ。
まあ、なんとも厳しい顔して宿に戻るヴィーの背中に俺は別れを告げ、エルと向き合う。
気のせいかもしれないが、エルの顔はうっすらと紅潮し、恋する乙女のそれのように瞳がうるんでいた……
◇
歯がゆい……じつに歯がゆい。
私が部屋に戻って、数刻後……二人は何やら意味深な表情を浮かべ部屋に戻ってきた。
不可思議なのは二人の表情の違いだ。
なぜか嬉しそうなのはエルだけで、用があると言ったはずのマシラは何とも気恥ずかしそうな様子で戻ってきたのだ。
私はあの男の命令によって、エルとあの男が何をしていたのか知るすべがないまま夜を迎えてしまった。
マシラは一人ベッドを占領して寝ており、おのずと私とエルは同じベッドに入ることとなった。
部屋は雨戸を締め切り真っ暗になっていた。
私はエルとマシラが何をしていたのか気になって眠れない時間を悶々と過ごしていた。
そんな中すぐ隣で眠っているはずのエルが動いた。
「ヴィー……寝てる?」
特に理由もなかったが、私はそのまま寝たふりを続けてしまった。
しばらくエルが私の顔を覗いている気配を感じながら目を閉じてやり過ごす。
「本当に寝てるみたいね……」
ギシ……
ベッドのマットレスがマシラの方に傾き、エルが立ち上がったのが分かる。
「マシラ……マシラ……」
まさかエルの方からマシラのベッドに向かうとは!!
隷属の首輪の力なのか!!見損なったぞ、マシラ!
何が行われるのかと、私の心臓が早鐘を打つ。
ギシッ……ギシッ……
マシラのベッドがきしむ音を立てる。
ガタッ……ガタガタッ……
「っ!?」
なぜかベッドではなく書き物机の方から音が聞こえる。
まさか、立って!?立ってなのか!?
私はどうすれば良いのか混乱の中エルの声が聞こえる。
「ダメ……そこ……ちがう……」
「だけどよ……」
「しぃー。ヴィーが起きちゃう。ちゃんと集中して」
なんだと!!エルがリードするのか!!
驚愕の事実に私の頭はパンク寸前にまでなっていた。
頭では、見てはダメだと理性が叫んでいるのだが、なぜか目がうっすらと開き二人を探すように彷徨う。
二人を見つけるのは簡単だった。なぜなら、二人のいる場所は蝋燭で照らされ、暗闇の中でもはっきりと見えたのだから。
そこで目の当たりにしたのは私が想像しているものとは真逆の光景。この時ほど私は自分自身を叱ってやりたいと思ったことはない。
二人は……というか、マシラは書き物机に向かい座り、エルがそれを見守るように背後に立っていた。
「そこ違うよ。向きが反対。ここをこうして……こう書くの」
「んー……難しいぜ……こうか?」
なんとマシラが勉強をエルから教わっていたのだ。
私は少し体を起こして、机の上を見てみる。
そこに置いてあったのは小さな子供に読み聞かせるための絵本。どこかの商店で中古のものを買ったのかひどくくたびれた絵本だった。
マシラはその絵本の字を模写しているようなのだ。
そこにはいつも私たちを見下し、偉そうにふんぞり返っている姿ではなく、机に向かい小さく丸まるその背中は幼き少年のようであった。
「フフフ……」
「何がおかしいんだよ!!」
私が起きないように二人は小声で会話しているが、雨戸を締め切った部屋では二人の会話がよく聞こえた。
「だって、マシラから勉強を教えてほしいなんて言われると思わなかったから」
「ちぇっ!俺が勉強するのが、そんなにおかしいのか?てめえも俺をバカにするんだったら、あっち行って寝てろ」
「違う!バカになんてしないわ。凄いなと思って……」
「どこがだよ!お前やヴィーだって字くらい読み書きできるだろ?それこそ、そこいらの鼻垂れたガキだって、そうだ!
結局読み書き計算できる奴の方が偉ぇんだよ。出来ない奴は出来損ないなんだ」
「ちがうよ!出来ないことを頑張れるのが偉いんだよ」
「ケッ!まあ何でもいいさ。俺はこれから字も覚えて、計算もできる男になるんだからなあ。ケケケ。そうなりゃ領主になってもかっこつくってもんだ」
「フフフ。それじゃ、それまでマシラの先生として私も頑張るわ。……でも、何でヴィーには内緒なの?」
私もそれは気になっていた。
二人の秘密になんかせず私にも教えてくれたっていいじゃないか。
二人の穏やかな時間を外側から寝たふりで眺めている私は若干の疎外感を感じていた。
マシラは一旦手を止め、筆を机の上に置いたようでコロコロと筆の転がる音が耳に入った。
「だって……あいつバカにしそうなんだもんよ。『まさか、お前字が読めなぁいのか!?はぁ、こぉれだから盗賊の男はダァメなんだぁぁ』……なんて言いそうだろ?」
マシラめ!私はそんなに憎たらしい口調じゃない!!
「フフフ。それってヴィーの真似?全然似てないわ」
そうです。エル、その男に言ってやってください!
「そうか。俺は似てると思うけどなぁ。ケケケケ」
似ているものかっ!!
ふざけながらも字を書く手は動いていたのか、エルが声を高くマシラの字を褒める。
「あっ!それ、上手に書けてますよ?」
「おお!俺も上手く書けたと思ったんだよ。ケケケケ!流石は出来る男マシラさんだぜえ……」
こうして二人の授業は夜遅くまで続いた。
私は走る筆の音と、二人の小さな笑い声を子守唄に眠りについたのだった。




