第29話 ドゥーイ
俺は野ざらしにされて所々腐っている木箱の上に腰を下ろした。
「マシラ、大丈夫?ここまで来れば安心よ」
やっと、ここでエルは俺と繋いでいた手を解く。
俺はたいして動いてもないのに上がる息を整えながら、カケルと呼ばれた男が追ってこないか密かに気配探知のスキルを発動した。
「はあ……はあ……どうしてだ。どうして、俺を庇った?あの男に頼めば逃げ出せるチャンスだっただろ?」
エルがカケルに助けを求めれば、俺は遁逃の発動もできず、一瞬であの世行きは間違いねえ。
そうなりゃ、めでたくエルもヴィーも自由の身だ。
それなのに、エルから返ってきた回答はどうも要領を得ず、ふわふわしたものだった。
「……んー、なんでだろ?私もよく分からないけど、気づいたらマシラの手を引いていたの。ダメ?」
「はあ……いや、ダメじゃねえ。助かった。マジで助かったぜ。ありがとう、エル」
俺は素直にエルに頭を下げた。
そんな俺の珍しい姿を見てヴィーが皮肉を飛ばす。
「なんだ、いつも威張り散らしているくせに可愛いところもあるじゃないか」
「もう、ヴィーそんな事言っちゃだめよ」
年下のエルに庇われるなんて面目ねえ……
俺の口から勝手に言い訳めいた言葉が勝手に飛び出す。
「……俺だって盗賊のはしくれだ。死線を超えた事なんて数え切れねえほどある。だが、あいつだけは違う。ありゃ正真正銘の化物。人の皮を被った怪物だ……」
正直、俺の戦闘力なんて中の下。冒険者で言えば、銀飾……CかBの下ほどの実力しかねえ。
それでも、ここまで生きてこれたのは逃げ足の速さと相手の実力を見極める事の出来る目があってこそだ。
その目が言う。ありゃ俺の埒外の存在だと……
未だ震える手をグーパー、グーパーして落ち着かせる。
「ほう……生意気なお前がそこまで言うとは……まあ、あながち間違いではないかもしれないな。あの男の後ろに控えていたエルフの女性を見たか?」
俺はヴィーの言葉を聞いて、ぼんやりとあの場の景色を思い出す。
うっすらとではあるが、確かにカケルと呼ばれた男の傍にピタリとついて歩いている女がいた。
「ああ……銀髪の綺麗なエルフの女……か?」
「ああ、その人だ。あれは剣姫イズナルディだと思う。昔、王都で一度見たことがある」
「イズナルディ?そりゃ白銀飾……S級の冒険者じぇねえか」
剣姫といえば若くしてS級の冒険者として名をはせる女だ。最近じゃ単独でドラゴン討伐を成し遂げたなんて馬鹿げた偉業を聞いたことがある。
「私も見てたけど、あの男の人とかなり親しげに見えたわ」
そんな女と親しい……だと?
「とんでもねえな……あの男。昨日今日で冒険者始めて、さっそくS級様と仲良しかよ……しかも、あんなどえらいべっぴんさんとなんて羨ましいかぎりだぜ。ケケケ」
やっと調子を取り戻してきた俺の肩をエルがポカリと叩いた。
「もう……」
「叩くなよ。冗談じゃねえか」
ふくれっ面のエルがそっぽを向いちまった。
ありゃりゃ?こりゃ、焼きもちでも焼いてんのか?
どっかで聞いたことがあるぞ……人質が誘拐犯を好きになるってやつ。この状況まさに、じゃねえか。
……なんて可哀そうな女なんだ、エルよ。こんなむさくるしい盗賊に惚れちまうなんて哀れすぎるぜ。
俺は木箱から立ち上がって、少しいじけた顔しているエルの頭をポンポンと軽くたたく。
「ねえ、なんでそんな生暖かい目をしてるの?なんで?ねえ、なんで!?」
良い男ってやつぁ、多くを語らねえもんよ。
エルのお陰で多少心に余裕が出来た俺は、混乱するエルを置いて路地裏を出る。
「どこに行くんだ。ドゥーイ殿の家なら反対方向だぞ」
「……」
クルリ回れ右して俺はドゥーイの住処を目指した。
◇
聞いていたドゥーイの家は町の外れの外れ。周りに民家の一つもない場所にポツンと建てられていた。
家といっても、そのほとんどの面積が鍛冶場に取られているらしく、外観からして全くと言っていいほど生活感のない家だった。
おそらく資材搬入のために設けられた間口の広い玄関先に立って声を掛ける。
「おーい、ドゥーイ!!!いるのか!!?」
「……」
中から返事はなく、静まり返っている。
鍛冶場で作業しているならそれなりに音が出るはずだがそれもない。
俺は後ろに控えるエルとヴィーを振り返る。
「死んでんじゃねえか?」
「そ、それはないと思うけど……留守なのかな?」
エルは俺の言葉を否定してみるものの心配そうな顔をしている。
「おーい!邪魔するぞお」
俺はドアを開けて勝手に上がり込む。鍵?そんなもん俺にかかりゃチョチョイのチョイよ。
「待て。人の家に勝手に入るやつがいるか」
小うるさい騎士の小言は聞かないふりするにかぎる。
入り口入ってすぐ、鍛冶場となっているようで、大きな炉や、大小様々なハンマー、金床などが薄暗い部屋に眠るように置かれていた。
分厚い耐火煉瓦の床を歩けば部屋向こうに場違いな安楽椅子が置かれているのが目に入った。
その上に、不機嫌そうな面した髭もじゃのドワーフが背もたれに寄っかかって鼾をかいて寝ている。
「なぁ、こいつがドゥー……」
「ドゥーイおじさま!!」
俺が尋ねるより早くエルがじいさんに向かって歩き出した。
エルの声にドゥーイがビクッと体を揺らし薄く目を開いた。
「んあ!?その声は、エレオノーラ……様か?」
寝ぼけ眼と、よだれが付いた髭を腕で拭いながらドゥーイが体を起こす。
ドワーフ特有の小さく、しかし厚みのある体にエルが飛び込んだ。
「ごめんなさい……私のせいで……」
「おお……エレオノーラ様じゃ。よしよし。泣いてくださるな。エレオノーラ様が謝ることなど何一つとしてありません。ワシの方こそ、申し訳ない……。あなたを不幸の中からお救い出来なかった」
偏屈なじい様だと聞いていたが、エルを抱きしめるその姿には偏屈のへの字さえ見えない。




